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天狗の弟子になった少年の話  作者: たまむし
三章 身
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九十九 羨むものを間違えず

長らくお待たせしてすみませんでした。。。




 高くたかく澄んだ空に、白い息がほわりと薄く溶けていくのを、"彼"は休憩がてらにぼんやりと目で追う。

 世界有数の高所にこうして立ったところで、その身から蒼天までには、呆然とするほどの開きがある。


 昇るほどに薄く溶けていくこの白い息は、けして行けない彼方の高みへと、透明になりながらもたどり着くのだろうか。


 ぼやりと浮かんだそんなほのかな思考が、吐息のようにすぐに冷えて薄まり、見えなくなるから、"彼"は変わらず広がる物言わぬ現実に、淡々と目を落とす。


 足元の白銀は、この天を衝く山脈の上層には珍しい平地。

 降り来た雪が常に吹き続ける風に均され、日光で僅かに溶けては極寒の中で凍り付く、永遠に繰り返される円環の中で出来上がった氷の板である。

 しかしそこに、延々とした長い時間と、粛々と積み重ねた根気と、役々と繰り返された努力の結果、僅かばかりに、曲がりなりにも、細々と植物が生える土壌が作られていた。


 とはいえ、生えているのはひょろひょろとした細く長い草。

 ススキに似た姿をして、芽吹いたらひと息に育ちあがり、花びらのない花を咲かせては、種を結んで速やかに(こうべ)を垂れ、潔く枯れていく。

 それらを、女たちが蓑や笠にして、男たちが縄や火口(ほくち)、藁座や布団にする。

 年に一度、集落の屋根を()き替えるのにも使われる。


 水を撒くことがなくとも、肥料を置く間もなく芽吹いては枯れる白茶けた枯茎を子どもが集める。種を選別し、食べる分を分けた残りを撒くのもまた、子どもの仕事。

 しかし、一族は種族柄、子が少ない。

 土地は狭いが、手を入れる子どもたちは更に少なく、毎日萎れ枯れていく穂は多い。


 子どもだけではなく、ときには大人も、毎日の時間の多くを枯草畑でしゃがみ込んで過ごして、食事に帰る以外の休息は腰を伸ばしながら空を見上げて息を吐くことに終始する。

 長々と息を吐いている訳ではなくて、ただそれだけの休憩で作業に戻るという意味で。


 "彼"には、走れるようになった頃から今まで、殆ど毎日やってきた作業はもう、苦痛でもない。


 もう考えずに手を出しても、完全に枯れている"良い"草を無意識に選んで引き抜ける。

 お蔭で根が生きている草を引っ張って、引き抜けずに滑り、手の皮を切って痛い目に遭うことなどもうない。

 つま先を取られる凸凹も、かたく凍り付いた霜柱も、もう何も考えずに避けられてしまう。


 変わり映えのない日々はただ空虚であり、閉じた円環はその中の"彼"の思考を溶かし、日常は淡々と無限に繰り返される。


 いつまで、なんてもう思わない。


 日々は崖下の下界に雲があるかどうか、上天に雪雲があるかないか、風向きが右か左か強いか弱いか。ただそれだけしか変わりはなく、ただただ枯草を集めて束ね、背負い、日暮れに帰る。


 そこに幸か不幸かなどはなく、日々とはそういうものでしかなかった。


 なかったはずなのに。



 ぶわっ。


 吹き付けてきた何か。

 風が吹いた、と思った。

 いや違う、と知った。

 頭を垂れた枯草畑は乱れない。


 では何か、と混乱して立ち尽くす背に、今度はぞわりと駆け上がるものがある。

 寒気か、と思った。

 いや違う、と思い直した。

 寒気など、この極寒の高地に於いては雪が白いことと同じほど当たり前。

 改めて悪寒を感じるなんて今更なことあり得ない。


 では何か――



 さっと目の前が暗くなった。

 何か(やまい)にでも(かか)ったのか、と益々焦りそうになる一瞬。

 自分が影の中にいるだけだと気付いたひと(またた)き。

 いや馬鹿な、と驚愕するひと呼吸――こんな高地のさらに上には雲以外にある訳がないのだ。

 鳥でさえ、極寒の風にやられて目と翼が凍るこんな空を飛ばない。…はずだ。


 なのにあれは何だ。


 呆然と見上げたその先を、悠々と滑空する巨鳥。


 白と青しかないはずの空に黒々と影を纏う異質は、くるりくるりと輪を描いて、頭上を通り過ぎる。その度に"彼"の視界は白と黒とに交互に飲み込まれた。


 やがて遮るもののなくなった陽光の(まばゆ)さに目を白く焼かれながら、螺旋に滑り降りて来る翼が一族の集落へ降りていくのを、立ち竦んだまま見ていた。




 日々は中身がなくただ空虚であった。

 閉じた円環はくるくると回りながら"彼"から思考を奪った。

 日常は淡々と無限に繰り返しながら熱を奪った。


 何度繰り返そうと、遥か前をつぶさに思い出そうと、ひとかけらの変化さえ見当たらない、凍り付いた"当たり前"の日々が――


――その日まで、全てが過去になり得るなんて、思うことさえしなかった。






























 白鳴山(はくめいざん)の小さいのこと三太朗は、うぅんと唸ってみたり、顎を人差し指でとんとん叩いたりしながら部屋で首を捻った。

 なんとなく"考えているときにやるお決まり"をちょっとやってみたかっただけだったので、考えが纏まらなくてもそれなりに満足した。


 朝、師の高遠(たかとお)が三太朗の配下となる者を連れに意気揚々と出掛けて行った。


 その背を見送りながら、昨日に引き続き『そんなに気軽に連れて来てもいいのか』と疑問を転がしている。

 だって三太朗は、急にどこかの誰かがやってきて『だれそれの配下にするので連れて行く』と言われたら泣いて全力で逃げるつもりである。

 そしたら師と兄弟子三羽とついでに師の配下が全員残らず動いて助けてくれることをよくよく解った上で選んだ行動である辺り、この雛は見た目によらず(したた)かである。

 何か起これば速やかに周りを頼れとの、大人たちの教育通りでもある。


 想像上で三太朗を連れに来たへのへのもへじの顔面に鬼女の飛び蹴りが突き刺さったところで三太朗は我に返って瞬きした。

 この件に関して、彼の思考は脇道に逸れがちなのだ。


 三太朗の中では、泣いて逃げて身内をけしかけるのが当然なほど嫌なことだが、この悩みにどうにも真剣になり切れないのは、三太朗以外の者が始終この上なく気楽な様子だからだろう。

 高遠が出発するときも『あー行くんですねー』とか『おー三太朗良かったなー』ぐらいの驚きの軽さ。


 高遠もちょっと散歩してくるぐらいの気軽さで、いつも通りにこにこと三太朗をなでなでしてから出て行った。

 尤も、高遠に関しては目的が鬼退治だろうと猿退治だろうと散歩だろうとほぼ様子が変わらないので、師の様子から事の重要度を推し量ることを三太朗は早々に諦めている。

 ただ、毎度外出のお供を務めるのは巨狼の(ジン)なのに、今回は大鷲の(ハリ)が呼ばれていたのが違いといえば違いだった。

 その張も三太朗を見るや優しく頬を寄せて、良い子良い子とすりすりしてくるほど普段通りであった。


 周り全部がそんな感じなので、三太朗の心配は肩透かしを食らって目減りしたのも仕方がなかった。


 それでも一応、形だけでも考えてみようと思って部屋で唸ってみたものの本当に形だけで、三太朗の頭は四割程度で『心配しようかな』とのんびり思い、三割が『今日のお昼は何かな』と空いた小腹からくる食い気、後の三割が『ちょっと足痺れて来たから立った方が良いかもしれない』という割と喫緊の件だった。


 何をどうやってもというほど何かした訳ではないが、連れてこられる者が嫌がっていないかの心配が続かなかった三太朗は、とうとう『まあ何とかなる』と悩みもどきをぶん投げて立ち上がった。

 ちょっとふくらはぎの辺りがぴりぴりしたのを、反対の足を交差させて脛で触ってみたりなどしつつ、うーんと伸びをした。

 その拍子にぽろっと思いついたことに、ぽんと手を打った。


「師匠は、来るのが嫌でたまらない誰かを無理やり連れて来たりしない」


 何気なく思いついた考えは、今までどうして気付かなかったのか不思議にさえなって、三太朗の葛藤もどきはきれいさっぱりお役御免になった。


――――きっと、来ても良いよって思ってるか、来たいって思ってる誰かを連れて帰って来るんだ。それで、オレと仲良しになれる相性抜群で強くてかっこいい配下が出来るんだ。


 師匠が連れてくるんだから最高の配下に違いないと結論付けて、三太朗は高遠の帰りがとっても楽しみになった。

 師のやることは間違いがないと息をするように自然かつ無条件に辿り着く辺り、ヤタ辺りが知ったら『ちょっと待て』と真顔で止めそうではあるが、残念ながらこの部屋には三太朗しかいない。

 よって三太朗は最高の配下を非常に楽しみにしてにっこりした。


 しかし、その顔はあるときはっと何かに気付いたような表情に変わった。

 そして小走りに部屋の襖に駆け寄って勢いよく開く。すぱーん!と景気よく音を立てて跳ね返った襖は半分ほど戻ってきた。


 そこには六畳ほどの部屋があって、餅をあぶる火鉢の周りに、思い思いにくつろいでいた三羽の兄弟子たちが振り返った。――因みに三太朗の部屋の隣は元は廊下だったが、彼が小さくなったので、他の者が傍に居られるようにと塗り壁が隣を部屋にした。今では大体は誰かが隣の部屋で休憩している。


「おー、元気だな」


 湯呑を置いた紀伊が、注意するでもなく笑うのに、ひとまず「元気!」と胸を張った。

 ちょっと小腹は空いたけれども、これから山を走り回ることも出来そうだ。ちょっと東の沢に寄って、カラスに頼んで幾つか置いておいて貰っている柿をひとつ食べたりできるだろうから山で遊ぶのは中々良い考えかもしれないと、三太朗はちょっと気分が良くなった。

 その前に、霜焼けの具合を見てもらって、外に出て良いか聞かないといけないことは都合よく忘れていた。


「もう悩むのおしまいかー?」


 元気な返事にけらけら笑いながら言う武蔵に「うん!!」とまた元気よく答えると、「そうかそうかー」と言いながら三羽は面白そうに笑っている。

 末っ子が『ちょっと悩んでみるので!悩むのはひとりですることだから!!』と付き添いを断って部屋に入ったのだが、茶を一杯飲むぐらいの時間で元気に出てきたからであろう。大体予想通りの結果だった。


「そっか良かったなー」とかいぐりかいぐりされてほにゃっと頬がゆるみ、引き寄せられるままにちょこんと武蔵の膝に腰掛け、焼けた餅に餡子を乗せて出されればきらきらと目を輝かせて受け取り、至福の表情で食べ始めた三太朗を、兄弟子三羽はなごみ切った顔で鑑賞した。


「はっ!そうじゃなくて!!」

 ついつい流されて餅に夢中になってしまった三太朗はひとつ食べ終わったところで我に返った。


「あ?食い終わったかよ?次はもうちょいで焼けんぞ」

「飯入んなくなるからやめといた方が良いんじゃないか?」

「やー、一回山走らせるんならもう一個いけんじゃないか?きな粉あるぞー」

「え、きな粉…じゃなくって!」


 三太朗は危ないところで踏みとどまった。


「あのね!師匠がオレの配下連れて来てくれるって出掛けたでしょ!」


 気合いを入れて立ち上がった三太朗は、いきなり本題を始めることにした。

 そうじゃなければ構いたがりの兄たちは上手いこと三太朗を流してなでなでしたりおやつを食べさせたり楽しく遊んだりして、結果三太朗はそっちに気を取られて大満足してしまうので、いつまで経っても話が出来ない。

 三太朗は学習できる子であった。


 兄弟子三羽からすれば、急に手下が出来ることになって戸惑い、不安げにしている三太朗の気を紛らわせてやろうとしているのだが、それはさておき話を切り出されれば仕方がない。

 笑って相槌を打った。


「きっと師匠は完璧な配下を連れて戻って来ると思う」

「そーだな」

「まーな」

「たりめーだろ」

「思いつく中で最高のだと思う」

「だろーな」

「間違いねーな」

「決まってらぁ」


 弟子たちの師への信頼が無尽蔵に(あつ)い。

 三太朗は、笑うでもなく普通の顔で重なっていく同意に、いよいよ困った顔をした。


「…オレよりすごかったら、オレの配下嫌になるかな」


 三太朗は心底困って言った。

 師が連れて来るのが何者であれ、それは優秀な者だということが決定事項なら、三太朗より優れた者かもしれない。

 もちろん、努力はするけれども。今までもちゃんと頑張ってきたのだから、もっと頑張れと言われても、一時であればともかくこれからずっと続けるのは出来る気がしない。

 主従として上手く関係を築いていきたいが、優れた者ならなおさら、劣る者に従いたくはないはずだ。


「来たいと思って来てくれて、オレが主で平気なのかな?師匠とかにーさんたちの方が良いって思わない?」


 天狗一派の中でも指折りの実力者である高遠や、その高遠に頼りにされるほどの兄弟子たちに比べ、三太朗は自身が比べるのもおこがましいほど見劣りすると知っている。

 自分が仕える側なら、と考えたとき、頼りになる彼らの方に仕えたいと思っても無理はないように思われた。


「それに…」

 そう言いかけて口を噤む。


 配下が三太朗と兄や師を比べて、三太朗を劣っていると見做すという想像は、とても嫌な気分になったのだ。

 けれどそれを口に出すのもまた嫌だった。


 比べて見るのは自然なことであり、三太朗も兄たちを見比べてみることがあるのが事実。自分もしているのに嫌だと言うのは自分勝手なことだと解っているし、自分勝手な奴になるのは嫌だったから、ふくれっ面で黙るしかなかった。


 対する三羽は一旦きょとんと黙った。


 彼らにとっては三太朗は優秀な弟弟子であり、偉大な師ならびに自分たちおよび配下一同が今最も目を掛けて可愛がっているかわいいかわいい雛である。


 子どもに望まれる教養は充分。日々与えられる知識も喜んで吸収する貪欲な姿勢を見せ、脚の速さからわかるように順調に体も育っているし、一旦幼くはなったもののちゃんと頭を使うことが出来る。

 その上夜更かしせずに素直に寝るし、好きなものは喜んで、嫌いな物は嫌そうながらもちゃんと食べるし、ごめんなさいもありがとうも出来てお手伝いもする上、気遣いも出来るし甘え上手な良い子である。


 どこに出しても恥ずかしくない子だから『自分より優れた配下が来るのでは』という不安があるとは盲点だった。


 但し彼らの評価には『雛として見て』と付くのが当たり前だし、もちろんそれは悪いことではない。だからまさか一人前に育って中位から上位階を得ている兄弟子たちと、雛の三太朗を比べるなんてことは視点からして持っていない。


 そもそも大人と幼児を比べて能力的に優劣を付けるという話だと思えば、非常識さ加減がよくわかるというもの。


 主としての価値を比べると言っても、天狗内の権力という点で見ても"長位(おさい)"の愛弟子の第一の配下は、将来性込みで充分魅力的なのだ。

 今からよくよく主に仕えていれば、育って地位を得たときに最も頼られる重要な部下になれる。今は競う他の配下も居ないのだから、こんなに良い条件も中々ない。

 それでも三太朗とその上を比べて三太朗をないがしろにするとしたら、短慮の上に視野が狭すぎる。三太朗の配下という以前に、白鳴山の者として相応しくないのは明らか。


 というか、そんなぶっ飛んだ無礼者を高遠が選んでくることはない…というのは次朗まで含めて共通の、世間を知る大人の意見だった。

 幼い三太朗はそこに思い至らないが、きちんと説明してやれば考えて納得できる子なので心配はいらない。


『ここで心配すべきは寧ろ、懸命に背伸びして考えたであろう可愛らしい悩みへ返す助言についてではない』と、ちらりと目線を交わして意見が一致した双子は頷き合う。


「はぁあ?おまっ――」

 馬鹿にしたように言いかけた次朗を見もせず同時に両側から鳩尾(みぞおち)に肘を入れて黙らせ、「っぐふっ」という呻き声を丸っと無視し、真剣な悩みに不誠実な返しを受けて傷付いた目をした弟に笑いかけた。


「さんたろ、大丈夫だぞ」

「そうそ。そんなことはあり得ないからな」


「…でも」

 糸のようにか細い声を上げた顔は半泣きである。

 彼は雛にしてはしっかりしてはいるけれども、不安になったところに冷たく対応されればもちろん傷付く。

 以前の彼は受け流すのが異様に上手かったが、今同じようにするには、失われてしまった経験と幼い精神では難しいのだ。それ以前にそんな想いはさせたくない。

 双子に文句を付けようと顔を上げた次朗は、賢明にも腹を押さえたまま黙った。


 そこで、紀伊と武蔵は背筋を伸ばして大げさに咳払いをした。


「お前も分かっているはずだぞ三太朗よ」

「何の心配もいらないことがな」


 二羽を交互に見る弟に大きく頷いて見せ、双子はおごそかに言った。


「「お師匠が選んで来る配下が主を乗り換えるような下種(げす)な訳がない」」


 三太朗が衝撃を受けたかのように息を飲み、目を見開き、棒立ちのまま「あっ!」と小さく叫んだ。

 絵に描いておきたくなるほど見事な、悟りを得た者の図であった。


「そう、お師匠は必ずお前にとって最上の配下を連れて帰って来る」

「つまり、お前の今後を助けるのに最も適した者だ」

「ということは、お前を裏切る訳がなく」

「お前を見限る訳がない」

「お前を守り」

「お前を助け」

「お前と共に悩み!」

「お前と共に育つ!」

「「そんな存在だ」」


 交互に、揺らぐことない自信に満ちた口調で流れるように畳みかけ、これこそが世界の真理であるかのように朗々と語るさまは、まるでどこぞの宗教の教主のようである。


「無論お前は努力をせねばならない」

「主として部下に恥じる行いはしてはならない」

「だがみだりに臆することはない」

「なぜならこの先も変わらずお師匠が教え導いてくれるからだ」


 全体的に、あらゆることを、丸ごと、全部、すがすがしく師にぶん投げて、双子は会心の笑みで締めくくった。


「「ずっと見て来た俺らが保証する。お前なら大丈夫だ」」


 迷う者が最も欲するのは真実ではなく強い断定と肯定である。

 彼らは救われた者のきらきらした目を見て重々しく頷いた。抱いた想いの全てを見通し肯定する力強さが籠っていた。


「――武蔵さん…紀伊さん…。オレ、がんばる!」


 無事に励ませた二羽は、一件落着とやり切った顔でにっこりした。


「なんか詐欺みてぇ…」

 目の前で繰り広げられた一部始終を黙って見守っていた次朗は、言ってることは全部に同意だったので、釈然とせずちょっと首を捻ったが貝になることにした。

 胡散臭いとは思ったとしても言ってはいけないのを珍しく感じ取っていたのは幸いだった。




 安心して美味しくきな粉餅を食べ終わった三太朗は、気持ちに余裕が出来た。

 配下について心配しなくて良いと思うと、次はどういう扱いをすれば良いのかがさっぱり解らないことに気づいた。

 周りを参考に考えた方が良さそうだ。…とは思ったのだが、そういえば兄弟子たちの配下のことは、三太朗はあまり知らない。


「ねーねー、にーさんたちの一番目の配下って誰です?どんな人なの?」


 まだ無意識に人の感覚が抜けない言い回しをする末っ子に、兄弟子たちは「人じゃないぞ」と笑った。


「おめーも顔知ってんだろ。おれさまの第一の配下は剛腕の炎将(えんしょう)こと定七(さだしち)!あいつがおれさまの最初の手下だぜ!」

「さださん一番目だったの!」


 驚いた三太朗に次朗はなぜかふんぞり返って得意気に腕組みをする。


 師である高遠の配下の鬼夫婦、その長男の鬼、定七は三太朗も良く知っている相手だ。

 鬼夫婦の家に遊びに行くとたまにいて、たまに次朗と一緒に館に遊びに来て、たまに次朗と些細なことで喧嘩をしていて、ちょくちょく次朗と何かやらかして、時々山の中で息をひそめて隠れていて、しばしば次朗と一緒に白鳴山(うち)の誰かに怒られている、けれども一緒に遊ぶと意外に面倒見が良い鬼、という認識である。


「はいか…」

 三太朗の頭は傾いた。

 全部ひっくるめて"一緒に遊んでくれるおもしろい次朗の相方"といったところ。

 次朗とよく一緒にいるが、いくら記憶をたぐっても、彼らの間に主従という雰囲気は皆無である。


「お前らちっさいときから一緒に悪さばっかやってんだもんなー」

「しかも勝手に配下にしたって分かったときには仰天したのなんの」

「こいつら一緒にしといて大丈夫かってみんなで心配してさ」

「案の定、上下決まって円滑になった連携で被害倍増して」

「生傷も絶えないし、危ないことも躊躇いなくやるしで」

「気が合うのは分かるし一番目はさだちゃんってのは予想の範囲だとしても」

「もっとしっかりしたお目付け役迎えに行くかってお師匠も俺らもそりゃ悩んで…」

「うぅうぅうう、うるせえうるせえ!!兄貴たちちょっと黙ってろよ!!!」


 三太朗は、真っ赤になってぎゃーぎゃー大騒ぎする次朗を前ににこにこしながら『なるほど』と納得した。

 第一の配下というものは、三太朗が思っているより近い存在らしい。

 そう、次朗と定七のように、兄弟か親友…もしくは悪友のような親しい間柄なのだろう。


「ねぇねぇ、武蔵さんと紀伊さんのは?」

「ん?俺ら?」

「俺らの第一位はなー、地鱗(ちりん)(ブチ)さ」

「チリンの、ぶちさん?」


 へぇー、と言いながら三太朗の首はまた傾いた。

 頭の中ではちりんちりんと斑模様の鈴が鳴った。


「わかんねぇって顔してんな」

「あはは、あのな、地鱗ってのは小さめの馬ぐらいの大きさがある獣さ」

「土色の毛並みで六足の」

「顔はイタチに似てる」

「足はイヌ」

「尾はトカゲ」

「爪はトラ」

「毛の下に黒い鱗があって」

「背は毛が(まだら)で黒い模様に見えるのさ」


 三太朗は目を真ん丸に見開いて、大きな獣を想像した。

 黒に近い茶色の毛並み。

 背には黒光りする鱗が模様を作っている。

 六本足に太い爪、鱗に覆われた先細りの尾、丸い輪郭の顔が揺れて、…やっぱりちりんと鳴った。


 多分言われた通りのものが思い描けているはずなので、最大限の想像力を駆使したチリンに、うむ。と重々しく頷いてみた。

 この頃しばしば大人の真似をするようになった雛が可愛らしくて、全然重たくない『うむ』に兄たちはほっこりした。


「――斑は真面目なやつでな」

「呼べば何を置いてもすぐ来るんだ」

「"遁行(とんこう)"…えーと、特殊な裏路(うらみち)を通る技が使えるから、何処に居てもほんとすぐ来るんだぞ」

「たまに褒めてやるとそっぽ向きながら『お褒めいただくようなことではございません』とか言うんだけどなー」

「すっげー嬉しそうに尻尾が揺れてるから解りやすいんだなこれが」

「足は速いし、気配を絶つのも得意だし」

「傷にも強いし勇敢だし」

「無茶をしないし頭も良い」


 くすくす笑いながら、どこか誇らしげに交互に語る双子を見上げて、その横で「うちのサダだって…」とブツブツ何か言っている次朗を眺める。


――――…なんか。


「お師匠の一位は誰か知ってるか?」

「ん?知らないか。太刀(タチ)だよ。白ヘビの」

「太刀はずっとお師匠の懐に控えてて、本当にここぞってときにお師匠をお守りするんだ」

「いつものんびりしてるけど、あれで危機には滅茶苦茶敏感だし、反応は物凄く素早いんだぞ」

「太刀の結界術を見たことあるか?展開が滅茶苦茶速いのに硬いんだ。あれはすごいぞ」

「戦闘時には刀に転化(てんげ)して、お師匠と一体になって戦うんだ」

「刀一本だと思ったら二刀になるし、何も術の準備なしに急に結界で攻撃が防がれるし、それで出来た隙をお師匠が見逃してくれる訳がない。敵にとっちゃたまったもんじゃない組み合わせなんだ」

「お師匠が接近戦最強って言われる所以だぞ」

「お師匠も太刀をすごく頼りにしてるんだ」

「自他共に認める第一位の配下さ」


 三太朗に語りながら、初めて見る憧れの表情で目を輝かせる兄たち。


――――なんか、すごく。


 次朗でさえ黙って頷いている。

 その眉間には皺が寄り、不機嫌そうに見えるけれど、三太朗は彼が羨ましがっているのと、誇らしく思っているのが感じ取れる。


 何をか。そんなのは決まっていた。

 師の高遠と、その第一の配下である太刀の関係を。


――――なんか、すごく……良いな。


 一心同体の、弟子たちから羨まれる関係を築く高遠と太刀だけではない。

 親しい友のような次朗と定七。

 主と忠実な臣下のような紀伊と武蔵と斑。

 彼らもまた、三太朗には眩しく思われて仕方がない。


 だって、配下を自慢気に語る彼らの顔が、誇らしげに輝くのだ。そこには、隠されることなく、堂々と誇る理解と信頼がある。

 きっとそれは一方通行ではないのだと、三太朗には解る。

 彼らが語るときの心は、嬉しげで、楽しげで、そして揺るぎなく強い。

 思い描く相手は絶対的な味方だと、意識なんてしない深い部分で知っているような、不思議な感覚が伝わってくる。


 三太朗は、独りよがりでは築けない強固な結び付きがそこにあることを、確かに感じた。


――――良いなぁ。


 それはとても良いものな気がした。何よりも、どんな美味しいものよりもすてきな、それこそ宝物のように輝いている。


 あれがもうすぐ手に入るのだろうかと思うと、踊り出したいぐらい嬉しかった。

 そして、相手との間にちゃんと、このきらきらしたものを作っていけるのだろうかと、少し怖い気がした。

 それでも、それが欲しかった。なんだかとても、心の底から、今まで感じたことがないほどの強さで、彼はそれを望むのだ。


「オレ…がんばる」


 決意を込めた呟きに、兄たちは笑った。お前だけが頑張るものではないのだと。


「今日からお前は独りじゃないんだから」




 そのとき、不意に全員が何かを感じて襖を見た。

 廊下を近付いてくる気配はいつも通りの気軽さで、しかし三太朗の記憶よりも少しゆっくりで。


 居住まいを正して見つめる前で、するりと襖が開かれた。


「全員ここに居たか」

 お帰りなさいと口々に言う弟子たちに、高遠はいつも通り穏やかに微笑んだ。


――――師匠が帰って来た。


 ということは、とうろうろさ迷った三太朗の目が、高遠の脚の向こうに殆ど隠れた小さなものを見つけた。


「待ち兼ねたようだな。――おいで。お前の主だ」


 振り返った上機嫌な高遠に背を押され、おずおずと入ってきた者に、三太朗の目は釘付けになった。


 三太朗より頭半分ほど小さな背丈。

 凹凸がない細い体、体の割に大きな丸い頭、真っ直ぐ切り揃えられた黒い髪。

 三太朗の配下になる者の、第一印象は


「こけし?」


 満場一致を代弁した次朗は、本日二度目の肘を鳩尾に食らって悶絶した。



明日になると思いますが、進捗報告の方法とその他について、活動報告で記事を公開します。

公開したらこちらにリンクを載せますので、宜しければご覧下さい。

公開しました↓

https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/2916085/

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[良い点] 相変わらずだだ甘な師匠と兄弟子さんたろさんの第一配下はもしやあの子? [気になる点] 想像しているあの娘だとさんたろさん大丈夫?今はまだ子天狗の友達に小言言われない? [一言] かなり待ち…
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