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天狗の弟子になった少年の話  作者: たまむし
三章 身
114/131

九十七 真っすぐな眼差し 上

丸ごと授業回。

続きます。






()ぉー!(からす)ぅー、(いろ)ぉー、()ぃー、(だい)ー、(おさ)ぁー、あと、(つばめ)(すずめ)!!」


「――正解。よく覚えていた。流石だな」


「わぁい!!」


 一生懸命に指を折りながら答えていた三太朗は、師に褒められて無邪気に喜んだ。

 肩にちょこりと乗った小さなネズミもその前足で頬を撫でて称えてくれたので、益々嬉しくなってにこにこする。


 白鳴山の者が見ればつられてほっこりと微笑まずにはいられない笑顔の上。物理的な上方に、この上ない仏頂面があった。

 胡坐をかいた上に弟分を乗っけた兄弟子、猫背で弟分の頭に顎を乗せた次朗天狗である。


 上機嫌な顔と正反対の渋面が縦に並んでいるのは独特の笑いを誘う光景だが、師である高遠は一切合切何も気にせず弟子たちの仲が良いことに微笑んだ。




 足柄天狗が来訪した翌日の昼下がり。過日の宣言通りに三太朗と次朗の座学が行われようとしていた。


 内容は天狗にとって一般常識にあたる、天狗の階級についての話。

 雛にとっては妥当か少し早いが、階級を持った天狗である次朗は知っていなければちょっと恥ずかしいもの。

 そして彼がその恥ずかしい状態だと昨日判明し(バレ)てしまったため強制的に参加と相成った。


 次朗は呼ばれたときに物凄く嫌がった。

 逃げようとして師匠に投げ飛ばされて関節を決められてなお隙をうかがってしまうぐらいには嫌であった。


 年端も行かない三太朗と一緒に同じ内容の授業を受ける。まともな感覚の者であれば当然嫌であろう。

 例えるなら、平仮名を習う授業に、漢字を読めて書けて当たり前だと思われている者が混ざるような感じだろうか。


 しかし師に「うちで無知を晒すならまだ良いが、今後他所で、更には他の者の前であれば困るのはお前だろう」と諭され、ぐっと詰まったところで三太朗に「一緒にお勉強するの、嫌なの?」と無垢そのものの澄んだ眼差しを向けられて負けた。

 撃沈したところに「大丈夫、オレも一緒にがんばりますから!」と追撃が入って止めを刺されたのは余談である。


 流石にそんな次朗を憐れんで、上の双子はからかうことなくそっと席を外すことにしたので本日は部屋には三者しか居ない。

 そんな気遣いも次朗には痛かった。


 せめて意趣返しのつもりで、配下のネズミ"豪風"を使って三太朗をおびき寄せ、三太朗を膝に乗せて話を聞く体勢を整えてはみたものの、三太朗は恥ずかしがるどころかご機嫌でにこにこしているし、高遠は真面目に学ぶならば細かいことは気にしない。それどころか弟子たちの仲が良いことを喜んでやたらと温かい目で満足そうに眺めていた。


 かくして次朗は一人相撲で勝手に負けた末に仏頂面で大人しく座学に挑むことになったのだ。


 ちなみに三太朗は、如何に背後の次朗が不機嫌でぶすくれていようが、大好きな兄貴分が一緒のことをしてくれるということでご機嫌である。

 いらいらとささくれてどんよりした空気が背後から漂って来ようがそんなことは気にならない。心に一点の曇りもない晴天を頂き、かがやくような笑顔が曇ることはなかった。


 以前は周りを気にして神経質な気があった少年は、見事に我が道を行く図太さを獲得し、よっぽどのことがなければ天真爛漫として笑顔が崩れることはないのである。

 そう、次朗が自業自得で不機嫌なことなど今の彼にとって些末事であった。



 閑話休題。




「さて、三太朗。位階は我らにとって意味が重い」

 最初に位を全て言えるかとの問いに、三太朗が完璧な答えを返して見せたから、高遠は上機嫌に続きを始めた。


 白壁にくっきりとした筆致で、三太朗が答えた六階級を縦に書き連ね、その下に少し空けて雛の二階級を入れる。

 高遠は、三太朗に目を合わせてゆっくりと言った。


「我らは古来より、下は上に従うことを()とし、上は下を率い守ることを徳としてきた。多数の利を求め群を作る天狗に於き、それが最も秩序を乱さぬゆえに。いつしか慣例は明確な掟となり、下は上に逆らうことを許されず、上は下を虐げ(さいな)めば降ろされることとなった。(くらい)はその規範であり、接する相手がどの位置かは必ず把握せねばならん」


 高遠は末の弟子が幼くなったとしても、変わらず敢えて大人が使う言い回しをする。童子には易しくはない言葉選びであり、次朗などは眠気と戦う羽目になったりもする口調だ。既に半分白目を剥いているが、この辺りは次朗も理解している話なので高遠は何も言わない。三太朗は集中しているので背後の様子には気付かなかった。

 幸運にも次朗の先輩としてのなけなしの威厳は紙一重で守られていた。


 三太朗は喜んで難しい話を聞いていた。嬉しかったのだ。

 難しい言い回しだろうと、ちゃんと理解出来ると思い、ないしは期待してくれている証拠だと解っているからだ。

 期待されれば張り合いが出るし、頑張る気になるのである。


 しかし彼にとっては難しい言葉がやはり多い。一度言われただけで理解は出来ない。


「上に、従うが是…下を、従えて守る…」


 三太朗には不安はなかった。

 理解できるまで高遠は待ってくれるし、『解らないことがあれば尋ねればいい』と常々言い聞かされているのをこの上なく素直に、ひねくれることなく実践するのが三太朗だ。


 今までそうしてやってきたが、今は"前"は当たり前に師と会話していたことを憶えているから、更に意欲は増している。


――――前に出来てたんだから、今出来ないはずがないんだもん。オレだって出来る!


 絶対負けない、と密かに前の自分に対抗して、三太朗のやる気と負けん気は漲っていた。


「えーと、えーと、昔からの、慣例?が決まりになったんですね」

 たっぷりの時間をかけて噛み砕き、自分なりの答えを返せば「そうだ」と高遠が嬉し気に頷く。


「そこに気付くとは鋭い。まさに肝要なのはそこ、その順序だ。掟に反すれば罰される、とそればかり見る者がいるが、大切なのは、何故(なにゆえ)そう定められているのか。重きを置かれるべきは所以(ゆえん)であり、賞罰ではないことを心得ておけ」

「『何事も本質の在処を探せ』?」

「そうだ。良く理解しているな。流石は三太朗だ」


 以前授けた教えの引用を高遠は殊の外喜んで、良い子だ、と撫でた。三太朗は浮かれてちょっと体を揺らした。

 次朗は意識を飛ばしていたが、はっと瞬きをした。


 褒められたのが嬉しくて兄弟子を見上げた弟弟子の目に映ったのは、瞬時にしゃっきりした見た目は真面目そうな顔であった。

 それで浮かれている場合ではないと気を引き締め直した三太朗をにこやかに見てから、高遠は一連のことは講義に関係なかったので触れずにさっぱりと流した。


「さて、それぞれの位階についての話に移ろう。先ずは"小位(しょうい)"」

 こつ、と筆の尻で"小"と書かれた文字を軽く叩く。


「これは雛が長じ、同胞として認められれば必ず最初に与えられる(くらい)。雛位である"雀""燕"のどちらであっても、次になるのは小天狗だ。位階として実質的な最下位であり、特に技能が必要になることはない」


 技能がいらない、と聞いて三太朗はぱちりと瞬きをした。


「試験はいらないんです?」

 位が上がるには、昇位(しょうい)(ためし)という試験を受けなければならないと聞いていたのに、と小首を傾げた。


 試験がいらないということは、能力を試す必要がないということだ。

 幼いからかは知らないが、この山では何かを試されるという経験がとても少なくて、昇位試験は三太朗にとって重大事であり、考える度にちょっと緊張してそわそわしてしまうものなのだ。


 気になって仕方ないと言わんばかりの末の弟子に笑って、高遠は「試験はない」と言った。


「小天狗になるときは試験はない。というより、小位に就いた者に、昇位の試を受ける資格が与えられる。小天狗は雑用を手伝って仕事を覚え、先達について知識を得、己と仲間をよく知るのが本分。所謂下積みゆえに、最初から能力を必要とされるものではない…どうした?」

 なるほど、と納得した様子で頷いた三太朗は難しい顔をしていた。


「んー…試験、や、じゃないですけど、なんか好きくないです…。近々で受けなくて良いのは、いい?うーん、さって終わってほしい?かも…」


 試験はどんなものかよく分かっていないが、知らない大人に能力を試される、というのは緊張するものだし、怖いというのは違うのだが三太朗の中では『なんとなく嫌』という分類になっていたようだと彼自身たった今気づいた。

 試されるのが遠のいたのは少しほっとするが、早く終わって欲しいような複雑な気分だったのである。


 地味に気配を消していた次朗も頷いた。試験は試験というだけでどれだけ年を重ねても嫌なのだった。


 そんな弟子たちに高遠はくっくっと喉の奥で笑った。

「試されるのは気分が良いものではなかろうが、そんなに忌避することはない。案ずるな。受ける試験にはきちんと通してやるし、要領を飲み込めば(おそれ)も消えようよ。万が一落ちても再度受験すれば良いことだし、そのときは充分に鍛え直してやる」


 まあ、気持ちは解る。と少し真面目な顔で付け足され、三太朗と次朗はひとつのことを察してこっくりと頷いた。


――――師匠も試験、嫌だったんだな。


 なんとなく親しみが増した弟子たちであった。


「さあ、次は"鴉位(からすい)"だ。鴉に就く者はある程度上の意向を(あやま)たず解し、下の者を従えるに無理のない実力を求められる。普段は鴉天狗同士で集まり、そこに監督役として更に上位が数羽付いて動く。数を揃えての規模が大きい作戦の折は、小天狗の班に頭として配置されるゆえ、三太朗も小天狗として動き始めたら、最初に接する上の者は鴉位だろうな」

「…難しそうです」


 三太朗はううん、と唸った。

 上位者から来る命令を受け取り、小天狗の班を纏めなければならない役は、そもそも下が居らず命じられたこともない雛にはどうすればいいのかがさっぱり分からない。

 分からないなりに想像してみはするのだが、大変そうだと思っているからか、悪い方向に想像が膨らんでいく。


「どの辺りが不安だ?」

 優しく訊かれて、三太朗は正直に話した。


「えっと……もし小天狗が言うこと聞いてくれなかったら困るなぁとか…嫌な命令されたらとか、命令の解釈間違ったらどうしようとか…?オレが命令通りにやった後に、その命令自体が実は間違いで大変なことになって、命令した上の天狗がオレが解釈間違ったから大変なことになったんだって言って責任取らされたり、あと下の小天狗たちが命令が嫌でオレを悪く言ったら困るね?オレが出した命令じゃないのにオレに言われてもしょうがないし、多分上からも『なんで言うこと聞かないんだ』って怒られるのオレだよね?下からも上からも文句言われたら泣いちゃうかもです…」


 最初は誰しもが心配する、役目を上手く果たせるかを不安がる様子だったのが、段々やたらと具体的な中間管理職の悲哀を憂い始めた童子に、ほっこりしていたその場の大人たちは、最後には真顔になってしまった。


「なぜそこまで現実的に考えられる…?」

「どこで知ったんだよそんなこと…」

「?」


 変な所で予想の斜め上に想像力が豊かな三太朗である。

 子どもには夢と希望が溢れていて欲しかった大人は、何かがちょっと壊れたような気がしてならなかったが、ひとつ咳払いをして気を取り直した。


「下が逆らうのは、理不尽を働かれたのでない限り許されん。そも、下位を従えることが出来ん者を昇位させることはないゆえ、そこは案ずることはない。小位の間に部下の上手い扱いを学んでおけ。次に鴉位の者は班もしくは連で動くのが普通だ。命を受ける際も変わらんから、迷うなら同輩と相談すれば良い。間違っても一羽のみで責任を問われる事態にはならん。個別に呼ばれるとすれば、余程気に入られたか、師弟関係にあるか…目を付けられたかだな」

「えっ」


 真顔で言われた最後でぎょっと身を引いた三太朗に高遠がなんでもないように笑った。この天狗、弟子で遊んでいる。


「大丈夫だ。普段通り行儀よくして、まともな同胞に懐いておけばそっちが守ってくれる。俺は山を離れる訳にはいかんが、何かあれば紀伊と武蔵や次朗に相談しろ。それに、お前が支部へ降りるときには、俺の知り合いに顔を繋いでおくから心配はいらん」


「はぁい。わかりました!」

 師匠は知り合い多そうだったし、何だか大丈夫そうだと思って三太朗は元気に返事をした。


 知り合い。味方の集団。色々と言い表し方はあるが、それを天狗は派閥と呼んだりする。

 派閥同士の関係は色々と大人の事情があって情操教育的によろしくないので、大人たちはその辺は端折った。


「鴉の次は、"色位(いろい)"だな。ある程度の実力と知識を備えていることが認められ、上位同行でなくとも拠点の外を動くことを許可される。色は専ら(れん)で行動するから、連員の結びつきが強くなる。上からの命で集団を作るときも連を解体することはまずないゆえ、それまでに仲良くなった者と引き離されることはないぞ」


「なるほどー…色になるまでに、連員を探しとかなきゃですね」

「まあそういうことだな。色になった途端に焦って探し始める者も居るが、まともにしていればそれまでに自然と見つかっているものだから、気負うことはない」

「えっと、えっと…連は同じ位階の天狗じゃないとダメです?」


 ふむ、と高遠は少しだけ考えるように目を泳がせた。

「駄目ということはないが、同位かひとつ違いぐらいが望ましいな。実力には差がない方が合わせ(・・・)やすい。それに、どうしても上位者や下位者と接するとき、隣に居る者との扱いに差が出るのは気まずいものだろう」


「…なるほど。わかりました」

 ほんの少し、ちゃんと仲間が見つかるかという不安が過ったが、そういえば一羽確実な味方が外にも居た。


――――いざとなったら宜和(よしかず)を鍛えて試験受からせて連に誘おう。


 昇位は宜和にとっても良いことだし、たくさん頑張ってもらおう。と結論付けて、三太朗は真剣な顔で密かに頷いた。


 そのためにはどう教えれば良いのかも考えておかなくては、と思う。

 宜和は大人なのに小天狗であるからして、出来はあまり良くないのだ。きちんと鍛えてやらなくては、とある種の使命感を抱いて、当事者の知らないところで友による愛ある実力養成訓練の実施が密かに計画されようとしていた。


 とある遠方で某小天狗が寒気を覚えてくしゃみをしたとかなんとかは余談である。


「色位の上の"飛位(ひい)"。これになるには、呼んで字のごとく飛翔する能力が充分だと認められることが必要になる。他の実力や知識も具えねばならんのは言うに及ばぬが、特に自在に飛べなくては飛天狗とは認められん。任務に於いては指揮官の下で隊を束ねる役目を負う」

「おおー!かっこいい!」


 自在に空を舞う、天狗らしい天狗を思い描いて、三太朗は目を輝かせた。


「飛ぶのって難しいんですよね?どれぐらい飛べたら飛天狗になれます?」

「そうだな…防具を付けたまま飛びつつ、地上に居るのと同じく武具を振えることがひとつ、最高速度で飛び、狙った場に違うことなく着地できることがもうひとつ、さらに決まった経路を辿り、指定された地点を回って帰ることか。それぞれ安定、正確、持久が充分であるかを見る」

「試験内容!?」


 ふんわり疑問を投げたらこの具体的な基準が返ってきて雛はびっくりした。


「そういうのって秘密にしなくて良いんです…?」

 ちょっとズルをしている気分になる、正直な三太朗だった。


「別にかまわない。今言った実技は毎回内容が同じだから、昇試(しょうし)を受ける者は大概その程度は訓練して臨む。毎回知識領域の出題は変わるが、出された問題は手に入れて傾向は把握しているからヤマを張るコツも見える。教えてやろうか」

「師匠、それダメなやつでは?」

「大丈夫だ。バレなければ」

「つまりダメなやつ!!」


 高遠は一切罪悪感のないふてぶてしい真面目な顔のままで重々しく言った。

「無論、ひと通りきちんと知識を学んでもらう。ただ――昇試前に出そうな要点のみみっちりやり直すだけだ」

「尤もらしく聞こえるけど中身は普通にヤマ張ってるだけだった!」


 三太朗は気付いた。高遠は否定をしないのだ。ということは認めているのと同じ。つまりは


――――悪い大人!


 天狗最上位の一角、白鳴山の高遠は、無駄なことをしない主義であり、枠に嵌らないので有名な男であった。


――――師匠かっこいい!


 一方、高遠天狗率いる白鳴山の弟子たちは、師のことをほぼ全肯定するので有名なのであった。

 仲間内では『あかん、あいつらなんとかしないと』と意見が一致している。しかし残念。手遅れである。


「残る"大位(だいい)""長位(おさい)"は指揮官だ。部下を招集し、使い、全体を見渡し、拠点を守り、敵を討つ。先を見通し、方策を立てることが常だが、ときには実力を以て群を率い、戦端を開くこともある。拠点として山を守る、所謂"山主(やまぬし)"となるのが許されるのは大位から。この二位には役目としての違いは大してないが、長位は例え下位を招集するにしろ独断で行えるが、大位は大きく動くときには大天狗五か長天狗一の同意が必要、などの違いか。大位よりも長位の方が様々な特免を頂いている。あとは、両位ともに、年に一度の試験に受かれば就けるというものではない」


「試験じゃなれない…?」


 そういえば、と三太朗は思い返す。以前昇位試験の話をしてもらったときにも確か『飛天狗までの試験は年に一度』というようなことを聞いた。

 疑問に思ったが、あのときは未だ人だったため、突っ込んだことを訊いても『翼が生えてから』とはぐらかされてしまったものだから、訊くのを止めた覚えがあった。

 今なら教えてもらえるという事実は、何だかひとつ過去の自分に勝ったような気がして誇らしい気持ちになった。


「じゃあ、大天狗と長天狗にはどうやったらなれるんですか?」

 三太朗はにこにこと素直に訊いてみた。


「大位は、正確には定期試験ではなれんだけで試験を行う。ただ長天狗三以上か大天狗七以上の推薦を以て実施される。内容は…まあ実力を披露するものだな。顔見世に近いから今はあまり気にせずとも良い。長位は大天狗の中から久那(クナ)が指名する」


「久那が」


 急に出てきた絶対支配者の名称に、三太朗は理解をした。『特免を頂いている』というのの前にはきっと『久那から』と付くのだ。

 たぶん、特に大きな功績があって久那の目に止まり、信頼出来ると思われた者に与えられる特別な位なのだ。


――――つまり久那は師匠を信頼してるってこと!


 なんだかとっても誇らしくなって自然と胸を張ってしまう弟子だった。


「さて三太朗。これで位についての大まかな概要は教えたが、何か気になることはあったか」

「はい師匠!相手の階級を知らなきゃいけないって最初に言われましたけど、どうやって見分けてるんですか?あと、"色位"の色って何色ですか?それと、師匠たちの帯が赤だったり青だったりするの、関係あるんですか?」


 はいはい!と手を上げて元気よく投げられる矢継ぎ早の質問に、高遠はとても嬉しそうに頷いた。


「順に話そう。先ず我らが腰に巻いているこれだが」

 黒の装束の腰を締める赤い細帯を指す。

「これは"略証(りゃくしょう)"と言い、色天狗以上であることを示す。"本証(ほんしょう)"…広く階級証と呼ばれるものを上から付けるのが正式だ。そして本証は――これだ」


 高遠が懐から、じゃらりと鳴らしながら取り出したものを見て、三太朗は目をまん丸に見開いてしまった。

「これって…」


 帯と同じ赤色に、幾つもの磨き抜かれて銀色に光る鋼の玉が通る、太い組紐――

 ひらひらと翻って手からするりと逃げていく赤い紐の幻影がさーーーーっと脳裏を爆速で通り過ぎた。


「……鍛錬に使ってた紐に見えるんですけど」

 記憶違いだろうかとまじまじと見る灰色の目に、大丈夫だと黒い目が細まる。


「心配するな――鍛錬で使った紐に間違いない」

 三太朗は何が心配いらないのか全然分からなかった。


「えっと…階級証ってとっても大事?」

「まあそうだな」

「訓練に使ったの?」

「そうだな」

「オレが力いっぱい引っ張ったやつ?」

「なんだ、あれが力いっぱいだったか。もっと引いても問題ないぞ」

「長位の階級証って、あの、えっと、とってもとーーっても貴重なやつでは?」


 おっかなびっくりそう言えば、ふぅむ?と高遠は顎に手をやって首を捻った。


「貴重…というのは少し違う気がするが、今世に在るのは二十本かな」

「……」


 三太朗は無言でちょっと蟀谷を揉んでみた。前の自分よりちょっと幼くなって、けっこう楽天的に物事を考えるようになった自覚がある三太朗でも、なんか頭が痛い気がしたのだ。


 だって長天狗と言えば久那を別にすれば最高位。

 たくさんの権限を与えられて、色んなことを許されていると今聞いたばかりだ。

 それに、多分他の同胞たちに憧れられたりして、是非いつかなりたいと思われたりしててもおかしくない。

 たくさんいる天狗の中で、二十羽しかいない。


 そんなすごい天狗であるあかし。


「あの…そんな乱暴に使って良いやつです…?」


 恐る恐る、まさしく戦々恐々としながら確かめてみる。

 対する堂々と、まさに泰然自若と構えた師はゆったりと実力者の余裕がたっぷりのやわらかな微笑みのままで言った。


「保護の術も掛かっているし、少しのことでは壊れたりしないぞ。大丈夫だ」


 その笑みを見て、雛はそんな問題ではないような気しかしなかったが


――――師匠がそうゆうんだったら、そうなんだな!きっと!!


 考えることを放棄した。








長くなってしまったのでここで一旦切ります。

授業は続きます。


感想とレビューを頂きました。この場を借りてお礼申し上げます。

ありがとうございました(*´∀`*)

お蔭様でやる気を得まして、スランプに打ち勝ち、時間を捻り出して書き上げることが出来ました。

これからも頑張って参ります。

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