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天狗の弟子になった少年の話  作者: たまむし
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一 目覚める

12/4 表現微修正。

 母は言った。

「これから先、辛いことが数多くあるでしょう」


 けれど、と少し微笑んで。

「良いこともまた、必ず有ります」


 そうして手を取って、祈るように続ける。

「だからどうか、思い詰めず心安らかにありなさい。澄んだ心で、成すべきことに向かえるよう」


 その黒い瞳に憂いを浮かべて、想いよ届けと目を合わせて。



 「御仏のご加護がありますよう」






 ゆっくりと目を開く。

 目が覚めるのは唐突だったけど、眠りと覚醒の境目はすごく曖昧だった。

 布団はあったかいし、ふかふかだし、ついでに言うとさらさらだった。お日様の良いにおいまでした。


 環境自体が眠りに誘っていると錯覚…いや間違いなく強力に二度寝へ誘い込もうとしているのだ。

 このふわふわとした最高の寝床に包まっていると、起きたくなる要素なんかどこにも見当たらない。ただちょっと、少し、けっこう、部屋の中が明るいだけだ。


 ていうか多分この光は外から来てるよね。ということは部屋の外も明るいですよね。

 世界が明るい。

 うん。素晴らしいことじゃないかな。

 この布団の心地よさと同じく素晴らしい。

 というか布団すばらしい。


 あ、ダメだこれ眠い。

 無理だ。全面的に降伏する。これ以上の抵抗なんて無意味だ。

 だって仕方ないじゃないか。

 ぬくもりが全身くまなく抱きしめながら慈悲深く柔和な顔して微笑んで『今眠れば最高の夢が見られますよ』と優しく囁いて来るんだもの。

 あ、こいつ額に"惰眠"って書いてある。


 これはいかん。こいつの策略に乗っては破滅の道を歩むことになる。

 なにせうちの父上はいつも『怠惰に過ごしていてはならん。ひとかどの人物は己にも厳しいものだ』と言いながら早寝早起きを徹底しているのだ。

 そして自分の息子たちにも同じようにすることを強制するのだ。


 ちなみに娘たちには強制はしない。要請もしない。提案するだけだ。

 だって父上もかわいい娘たちには嫌われたくないですもんね。

『父さまなんて嫌い』とか言われてそっぽ向かれた日にはきっとこの世の終わりって程落ち込むに違いない。

『早起きしてみたらどうかな』が精一杯でも無理はないですよね。うんうん。己に厳しいってどんな意味だったっけ。


 ですが勿論わかっていますよ父上。だってこんなに明るいんですもんね。

 これはもう立派に寝坊ですね。

 ひとかどの人物にあるまじきことですよね。

 わかってますって、ほんとにわかってます今起きますからそんな怖い顔でこっち来ないで!!



 いつの間にか閉じていたらしい瞼を、渾身の力を振り絞ってこじ開ける。

「ん・・・」

 ああ、天井が見える。

「あれ・・・?」

 まだふわふわと頼りない頭でちょっと考えた。


 なんだかこの天井、見覚えがない。

 まだ夢を見ているのだろうか。

 起きる夢を見ているのかもしれない。

 天井どころか、部屋も見覚えがない気がするし。


 その部屋は畳敷きで、障子越しに昼間の光が柔らかく満ちていて、なんとも明るかった。

 とても静かで、ひどく穏やかだった。

 だからだろう、何の警戒もなく、深く考えずに動き出してしまったのは。


 頭が半分寝たままではあったが、よっこいしょ、と立ち上がる。

 完璧に寝過ごしたのは間違いなくて、日の高さが気になった。

 外を確認しようと、障子戸に手を伸ばす。

 障子を開けようと手を伸ばす。


 開けよう、と



…しゅばっ



 障子と自分の手の間に差し込まれた、でっかい手をまじまじと見る。

 そこにはこれまたでっかい字が書かれていた。


『まて』


――――まて・・・マテ?ああ、「待て」かな?

 

『もうすぐ主が帰るから、それまでゆっくりしていなさい

 起きるなら着替えるといいだろう

 今持ってくるように伝えよう』


 そういえば今の格好って、寝巻きだ。

 てかなんでこんな大きい寝巻き着てるんだろう裾は引きずるし手なんてほとんど指先まで隠れてしまう。

――――動きにくいし動くの嫌だなもう一回寝ようかな布団めちゃくちゃ気持ちよかったしな。


『それとも腹が減ったなら(くりや)に伝えよう

 食べられないものはあるか?』


――――好き嫌いは特にはないけれど、寝起きは顔洗って、一通りの身繕いして、ちょっと父上や兄上たちと素振りしてからじゃないと入らないんだよな。


 食べられるといえば食べられるから目の前に出されたらちゃんと食べきるんだけどね。

 残すなんて選択肢はない。食べ物を残したら父上どころか母上や家人一同からも大目玉を食らうことになった挙句、次の日まで食事抜きの上庭に放り出されて家にも入れてもらえなくなるのだ。

 そんなことされなくても食事を残すなんて勿体無いことしたことはないけどな。

 すぐ上の兄が一晩中すすり泣く声を今でも覚えてる。


『もしもし、おーい

 もしかして文字が読めないのか?』


 さて、現実逃避はそろそろこの辺りにしておく方がいいだろう。

 今は目の前に、喫緊の問題があるのだから。


『困ったな』


 こちらは困ったどころの話じゃない。


 勝手に書き換わる文字が書かれた手のひらを見る。

 手首を辿って、前腕を過ぎて、肘の内側まで視線を動かす。


 そしてその先は――壁


 掛け軸の横の、硬そうな、見た感じ普通の――壁


 つまりは、


 壁から、腕が、生えてる。



「~~~~~~~~~~~~っっっ!!!」


 過去最高の反応速度でもって反転の上人生最速の初速からの突進!!

 襖を渾身の力で引き開け、柱に当たる破裂したような音を置き去りに更に加速しながら廊下を疾走する!!


 走る、走る、走る!

 裸足の足が、板張りの廊下を力いっぱい叩く。

 恐怖と混乱で真っ白になった頭が、どこまでも伸びながら追いかけてくる腕の幻を作り出す。


 角を折れ、長い直線をひた走り、また曲がる。

 幻影に追いつかれるまいと回転する足に長い寝巻きの裾が絡み付いてよろめいた。

 曲がりきれずに肩をぶつけて、受身も取れずに転ぶ。

 焦燥にくらんだ視界に拳ひとつ分ほど開いた襖を捉え、半ば這うように転がり込んだ。


――――なんだあれ、なんだあれ、なんだよ、なんなんだよあれは!!なんで腕が壁から生えるんだよ!!


 我を忘れてそう叫んだ、つもりになった。


「~~~~~かふっ・・・!!」

 出たのは酷くかすれた音だけだ。

 ・・・・・・喉が痛い。


 どうやら驚愕のあまり、叫びながら走ってきたらしい。

 いや、実際は力みすぎて声にならなかったみたいだ。

 驚きすぎると、人は叫び声も出ないらしい。

 声にならない息を力いっぱい吐き出しながら全力疾走してきた今、喉はめちゃくちゃ渇いていて、唾を飲み込もうとすると引きつって、思わず咳き込んだ。


 喉の痛みと一緒に、今まで忘れていた体の痛みを自覚する。


 胸の内側で太鼓みたいな音を立てている心臓の鼓動と、上がりきった息に合わせて、色んなところがズキズキしてくる。

 足の裏や、肩や膝、脇腹。特に膝がめちゃくちゃ痛い。


 それでも無理やり痛みと息をこらえて、耳をそばだてる。


 音は、しない。


 ていうか腕って生えるとき音なんてするんだろうか?


――――そもそも腕生えるときってどんなときだよ!さっきみたいなときか!!一生知りたくなかったわ!!


 とにかく全身全霊をかけて、襖の向こうの気配を探る。

 何もいない、と、思う。多分。おそらく。だったらいいな。


 意識的に大きく、ゆっくり息を繰り返す。

 少しだけ、落ち着いた。


 ここがどこかは、わからないが、どうやらオレは、生き延びたらしい。



セルフ鬼ごっこ(本人はガチ)開幕。

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