その横に立ちたいと願う。
聖職者。彼はそう言った。
「…名を名乗れ」
「言ったと思うのですが、名を置いてきてしまったので、名乗れる名を持っていないのですよ」
「斬る」「待ちなさい」
彼の答えにイリアは斬ると判断した。それを私が止める。
本当は、それが正しいのかもしれない。それでも、私は彼の心が気になる。
「貴方は、本当に人間ですか?失礼を承知で言わせてもらいますと…とても、正常な人間の心には見えないのですが…。」
その純粋な殺意と、慈愛に満ちた優しい風を同時に合わせ思う彼に興味が湧いた。
精神保護をしているわけでもなく、二面性がある人間ならば、もっと歪んでいる。こんな対極の心の両方に振り切っている人間は見たことがない。
仮に、目の前の彼以外に居たとしても、私にとっては初めてだ。
だから気になる。最初のあの地獄の様な心を持っていながらも、その極端な二つを思う彼が…。
「心や考えが見えると言うのは、本当なんですね。
なら、僕の考えも見えたりするんですか?気になりますね、心や考えとはどういう風に見えるのか…風景の様に見えるのか、文字が浮かび上がるのか…」
「…残念ながら、貴方の考えは見えません。
貴方の質問には、その両方と答えておきます」
私の質問ははぐらかされた。それに実際、本当に彼の考えが見えない。答えたとしてもそれが本当か分からない。
見ようとすれば、あの地獄が顔を出し、私の思考を埋め尽くしてくる。
「メイ、今のは」
「本当です」
イリアも驚いている。
私が見えないことに、私自身も驚いている。
でも分かっている事もある。
先程の祈りをしたのは彼だ。
間違いなく、感じた雑念の中にあった空気とここ周辺の空気が一致している。他に人が居る様子もない。
「考え事ですか?」
「えぇ…先程、祈りましたね?なぜ、貴方の様な人物が祈りを捧げたのか気になりまして」
「なるほど、だからメイ様はこんな所まで来たのですね。
聖職者だから…ではダメですか?
僕としても、ただ日課を忘れていたとしか言えないので、納得していただけるとありがたいのですが」
彼は心底困った様な表情で答える。
本心を見てきた分、見えないと言うのはもどかしさもありますが…表情だけでも、ある程度の事は分かります。
彼は、別に嘘を言っている様には見えない。
「お話は終わりでよろしいですかね?
僕も、あんまりこの周辺には長居をしたくないので、そろそろ行きたいのですが…。
お二人も、僕なんか相手にせずに勇者の所に戻ったほうがいいのでは?仮に一言告げて出てきたにしろ、遅いと彼等も心配するでしょう。仲間思いの良い方々ですから」
まるでアイン達を知る者の言い方ですね。
過去にアイン達に救われた方でしょうか…。でも、その心は美しい反面危うすぎる。
危険分子になるかどうか…障害になりそうならば、早めに積むべきですよね。
「イリア」
「御心のままに」
私が名を呼べば、イリアは迅速に行動する。
私の考えを汲み取り、その一閃を目の前の彼へと…。
その心、この状況でどう変わりますか?
「敵対の意思は無い。そうお伝えしたはずですが?」
イリアの一閃は、彼が首を傾げただけで当たる事無く頭上を通過した。
心が揺らぐ事もなく、ただの作業の様に彼はイリアの攻撃を躱してみせる。
むしろ、事もなく避けられた事にイリアの心が一瞬動揺を見せた。
イリアは完全に首を狙って剣を振った。そのはずなのに、イリアの一閃は斜めに伸びた。それはイリアにとって予想外だったのだろう。
イリアが何かされた?それなら私が気づくはず。それもない…なら、どうやって…。
「速いですね」
すぐに思考を切り換えたイリアが、上がった剣をそのまま振り下ろそうとするが、今度は彼が動く事はない。それでも剣の軌道がズレ当たらない。
「私は、何を斬っている…」
一旦距離を取り、私の隣へと戻ったイリアが呟く。
分からないのは仕方ない。正直、あんな使い方をする発想は私には無かった。
「イリア、シールドです」
「防御魔法ですか?でも、そんな手応えじゃ…仮にシールドだとしても、私が斬れない程に魔力を込めて?」
「面ではなく、辺を剣の軌道上に置いてズラしているみたいですよ。
それも、できるだけ剣の刃に沿って展開して」
「要は、防御魔法と鍔迫り合いをやらされていたと言う事ですか…」
その時、手を叩く音が聞こえる。
「すごいですね。まさか、こんなに早く見破られるなんて思いませんでした。
まぁ、正確には競り合っても負けるので、シールドの辺を滑らせただけですけど…」
「ならばっ!」
余裕の表情で話す彼の言葉を聞いたイリアは、私の横から高速で移動して彼へ向けて突きを放った。
確かに、それなら面で捉えるしかない。でも…いや、やはりと言うべきか…彼に届く前に、その剣は止められた。
小さいシールド一枚で…。
「貴様…」
「流石に、感触がありますよね」
今度はイリアも何をされたか分かっている。
私もしっかりと見た。
突きを放った瞬間、イリアの肘の内側に一枚展開されたシールドで勢いを殺され、そのまま突かれた剣を小さいシールドで受け止めた。
「まさか、勢いを殺してもこれほどの威力がありとは…流石ですね」
シールドが砕け散る音が響くが、イリアは一歩も動けない。
それがいつ展開されたか私には分からないが、彼から伸びる光る紐は、イリアに絡まり端を地面に突き立て拘束している。
魔法の展開速度が速すぎる…。イリアの剣に合わせて展開されたシールドにしても、今イリアを拘束しているバインドにしても速い。
「もう一度だけ言いますね。
私は敵対をする気は無いので、どうか矛を引いてもらえますか?」
彼がイリアから私へと視線を移した瞬間に、念のためにと持ってきていた召喚用の魔法陣を取り出そうとしていた手が止まる。
見てしまった。
地獄の様な心でも、慈愛に溢れた優しい風でも、純粋な殺意でも無く、それらの中で静かに残り一人歩く彼を…。
それは、とても悲しくて…それを望んだことの様に微笑み歩く彼は、とてもとても美しい。
「メイ様!大丈夫ですか!」
そんな彼に魅入られてしまった私は、自分が涙を流している事に気づかず、拘束から開放されたイリアが驚き焦って私の元へ来たことで気付いた。
あんな所を独り渡り歩く貴方は、どれほどの感情を抑えつけているのでしょう。
それを計る事は、私にはできない。
「大丈夫です。
帰りましょうイリア」
「…いいのですか?」
「えぇ。アイン達の前に立ちはだかったとしても、彼一人では止められない。
大した脅威にもならないでしょう」
「聡明な判断、恐れ入ります」
私とイリアのやり取りを聞いていた彼は、少し安心した表情で言った。
そして、私とイリアを交互に見て
「お二人がアインの仲間で良かった。
アイン達は、強くなりましたか?」
優しい声で聞かれる。
「はい。まだ、一度も蘇生した事もありません。
アイン達は強くなっています」
「なんだ。僕の考え、見れているんじゃないですか」
そう微笑み言う彼の考えは、また見えなくなる。
その質問の時だけ、彼はずっと考えていた。アイン達が蘇生をする様な自体に陥っていないか、したことはないか。
きっと彼は、勇者一行に選ばれた事で、無理矢理蘇生を覚えたのだろう。
勇者一行に選ばれた時、その者が蘇生魔法を覚えていないのであれば、体感させて覚えさせる。その方法で…。
私は、体感したことはないが…きっと良いものではない。覚えるまで、殺し生き返させられるなんて、精神が壊れてもおかしくない。
その精神を壊れぬよう保護するのは、神の加護。もしかしたら、彼は神を恨んでいるのかもしれませんね。
「何か、アインに伝える事はありますか?」
私は、再度霊鳥を呼び出す準備をしながら彼に聞く。
対する彼は、私達に背を向け空を見上げながら答える。
「そうですね…。
もし、まだ僕の事で立ち止まっているようなら、しょうがないですね。
こう伝えてください。
大丈夫。好きなようにやって、さっさと世界を救ってくれ。そうすれば、もしかしたらまた会える。
そうお願いします。
もちろん、必要ないなら言わないで置いてください。蒸し返す必要なんてありませんからね」
「判断基準は、私でいいんですか?」
「枢機卿メイ様なら、適切な判断をしてくれると信じていますよ」
「わかりました」
それ以上言葉を交わす事はなく、私達はその場を後にする。
飛び立つ瞬間、彼の方を見ると…相変わらず心が見れる事はない。だけど、心ではなく別のモノが見えた気がした。
何かを食べる彼と、一瞬だけ顔に黒い脈動する何かが浮かび上がったような…。
「本当に良かったのですか?」
「戦っている最中は仕方ないとは言え、敬語に戻っていますよ」
「あっ…ごめん」
「ふふっ…えぇまぁ大丈夫でしょう」
「それは、彼がアイン達の昔の仲間だからですか?」
「そうですね。きっと、アイン達は今も仲間だと思っていますよ。
えぇ…きっと、彼も含めて」
そんな会話をしながら夜の空を飛び、宿へと戻ると、一階で三人とも待っていました。
アインとルニンはピリッとした空気で、フェルさんは商人から買っていたカンの実を食べながら。
「皆さん、ご心配をおかけしました」
「すまない遅くなって」
「遅かったな。その気になる事は分かったのか?」
「帰ってくてくれて良かった」
「…おかえりなさい」
それぞれが言葉は違うものの安心した表情で出迎えてくれる。
その時に、私は見えてしまう。三人とも彼が居なくなった日を思い出し、悲観的になる思考を。
……別に、立ち止まっているわけではありません。しっかりと強くなって、世界を救う為にアイン達は進んでいる。
でも、その心はすぐ絶望に飲まれてしまいそうな不安定さが見え隠れする。だから、これは今言う事にしますね。
その方が、貴方の心も少しは穏やかになる気がするから…。
「えぇ、大丈夫でした。
そこで皆さんにお伝えした事がありまして…」
「ん?どうした?」
「なんかあったの?」
「…?」
「今、言う事にしたんだ」
やはり何かあったのか…。と心配気味の三人と、優しく見てくるイリア。
イリアも、もしかしたら私の考えが読めているのかもしれない。
そんな風に全部分かってるみたいな考えをしてる。
イリアに一度頷いて、私は彼の言葉をアイン達に伝えた。
「大丈夫。好きなようにやって、さっさと世界を救ってくれ。そうすれば、もしかしたらまた会える。
確かに、伝えました」
誰からとは言う必要はない。
だって、アイン達は私の言葉を聞いた途端に目の色も心の穏やかさも変わった。
「そうか…。その言葉を言ったやつは、元気そうだったか?」
「元気かどうかは、分かりかねました。
でも、イリアの剣を止めたのは確かです」
「私も鍛錬不足だと自覚させられたよ」
「くくっ…そうか。
ほらな、やっぱり大丈夫だった…」
アインが嬉しそうに笑い、弱々しく漏れた声は誰に言ったものか…。
隣で声を殺して泣くルニンを埋める心はなんと明るい事か…。
向かいで一人、片膝を抱え顔を伏せるフェルさんの決意は誰が為か…。
これで、アイン達は大きく進める。より強くなる。
そして、私も一つ進んだ。
「メイ、一緒に最後は幸せだと笑おう」
「!…えぇ、そうですね」
イリアは、やっぱり私の心を見れているのだろう。
その言葉に、私は素直には喜ぶことはできないけど、本当にそうなれたらとは思えた。
なんとなく、ヒロイン二人にしたかった。
扱いきれるかは不明で…。