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名も無き聖職者  作者: 慧瑠
今や旅人
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冒険の書を見続けますか?

少し長くなりました。

感覚的には、一時間程度で外から聞こえる音で目が覚めてしまった。

テントの幕を小さい水滴が叩く音。それが、雨だとすぐに理解する。


「アイン」


「まだ香の半分も経ってない、もう少し寝とけ。

雨が降ってきたみたいだが、木々が多いおかげで少し工夫すれば濡れずに済みそうだから心配はするな」


「ありがとう。でも大丈夫。

戦闘ではあんまり動かないし、さっき休んでたので魔力の方も少しは戻ってるから。

それに、あんまり眠くないんだ」


「お前が休めと言ったのに」


「アインはまだしも、二人は疲れてたみたいだからね」


眠気すらない僕はアインの横に座り、降り落ちてくる雨とり火の方が強いが、消えないように集めた薪代わりの枝を焚べていく。

そして、さっき途中で止めてしまった本を取り出し読み始めることにした。


「いつも助かる。

俺は、前しか見ない時が多いからな」


「それだけ信頼されてると思っとくよ。

僕だって、違うな…僕だけじゃない。ルニンもフェルさんも君を信頼して君の後ろを守ってる。

きっと、二人は精神面でも」


「お前は違うのか?」


「アインって、たまに意地悪なところがあるよね。

分かってるでしょ」


「すまん」


「謝らないで欲しい。逆に惨めになる。

それに、考えてもみれば、特に行動を起こさなかった僕にも問題はあるし、必然と言えば必然だよ」


何の事とは互いに言わない。

アインは、僕の気持ちを知ってるし、その上でルニンと関係を持ってる。

もちろん、僕もアインの気持ちを知ってる。アインがルニンに向けている恋心も、フェルさんに向けている優しさも。


それが、良いことなのか?と聞かれれば、僕は'節操なし'とアインに言う。でも、それできっと彼女達の精神面が保たれている事も確かだ。


「まぁ、僕もアインとだから旅が続けられてる。

だから、君は前を向いて魔王を倒して世界を救ってくれ。僕はそれを見たいんだ。

君が、振り返った時には必ず僕達が居るから、安心して救ってくれ」


「もちろんだ。旅立ちの日にお前と約束したように、俺は勇者として、お前の親友として必ず魔王を倒す」


「それでいい。

節操なしな君には、世界を救うぐらいには頑張って貰わないといけないから」


「本当、お前って遠慮無しに言ってくるよな」


「アインもね」


言いたいことを言える仲っていうのは、本当に良い。

僕は僕で、結構精神を抉られては居るけど、こうしてアインと話す事に支障はない。


まぁ、アインは気遣ってはくれる…けど、気持ちに素直だから…隣の部屋でとかもあるからね。しょうがない。

これぐらいの嫌味は許してもらわないとね。


「でもな、お前は少し勘違いをしてる」


「勘違い?」


「あぁ。

俺は「ごめんアイン、少し風も出てきた。先に日課を済ませていいかな?」…あ、あぁ」


何か言おうとしたアインには悪いとは思うけど、僕は日課を済ませる事にする。

焚き火から太めの薪を二本拝借して、焚き火には追加で薪は焚べておく。

その二本を地面に立てて、その二本の間に小さな魔法陣を書いて、魔法陣の上には近くで集め水で軽く洗った石を積み上げた。


かなり簡易だけど、これを祭壇として手を組み合わせ、日課の祈りを僕は始める。


勇者を選定したとされる神。また、この世界を見守っているという神。見たこともないし、声も聞いたことはない。

アインは、声が聞こえ勇者だと自覚したという。手の甲に現れた紋様が神に勇者として選ばれた何よりの証…。


少し、羨ましいと思う。

小さい頃から教会に通って、教えを説いてもらい、神に祈りを捧げ続けている僕は聞いたことがない神の声を知っているアインに。

磨き続けてる治療魔法を覚え始め、効果は僕以上になり始めているアインに…。


はぁ、祈りの最中に嫉妬するなんて、だからきっと僕には神の声は聞こえないんだろう。

雑念が多いのか…はたまた、現れない神よりアインに信頼を置いている事が見透かされているのか。


どちらにしろ、きっと僕に神の声を聞く日は無い。

それでも毎日欠かさずに祈る。


「………」


アインも僕が祈っている時に喋ることはしない。

神に選ばれたアイン。そのアインと共に旅する僕達。皆に、神の加護を祈る。


「主よ、我らが旅路を見守りください。」


言葉に嘘は含めない。


その祈りの言葉を言い終えると、少しだけ周りの気温が下がる。

いつも通り…きっと、神が加護でも与えてくれているのかもしれない。僕は、そんな風に思っている。


そして、これが祈りを終えた合図でもある。


「ごめんね。お待たせ」


「いや、大事な事だ。


それでさっきの続きだが…「おはよー」「おはようございます…」

……また、今度話す」


どうやら、聞かれたくない話しみたい。

テントからルニンとフェルさんが起きてくると、アインはそう小声で僕に告げ、二人に挨拶をした。


「起こしちゃったね。ごめん」


「いいえ…」


「んーん。結構寝させて貰ったから平気だよ」


気温が下がった事で、彼女達の睡眠を邪魔してしまった。

アインの近くに置いてある魔物避けの香を見れば、まだ一時間は寝れたのに…。


----


私は雨音が聞こえた時には起きていた。

狩人として生きた私。生きてきた中で養った感覚は、勇者アイン様のパーティーに入ったからと言って衰える事はなく、むしろ戦闘の回数から鋭く磨き上げられてきていると思う。


だからかな…ここ最近は熟睡をあまりできてない。

耳が良いのは、良いことばかりじゃない。


彼が起き上がり、テントから出ていく事に気付きながらも寝たふりをする。

さっき変な事を言ってしまった事で、顔を合わせるのがすごい恥ずかしい……。


雨音と一緒に聞こえてくるアイン様達の話し声に耳をすませながら、目は閉じて、少しでも身体を休める事にした。


……。

その会話の内容は、私の心を締め付ける。

これが何かは分からないけど、心苦しいって言うのはこういうことなのかもしれない。


お父さんとお母さんが魔物に殺されてから数年、両親から教え込まれた狩りで生きてきた。そしてたまに住んでいた村に来る商人から世界の話しを聞いた。

魔物達を統べる魔王の復活と、勇者の誕生。そんな彼等と関わる事はないと思っていたけど、たまたま狩った獲物を売りに行った酒場で勇者様達と出会った。


その後は、魔物の群れに襲われてアイン様に助けてもらって…その助けてもらったお礼をしたいと言うと、僧侶の彼が何かの縁だと仲間にならないか?と提案してきてくれた。


後から聞けば、彼は私が独りだと薄々気付いて誘ってくれたらしい。


孤独からの解放と、危ない時は守ってくれるアイン様に不相応にも憧れ以上の何かを抱いたのは嘘じゃない。

だから、ルニンちゃんとアイン様の関係を知っていて、ルニンちゃんが一緒にと誘ってくれたから…もう一人は嫌で、もう独りじゃないと言ってくれたから…一度だけ…。


思い出すと、身体が震える。

痛かった。分からないけど、怖かった。そして、その後一人で吐いてしまった。

私は、愛を育むはずの行為に嫌悪を感じてしまった。

父と母の様に、苦難を共に乗り越え、苦労も幸福も分かち合ったはずなのに…私の身体は、それを拒絶する。


気持ち悪い…。


たまに隣で行われる行為に、そう感じてしまう。

気にしないでください。と告げたから、最初は気を使ってくれていたけど、今ではあんまり気にしていないみたい。

別にそれでもいい。いいけど、やっぱり気持ち悪い…。


そう思いながら、戦っていると…一つ気付く事があった。

アイン様やルニンちゃんと幼馴染と言う彼。僧侶である彼は、戦闘では攻撃は滅多にしない。

そもそも、まともな攻撃ができるのかすら、私には今も分からない。


それでも、彼は凄かった。

勇者一行であるに相応しいと思える。


前衛の行動を阻害しない防御魔法、麻痺や毒の異常に罹った時に迅速な対応、維持される回復。

どれ一つとっても、私にはできない。攻撃主体のルニンちゃんにも、アイン様にも。

それまでは気づかなかったけど、少し意識すれば彼の凄さに目が惹かれた。


私が一瞬反応が遅れたのに避けれたのも、間に合わないと思った攻撃をアイン様が間に合ったのも…少し視野を広げれば、理由が分かる。


それに気づけた一戦は、いまでも覚えてる。

巨大な魔物から振り回された攻撃を避けている時に、足が泥濘ぬかんだ地面に取られ当たりそうになった時、ダメージを覚悟した。できるだけ、ダメージを抑える為にと身構えた時…彼の魔法が見えた。

二回に分けて、一瞬だけ発動された彼の'シールド'の魔法。

一回目に振られている腕の付け根辺りに展開され、二回目は魔物が振っている武器の正面に軽く斜めに展開される。

それだけで、攻撃の軌道が少しズレて、私の頭上を通過する。それに唖然とする私を狙った次の振り下ろしには、アイン様が私の前に立って攻撃を受け止めていた。


私は、その時に自分の浅ましい考えにも気付いてしまう。

どこかで、私は後衛を守りながら戦っていると思っていた。実際、守っていた面もあると思う。

でも本当は、私も守られていた。


その後から私の戦い方は少し変わったと思う。

全ての攻撃を無理に避けるんじゃなくて、必要な分だけ避けるようになった。

それでも、私は前と変わらないぐらいの傷で、その前以上の戦果を上げるようになった。


彼にも言われた。

'ここ最近の戦い方は、無理してなくていい感じですね'と…。

無理をする必要が無くなったのは、貴方のおかげだと言いたかったけど、もともとお喋りが苦手な私の口は上手く動かなくて…'ありがとうございます'としか返事ができなかったのは、今でも悔やんでる。


アイン様達の会話を聞きながら、自分の思考がぐるぐると深みにハマっていく事が分かるのに止まらない。

震える身体が収まる事もなく、心苦しさが増すばかり。

そんな時、周りの温度が少し下がったのを感じた。それに比例して、身体がポカポカと暖かくなるのも。

気がつけば、震えも心苦しさもいつの間にか収まっている。


原因は分かる。彼が日課にしている祈り。

私は、この祈りの瞬間が好き。

不安もあるし、怖さもある。それでも、この瞬間が'大丈夫'と声を掛けてくれているような気がして、落ち着く。


「ん…あぁ、祈りかぁ…」


その感覚に身を委ねていると、隣で声がした。

周囲の変化でルニンちゃんも起きたみたい。


「フェル?」


「起きてます」


「おはよう」


「おはようございます…」


これ以上、寝たふりの必要も感じないから、私はルニンちゃんの言葉に返した。

そして、二人でテントの外にでると…魔法陣の光りに照らされて、その光りを木々の隙間から落ちてくる水滴が反射している。その中央には、彼が片膝を付いて祈っている姿。


その姿に、私は息を呑んで吸い込まれてしまった。


ただただ綺麗で、神聖な美しさに…。


「おはよー」


隣で聞こえたルニンちゃんの声でハッとして、私も慌てて挨拶をする。


「おはようございます…」


それで私達に気付くアイン様と彼は、少し申し訳なさそうに私達を見た。


…。


彼と目が合ったその瞬間に、とても身勝手な考えが頭を過ぎってしまった。


ちょっとだけ、ほんの少しだけでもいい。その意識も視界も、独り占めしたい。って…。


同時に戻ってくる心苦しさ。でも、さっきとは少しだけ違う。

苦しい感じに変わりはないけど…どこか、心が熱くなった。

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