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名も無き聖職者  作者: 慧瑠
今や旅人
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冒険の書を見返しますか?

「お前が止めても俺は行くぞ!」


「分かってるから落ち着いて。すぐには無理だ。

身体を休めて、少し体力を回復してから行くべきだ。

フェルさんもルニンも連戦で体力的にも魔力的にも限界が近い。君も今日は戦いすぎてる、少しでいい休もう」


「そんな時間はない。早く村に戻って、炭鉱は安全になったと伝えてから休めばいい。

そっちの方が彼等だって安心する」


「今、攻略したばかりだ。

今からだと、村に辿り着く前に日が昇る。この暗い中を移動するには、危険なのは僕達だ」


「…少しだけだ」


「ありがとう。

テントを張るの手伝って貰っていい?」


「あぁ」


アインは、渋々といった感じだけどテントを張り始めた。

少し離れた所では、フェルさんもルニンも僕とアインが話している最中に木に腰掛け、上がった息を落ち着かせている。


勇者アイン、狩人でハーフエルフのフェルさん、魔法使いのルニン、そして職業的には僧侶の僕。これが今のパーティー。

フェルさん以外は古くからの知り合いで、アインが神託で勇者になる前から遊んだりもしていた。フェルさんは、二つ目の街の酒場で仲間探しの時に知り合って、そこからは一緒に旅をしてる。


「張り終わったな」


「うん。後は、少し薪を集めてくるね。

アインは、魔物避けの香を炊いて、ルニンが少し怪我をしてるみたいだから治療してあげて?僕は、魔力の残りがギリギリで…」


「いつも悪い。

戦闘中の回復を任せっきりで」


「ははは、それが僕の役目だから。

もう少しすれば、アインも戦闘中に回復できる余裕がでそうだけどね。

それじゃあ行ってくる」


アインとの会話を切り上げ、その場を離れ薪を探すために少し森の中へと入っていく。

今のところ魔物の気配を感じないけど、念のために魔物避けの香を使っておこう。…もう残り数も少ないから節約しなきゃ…。

半分にした魔物避けの香に火を付けて小さい香壺に入れておく。これで、約一時間半ぐらいかな。



あれから薪を探して、もうちょっとで魔物避けの香が切れるから戻ってきたけど…


「……ぁ……もう、帰ってきちゃ……ん……フェルも…おきちゃ…ぅん…」


「アイツの性格だ。節約とかで半分にして時間を計算してるから、もう少しは帰ってこないしフェルも疲れて寝てるから起きない。

それとも、起きてほしいのか?」


とまぁ、戻れない。休んどいてって言ったつもりだったんだけど…。

さっきチラッと見えたけど、行為中のルニンとアインの隣では、敷いた掛け布の上にフェルさんの姿もあった。


別に、初めての事じゃない。精神的に来るモノがあるけど、どこか慣れてしまったというのも事実だ。

泊まった宿で、翌日宿主から'昨晩はお楽しみでしたね。'と告げられた時は、もう何か惨めになって苦笑いしかできなかったけど…今回はそんな事も無い。

今、もし言われても笑顔で流せる自信すらつくほどには慣れた。


僕もそうだけど、ルニンもフェルさんもアインには何度も危ない所を救われている。それが何度かあれば、結果は分かってた。

遅いか早いか、こうなることぐらいは…。


…でも、やっぱり結構堪えるなぁ。


…………。


音でバレない様に彼等から離れ、胃の中のモノを木の根元に全て吐き出した。

そう言っても、胃の中に大した量は無く、胃液が喉を少し焼く。気持ち悪い…。


自分が嘔吐したモノに土を軽く掛け、持っていた水で口を濯ぎながら魔物避け香を確認すると、あと五分もしないで効力は無くなりそうだった。

もう、アイン達も終えているだろう。アインは、僕がどうするか分かっていたみたいだし…。


先程と同じ位置に戻れば、予想通りに三人は服装を整え待っているのが確認できた。

自分の息を少し確認すると、若干酸味臭かったが問題はないだろう。

気持ちを整え、何事も無かったかのように…。よし、もう大丈夫。


「ただいま」


「おかえり」「あ、おかえり」「おかえりなさい」


澄まし顔のアインに少し息の荒いルニン、赤らんだ顔でチラチラと僕の様子を伺うフェルさん。

…大丈夫。

先に用意された焚き火に薪を足して、置いていた僕の荷物の中から保存用の材料を取り出して食事の用意をする。


水と香辛料とも合わせ、簡易的なスープの完成。味は…まぁあまぁあ。


「遅かったな」


「少し迷っちゃってね」


「まったく、お前もあんまり無理するなよ」


「アインもね」


ここで、嫌味の一つでも返せば良かったのだろうかと一瞬考えてしまう。

お前のせいで戻れなかったんだよ。って…。まぁ、そんな事を言っても意味が無いし、今後に支障がでそうだから言わないけど。


食事を終えて、僕とアインで交代で見張ると言う事で休憩を取ることにした。

魔物避けの香が切れたら交代。

そうして、三人がテントに入ったことを確認して、魔物避けの香を付けて火の番をしながら時間が来るのを待つ。


「あの…」


「寝れないんですか?それとも、食事が足りなかったですか?

これ、カンの実です。甘いですよ」


「あ、はい。ありがとう…」


少ししてからテントから出てきたフェルさんに、薪集めの時ついでに集めたカンの実を渡す。

ほのかな酸味と甘さがある果実で、食後に丁度いいオヤツだ。


「アインとルニンは寝たんですか?」


「はい…」


チラチラとこちらの様子を伺いながら話すフェルさん。戦闘となれば、押せ押せな戦い方をするのに、普段の様子はこんな感じで口数が多い方ではない。

一時すれば、テントに戻るだろう。

僕は、フェルさんに渡した実とは別の実を食べながら、昔から愛読している本を読み始めることにした。


「いつも、それ食べてますね…好きなんですか…?それ」


「?…あぁ、見られて居たんですか。

好きと言う訳では無いのですが…これ、ちょっとずつですけど保有最大魔力が増える実なんですよ。

本当に微量ですし中毒性も高くて一般的には違法薬の様な扱いです。

何より、洒落にならないほど苦いんです」


一粒だけ差し出すと、興味はあったのだろう。僕の掌から、その一粒を食べ…


「ングッ!」


聞いたことの無い声を上げ、頑張って飲み込んでいました。

本当に苦いと言うか…マズイんですよね。これ。


「ね?美味しいものではないでしょう?

まぁ、でも…」


「少しすると気分が落ち着きます」


「それが中毒性の高い理由の一つです」


そう。魔力増加のせいか、不思議と精神が安定するんですよね。

聖職者が使っていいモノでは無い気もするけど、もう手放せるモノでもないんです。


「…さっき、居ましたよね」


「……」


「小さかったけど、音が聞こえていました」


狩人という生業のせいか…ハーフエルフという種族のせいか…フェルさんは大変耳が良い。

その事を忘れていた。

敵を察知するにもフェルさんが一番早いですし、気配やらに関して僕達の中では一番長けていると思う。

思うけど、今回はちょっと厄介だなとも。


「寝ていると思ったんですけどね。

別に気にしてませんよ。いちいち確認しなくても結構です」


「…ごめんなさい」


「あ、えーっと…すいません。

少し、嫌な言い方でした。

本当に気にしてないので、大丈夫です。それでこの話しは終わりにしましょう」


「…はい」


それから、特に喋る事もなく時間が流れる。

僕はエデの実を食べつつ本を読み、フェルさんはカンの実を食べながら…。

時折、火の中で薪が弾ける音。

後十分もしない内に魔物避けの香が切れるな。横目で確認しながらフェルさんはいつまで居るのだろう?と思っていると、フェルさんは僕が横に置いていたエデの実をもう一つ食べた。


その行動に少し驚いた。


「先程言ったと思いますが、基本的に食べて良い物じゃないので…」


「一回だけです」


中毒になられても困ると思い、もう一度伸びる手を止めるように言おうとすると、言い切る前にフェルさんが遮り言った。


「アイン様とは一回だけです…。

今日も、私はしてません…もうする気も…」


「はぁ…?そうですか」


正直、突然そんな事を言われても反応に困る。


「痛かったですし、気持ち悪かったです…。

私は……どうしたら良いですか?」


「僕に言える事と言えば…そうですねぇ…。

好きにしたら、いかがでしょうか。

別に、無理をしてまでする事でも無いでしょう」


何が言いたいのか分からないし、何を聞かれているのかも分からない。

そういう相談事に僕自身が慣れていない。本当に何が言いたいのか。

返答に困る。


「でも、エデの実を食べるのは止めたほうがいいですよ」


「…はい」


僕には、これぐらいしか言えない。


「…」

「…」


気まずい。

さっきまでは、そんな事無かったのに、なんか気まずい。

ちょっと早いけど変わってもらおう。アイン、ごめん。


少しだけ残っていた魔物避けの香を消し、テントの中で寝ているアインを起こして交代を告げた。


「少しは休めた?」


「あぁ。頭がスッキリしてる。

お前もしっかり休めよ」


「ありがとう」


少ないやり取りだけど、互いに本心である事は分かる。

アインは、良い奴なんだ。本当に。

魅力的だし、戦闘においてもカッコイイ。子供の頃から憧れも嫉妬もアインに感じた。

だからこそアインならと納得できる。

悔しいけど勇者の彼も、幼馴染の彼も知っているからこそ、僕は彼に信頼を置ける。


テントの中では、ルニンが寝ている。

想い人の寝顔を見ると胸が高鳴るが、高まった瞬間急速に冷めていく。


少しはだけていた掛け布を掛け直し、端で寝ていたルニンとは逆方向の端に寄り横になる。


「起きてたのか」


「今から寝ます」


「アイツが言ったんだ。しっかり休め。

さっき少し寝ていたとは言え、まだ疲れが残っているだろ」


「はい…」


外の会話が聞こえる。

その会話を聞いて、フェルさんは寝たふりが上手なんだなと素直に思った。


少しすると、背中側に気配が一つ増える。フェルさんが横になったのだろう。


「起きてますか…?」


「…」


「…カンの実、ありがとうございました。

美味しかったです」


「それは良かった」


それから少し経つと、寝息が一つ増えた。どうやら、フェルさんも寝たようだ。

僕も寝よう。今日も、なんか疲れた。

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