表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
寂夢  作者: 蛍石光
寂夢 四
7/35

寂夢、第四章になります。


第三章のあとがきで予告したように高無愛の話になります。


双子の姉、愛はどのような人生を送ってきたのでしょうか。

 今年もまたこの日がやってきた。今日は昭和48年6月3日。

 舞がいなくなった日から20年たった。私は23歳になった。だから舞も23歳だ。


 私は五歳のころから毎日毎日、社に通った。双子の神を祀っているとされるあの社だ。父にお参りさせてほしいと頼んだら、五歳になったら一人でお参りに行ってもいいと言われ、それから毎日通った。「舞が無事でありますように。」と、それだけを願っていた。


 ある日、夢を見た。夢の中で舞は笑いながら楽しそうに過ごしていた。夢ではあったけど私は満足だった。夢で舞と会うことができた。子供だった私はそのことを無邪気にそのことを父に伝えた。父は笑いながら『そうか。』と言って頭を撫でてくれた。


 そして数年前、突然、あることに気が付いた。それは舞を感じること。何かがはっきりとわかるわけではなく、私の心の中にもう一人の私がいるような感覚。直感的にもう一人の私=舞だと感じられた。それは私にとって一つの生きる喜びになった。


 けれど、父は私が中学校を卒業するのと同時に、成和町を離れると決めた。詳しい理由は教えてもらえなかったけど、舞のことが関係しているように思えてならなかった。私は反対だった。この家は私と舞を結びつけるたった一つのもの。心を感じることができても、どこにいるかわからない妹が帰ってくるなら、この家しかないと思っていたから。


 私は毎日の日課である社のお掃除とお参りができなくなることもイヤだった。でも、全寮制の高校へ進学が決まっていた私にはどうしようもなかった。だから神様たちにこうお詫びとお願いをした。


「これからは毎日は来れなくなりました。でも、一年に一回は、私が生きている間は必ずお参りに来ます。だから、舞を守ってください。」


 その時、私には声が聞こえた気がした。


『高無舞は生きているが生きていない。だが、必ず会える。』


 それはあるいは私の思い込み、願いだったのかもしれない。けれど、私にとっての希望の言葉になったことは間違いなかった。


*********************


 あの声を聴いてから八年。まだ舞には会えていない。父も亡くなった。もともと体の弱かった母親はかなり昔に亡くなっている。私にとって肉親と言えるのは舞だけになっていた。


 私はあの町に戻る気になれない。あそこは良い思い出も悪い思い出もたくさんありすぎる。だから私は就職を機にこの町に来ていた。生まれ故郷とは違う都会の町。そこで私は小学校の教師として生きていた。


 時折感じる舞の感覚。それだけが私の生きる喜びだった。

 あの時に聞いた声。『必ず会える』というその不確かな言葉だけを信じて日々を生きてきた。ただ、不思議なほどに日々に悲しみはなかった。舞の満たされた感情の一部が私に流れ込んできていたせいなのだろうか。子供たちと接していたからだろうか。はっきりとした理由はわからない。そんな私は傍目から見るとどういう存在に見えたのだろう。おそらくはどこか空虚な存在。存在はしているが存在していない人間。


 そんな私を支えてくれた人がいた。その人は優しかった。私は彼に優しかった父の姿を重ねていた。そして、彼のことを私を支えてくれる男性といつしか考えるようになっていた。

 それは禁断の恋。相手の男性は妻子ある年上の男性。

 私が一人で思いを寄せているだけならば、きっとこんな複雑な問題を抱え込むことにはならなかったのだろう。


*********************


 あれから一年経った。私は、まだ、舞に出会えていない。一年に一度、あの町の社に行く。その約束は絶対に違えることはできない。

 それは私の生きる目的だった。

 それだけが私の目的だったはず。


「舞に再会する。」


 これが私の人生の目的であり、なけなしの貯蓄をはたいて行ってきたことだ。

 仕事の合間に図書館へ行き舞に関わりのありそうな記事を集め、興信所を訪ね舞の捜索や手がかりをつかむように依頼する。この繰り返しだった。しかし、資金も徐々に底をつき始め、いつしか私は教師という立場を手放した。


 お金が欲しかった。


 舞に会うために。


 自分の目的のために。


 そのうち私は何が目的だったのかわからなくなってきていた。

 気が付くと舞を感じられない自分がいたことに気が付いて愕然とした。それまでは、いつもとは言わないが舞を身近に感じることができた。それは自分の意思とは関係なく、彼女の、おそらく舞だと思われる誰かの感情の一部が流れ込んでくるからだった。それがある日を境に全く感じられなくなった。私は生きる目的を失いつつあった。


 教師という道は、自分で選んだ道だった。私たち姉妹が歩んでくるはずだった子供時代。突然の別れによって失った自らの半身と、ともに歩むはずだった日々。その日々が戻らないことや恨んでも仕方がないことはわかっていた。だから、今を生きる子供たちに生きることの幸せを伝えたい。それが動機だったのに・・・いつの間にか私の生きる目的は全て無くなってしまったように思った。


 夕方に狭くて古いアパートで目覚める。この時が最も孤独を感じるとき。幸いにして、私は人並み以上には可愛らしく生まれてきたらしい。そのことを誇りに思ったこともなかったが、今の仕事の前の前の前の・・・ずっと前の初めての夜の仕事。一緒にお酒を飲んで楽しく会話をするという、いわゆるクラブと呼ばれる場所での仕事も、そのお陰かあっという間に軌道に乗っていった。


 ある時、いつも懇意にしてくれていた男にアフターの申し出を受けた。その意味だけは知っていた。でも、私には経験がない。だから今まではずっと拒否し続けていた。いつか私の目的を達成した時に、その時に私を愛してくれる男性がいたら・・・その時こそ私のすべてを捧げよう。そう思って生きてきた。


 でも、でもっ、私にはお金が必要だった。クラブの仕事は確かに軌道に乗っている。でも、バンスの返済で思ったよりも手元には残らない。毎日、クタクタになるまで働いてもバンスは少しずつしか減らない。


 月五十万円の愛人契約。内容はもうあんまり覚えていないが、週に二回、相手をすればいいという話だった。私は耳を疑った。二ヶ月でバンスを完済できると。思わず飛びついた。そして、その男は私が処女だということを知り、契約金以外に三十万円を上乗せしてきた。そのおかげで私はバンスを完済。晴れてクラブでの稼ぎをすべて自分のものにすることができるようになった。


 これで、舞を探せる。そう思いながらも、自分の頬を伝う涙を無視した。自分に言い聞かせた。二兎追う者は一兎をも得ずと。そして、少しずつ、闇に落ちていく自分を感じていた。


 舞を感じられなくなって一年。それでも子供のころのあの言葉を信じて様々な探偵に調査を依頼したが、有益な情報は得られなかった。いや、もしかすると、もう信じていなかったのかもしれない。ただ、そんな自分を信じたくなかった。そのためにはもっともっともっと・・・お金が必要だった。まだ・・・足りない。


 彼は老人だった。初めこそ私を愛し、愛撫し、抱いた。けれど、それはあくまでも契約上の事。あの男も次第に衰えていった。私は彼には金以外の魅力を感じていなかった。

 その日は突然やってきた。彼の代理人と名乗る弁護士が手切れ金と口止め料として二百万円を持ってきた。『これで今までの関係をすべて清算して欲しい。』と。そしてそれは『彼の遺言でもある。』と。愛人契約は三ヶ月で打ち切られた。理由は男の死。別に何の感情もなかった。ただ、明日からどうやって生活するか。それだけが恐怖だった。金が要る。そうしなければ舞を探せない。今の私を肯定するにはその考えにすがるしかなかった。


 はっきり言って、今まで私に思いを寄せてくれた男性もいなかったし、あの頃の禁断の思いを口に出す気もなかった。

 だから、仕事中は何も考えていない。全ては失われたもう一人の自分を探すため。そのためならどんなことでも耐えられる。

 誰に抱かれていようと、誰かと刹那の愛を演じていても。

 だから、金になることは犯罪以外のほとんどをやってきた。だから、どんなことでもできた。そして、いつしかあの社に行くことも忘れていた・・・


 私を現実に引き戻したのは・・・あぁ、なんということだろう。まさかこんなところであの人に会うなんて・・・あの人にだけは見られたくなかった。目的を見失い、金だけを得るために体を売る私の姿を。彼を見た時、私の中の全ての感情が弾けた。


 彼に出会ったのは偶然。街角のおもちゃ屋さん。ショーウィンドウに飾られたぬいぐるみを見ていた時だった。普段の私ならそんなものには目もくれないはずだった。けど、あのぬいぐるみは、舞が大好きでいつも抱えていたものにそっくりだった。私はその場に崩れた。そして泣いた。

 私は何をしていたんだろう。お金だけ手に入れて何になるんだろう。自分から舞を探さないでどうするんだろう。今までの二年間、何をしていたんだろう。思い返すと得たものより失ったものが多い。後悔の念が私を押しつぶす。そんな時、彼が店から出てきた。


「もしかして・・・高無・・・先生?」


 こんなにも変わり果てた私を、二年ぶりに見た私を彼は一瞬で見つけてくれたのだ。


 私は返事ができなかった。こんな姿を見られたくなかったし何よりも今までの後悔が大きすぎた。


「・・・いいえ・・・」


 それだけを何とか口に出しその場を立ち去ろうとした。そんな私の腕を彼は掴み、こういった。


「いや、君を見間違えるわけがないだろう?高無先生。いや・・・愛くんっ。」


 私は言葉に耳を疑った。これほど変わってしまった私を見間違えるわけがないっていてくれた彼。嬉しかった。私を見てくれる人がいてくれた。そのことが嬉しかった。


「そう・・・です・・・唯木先生・・・」


 私が憧れた先生。職場の上司。妻子いる男性。理想の男性。



 それからの私は幸せだった。夜の仕事からはきっぱりを足を洗い、新たに仕事を始めた。その仕事は決していい給料をもらえたわけではなかったけど、心は満たされていた。けど大きな理由は彼がそばにいてくれたこと。『君が立ち直るまで。』そう言った彼のやさしさに甘え、彼の胸に飛び込んだ。

 もちろん彼と一緒に生活をしたわけじゃない。たまに夕食を共にした、そのくらいの関係だった。ある晩、彼は上機嫌だった。昇進が決まったということだった。その日私たちは、初めて食事中に酒を嗜み、ほろ酔いになった彼に想いを告げた。『愛している』と。

 そして、男性に抱かれ、初めて女の本当の喜びを得た。


 彼とはあの日の一回だけ。そう、たった一回だったが私にとって人生に新たな息吹を吹き込んでくれたものだった。

 彼には妻もいる。子供もいる。そして来年度からは校長になる。そんな彼に私は荷物以外の何物でもない。

 あれから二か月。私はもう一つの目的を達成させるために彼のもとを去ることに決めた。ここにいると彼に迷惑をかける。だから彼には言えない。手紙だけを残して彼の前から消えることにした。


 そして、私が向かったのはあの故郷の村。海辺の小さな村。あの闇の時間に手に入れたお金があれば数年は生きていける。あの村で小さな家を借り、新たな命を育てながら妹を探して生きていこう。あの家に帰れないのは辛いが、あの頃の自分を身近に感じたい。そんな我儘だったのか、双子の神に呼ばれたのか。それは今となってはわからないけど、あの時の決断は運命だった。


 そう、命が尽きていくこの瞬間にも、私はそう実感していた。


 自分の生まれ故郷で、娘を産むことができたこと。

 自分の人生のほとんどをかけていた目的を達成できたこと。

 あぁ、満足だよ・・・いい人生だったかはわからないけど・・・きっと笑って逝ける。


 そのはずだったのに・・・どうして・・・今、まさに逝こうとしている私にこんな未来を見せるの・・・和樹・・・あなたは・・・私の・・・

ここまで読んでくださってありがとうございます。


四章もこの一話で完結です。

三章と四章は短い話ですが、重要な話なので単独の章となっています。


それにしても、愛と舞。どちらが幸せな人生だったのでしょうか。


そして、愛の最後の言葉。

疑問は尽きないと思いますが、次の章でまた、少しだけ謎が解けると思います。


感想お待ちしております。

悪口、批判、なんでも結構です!

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ