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寂夢  作者: 蛍石光
寂夢 三
6/35

第三章になります。


前回までの疑問を解消できる話になっているかもしれません。

 この町に来るのは何年ぶりになるんだろう。

 私は25歳になった。

 今、この町を歩いていても誰も私に気が付かないだろう。それは嬉しい反面とても悲しい。けど仕方がない。私がここで過ごしたのは三歳までらしい。

 らしい、というのも私にはここで生活していた記憶が全くないせいだ。だって、物心がついた時には両親と一緒に楽しく生活していたから。それもこんな田舎町じゃなくて都会で。

 その両親が先日他界した。交通事故であっけなく。私は天涯孤独になった。一人が寂しいって思ったのは初めてだった。

 両親は優しかったし、私の望むことをしてくれようとした。遊園地にも連れて行ってくれたし、家族旅行にもよく行った。でも、写真はほとんど取らなかった。だから遺影にする写真を探すことにとても苦労した。


 そんな両親が私宛に手紙を残していた。見つけたのは奇しくも両親が亡くなった日。その日私はたまたま両親の家に来ていた。今は自分で仕事もして独立しているから、両親の家に行ったのは偶然だった。驚かそうと思っただけだったから。そして、手紙を見つけた。

 その手紙はまるで私が来ることが分かっていたかのようにテーブルの上に置かれていた。そして、私は真実を知ることになった。


********************


 麻耶へ


 本当はこんな形で告白するのは最低のことだと思う。麻耶には本当に申し訳ないことをした。ここで書くことは私たち夫婦が神に誓って本当のことだ。だから信じて欲しい。


 私たちは麻耶の本当の親ではない。いわゆる育ての親というのが正しい表現かも知れない。ただ、今となってはそれすらも言い訳にしか聞こえない。私たち夫婦は自分の子供をまだ幼い時に亡くした。生きていたならちょうど麻耶と同い年の女の子だ。名前も『麻耶』で一緒だ。あの日、私たちは『麻耶』を連れてとある田舎町に遊びに行った。それは本当に偶然だった。『麻耶』が崖から海に落ちてしまったんだ。私たちが目を離した瞬間だった。気が付いた時には遅かった。崖の下には無残な姿になった『麻耶』がいた。私たちは悔やんだ。そして、神をも恨んだ。なぜこんなことに、何故私たちの娘がこんな目に合わなければならないのかと。そして、手近にあった社に八つ当たりをした。今思えばなんて罰当たりなことをしたんだろうと思う。


 そんな時だった。麻耶に会ったのは。麻耶は荒れている私たちを見て笑っていた。とても優しい笑顔で。私たちはその笑顔に癒された。『麻耶』が生き返ったのかと思った。信じられないかもしれないが、麻耶は『麻耶』とそっくりだったんだ。まさに瓜二つと言っても過言ではないくらいだった。私たちはそんな麻耶に声をかけたんだ。「麻耶かい?」と。そうしたら麻耶はこう答えたんだ。


「ううん、マイだよ。なんで泣いてるの?」って。


 私たちは耐えられなかった。麻耶がいないことに。私たちは麻耶とその場でたくさん話した。それこそ、いろいろなことを。そして、ついこう言ってしまったんだ。『私たちと一緒に帰ろう』って。麻耶は『うん』と言ってくれた。そして一つの大きな間違いを起こしてしまったんだ。私たちは麻耶をそのまま連れて帰ってしまったんだ。私たちにはもともと娘がいたし、瓜二つの女の子を連れて帰っても周りの人たちが気が付くことはなかった。

 

 だが、そんなことをして見つからないわけがない。私たちは二日と待たずに麻耶の本当のお父さんに見つけられてしまった。そして、全てのことを正直に話した。もちろん、麻耶もお返しするとも言った。ひどい言い草だと我ながら思う。しかし、麻耶の本当のお父さんが言ったのは意外な言葉だった。


「私たちの村には双子を忌み嫌う信仰がある。私もその風習を変えたいと頑張ってきたのだが、こればかりはなかなかどうにもならない。私たちの村が漁業で主な生計を立てていることは知っているだろうか。しかもその状態は日に日に悪くなってきている。それはちょうど三年前くらいから始まったことなのだ。そしてそれを私の双子の子供たちのせいだというのだ。こんなバカなことがあるだろうか。魚が取れなくなることと双子の子供が生まれたことに何の因果関係があるだろう。そして、ついに恐ろしい計画が持ち上がっていることを知った。娘のうち、一人を殺すというのだ。私がそれを許すわけがない。絶対に耐えられないことだ。だが・・・悔しいが私一人の力ではどうにもならない。それならば・・・いっそ・・・この方が舞にとって幸せだと・・・思いたい。」


 信じられなかった。私たちの亡くなった娘を舞として報告するというのだ。自分は警察にも顔が聞くし、幸い血液型も同じA型。露見することはない。だから、舞を頼む。そう言われたんだ。


 私たち夫婦は幸せだった。麻耶はとてもいい子だったし、こんな私たちにも懐いてくれた。幼い頃の記憶だったから、自分が舞だということも徐々に忘れて言って、麻耶として生きてくれた。あとで知った話だが、誕生日も同じ日らしい。つまり、麻耶たちはまるで双子のような存在なんだと思った。


 けれど、そんなことは私たちの勝手で決まったことだ。なんて呼んだらいいんだろう。麻耶と呼ばせてもらってもいいのだろうか。それとも舞さんと呼ぶべきなのだろうか。君の本当のお父さんも断腸の思いで決めたことだと思う。許してもらえるとは思っていない。けれど、面と向かって話す勇気もない。こんな情けない大人を許してくれとは言えない。


 ただ一つだけ、わかって欲しい。私たちはこの二十年の間、あなたのことを『麻耶』の代わりだと思って接したことは一度もない。本当の娘だと思って接してきたつもりだ。


 いや。それすら詭弁に聞こえるだろう。だから、これ以上は何も言わない。だから、この先はあなたの好きにしてください。私たちを誘拐罪で訴えてくれても構わない。縁を切ってくれても構わない。


 最後に一つだけ。あなたのことを本当に愛していました。実の娘のように。


*********************


 信じられなかった。いや、信じたくなかった。両親はきっと遺書のつもりで書いたわけではなかったんだろう。その証拠にその日の食事の準備がされていたし、事故で亡くなった時には私の誕生日のために買ってくれたプレゼントを持っていたのだから。


 だからこそわからない。私は一体誰なの?舞って誰なの?そんな人は知らない。どうしてそんな重大な話をしないで死んでしまったの?そう思った。恨みもした。でも、両親の顔を思い出すと心の底から憎むことなんてできない。

 だって、二十年以上の親子生活に本当にウソはなかったから。


 学校に入学した時。

 はじめて恋人を家に連れて行った時。

 成人式の時。

 就職が決まった時。


 両親は心の底から喜んでくれた。祝ってくれた。それが嘘だとは思えないし思っていない。ただ、自分が誰なのか。それだけが知りたい。



 私は調べた。それこそ必死に。私、高橋麻耶という人間のこと。

 両親の葬儀の際にはあえて戸籍まで取り寄せて調べた。でも、そこには麻耶という名前が普通にあった。当たり前だ。私はなくなった『麻耶さん』の生まれ変わりとして育ったのだから。だとしたら、残された情報は『舞』という名前だけ。いまさらこの名前が私の名前だとは思えない。何の実感もないし。


 でも、たった一つのヒントだ。だから図書館で昔の新聞を調べた。両親の話だと私が三歳の時の話だと言っていた。そうなると今から二十二年前。子供が事故死したという記事を探した。どこの地域の事故かもわからない。手当たり次第に探した。でも見つからない。もうあきらめよう、そう思ったとき、一つの記事が私の目に留まった。


『高無舞ちゃん(三歳)が昭和二十八年六月三日から行方不明。警察は事件と事故の両面から捜査を行っている。』


 内容をかい摘むとこんな感じだった。時期も一致するし名前も一致している。これがきっと私のこと。そして私の名前は高無舞・・・涙が止まらなかった。ウソであって欲しかった。

 そして、もう一つのことが分かった。私の双子のことだ。記事によると姉の『愛』という人がいるらしい。だから、さらに調べた。高無という家のこと。そしてようやく場所を突き止めた。田舎にある成和町というところらしい。そして、私の父であろう高無丈夫たかなしたけおは十年以上前に成和町を離れ、死んだらしい。母も父と一緒に成和町を離れて一年ほど前に死んだということだ。そうなると、私とつながりのある人間は高無愛だけになる。


 私は高橋麻耶。そう、高無舞という人間は今も行方不明。生死もわからない。でも、失踪からすでに二十年。死亡扱いされているに違いない。愛に会ってみたい。私が名乗る必要なんてない。


 そう思った私は、両親が残してくれたお金と私の貯金のほとんどをつぎ込んで、高無家の洋館を買った。幸いにして私の仕事は自宅でもできる仕事だ。今後生きていくことに困ることはないはずだ。そして今日、私は初めて・・・いや、20年ぶりくらいに生まれ故郷に帰ってきたのだった。


********************


 高無家を購入して一年が過ぎた。

 一度は訪れてみたもののやはり何も感じないし記憶もない。わかってはいたが初めて来た土地としか感じない。高橋という苗字もありきたりだから、おそらく簡単に村に溶け込むことができるだろう。だが、私には一つ狙いがあった。姉である『愛』に私の存在を気が付かせることだ。どこに住んでいるのかもわからない姉。連絡も取りようがない。私立探偵に姉の調査を依頼しようかと考えたこともあったが、家を購入したばかりでその資金もなかったからそうすることもできなかった。


 幸い、あの洋館を購入した際に特典としてついたものがあった。それは高無丈夫の・・・つまり父の遺言であり、資金三千万円以内の改築を許可し、代金は高無丈夫が支払うというものであった。正直、この金額は家屋の価格を超えており、彼がどういった意図で弁護士に依頼したのかはわからない。そして、この特典には制約もあった。建物の外観を大きく損なわないことと、万が一、高無家の人間が尋ねてくることがあったら客間を貸し与えること。この二点だった。

 私にとっては何も問題がなかったので電気と水道、ガスの工事、一階にあった使用人室の改築を行った。

 私は一階に住もうと思ったからだ。この家は高無家の香りが残りすぎている。おそらく、二階にある部屋が父である丈夫の部屋なんだろうが、そこには本や家具も残されており、彼の遺言でここにあるものは特に異存がない場合はそのままにしておいて欲しいとのことだった。

 これも私にとっては全く関係のないことだった。その部屋を使う気がないからだ。私は何度も言うが高橋麻耶だ。高無家自体がどうなっていようとどうでもいい。ただ、姉である高無愛に出会えればよかった。それだけだった。

ここまで読んでくださってありがとうございます。


第三章はこれで完結です。

短い章ですが、ここに全てを集約しています。


高無舞は高橋麻耶として生きていた。そういうことになります。


第二章の謎はこれで少し解けたのかな、そう思います。

第一章の疑問はまだ解けていませんね。


それに新たな人物の名前が出てきました。


高無丈夫という男。舞の父親。

うーん、どういった人間なんでしょうか。

自分の娘を他人に託す。

それにあの屋敷の改築条件。

舞が屋敷を買いに来ると解ってでもいたのでしょうか。


それに高無愛。

舞の姉。

彼女はどのような人間なのでしょうか。

そのあたりは次の章で触れていきたいと思っています。


感想、お待ちしております。

悪口、批判、なんでも結構です。

よろしくお願いします。

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