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寂夢  作者: 蛍石光
寂夢 二
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二 その一

寂夢、第二章になります。

「次は~、××町~。××町~。」


 どうやらもうすぐ目的地に着くみたいだ。バスの中であまりに暇だったので眠ってしまっていたみたいだった。それにしてもあの夢は一体何だったんだろう。妙にリアリティのある夢だったな。そう俺は海外旅行中で、それで・・・って夢の回想は今はいいや。まずは降りる準備をしなくちゃなぁ。バスには俺一人しか乗っていないようだ。そりゃそうか。こんな田舎まで来る人なんてそうそういるわけないもんな。


「あ、次で降ります。」


 運転手にそう告げてからしばらくしてバスがバス停に停車した。


「えっと、おいくらになりますか?」


「二百八十円です。」


 愛想の良い運転手さんだ。にっこりと笑顔で見送ってくれる。それにしても見事なまでに何もない町だ。こんな街に好条件の就職先があるだなんていまだに信じられない。しかも、最終面接まで進めるだなんて夢のような話だ。ここまで全戦全敗を繰り返した俺にとってこれが最後の勝負と言っても過言ではない。


「さて、予約した民宿は・・・」


 携帯電話を取り出し確認しようとしたが・・・


「うわっ、圏外?マジかぁ。まぁ、地図も印刷してきたから抜かりはないんだけど・・・」


 そう言って印刷した地図を取り出す。どうやらバス停から歩いて30分くらいのところにあるらしい。のんびりと歩きながら今日の宿に向かって歩いていく。


「まぁ・・・いっかぁ。目的地はわかってるんだし。この景色でも楽しみながら行けばいいだろ。それに、海っていうのはあまり見たことがないから近くで見たいしな。」


 そう言って海辺に向かって歩いていく。ちょうどその時入れ違いのようにそこに現れた女性がいたのだが、彼が知るはずもなかった。


*********************


「すみません。遅くなりまして。今日、こちらに泊めていただく高梨と申します。」


 民宿と呼ぶにはあまりに古民家のような佇まい。その玄関で彼は声を出していた。


「あらあら、ようやく来たんだね。遅いからどうしたのかと思ってたよ。」


 そう言って現れたのはおそらくこの民宿の女将さん。既にお孫さんがいてもおかしくなさそうな年齢に見える。優しそうな笑顔がとても印象的だった。


「すみません。海をあまり見たことがなかったので興味本位で海辺を歩いていたらこんな時間になってしまって・・・」


「そうかい。海が珍しいなんて、今時珍しいね。」


 確かにこの町で育てば海が珍しいことなんてないだろうけど、海までは高速道路を使っても一時間以上かかる山の町で育った俺にとっては、海を見るだけでテンションが上がってしまう。


「あはは・・・僕は山育ちだったもので。」


「へぇ~、そうなのかい。あぁ、まぁ、こんなところで話していてもあれだ。上がってくださいな。ご飯の準備もしてますのでね。部屋に荷物を置いたら降りてきてくださいな。」


 そう言って部屋の場所を教えてくれる。

 どうやら二階には二部屋しかないようで、今日は他に宿泊者もいないから好きな方を使っていいとのことだった。俺は、『海が見えるほうの部屋がいいですね』と言いながら階段を上がっていく。『あぁ、それなら左の部屋がいいんでないかね』という女将さんの声が聞こえた。その声に従って左の部屋に入りさっそく窓から海を眺める。


「うーん、夜だとあまりよく見えないなぁ。」


 波の音は聞こえるが見えるのは闇。仕方がない。街灯なんかもなかったし、暗くて見えないのは当然かもしれない。そんなことを考えながら服を着替えて下に降りる。いい匂いが空気に乗って流れてくる。きっと美味しい晩御飯が準備されているんだろう。


「いやぁ、いい匂いがしてたんで嬉しいですよ。かなりお腹が減ってたもので。」


 笑いながら女将さんとその旦那さんに話しかける。


「お、兄ちゃん。そう言ってくれるとかあちゃんも作ったかいがあるってもんだな。」


 そう言って、『まぁ、ここに座りなよ。』と旦那さんが続ける。俺は素直にその言葉に従って席に着く。


「お兄さんの名前は、高梨和樹さんでよかったんだっけね?」


 女将さんが名前の確認をしてくる。


「ええ、そうです。高梨和樹です。なんていうか、普通の名前でしょう?」


 そう言って笑いかける。


「まぁ、人の名前なんてそんなもんさ。あんまり珍しいのも大変だって。」


 旦那さんがいい感じにビールを飲みながら笑っている。


「そうだよぉ、和樹くん。うちも民宿・岡本だろ?わかりやすいし覚えやすくていいだろさ。」


 女将さんも笑っている。確かに、変わった苗字だといろいろと大変なこともあるだろうな。病院とかで注目されたりするだろうし。


「でも、高梨かぁ。この村にもタカナシさんっているんだよ。字は違うんだけどね。こっちのタカナシさんは高無って書くんだよ。」


「へぇ~、そうなんですね。結構珍しい苗字に感じますね、音は普通かもしれないですけど。」


「まぁね。あ、そう言えば、こんな田舎まで何しに来たんだい?」


「えっとですね、就職試験です。」


 そう言って軽く頭を掻く。


「へぇ~、こんな田舎町に若者が来てくれるとは、イヤぁ感動だね。で、どこなんだい?」


「えっと、家具屋です。岩田家具店っていう。そこで家具を作ったりデザインしたり。そういう仕事ができるって。しかも、寮があって三食付きなんですよ。」


 そう、好条件とは寮があるということ。それだけで給料が高いのと同じだ。


「あぁ、あそこねぇ。確かにあそこはいいとこだよねぇ。」


 女将さんもなるほどと頷いている。


「そっかそっか。それじゃ来年からはこの村の一員になるってことかなっ。」


 そう言って旦那さんがワハハと豪快に笑う。


「そうなれれば良いんですけどね。」


 俺も一緒になって笑う。こんなに楽しい食事は久しぶりだ。俺は施設で育った。だから両親のことは知らない。それを幼いころは苦痛に思ったこともあったし、さみしいと思うこともあった。彼女とかも欲しかったが、いまいち縁がなかったのか付き合うというところまで進んだ記憶がない。


「で、もう一個聞いてもいいかい?」


 女将さんが尋ねてくるが断る理由も特にない。


「いいですよ。」


 そう笑顔で答える。


「この宿帳に書いてくれた年齢だけど、本当かい?二十一歳って。」


「えぇ、そうですけど・・・それが何かありましたか?」


「いやいや、本当に若いなぁって思ったんだよ。二十一歳ってことは大学の・・・」


「ええ、四年生です。本当は進学も考えていたんですけどね。なんて言うか、早く社会に出ないといけないかなって。」


「えらいっ。最近の若者にはみない考えだな。若者みんなが和樹くんみたいだったらいい世の中になるんだろうけどなぁ。」


 旦那さんはそう言ってまた笑う。


「そうだ、それじゃ食事の肴になるかはわからないけど、この村に伝わる話なんかも聞かせようかね。」


 女将さんが言うと旦那さんも『そうだなぁ。どうせ来年からくるんだから知っといた方がいいな。』と言って上機嫌に笑っている。


「そうですね。まぁ・・・来年から来れるかどうかは・・・まぁ、明日次第ですけど。聞いてみたいですねぇ。教えて頂けますか?」


「ああ、いいさ。ちょっとだけ長くなるかもしれないよ?」


 そう言って女将さんは『ついでにビールでも飲むかい?』と魅力的な提案をしてくれる。


「是非。」


 それだけ答えてお願いする。


「はいよ。ちょっと待っててね。」


 そう言って女将さんは部屋から出て行った。


「なぁ和樹くんよ。これから聞く話は長いぞぉ?なんと言ってもこの村には歴史があるからなぁ、こう見えたってさ。それに、最近の話もあるし。まぁ、どっちから聞きたい?」


「そうですね・・・どちらからでもいいです。夜も長いですしね。」


 そう言って笑顔で旦那さんを見る。


「ん、良い返事だ。じゃ、まずは最近の話から行こうか。これはちょっとした噂話っていうのもあるんだけどな。」


 そう言って少しアルコールが入った旦那さんは気持ちよく話し始めた。


********************


「よし、うちのかあちゃんも戻ってきたし、始めるかい?」


「はい、お願いします。」


「最近のこの村には若い子が少ないんだよ。まぁ、良くある話さ。こんな不便な田舎町なんかより便利な都会に行きたいってさ。そりゃ、便利な方がいいさ。でもさ、こんな田舎だからこそ、良いことっていうのもあるもんだ。」


「そうそう。わたしらはもう四十年くらいこの店やってるんだよ。昔はね、漁の時期になるといろんな地域から若いもんが来たもんさ。そりゃ、活気があってね。うちも今じゃ小さな民宿だけど、当時は離れの方も使っていてね。他にも宿はあったし、そりゃ人で溢れてたもんさ。」


 聞いたことはある。この一帯は昔は漁業で生計を立てていた人多くて、出稼ぎに来る人たちも多かったって。でも、以前に比べて漁業に活気がなくなり、村自体が徐々に衰退していったって話だ。活気がなくなった原因も漁獲量が減ってしまったからだ。旦那さんも女将さんも昔を懐かしむような遠い目をしている。


「あぁ、すまんすまん。ちょっと昔を思い出しててな。」


「いえいえ、なんとなくですけどわかりますよ。」


「そうかいっ、わかってくれるかいっ。」


 そう言って俺の方にドンッと手をのせてくる。愛情を感じられるとても暖かい手だ。


「ほんと、お兄ちゃんにも見せてあげたかったね。毎日がお祭りみたいに元気でね。そりゃ、盛り上がってたもんさ。」


「おうよ。出稼ぎに来る奴らは若いのも多かったからな。まぁ、もめ事も多かったしいろいろあったことは事実だ。口には出せないような店もたくさんあったしな。」


「まぁまぁ、あんた。そんな話はいいんじゃないかい?」


「あぁ、そうだな、すまんな。今でも大きな屋敷があっただろう?歩いてここまで来る途中に見たんじゃないか?あの洋館をさ。」


「あ、はい、見ました。なんだか、こういったら申し訳ない感じですけど、この村には不釣り合いっていうか・・・」


「あははは、違いないな。あそこは良くも悪くもこの村の要だったんだよ。」


「要、ですか。」


「そう、漁業が盛んだったころは網元に新しい漁業の方法を提案したり、村に新しい産業を興したり。農業に関してもそうさ。もっと昔の時はこの辺の開拓を一手に担っていた豪商の家系なんだよ。そりゃ、もう、俺たちなんかは頭が上がらなかったもんだ。」


「へぇ~、それは凄いですね。」


「そうだよ、すごい方だったんだよ。」


「けど、だんだんこの村自体がうまくいかなくなってきてな。魚も取れなくなってきて、村に来る人間が少しずつ減っていってな。世の中は今、好景気っていうけどどうなんだろうなぁ。」


 好景気・・・かぁ。大学でもそんな話は聞いたことあったけど。


「それで、あんなこともあったからなぁ。」


「あんた、それはいいんじゃないのかい?」


「いいだろう?有名なことだし、隠したって仕方がないさ。」


 あんなこと?なんだろう。


「そうだけどさ・・・」


「いいっていいって。これを聞いて来なくなるのかどうか。それもまた一つの選択ってやつだよ。」


「でも、何もこんな時に話さなくたって・・・」


「こんな時でもないと話せないだろ?」


 う~ん、なんだか気になってきたぞ?


「何のことですか?そこまで話されると気になってしまって仕方がないんですけど。」


「そうだろう?男はそうじゃなくっちゃなぁ。よし、ちょっと重たい話になるけど聞いていけや。な?」


「はいっ。」


 まさか、こんなに重たい話になるとは思わなかった。

ここまで読んでくださってありがとうございます。


寂夢、第二章始まりました。


前回の続きなのですが、どうでしたでしょうか。


はい。

直接的には繋がっていないようにように見えますよね。


和樹?柴田?高梨?舞?


どうなっているんだよ、と思う方ばかりだと思います。

そのことも、話が進んでいくと答えが見えてくるようになっています。


二章ももう少し続きますので、よろしくお願いします。

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