一 その三
楽しい夕食が始まるはずだったのに、財布を忘れるだなんて。
自分も気をつけないと・・・
「あれ?家の中に誰かいる?」
いるはずがない。カギは俺が持っているわけだし、舞さんは一人暮らしだと言ってたし。それにあの姿・・・
「ええぃ、どちらにしても考えていたって仕方がない。中に入るか。」
意を決して鍵を開けて中に入ろうとするが・・・開かない。
「なんでだよ?この鍵じゃないのか?」
焦りながらガチャガチャ回すがやはり開かない。
「おいおい、どうなってるんだよ?」
その時に気が付いた。俺はもう一本カギを持っていた。この鍵は部屋の鍵か?そう考えてもう一本の鍵をポケットから取り出し鍵穴にさす。
ガチャリ
重たい音をさせながらロックが外れる。そして重たい扉を開き、階段を駆け上がってあてがわれた部屋に向かう。
「あった?どうして・・・」
ベッドの上にポツンと財布だけが置かれている。どうしてここにあるんだ?確かにカバンに入れていた財布を取り出して、ポケットにねじ込んだはずなのに。それにさっき見た人影。あれは誰だ?
「よし、とりあえず財布をもう一度ポケットにねじ込んで、と。それから・・・」
この家の中には、間違いなく誰かがいた。それは舞さんじゃない。
ということは・・・泥棒とかそういった類の奴らに違いない。そうなると必要なのは武器だ。身を守るために、敵を撃退するために。部屋を見まわすが古い洋館にありがちな剣を持った鎧なんかは見当たらない。
「しゃーない。武器にするにはココロモトないが・・・」
そう言いながら片隅に置かれていたほうきに手を伸ばす。
「よし・・・行くか。」
自分自身を奮い立たせるようにして部屋から出る。と、異変が起こっていることに気が付く。
「明かりが・・・消えている?」
すでに夕方を過ぎ、外は暗くなってきている。おかげで洋館の中もかなり暗い。
「マズいな・・・見えないんじゃどうしようもない。このまま部屋にこもっていれば・・・いやいや、舞さんが戻ってきたらどうする?犯人と鉢合わせとかしたら。」
そして何を思ったか部屋に戻り、すぐに出てくる。
「まぁ、暗いといっても真っ暗ってわけじゃないさ。」
さっき見えた人影の方向に向かう。とはいっても外から見ただけだから正確にどこにいるのかがわかるわけじゃない。
「こっちじゃなかったか?二階だったことは確かなんだけどな・・・」
その時、何かが自分のすぐそばを通り抜けたような気配を感じる。
「嘘だろ?俺に霊感とか・・・そういうのはないけど・・・」
そう自分に言い聞かせながら向かった先には扉がある。そのドアの下からは光が漏れている。意を決してドアノブに手をかける。
カチャリ・・・
小さい音なのだろうが、緊張のせいかやけに大きく聞こえる。ゆっくりとドアを開いて中をのぞく。見える範囲に人の姿は見えない。部屋全体を見渡すために部屋の中にゆっくりと入っていく。・・・・誰もいない。そもそも人が入った気配すらない。明かりのついたこの部屋にはうっすらと埃が積もっている。舞さんが掃除をしていない部屋があるのか。そう思って部屋から出ようとする。その時・・・・
ゴトッ
部屋の奥から音が聞こえる。まさか、この誰もいない部屋で音がする?そんな馬鹿な事、あるわけないだろう。足跡もないのに誰かがいる?
「・・・どういうことだ?」
一人呟き、部屋の中に入っていくが・・・やはり誰もいない。誰もいないというよりも何もない。この部屋にはものが一切置かれていない。
「何もないのに・・・音が鳴るのか?」
その疑問を解消するためにさらに一歩中に踏み込む。そして疑問は解決した。奥に扉が見える。おそらくこの中から音が聞こえたんだろう。ただ、わからない点は二つ。舞が掃除をしていない部屋にどうして明かりがついているのか。舞は普段は一階で生活していると言っていた。二階にある部屋は必要がなければ掃除をしないのかもしれない。
そしてもう一つ。埃が積もっている部屋に足跡がない。ということは誰も入っていないということになる。なのに何かの物音がする。そんなことはあり得るのだろうか。その点は自分で一つだけ可能性を考えている。ネズミか何かの小動物が入り込んだ可能性だ。
だが、そうなると別の疑問も涌いてくる。俺がさっき見た人影はこの部屋ではなかったのだろうかということだ。
「よし・・・見てみるか。」
奥の扉を開けるとそこには机がある。不思議なことにこの部屋に埃は積もっていない。つまり人の手が入っているということだ。
「いったいどうして・・・」
仮にこの部屋を『机の部屋』とすると疑問がまた生まれる。なぜこの部屋には埃がないのかということだ。ふと机から目をそらすとそこには何か落ちている。
「これは・・・なんだ?子供の・・・おもちゃ?」
そこに転がっていたのは万華鏡だったのだが、実物を見たことがなかった和樹にはなんだかわからなかったようだ。
「音を立てたのは・・・これか?」
そう言って万華鏡を手に取り、『机の部屋』から出ようとする。その時、机の上の一冊のノートに気が付いた。
「これは・・・ノート?」
ちょっと前に客間で見つけたノートに似ている。が、その違いは表紙に書いてある文字。
「参?三冊目ってことか?」
そしてノートを手に取り中を見る。やけに古びたノートであることはさっきのノートと同じだ。文字はノートの前半部分にいろいろと書かれているが、これも達筆で書かれているせいで和樹には読むことができない。そして、最後のページをめくるとそこには何かが書かれている。
「えっと・・・出逢いは・・・必然・・・であり・・・」
なんだよ。水で濡れてしまったのか文字が滲んでいてはっきりと読み取れない。けど、どうしてだろう。このノートはついさっきどこかで見たことがあるような気がする。もちろん俺の部屋じゃないところだ。思い出せないけど、視界に入ったような気がする。そう思った俺は何を考えたのかノートをポケットにねじ込んだ。
「さて、とりあえず、この部屋には誰もいないと・・・」
扉を閉めて机の部屋から出て、明かりのついていた『何もない部屋』から出る。明かりを消すことを忘れなかったのは、やはり育ちの良さがなせる業だろうか。しかし、部屋から早く出ようとする意識が強すぎたのか、ポケットにねじ込んだのと同じノートが部屋の隅に落ちていることに気が付かなかった。
「そうなると・・・いったいどこにいるんだ?」
そう、人影の正体にはまだ巡り合えていない。いや、めぐり合っていない方が幸運なのかもしれないが・・・
「一度外に出てからもう一度人影を見た場所に検討をつけるか。」
家の中は相変わらず明かりがついていない。外もすっかり日が落ちて暗くなってしまった。そのせいもあって、月明かりが差し込んでいる部分くらいしか見えない。
「よし、携帯のライトの出番だな。」
ポケットからスマホを取り出しライト機能を使う。
「まぁ、頼りないが無いよりはマシだな。」
そう表現されたライトは足元をほんのり照らすだけだ。しかも、もっと残念なことは電池の残り残量がわずかだということだ。この調子だと5分くらいしか電池が持たないかもしれない。
「さて、とりあえず玄関に向かおう。」
そう小声で自分を励まし、玄関に向かう。手に持っているのは頼りないスマホのライトとホウキ。どう考えても勇者には見えない。
足音を殺しゆっくりと玄関へ向かう。途中、和樹はちょっとした違和感を持った。なんとなく・・・初めて見た時よりも建物がボロくなっている気がしたのだ。ただ、いかんせん暗い建物内だからはっきりと見えるわけではない。どんどん湧き上がる疑問と暗がりにいる恐怖、得体の知れない誰かが存在する不安でその違和感はすぐに打ち消された。
ギギィィ・・・
と音を立て玄関の扉を開ける。
よくよく考えるとこれだけ大きな音がしたら、建物内にいるであろう人間にははっきりと聞こえているはず。あまりにいろいろなことが起こりすぎて多少感覚がマヒしつつある和樹にはそのことに気が付いていなかった。
「あれ?まだ明かりのついている部屋があるな。ということはあの『何もない部屋』は人影のあった部屋ではないってことか・・・」
待てよ。ここでしっかり間取りを整理しておく必要があるな。えっと・・・玄関の正面には二階への階段。その階段の左側には舞が生活していると思われる部屋がある。階段を右側に登ってすぐにある部屋は俺が泊めてもらっている部屋で、右側に伸びる廊下の最奥部にあるのは何もない部屋。よく考えるとほとんど何もわかっていない。電気がついているのは・・・三階?そんな階段あったか?もしかすると二階の左側のエリアに三階への階段があったのだろうか。
「ん?やっぱり人影が見える。あの人影は・・・?大きい人影には見えない・・・なんとなくしか見えないけど・・・」
人影が背の低い人物であるとわかった途端に勇気がわいてくるのは、下心からではなく、肉体的には有利であると考えたからだ。
「よし・・・再挑戦だ。」
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今度は二階へ伸びる左側の階段を進む。まるで鏡を見ているかのように同じ作り。登ったところには部屋がある。唯一異なるのはそのすぐ右側にさらに上階へと向かう階段が伸びている点だ。
「ビンゴ・・・ってか。」
頼りない武器を持つ右手に思わず力が入る。そして、一歩一歩、三階へと歩を進める。二階までとの階段とは異なり狭い上に少し傾斜がきつい。もしかすると住人しか使わないエリアなのかもしれない。
「階段・・・長くないか?」
もうかれこれ十五段くらいは登っただろうか。まだ三階には着かない。もしかすると、三階はなくて四階まで続く階段なのかもしれない。
「お、もうすぐ登り終わるか。」
三階なのかはわからないが、やはり明かりはついていない。廊下は一本道のようでいくつかの扉が見える。
「外から見えていた明かりは正面側だったな。そうなると例の部屋は・・・もう少し先の部屋になるのか?」
頭の中に構造を思い浮かべながら考える。今登ってきた階段の感じからすると、ここは俺が泊まる部屋の上部くらいのはず。つまりもっと右側の部屋が明かりのついていた部屋になるはずだ。
「待てよ・・・それっておかしくないか?」
和樹の疑問はこうだ。最初に見た明かりは二階に灯っていた。確かに二階の『何もない部屋』に明かりが灯っていた。そこに窓もあったし、初めに見た人影がそこにいたのは確かだ。けど、そこには誰もいなかった。再び外から確認すると明かりの灯った部屋は三階。おかしい。どう考えてもおかしい。さすがに二階と三階を見間違えるようなことはないはずだ。どうなってるんだろう。
「いや・・・見間違えたんだよ・・・」
背筋に冷たいものが流れる感覚を覚えながらも目的の部屋に向かって歩いていく。心臓の鼓動が早くなる。その時、また和樹の横を誰かが通ったような気配を感じた。思わず振り向くがもちろん誰もいない。
「まいった・・・正直・・・怖いや。」
そう言いながらも進む足は止まらない。まるで何か導かれるように・・・
「この部屋だな。」
間違いない。明かりも漏れているし、なんとなく人の気配も感じる。それに、何やら音も聞こえる。心を決めてドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開く。
「え?」
和樹がそう声を上げるのも無理はない。そこに広がっていたのは闇。さっきまで見えていた光が全く見えない。
「俺に気が付いて明かりを消したのか?」
そう考えて右手の貧弱な武器を構える。そういえばスマホのライトが消えている。役に立たなくなったスマホを無造作にポケットにねじ込む。和樹がゴクリと唾をのむ音が部屋中に響いたような気がした。
「明かりを・・・スイッチがどこかにないのか?」
壁際を手で触りながらスイッチらしい感触を探す。あった。これだ。そう思った瞬間に部屋に明かりが灯る。
「ここは・・・さっきの『何もない部屋』?」
部屋には家具の類が一切なく、床は埃が積もっている。やはり誰かが入った気配がない。さっきまで感じていた人の気配は一体何だったのか。頭を激しく振り、冷静に状況を整理しようとするが整理しようにも状況が一切掴めない。
「待て待て。ここがあの部屋と同じなんてことがあるわけがない。作りが同じというだけだ。なら・・・この部屋とつながる部屋があるはずだ。」
そう考えて部屋の中に入っていく。電気がついているおかげで恐怖も少しは和らいできたのだろう。それとも、二度目の経験が行動を大胆にさせるのだろうか。スタスタと歩いていき部屋の奥にある扉に手をかける。そこで部屋の電気が消える。
「おい・・・嘘だろう?」
その時・・・階段を昇ってくる足音が聞こえた。和樹は足音を出さないように階段に向かう。この家は何かがおかしい。早く出ないとマズい。そう思った時、今まさに階段を上がりきった何かを見た。思わず力いっぱいに突き飛ばす。
「キャー・・・」
悲鳴とともに聞こえる激しい音。階段を何かが落ちていく音。
「まさか・・・今の人って・・・」
階段を駆け下りる。
「まさか?そんな・・・違うよな?」
そんな淡い希望はすぐに打ち消された。鼻と口から血を流し、腕は力なくグッタリとしている。思わず抱きかかえた手には生暖かい感触。恐る恐る見るとそれは血のように見える。
「うわぁ・・・俺は・・・そんなつもりはなかったんだ・・・」
現実を認められない和樹はそのまま玄関へと向かう。一目散にここから逃げるために。そして、門を抜けてバス停とは反対の方向に走っていった。
だから、和樹は気が付かなかった。
さっき突き飛ばしたのは舞ではなかったこと。
なぜなら、舞は和樹が屋敷から駆け出したまさにその時、ちょうど反対側から買い物を終えて帰ってきてたところだったのだから。
「はぁはぁ・・・」
夢中で走った。
ただ、悪夢から逃れるために。
自分が犯してしまった罪から逃げるために。
だから気が付かなかった。
暗がりで突き飛ばした相手が舞ではなく、別の何かだったことに。
そして・・・最も重大なミスは、田舎だから車なんて走っていないだろうという思い込み。
ドカッ
その音とともに全身に広がる衝撃。しかし、和樹には何が起こったのか理解する時間は残っていなかった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
ここで一章が終わります。
え?っと思われる方が多いと思います。
和樹が突き飛ばしたのは誰?
明かりがついていたのはなぜ?
二階と三階のどちらに明かりがついていたの?
色々と疑問があると思います。
そういった疑問も、話が進んでいくとわかってくると思います。
末永くお付き合いください。
感想など、お待ちしております。
悪口、批判、なんでも結構です。
よろしくお願いします。