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寂夢  作者: 蛍石光
寂夢 九
27/35

九 その五

前回の続きです。

そもそも成和町はどのあたりの街なのでしょう。


 久保田さんが予約してくれていたホテルは、想像以上に豪華だった。二泊分予約されていて、しかも料金まで支払われていた。俺たちは久保田さんに感謝し、今後の予定を話し合うことにした。


「なぁ、麻衣。体調はどうだ?」


 あまり顔色が良くなかった麻衣だったが、ホテルに入ってからは少し良くなったみたいだ。


「うん、大丈夫。心配かけてごめんね。」


 麻衣は申し訳なさそうに俯く。


「いや、結構ハードに移動したからな。移動は新幹線だったけど、疲れたよな。」


「それを言うなら和樹の方でしょう?まだ退院してから二週間くらいしかたってないのよ?正直言うと、なんでこんなに早く回復したのかって思ってるわよ。」


「ん・・・そうだな・・・そうかもしれない。きっと体が丈夫なんだよ。」


 少し強がってみせる。実際は思ったよりも体調は良くない。どこかが痛むということはなかったが、入院生活で体力が落ちているのは確かだった。一応筋トレなんかはしてたんだけどな。


「そうかな?和樹ってそんなに元気なの?」


 そう言って麻衣はベッドに腰を掛けていた俺の隣に座ってくる。


「元気かどうか・・・試してみるか?」


 麻衣の顔を見つめて笑いかける。


「ん~、今はダメ。」


 そう言ってキスだけして立ち上がる。


「あ、おい。なんでだよ。そっちから誘っておいて・・・」


「ごめんね。私、ちょっとだけ思いだしたことがあるの。だから、和樹はここで待っててくれる?遅くならないうちに戻るから。」


 そう言って財布とスマホだけ持って部屋から出ていこうとする。


「あ、おい。それなら俺も行くって。」


「いいの。すぐに戻ってくるから待ってて。」


 そう言って一旦戻ってきて俺にキスをし、また出て行こうとする。


「せめて行先くらい教えろよ。」


 当然の質問のはずだったが、麻衣は片目をつぶって答えなかった。


*********************


 麻衣が出て行ってどのくらいたったのだろう。眠くなった俺はベッドでそのまま寝てしまっていたらしい。外はすっかり暗くなっているが、麻衣が戻ってきた気配はない。枕もとの時計に目をやるとデジタル時計は二十時を示している。


「もうこんな時間か・・・麻衣の奴。出て行って四時間も・・・何してるんだ?」


 立ち上がり、部屋に明かりをつけ、外していた義手を装着する。こうやってみるとじっくり見なければ左腕が義手とは気が付かれないだろう。まぁ、そうはいっても自分の意志では動かない腕だ。食事の時には特に苦労する。特にバイキング形式だと皿を持ちながら料理をとることができないのが辛い。銭湯での奇異の目にはもう慣れた。だが・・・いつまでも見慣れない。この不細工な切断面。肘から先がない腕。細くなってしまった左上半身。鏡で見ると泣けてくる・・・


「俺はいったい・・・誰なんだろうな・・・」


 未だ知らぬ父と母を思う。もちろん、俺のことを育ててくれた養父母のことも大切に思っている。しかし、記憶のない今、本当の両親が知りたい。そう思ってしまう。


「一人になると、こんなに弱気になるんだな、俺。」


 フッと自嘲気味に笑い、カバンの中に入っているパソコンを取り出す。


「これからどうするか・・・予定を考えないとな・・・」


 お金に関しては問題ない。養父母の柴田さんが俺を受取人にした生命保険をかけていてくれていた。入院費用に関しても、バス会社からと国からの補償金で何とかなった。


「金だけあったってな・・・」


 そう呟きながらパソコンを立ち上げ、『成和町』について検索する。町の場所は簡単にわかった。かなり田舎にあり、海辺の町であることだけがわかった。


「どうやっていけばいいんだ?最寄りの駅までは四時間?そこからバスを乗り継いで・・・さらに二時間?うーん、結構厳しいな・・・一日じゃ行けないか。」


 再びベッドに横になる。そして、今後のこと、これまでに聞いた話をいろいろと考えてみる。

 高無唯。久保田さんから聞いた女性の名前。既に故人だという話だ。そして俺の名前、高梨和樹。ここに何か関係はあるんだろうか。

 移動にも時間はかかる。いや俺の時間は良い。どうせ記憶もないから何かができるわけでもない。でも麻衣の時間は有限だ。あまり長い時間をずっと付き合わせるわけにはいかない。

 そんなことを考えながらもあることを思い出した。


「そう言えば、麻衣は成和町の近くの出身だったな・・・何か知ってるかもしれない。戻ってきたら聞いてみよう。」


 ひとしきり一人で考えていると腹が鳴った。


「腹・・・減ったな・・・」


 その時、スマホが鳴った。メッセージが届いたらしい。スマホを手に取り、メッセージを確認すると亜衣からのメールだった。


「亜衣からか。元気にしてるのかな。なになに・・・」


 和樹お兄ちゃん

 元気にしてますか?亜衣はいつも通りに元気にやってます。(#^^#)

 久しぶりにお兄ちゃんに会いたいなって思って大学に行ったんです。

 そしたら、自分探しに出かけたっていうじゃないですかっ((+_+))

 もうびっくりしましたよ。( ゜Д゜)

 モラトリアムですか。

 それで、今どのあたりにいるのかな?って思ってメールしました。(^_-)-☆

 まだ、体調も万全じゃないだろうから無理しないでくださいね(^^)/


 そっか、亜衣の奴、大学まで行ったのか。彼女には何も言っていなかったから驚かれても仕方がない。それよりも・・・最後の一文、どういうつもりなんだ?


 『麻衣さんに気を付けてください。』


 人の彼女に対してずいぶんと失礼な言い草だ。今までも、今日だって彼女は俺のことを助けてくれている。そんな彼女のどこに気を付けろっていうんだ。


「そう言えば、久保田さんには亜衣のことを聞きそびれたな・・・」


 そんなことを考えていた時、麻衣が部屋に戻ってきた。


「遅くなってごめんね。明日の出発に合わせてちょっと準備してきたんだ。」


「準備?」


 移動に関してならバスと電車で何とかなりそうなんだけどな。


「そう。移動が電車だと自由が利かないでしょう?それでね、レンタカーを準備したの。ここからだったら車だと半日くらいで行けるし。それに私の地元の近くだから道もわかるしね。」


 とにもかくにも。俺は麻衣には助けられてばかりだ。


*******************


 一方そのころ。


「和樹にだけ任せるわけにはいかない。私がなんとかしなきゃいけない。」


 そうひとり呟いた女性がいた。深刻そうな表情で俯きながら発せられたその言葉は、決意の表れのようにも見えたが、どこか悲壮感が漂うものであった。

 メッセージを送ったばかりのスマホの電源を切り、カバンにしまい込む。そして、キッと口元を引き締めて、電車に一人乗り込んだ。


*******************


 翌日。俺の体調は悪化した。やはり、無理は禁物だったようだ。久保田さんのご厚意によって二日分ホテルを取って頂けたことが不幸中の幸いであったとしか言いようがない。そこで、俺たちは今後の予定について二人で話し合い、貴重な一日を使って体調を整えた。


*******************


 同日、夕刻。


「すべては私が三歳の時の出来事が原因。きっと和樹はここに来る。でも、和樹にできることがあるわけじゃない。私がなんとかしなきゃ。あの子を救えるのは私しかいない。」


 そうひとり呟き、カバンから写真を取り出す。その写真はとても古いように見え、少年と少女が笑顔で写っている。そしてもう一枚。こちらの写真は更に古いものに思える。幸せそうな家族の写真。女性が二人と少女が一人。

 そして、意を決したように社に向かって何かをつぶやく。その瞬間。社から淡い光が彼女の方に伸びていき、そして彼女の体を包み込んだ。そしてその光が消えたとき、彼女の姿はその場から消えていた。

最後に謎の女が現れます。


彼女は和樹のことを知っているようですが・・・

しかも、妙に事態を把握しているようです。

彼女の存在が鍵になるのでしょうか。

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