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寂夢  作者: 蛍石光
寂夢 九
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九 その二

色々なものを失った和樹はこれからどうするつもりなのでしょうか。


麻衣と梓が彼を支えていってくれるのでしょうか。

 入院してから約半年。ようやく退院の時がやってきた。どうやら俺は大事故からの奇跡の生還者として有名人になっているようだった。さすがに何か月も入院していると自分が巻き込まれた事故のことを耳にすることもあったから、どんな事故だったのかは大体わかったつもりでいた。

 事故にあったのは初夏のころ。就職活動中だった。そこは田舎ではあるが、好条件の就職先でその最終面接。せっかくの遠出ということで両親にも声をかけ、久しぶりの家族旅行の兼ねたものになるはずだった。僕ら家族が乗っていたバスがトンネルに差し掛かった時だった。激しい揺れと共に一瞬で闇に包まれた。そう、トンネルが崩落したんだ。それで僕らの乗ったバスは押し潰された。僕が救助されたのは事故から四日後。生存者はいないだろうと言われていた中、唯一の生存者。生き残った最大の理由は両親の体が僕の体を守ってくれていたことだそうだ。未だに両親のことを思い出せない俺だったが、心の底から感謝した。両親と言っても血のつながりはない俺のために、本当の意味で命を懸けて守ってくれたんだ。そんな恩人たちのことをまったく思いだせない俺に心底絶望した時期もあった。


 そんな俺を支えてくれたのが麻衣だった。麻衣はいい子だった。毎日毎日僕の病室にやってきては片腕の俺に『不便はないか』とか『何か欲しいものはないか』なんて助けてくれた。彼女からは様々な大学の話も聞いた。どんな研究をしていたのかということも聞いた。正直、さっぱり理解不能だったが、『実際に見たら思い出すかもしれない』という麻衣の言葉を信じるようになっていた。そんな麻衣と深い付き合いになるまでそう時間はかからなかった。


 正直言って、マスコミに追いかけられる毎日だったからどうやってマスコミを撒くのか。それを考えるのが日課だった。うまくいった日もあればうまくいかなかった日もある。それも、麻衣と一緒に過ごしていて楽しい日々の出来事の一つだった。そして、今日は麻衣の親友でもある梓の協力を得て、極秘裏に俺は大学に来ていた。麻衣の話によると梓はどこかの令嬢らしく、いろいろなところに顔が利くのだそうだ。おかげでマスコミに追われることもなく、なぜか隆司(麻衣や梓と一緒にいたスカした感じの男)が運転する車で大学までやってきたのだった。


「到着しましたよ。こちらが和樹さまが通われておりました大学になります。」


 隆司が妙に丁寧な口調で説明する。はっきり言って俺にとってはどうでもいい奴だったから興味はなかったんだが、ここまで協力してくれるやつを邪険にするわけにはいかない。


「本当にありがとう。いつも助かるよ、隆司くん。」


「いえいえ、お気になさらずに。これも梓お嬢様のご命令ですから。」


 そう言いながら嬉しそうなのはどういうことなんだろう。もしかすると真性のマゾなのかもしれないな。


「梓お嬢様って・・・隆司くんも結構なところのおぼっちゃなんなんじゃないの?」


 少しだけ冷やかすように隆司に問いかける。


「何をおっしゃいますか。私の家など梓お嬢様のお家と比べてしまえば一般人と何一つ変わりません。」


 にこやかに答えるその仕草が、あまりにも板についていたので思わず吹き出してしまう。


「いや、それってさ。なんだろう?すごいよね。その言い方だと、俺の家もすごいけど、梓さんが凄すぎるだけって聞こえたよ。」


 そう笑いながら隆司に言う。


「そう聞こえましたか?申し訳ございません。そのようなつもりはなかったのですが・・・」


「まぁまぁ、隆司くんはこういう話し方なのよ、先輩。」


「うん、そうみたいだね、麻衣。俺もなんとなくわかってきたけど、まだ慣れないんだよなぁ。」


 そう言って俺を支えてくれた女性の方を見る。


「ところで和樹さま。まずはどちらに向かわれますか?今や和樹さまは有名人です。どこを歩いていても人目についてしまうと存じます。つきましては、私に一つ妙案がございますが、いかがでしょうか。」


 非常に丁寧すぎる言葉遣いで隆司がおそらくは非の打ちどころのないであろう提案をしてくるのだった。


「っと、その前に隆司くんにお願いがあるんだ。」


「何でございましょうか。」


 隆司は顔色一つ変えずに俺の方を見る。


「もっと普通に話してくれない?」



 隆司の提案は素晴らしくも恐ろしいものだった。俺が向かう先々の道を完全に封鎖し、誰とも出会わずに目的地まで向かえるというものだ。いったいどうするとこんな芸当ができるようになるのだろうか。そのことを隆司に尋ねると、


「慣れですよ、和樹さん。」


 と、普通の言葉遣いで返してきたのだ。まぁ、彼にとっての普通というのが俺にとっての普通とは違うものなのだと勝手に納得し、今日の目的地である研究室にたどり着いた。


「おおぉ、和樹じゃないか。元気そうで安心したぞっ。」


「柴田先輩、よく生きて・・・・」


 こんな感じの歓迎を受けたのだが、やはり何も思い出せない。そのことを研究室の面々に告げると、皆が落胆の表情を浮かべた。いつもこの瞬間がとても辛い。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「まぁまぁ、みんなで一度に話しかけても彼も大変でしょう。少しずつ取り戻していきましょう?ね?」


 そう言って部屋の奥から現れた初老の男性。恐らくは教授なのだろうがやはり何も思い出せない。


「すみません・・・やはり何も思い出せなくて・・・」


 初老の男性に頭を下げる。


「いいんですよ。君は生きているんですからね。それが大切なんです。生きていれば何とでもなりますから。」


「はぁ・・・」


「ところで、君はこれからどうするつもりなんですか?今の君にこんなことを聞くのは酷かもしれませんが。」


 そう男性、いや教授は聞いてきた。


「はい・・・自分探しの旅に出ようと思っています。」


「ふむ。自分探しの旅。」


「はい。記憶を取り戻すための旅です。今の僕は記憶もありませんので、ここには戻れませんし。」


 麻衣と何度も話し合って決めた結果を教授に話す。


「そうですか。わかりました。君は今休学中ということになっています。特例として私が申請しました。もちろん期限はありますが、戻りたくなったときはいつでも戻ってきなさい。」


 どうして俺の周りの人間はみんなこうも好意的なのだろう。何も思い出せない俺に対して。


「ありがとうございます。いつになるかはわかりませんが・・・戻ってこれるように頑張ります。」


 そう言って教授に頭を下げる。


「ふふふ、柴田君。そう硬くなりすぎるのはよくない。もっと肩の力を抜きなさい。」


 そう言って両手で俺の肩をバシッと叩く。


「あ・・・はい・・・ありがとうございます。」


 教授の顔、研究室の面々の顔を見回してから宣言する。


「柴田和樹、自分探しの旅に行ってきます。戻ってきたときはまた、よろしくお願いします。」


 皆に拍手で送られる。こうして、俺の自分探しの旅が始まった。

ここまで読んでくださってありがとうございます。


ここに登場する麻衣と以前に登場した麻衣は同一人物なのでしょうか。

まだ、よくわからないところです。

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