一 その二
その一から少し話が進みます。
海のある田舎町に一人。
考え方によってはロマンチックですよね。
「あれ?向こうから歩いてくる人がいる・・・あれか?いわゆる『第一町人』ってやつか?」
向こうから歩いてきたのは女性。それもとびっきりの美人。どことなくこの町には似合わないような、そんな雰囲気を醸し出している。
「こっちに向かって歩いてくる?もうバスもないし・・・どこに行くんだろう?」
そう考えているうちにその女性はどんどん近づいてくる。近くで見るとさらにその美しさが際立つ。ただ、なんだろう。得も言われぬこの違和感は。
「こんにちは。」
挨拶を突然されて驚いたが、なんとか「こんにちは。」と最低限の返事はできた。
「どちらからいらしたんですか?」
「え・・・?」
「ごめんなさい。こんな田舎の町ですとみんな顔見知りなんですよ。ですから、知らない方を見かけたら・・・ということです。」
にっこりと笑顔を浮かべながら話しかけてくる。久しぶりの会話がこんな美人とだなんて俺ってツイテルな。そんなことを考えていた。
「あら、ごめんなさい、私ったら一人で勝手に話し込んでしまって・・・」
そう言って頭を下げ、立ち去ろうとする。このまま、こんな会話で終わってしまうのは忍びない。もう少し何かを話をしたいし、宿の場所も聞いておきたい。
「あ、あの・・・すみません。」
「はい?」
そう言って笑顔で振り返る。
「あの・・・実は○○っていう宿に今晩泊まる予定だったのですけど・・・場所がわからなくて・・・」
宿の名前すらおぼろげな記憶でしかないが・・・
「あら?あそこの宿って今もやっていたかしら・・・」
「え?やってないんですか?」
しまった。大失敗だ。ちゃんと予約の電話をするべきだった。突然の訪問でも何とかなるんだろうっていう安直な考えはまずかったってことか。
「どうだったかしら・・・確か・・・そうですねぇ・・・先月くらいにあそこのおばあさん、お店を閉めたと思ってたんですけど・・・」
これは本格的にまずいことになってきた。だから、会社の寮に泊まれるっていう提案があったわけだ。しかし、断ってしまった以上、今から泊まりたいなんて言えない。どうしたらいいだろう。まぁ、本格的な夏でもないし、こんな田舎町なら野宿もありなのか?でも、食事はどうする?コンビニなんてものはどう考えてもなさそうだぞ?
「あの・・・良かったらうちに泊まりますか?」
おいおいおいおいおい、待て待て待て待て。
渡りに船な申し出ではあるが、いいのか?今さっき初めて会ったばかりの相手だぞ?女性の部屋に二人っきりってもしかしてその、あれか?朝起きたら『昨日は楽しかったわね。』的な、ムフフな展開が待ってるのか?
「あ・・・いや、その・・・もしご迷惑でないのなら・・・」
かなりやましい期待も見え隠れする和樹だが、女性の方からはそう言った様子は全く見られない。純粋に親切心から出た言葉の様だ。
「大丈夫ですよ?幸い、空き部屋はいくつもありますから。」
「空き部屋?もしかして、大きな家なんですか?」
しまった、妄想をしすぎたか。
「えぇ、まぁ・・・あそこの洋館見えますか?あそこが私のうちなんです。」
え?さっき見たあの立派な洋館?ということはもしかしてお嬢様?もしかしてセバスチャンなる執事とか出てきたりして?
「あそこなんですか?さっき歩いてくるときに見ましたよ。立派なお家なんですね。」
「・・・そうですか?そんなことないですよ・・・」
ほんの少しだけ目を反らして言ったが、和樹は気が付かなかった。
「いえいえ、僕の家なんて普通の家ですよ?それに比べたら・・・」
「広ければ良いというものでもありませんので・・・」
そうかもしれない。あれだけの広さがあったなら、掃除なんかも大変なんだろうな。
「あ、それとこのあたりにコンビニは・・・ないですよね・・・」
苦笑しながら聞いてみる。
「そうですね。さすがにそう言ったものは・・・車で30分くらい行かないとダメですね。」
車で・・・歩いて行けそうもないな。コンビニエンスの語源が全く成り立っていない。
「そうですか・・・」
あれ?そうなると、この人は一体どこから帰ってきたんだろう?少し気になるような・・・特に荷物も持っていないし。
「あ、ちなみに向こうには何があるんですか?」
深く考えずに聞いてみる。女性は一瞬だけハッとした表情を見せ、それから何事もなかったようにこういった。
「ちょっと散歩がてらに歩いていただけですよ。海が見えるので。」
「そうでしたか・・・あっちにも何もないんですねぇ。」
「えぇ、でも、大丈夫ですよ?ここからバス停の方に20分ほど歩けば結構立派なお店もありますから。そこで大抵のものはそろいますよ。」
「あ、そうなんですか?じゃ、後で行ってみます。」
今来た道を引き返すことになるのは仕方がない。
「えぇ、それじゃ、一度家へ行ってから一緒に行きましょうか。」
なんという魅力的なお誘い。というよりありがたいお誘い。断る理由なんてないし、食べるものくらい買いたい。
「それじゃ、厚かましいことですが・・・お願いします。えっと・・・」
「あら、ごめんなさい。私名前も言ってなかったですね。私、舞っていいます。高梨舞です。」
「あ、すみません。僕も自己紹介してませんでした。柴田和樹って言います。△△大学の院生で就活中なんです。」
「就活中・・・?どうしてこんな田舎町に?」
二人で歩きながら日常会話をする。
「えっと、この町にはプログラミング会社があるみたいで・・・有名じゃないんですか?」
あれだけの好待遇で新入社員を募集する企業だ。かなり有名なんだろうと思っていたんだけど・・・本社は有名じゃないとか?そんなことはないか。
「そんなところあったかしら・・・。ごめんなさいね。私も割と最近・・・ここに来たのでよくわからないんですよ。」
そういうことか。それなら仕方がないかもしれないな。
「まぁ、そういうものかもしれないですね。でも、実は会社の場所もわからなくて・・・」
「あらあら、それは問題ですね。でも、どうしましょう。家にはこの町の地図くらいしかなくて・・・」
ん?ネットとかもつながっていないのか?まぁ、こういう町だったらそんなもんなのかな?
「あ、地図を見たらわかるかも知れないんで、お願いします。」
そんな会話をしながら歩いていく。なんだろう。この不思議な安心感は。そう、初めて会った気がしない。なんて言ったらいいんだろう。まるで昔からの知り合いのような、そんな感じだ。
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他愛のない話をしながら歩いているうちに舞さんの家に近づいてきた。間近で見ると思ったよりも大きいし・・・なんて言ったらいいんだろう。そう・・・古い。門には表札がついていて、名前が書かれている。
「高梨・・・やっぱり舞さんの家なんだなぁ。」
「どうかされましたか?」
先に歩いていた舞は入り口付近で振り返りこちらを見ている。
「あ、いえ、何でもないです。それにしても大きな家ですね。それに、なんて言うか・・・」
「古いでしょう?」
「いえいえ、そんなことは・・・」
考えていることを読まれた。そう思った和樹は笑顔で否定する。
「いえ、実際古いんですよ、この家は。なんでも明治時代の富豪が建てたとかで築50年くらいなんですよ。」
築五十年?そりゃスゴイ。そのうち重要文化財に指定されていてもおかしくない古さだ。でもそんなに古かったら水道やガスなんかどうなっているんだろう?
「えっと、この家に一人で住んでらっしゃるんですか?」
「ええ。でも、そうですね。一人というわけでは・・・今は一人です。」
なにか少し引っかかるような物言いだな。それにこの家に一人で、しかもこんな田舎に住んでいるって一体、何をしている人なんだろう。
「一人だといろいろと大変そうですね。僕も一人暮らしですけど、料理なんかが結構面倒ですし、あと掃除も。」
「そうですね。でも、時間だけはありますから・・・お掃除もゆっくりとやればいいですし、食事も気が向いたときに。なんて言うか私、のんびりした性格なので平気なんです。」
そう言って俺の方を見て笑う。その笑顔は他人を安心させるようなものがある。
「あ、こんなところで立ち話もなんですから、家に入りましょう。」
そう言って、ドアにカギを差し込み鍵を開ける。
ガシャンッ
仰々しい音を響かせ鍵が開く。引き続き舞が扉を開ける。
ギギィィィィィ・・・・・
これまた立派な音を立てて扉が開く。やはり古い家なのだろう。ところどころに不具合がありそうだ。玄関から中に入ると広間が見える。洋館という見た目通り、日本の一般的な住宅とは作りが異なっているみたいだ。正面には二階につながる階段があり、途中で二手に分かれている。
「どうぞ、お入りください。」
そう言って彼女は一人で先に入っていく。和樹も遅れまいと後をついて行く。
「じゃ、お邪魔します。」
床にはやわらかいカーペットが引かれているせいかとても柔らかい踏み心地だ。そういえば、明かりがついていたけど、つけっ放しなんだろうか。
「私は普段一階で生活しているんです。メイド用の部屋があるので、そこで。」
メイド・・・その名を聞いたことはあっても実際に見たのは秋葉原でのみ。しかもあれは本物ではない。当然だ。
「そうなんですか。でも、どうして?二階にも部屋はありそうですよね。」
和樹にとっては疑問だったが、彼女は不思議そうな顔をしながら見つめてくる。
「だって、わざわざ二階に行かなくても事足りるんですもの。」
確かに、のんびりした性格の様だ。
「あ、そういうことですか。」
「そういうことなんです。あの、和樹さんはどちらの部屋をお使いになりますか?」
そう聞かれてもこの家のことなんてわからないし、なんて答えたらいいんだろう。一緒の部屋でとか言ってみるか?いや、さすがにそれは冗談にしてももっと仲良くなってからだろう。初対面の女性に言っていい言葉ではないよな。
「あ~、どこでもいいです。それに、僕に聞かれてもわからないので、舞さんに決めて頂かないと・・・」
「あら、そうでしたわね。それじゃ、二階の部屋をお使いくださいな。客間がありますの。そちらの部屋はお客様用にきちんと掃除をしておりますので。正面の階段を上がり、さらに右側の階段をお上りください。上がった先にある正面のお部屋になります。」
そう言って、いったいどこから取り出したのか部屋の鍵らしいものを渡してくる。
「あ、ありがとうございます。早速、荷物だけ置いてきますね。」
荷物とはいってもカバン一つだ。中にはパソコンが入ってはいるが、この状況じゃネットも使えそうもない。ほとんどが無用の長物だろう。
「そうお急ぎになられなくても結構ですよ?私の方も少し準備がありますので・・・そうですね。今から10分後くらいにここで待ち合わせにしましょう。」
そう言って一回の奥に向かって歩いていく舞。
「10分か・・・つまり何時くらいだ?」
時間を確認しようとして腕時計を見る。
「そうだった・・・時計は壊れてるんだったな・・・」
和樹がしている時計は去年の誕生日に彼女からもらったものだ。しかし、ついさっきついに壊れてしまった。腕から時計をはずそうと思い文字盤を見る。
「あれ?動いてる・・・直ったのか?」
和樹は気が付いていないようだが、一度止まってしまった時計が再び動き出した際に正しい時刻を表示しているだろうか。それこそ、電波時計以外にそういった機能はないはずだ。もちろん和樹の時計にその機能はない。しかし、時刻は18時22分を示している。
「こんな時間か・・・遅くまで店がやってるんだな。ちょっと意外。」
そう言いながら舞に言われたとおりに二階に登り、客間と言われた部屋に入る。思っていた以上に立派な部屋だ。大きなベッドが二つあり、ちょっとした高級ホテルのような佇まいだ。部屋の中にはトイレとシャワールームがあり、ここですべての用をたせるような作りになっている。
「これが明治時代に作られたのか?改築されてるんだろうけど・・・すごいなぁ。」
調度品は和樹が見ても高級品だと思われるものばかり。下手に触って壊してしまったら大変だ。そう思いながら、壁にある大きな本棚に目を向ける。建築学概論や世界の建築などといった本が大量に収められている。その中に一冊だけ作りの違う本があり思わず手に取る。
「これって、ノートだよな。表紙は何も書かれていない。」
かなり古いもののようですっかり黄ばんでしまっている。ペラペラとページをめくって中を見ていく。どうやら何かのメモが気に使っていたのだろうか。和樹にとっては意味の分からない事柄が書かれている。
「なんだよ。落書き帳かよ。」
そう思ったとき、最後のページに書かれていた文面が目についた。それは日本語ではあるが達筆であり、はっきりとは読めない。
「えぇ~と、なになに・・・願わくは・・・謎を解き明かして・・・ダメだな。これ以上は読めないや。それに謎ってなんだよ。」
はぁっとため息をつきながらノートを本棚に戻す。ふと腕時計に目をやると18時33分。もう待ち合わせの時間だ。和樹は財布だけを手に取り部屋を出て行った。
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さっきの広間にはすでに舞さんが来ており、俺のことを待っていた。ちょっとした買い物に行くというだけなのに着替えまで済ませてきたようだ。
「お待たせしてしまってすみません。」
「いえ、私も今降りてきたところですよ。」
そう笑顔で答える。そしで、『では、行きましょうか』と言って家から出ていこうとする。
「あ、はい・・・」
この人はどうしてここまで親切にしてくれるんだろう。今さらそんな疑問が頭の中にわいてきた。あれ?今『降りてきた』って言わなかったか?
「あの、舞さん?どうしてここまで親切にしてくださるんですか?」
玄関にカギをかけようとしていた舞は和樹の方を見ようともせずに答える。
「親切・・・ですか?だって・・・困ってらっしゃったでしょう?」
「そりゃそうですけど・・・」
だからって初対面の男を家まで連れてきたりするもんだろうか。
「私も・・・以前に似たようなことがあったものですから。そのときに親切にしていただいたので・・・」
そう言って和樹の方を見た目はどこか寂し気だった。
「そうなんですか。でも、本当に助かります。ありがとうございます。」
「・・・そうですよね。やっぱり・・・」
小声で。あまりにも小声で舞が呟く。絶対に誰にも聞こえないであろう声の大きさで。
「えっと舞さん?そろそろ行きませんか?」
舞は和樹の顔を見たまま放心したように立ち尽くしていたのだった。そこに声をかけられ少しだけ戸惑いの表情を見せる舞。しかしその表情を一瞬で笑顔に変え『そうですね。行きましょう』と続けた。
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舞と二人で並んで歩くこと20分ほど。話した内容と言えば、ほとんどが俺の大学のことだった。それも、舞が聞きたいというから話したのであって、俺が本当に聞きたかった舞がどうしてあそこに一人で住んでいるのかということは聞けないでいた。
「あ、和樹さん。あそこですよ。」
そう指さした先には確かに立派な店がある。店舗の大きさはコンビニくらいだろうと思っていたのにちょっとした大型スーパーと同じくらいの大きさがある。駐車場もあり、車も何台か止まっている。でも、最近は見ない車ばかりだ。見たことがないといっても外国製とかそういったことではない。そう、少し昔の映画では見たことがあるレトロな感じの車だ。
「結構・・・想像以上に立派で驚きました。」
率直な感想を伝える。
「驚きましたか?でも当然ですよね。この土地に似つかわしくない感じですものね。」
「まぁ、そうですね。確かに、こんな立派なものがあるとは思ってませんでした。」
けど、ここならかなりいろいろなものが売ってるんだろう。
「じゃ、入りましょうね。」
そう言われて一緒に中に入る。なんとなく久しぶりに自分の知っている世界に帰ってきた気がする。
「今夜は何が食べたいですか?」
「いや、何か適当にここで買って食べようと思ったんですが・・・」
「そんなこと言わないでください。せっかくですから、一緒に食べましょうよ。・・・カレーでいいですか?」
カレーは俺の好物だ。それはありがたい。
「じゃ、せめて材料は俺が買います。」
と言ってポケットの財布に手を伸ばす。
「あれ?ない。」
財布を落とした?そんな馬鹿な。確かにポケットに入れたはずなのに。
「どうしました?」
笑顔で俺の方を見ている舞に財布を落としたことを伝える。
「あらあら、それは大変ですわね。」
「そうなんです。それで、申し訳ないんですけど、家の鍵を貸してもらえませんか?僕はこれから来た道を戻って財布が落ちてないか探してみます。もしかしたら部屋に忘れてきたかもしれないですし。部屋も見たいんです。」
「え・・・それは構いませんけど・・・」
俺は冷静に判断できているのだろうか。
財布にはカードも入っていたし、帰り路を歩いて行ったって見つかる保証なんてないのに。
舞からカギを受け取って洋館まで向かって走る。もちろん、途中に財布が落ちていないかを探しながら。
そして10分ほど走っただろうか。たどり着いた俺は不思議な光景を見た。
付いていなかったはずの明かりが、洋館に灯っていたのだ。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
この美女、高梨舞。
なんとなく不思議な感じの女性です。
大学院二年生の和樹がキレイだと思うということは、きれいな女性なんでしょうね。
それにしても親切すぎる気がします。
まるで日常の一コマを切り取ったような話ですが、今後どう展開していくのでしょう。