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寂夢  作者: 蛍石光
寂夢 七
15/35

七 その五

少し長いです。


麻衣の核心に触れる話です。

「麻耶かい?」


 見知らぬ男性が声をかけてくる。でも・・・不思議と懐かしい。


「ううん、マイだよ。なんで泣いてるの?」


 私が勝手に答える。マイ。確かに麻衣は私の名前だ。ふと自分の手を見る。小さい。私の手が小さいっ。どういうこと?今度は子供になったの?


「おじさんはね・・・寂しかったんだよ。それで・・・泣いてたんだ。」


「泣いたらダメだよ、おじさん。マイが慰めてあげるね。」


 そう言って小さい私は男性の頭を撫でる。見知らぬ・・・いえ、知っている。私はこの男性を知っている。


「う・・うぅ・・・」


 男性は声を殺して泣き続ける。近くには男性の妻と思われる女性の姿。こちらの女性は私の姿を見て驚いた表情をしている。


「ま・・・麻耶?」


 まや?その名前はこの夫婦の子供の名前なのだろうか・・・でも、まや・・・マヤ・・・麻耶?そう、高橋麻耶。この名前には憶えがある。


「ちがうよ?おばさん。マイだよ。タカシナマイだよ。」


 え?タカシナマイ?それは私と同じ名前・・・高科麻衣は私の名前っ。でも・・・


「そう・・・マイちゃんっていうのね・・・」


 そう言ってそのおばさんもおじさんと一緒になって私のことを抱きしめてくる。不思議と怖いという感情がない。


「なぁ・・・マイちゃん。」


 意を決したようにおじさんが口を開く。


「私たちと一緒に帰らないか?おうちに。」


「あなた・・・」


 妻であろう女性がそう言って首を振る。


「なぁ、マイちゃん。どうかな。おじさんのうちの子にならないかい?」


「おじちゃんの子になる?」


 そう言って少女は首をかしげて、ちょっとだけ考えるような素振りをする。


「うん。いいよ。」


 そうにっこり笑って答えたのだ。その時、また私以外の時間が止まる。


「どうかな?思い出したかな?」


 低い声が聞こえてくる。また、あの少女だ。


「知らない・・・けど・・・この子の名前、私と一緒だった・・・」


 少女に対して恐怖を抱きつつも、私に応えてくれるのはきっとこの少女だけだ。理由はわからないが確信のようなものを感じた。


「間違えたんでしょう?子供はよく言い間違えたりするからね。」


 少女は別段表情を変えずに答える。


「でも、自分の名前よ?」


「苗字だよ。結構間違えるさ。それでも結構通じるものだからね。」


 何を不思議なことを言っているんだとでも言いたげにこちらを見る。


「そんな・・・じゃ、あの子の名前は?」


「はぁ・・・まだわからないのかい?彼女は君だよ。彼女もそう名乗ってただろう?」


 ため息をつきながら答える少女。いつの間にか少女の声は年齢相応の幼い声になっている。


「違うっ、私はこんな・・・こんな記憶はない。」


 必死に否定する。でも、心のどこかで少女の言うことを肯定している。


「じゃ、仕方ない。正直に答えるよ。この少女は高無舞。君がさっきから何回も見てきた女性さ。君にそっくりな顔をした女性も、年老いた姿になった女性も。みんな高無舞だ。」


 少女の言葉に合わせて少女、若い女性、老女の順に頭の中に映し出される。


「・・・どういうこと・・・」


 いきなり現れた少女は面白そうに答える。目の前の景色が海に変わり、同時に少し大きくなった少女が頭の中に映し出される。


「どういうことって、本当に君は何も思い出せないのかい?君が望んだんだよ?生まれ変わることをね。高無舞。まだ思い出せないのかい?」


 笑いながら話す少女。全く分からない。少女の言っていることが。


「わからない・・・」


 少女が呆れたような表情で私を見る。


「なんてことだ。あんなに強い思いを抱いて死んだから、てっきり覚えていると思ってたのに。本当に忘れちゃってるんだね。」


「死んだ?私が?」


「そう。前世でね。君の前世は高無舞だったんだよ。」


 笑顔で答える少女。さらに景色が変わる。今度は病院のようだ。ベッドには老女が眠っている。


「そんなこと急に言われても・・・」


 理解できない言葉と同時に理解できる感情が浮かんでくる。


「少しは思い出してきたかな?」


 少女が目を細めて口元だけで笑いながら聞いてくる。


「・・・・・」


「そうか。なら教えてあげよう。君は高無舞としてこの世に生まれた。そして、この夫婦に誘拐され高橋麻耶として育つんだ。でも、その高橋夫妻が死んだときに君はその真実を知るんだ。まぁ、誘拐されたときの君は幼かったし、村でも楽しい思い出がなかっただろうからね。とても優しくしてくれた高橋夫妻に本当の両親を見たんだろう。でも、真実を知った君は本当の自分を探し始めた。生き別れた姉もね。そして、やっと見つけた姉の高無愛と共に生活するようになるんだ。そうそう、その時の君は高梨舞と名乗っていたみたいだね。だって、君は高橋麻耶じゃない。本当の麻耶ちゃんはさっき見てもらった映像の直前に崖から落ちて死んでしまってるからね。そして、失踪から二十年ほどたって本当のことを知っても高無舞は死亡扱いされているからね。苦肉の策として『無』を『梨』に変えたんだね。もちろん戸籍上は高橋麻耶のままだ。だから、そう名乗っていただけということになるよね。」


 そう一気におかしそうに話す。少女の言葉に合わせて次々と映像が頭の中に浮かんでくる。


「やめて・・・」


「どうしてだい?君が聞きたかったんじゃないのかな?」


 そう言って無邪気に笑う少女。いや、無邪気に見えるのはその容姿のせいだろう。


「やめて・・・」


「まぁ、聞きなよ。高無愛と出会ってからの君は幸せそうだったよ。でもそれも長くは続かなかった。姉の愛は娘を出産。その子は唯と名付けられた。そして、その数年後。さっき見た状況になるわけだ。」


 さっき見た・・・というのは私に似た女性の一人が死んでいた光景のことだろうか。


「さっきの・・・」


「そう、愛が死んじゃったんだね。死因は転落死。かわいそうにね。彼女もきっと生きていたかっただろう。」


「死んだのは高無愛・・・じゃ、そう呼ばれていた年老いた女性は?」


 必死に記憶をたどりながら少女に聞く。


「だから君だよ。」


 本当に楽しそうに質問に答える。


「あれは私じゃない。」


「そうだね。正確に言うと君じゃないよね。でも、君なんだ。いい加減に思い出しなよ。」


 少女は私の周りを飛び跳ね回る。景色が社のあった場所に変わる。


「前世の・・・私・・・」


「そう、その通り。」


「でも、私は高無舞だって・・・」


「うん、君はね、残された姉の娘を育てるために自分が死んだことにしたんだ。幸い君たちは双子だ。声も見た目もほとんど同じ。入れ替わるなんて簡単だ。だから君は高無愛として生きていくことになった。年老いて死ぬまでね。」


「そんなの・・・」


「そうだね、悲惨な人生かもしれない。でも、幸せな人生だったと思うよ?君の姉に比べたらね。でもどうしてかな?君の方がこの世に未練があったみたいだよ。姉に比べてね。だから僕が呼ばれたんだ。」


 少女がおどけながら私の目を見て言った。


「私が・・・呼んだ?」


「そう、君は死の間際に『死にたくないっ』と強く願った。そして自分が自分として生きられなかったことを呪って死んでいった。うん、君の境遇は一般的に言うと不幸だ。僕らに比べたら大したことないけどね。」


 一瞬、少女の目に怪しい光が灯る。


「僕ら?」


「それはまた後で。君はね、愛する男性とも生きられなかったんだ。それで今でも愛を探し続けているんだよね。あ、愛っていうのはお姉さんのことじゃなくて、概念としての愛だよ。」


「そんなことない・・・」


「そうかな?君はいつだって自分を支えてくれる男性を求めていた。それこそ前世からね。そして、この新たな人生でようやく見つけた。でも・・・まだ、至れてないみたいだね。」


 突然核心を突かれ、思わずたじろぐ。


「な、なにを・・・」


「だって、君はまだ処女なんだろう?二回目の・・・イヤ実際は何回目かな?ま、そのあたりはいいや。君は今の人生でも、そして前の人生でも、ただの一度も本当の愛を手に入れてはいないんだよね。」


「そんなことは・・・」


 その返事は自分が高無舞の生まれ変わりであることをある意味で認めた言葉だった。少女は満足げに頷いてさらに続けた。


「思い出してきたかな?高無舞だったことを。いや、君の前世は一体誰だったんだろうね?なんといっても君が鬼籍に入るまで高無舞として生きたのはたったの三年だったのだからね。それでも君は幸せな方だったんだよ?わからないよね?どういう意味か。」


 少女が怒りを湛えた目でこちらを見る。


「なにを・・・怒っているの・・・」


「わからない?思い出せない?思い出したくない?」


「わからない・・・でも少しわかってきた。高無舞って人・・・その人の記憶は確かに・・あるような気がする。全部じゃないけど・・・」


 認めたくないけど・・・今まで思い出せなかったけど、さっき見せられた映像に見覚えがある気がする。


「そうか・・・やっぱりすべては思い出せないんだね・・・」


 少女が初めて悲しげな表情を見せる。


「ええ・・全ては思い出せない。」


「なら、せめて前世のことは僕が教えてあげるよ。」


 少女は嬉々とした表情を浮かべながら言った。


「待って・・・その前に聞きたいの。」


「何だい?」


「あなたは誰なの?」


 私の言葉を聞いて少女は一瞬だけ寂しそうな表情を浮かべた気がした。


「僕かい?・・・僕は君たちが神と呼ぶ存在だよ。そうだね、双子の神って呼ばれたこともあったかな。他にもいろいろな呼び名があったけど・・・この呼ばれ方が一番好きだったかな。」


「神・・・信じられない。」


 麻衣は首をゆっくりと横に振る。


「君が倒れた場所を覚えてるかい?あそこは僕たちの家なんだ。君のお姉さんは毎日通っていた。妹である君の身を案じてね。毎日僕たちに尋ねていたよ。舞は生きているのかって。」


「知らなかった・・・」


 知らずに涙が零れてくる。


「君は今、ある男性に心を惹かれている。彼は大きな運命をもって生まれた人間だ。君との相性もいいはずだ。」


 唐突に話の内容を変える少女。


「な・・・何を言うの?」


「恥ずかしがることはないさ。僕は君の考えがわかるんだ。君のことをずっと見ていたからね。君が惹かれている男性の名前を当てようか?柴田和樹だろう?君と同じ研究室の先輩で大学院の修士課程一年生。今は十月だからあと半年もしたら就職活動だ。研究しながら就職のことをいつも悩んでいる。彼自身のことをもっと詳しく教えてあげようか?」


 いたずら好きの少女のように神が囁く。その言葉はとても魅力的で・・・麻衣の心を揺さぶってくる。聞きたい・・・その欲望が麻衣の心を支配していく。


「・・・教えて。」


 少女は顔を足元に向けおぞましい笑みを浮かべたが、一瞬で無邪気な笑顔に戻り麻衣を見る。


「いいよ。彼は孤児院育ちだ。おっと、今は孤児院って言わないんだよね。確か児童養護施設っていうんだっけ?名前が違うだけだけどね。あ、ごめん、話が逸れたね。とにかく彼は両親を知らないんだ。柴田っていう夫婦に引き取られるまでその施設で育ってたんだ。」


 知らなかった。柴田先輩がそんな境遇だったなんて・・・


「知らないよね?そりゃそうさ。彼は話さないからね。過去のことを。でも、不思議に思わなかったかい?彼は昔違う苗字を名乗っていたはずだよ?」


「え?そんな・・・先輩はずっと柴田って名乗ってたわ?」


 少女の言うことに間違いがあったことに驚いた。


「あ、そっか。戸籍上の苗字は『柴田』だからね。基本的には柴田って名乗っていたかな。でも、旅先なんかで記名するときは養子に入る前の苗字を記名してたんだ。」


「・・・」


「でもね、大学四年生の時にさ、海外旅行に行って現地で病気にかかったんだよね。死にかけたんだ。何日間か意識不明だったみたいだね。それで、就職に失敗。大学院に進学を決めたんだ。良くわからないけど、その時くらいからだね。彼が誇らしく『柴田和樹』と名乗るようになったのは。彼に名付けられた本当の名前も知らずに・・・」


 少女は自慢げに和樹の過去を話している。その姿に違和感を覚えながらも、その話を聞きながら胸が痛くなる自分を感じていた。


「知らなかった・・・」


「誰にも言ってないみたいだからね。知らなくても当然さ。他にも聞きたいことはある?」


 少女は笑顔を湛えながら麻衣の顔を覗き込む。


「あるけど・・・」


「彼が思っている女性のことだよね。そのくらいわかるよ。僕は神だからね。」


 少女のその言い方に背筋が寒くなるのを感じる。


「・・・うん。」


「彼が思いを寄せている女性・・・一応彼女がいるみたいだね。あと半年くらいで破局すると思うけどね。だから・・・タイミングは今じゃない。彼は・・・今から一年後くらいに事故に巻き込まれる。それこそ生死にかかわる事故だ。君はその時までに今よりほんの少しだけ仲良くなればいい。そして、看病してあげて。彼は三日で意識が戻るから。その時、彼は君のことをとても愛おしく思うはずだ。」


 妙に確信めいた口調で少女が話す。


「そこまで詳しくわかるのは、どうしてなの?」


「それは君には言えない。言えるのはわかるということだけ。ただ、僕を信じていればいいんだ、君はね。」


 そう言って少女は笑みを浮かべながら麻衣の頭を撫でる。ただ、その笑みは優しさをたたえた笑みではなかった。


「さぁ、そろそろ目が覚める時間だ。起きた時もこのことはちゃんと覚えているはずだから大丈夫。僕に会いたくなったらここにおいで。僕はいつもここにいるから。」


 少女の姿が少しずつぼやけてくる。


「待って、まだ聞きたいことがあるの。」


「今はここまでだよ。マイ。またいつか会おう。愛しい・・・」

一気に語られました。


謎の声による不思議な話。

麻耶?舞?麻衣?

どうなっているのでしょうか。


この章の最後に簡単にまとめたいと思います。

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