七 その一
前回までの話とは登場人物が一新されます。
それでも、どこかで聞いたこと名前が登場することになっています。
今日は朝からいい天気だ。こんな日は大学に行かずにショッピングにでも繰り出したい。そんな話を先輩にしたことがあった。
「まぁ、良いんじゃないの?たまになら。いってらっしゃい。」
先輩はキーボードを叩く手の動きを止めることもなく、簡単ににあしらってくる。
「麻衣~、また柴田先輩にフラれたんでしょ?」
友人が呆れたような表情をしながら話しかけてくる。
「うっさい。私の勝手でしょう?」
大学の中庭で一人お昼をしていた時だ。どこにでもあるような会話がなされていた。
「それにしてもさ、あの先輩のどこがいいわけ?別に顔がいいわけでもないし、筋肉あるわけでもないし。だからって天才ってわけでもないしさ。」
「わからない。なんか・・・気になるのよね。」
おかずを口に運びながら目線だけ空に向けて答える。
「ま、あんたが誰を狙おうとあたしには関係ないんだけどさ。」
タンクトップにホットパンツが似合うその友人は、十人中九人が振り返るであろう美人。自分もそれなりに可愛い方だと思ってはいたが、どうも彼女とは住む世界のレベルが違うみたいだ。
「ほっといてよ、梓。どうしても気になる人って今までいたことないの?」
「あたし?あーいないいない。言い寄ってくる男を振り払うだけで精いっぱいだって。」
梓はそう言って煩わしい虫を振り払うような仕草をする。
「はいはい。羨ましいことですね。」
「あんたもさぁ、彼と別れてもう三年くらいご無沙汰なんでしょ?あっちのほうさ。」
そう言って右手の親指を中指と薬指の間に挟み込み隠語であることを強調する。
「はぁ?何言ってんの?昼間っから。」
「昼間だろうがやりたいときはやりたいものだよ。」
そう言って私の肩をポンポンと叩いてくる。実際のところ、梓は男に苦労したことはない。少なくともフリーの期間が三日と続かない。私の記憶ではそんな感じだ。
「わかるけどさ。それ、ここで言う?」
梓を狙う男たちが少しずつ距離を縮めてきている。その光景は一種の恐怖映画のようだ。
「いいじゃん。美味しいご飯を食べて、いい男に抱かれて。それが人生ってもんじゃない?」
「はぁ・・・」
梓はいい子なんだけどこういう部分はついていけない。
「で・・・今日はどうするの?」
「何が?」
少し不機嫌そうに梓に返事を返す。
「またさ、面白い話聞きたいんだよね、麻衣の。」
「またぁ?」
「いいじゃ~ん。こう見えてもオカルト研究部員よ?興味あるに決まってるじゃん。」
梓が興味を持っているのは、とある田舎町で信仰されていた双子の神についてだ。こんなド派手ななりをしているが、実は見持ちは固く、簡単に抱かせないということで有名だ。しかも、実は処女だなんていう噂まである。真実は私にとってはどうでもいいことなんだけど。そして私がその双子の神を信仰する成和町近くが出身地というきっかけで仲が良くなったというわけだ。
「じゃあさ、今度の週末にでも行ってみる?」
梓のシツコイ誘いについに私が折れたという形だ。
「ホントに~。行く行くっ。」
そう言って手を握ってくる。
「そうなると車の方がいいんだよねぇ。」
私自身は免許は持っているが車は持っていない。梓も同様だ。
「あ、車ね。任せておいて~。」
そう言ってクルッと振り返り大きな声で呼びかける。
「今度の週末に、私たちを独占したい男の子、いな~い?大きくで立派な車持ってる人、限定一名なんだけどなぁ~。」
ワッと寄ってくる男たち。
「あ、俺車あるよ。」
「ふ~ん、大きいの?」
「いや・・・軽なんだけど・・・」
「他の人は?」
「はいはい、オレオレ。俺の車はデカいよ?後部座席で二人まとめて相手できるくらい。」
「は?うっさい。バカはアッチ行け。」
「う・・・」
「良かったら俺が車出すよ。」
そう声をかけてきたのは割と普通の感じの男の子。
「へ~、で、君の誘い文句は?」
「ん・・・そうだなぁ。海が見たいから、かな。」
「ほほう。で、肝心の車は?」
「それなりの。高級車ってほどじゃないけど、本当にそれなりかな。」
「よし、君にお願いしようっ。」
そう言って彼の肩に手を載せて頷く。
「じゃ、どうしますか?梓先輩。」
この男の子はオカルト研究部員で梓の後輩。なんだかんだ言っていつも可愛がっている梓のお気に入りの子だ。きっと梓の本命なんだろう。
「迎えに来なさい。私の家まで。麻衣と二人で待ってるから。土曜日の朝四時に。」
「また梓ったら・・・そりゃ厳しすぎでしょう?」
「わかりました。お迎えに上がります。お嬢様。」
そう言って恭しくお辞儀をする。この展開を始めてみた時はドン引きしたもんだが、見慣れてしまった自分が怖い。
「はいは~い。待ってるからね。あ、そうそう。来る前に連絡入れなさいね。あたしたち寝てると思うから三時頃に。それで起きるから。いい?」
「仰せのままに。」
そう言って笑う彼。なんだろう、この二人の関係は。
**********************
電話が鳴っている。でも、聞き覚えのない着信音だ。それにしても、今何時なの?まだ暗いのに。
「はい・・・」
誰かが電話に出る。
「麻衣、起きなきゃ。もう時間だって・・・」
時間?何それ、まだ眠いのに。
「麻衣、今日は成和町に出かけるのよ?」
成和町・・・聞いたことある町の名前だ・・・
「ちょっと、早く起きてよっ。」
うるさい。私はまだ寝てたいの。
「こら~、麻衣っ。」
その声とともに布団が引きはがされる。
「う・・・」
「相変わらず、寝起きが悪いわね・・・」
上半身を起こし、軽く頭を振って状況を整理しようとする。
「ここは・・・」
「あたしの家よ。当然でしょ?それも忘れちゃったの?」
そうか・・・梓の家か・・・通りで豪華な部屋なわけだ。私の部屋はワンルームのアパート。彼女の家はマンションの最上階のワンフロア。
「ごめん・・・朝弱いから・・・」
「はぁ・・・顔洗ってきて、準備しよ?隆司が来ちゃう。」
隆司というのは梓のお気に入りの後輩の名前だ。
「そうだ・・・今日行くんだっけ・・・?」
「そう、だから急いで?もう三時半だからね。」
確か四時に迎えに来るはずだった。だんだんすっきりしてきた頭で冷静に考える。
「準備してくるね・・・」
そう言って部屋から洗面所に向かって移動しようとする。
「麻衣?そっちじゃない。」
そっか。こっちはクローゼットだ。広すぎる家っていうのには慣れていないのよ・・・
**********************
しっかり準備をして一階のロビーまで降りると隆司くんが待っていた。
「ごめんねー。麻衣が準備に手間取っちゃって。」
「構いませんよ。僕も少し遅れてしまったので。」
隆司はそう言っているが、おそらく私に気を使ったのだろう。彼は今までに遅刻なんてしてきた事はないからだ。
「ちょっと、あんた遅れてきたの?あたしが時間通りに降りて来たら、あたしが待たされたわけ?」
「その時は、お嬢様よりも早く来てお待ちしております。」
「わけわかんない。」
そう言って梓はプイっと横を向いて下唇を突き出す。いつもはツンとした表情が多い梓だが、隆司の前だけでは子供っぽいところを見せる。全く素直じゃない。
「ごめんね。私寝起きが悪くて・・・」
「早朝ですからね。辛いのは当然です。」
「あら?あなたもツライのかしら。」
梓がまた言わなくていいことを言い出す。
「僕はお嬢様のためなら、何でもしますよ。」
「そういう言い方が嫌なのよ。」
何がそんなに不服なんだか。
「ここから成和町まではどのくらいかかるの?」
梓の話を中断させるために隆司に話しかける。
「ここからだと・・・そうですね。四時間くらいでしょうか。」
「四時間?結構かかるのね・・・」
「申し訳ございません。」
そう言って頭を下げる。別に隆司が謝るようなことではないのに・・・
「まぁ、いいわ。車に乗りましょう?」
そう言って梓が小さなトランクを持って歩き出す。私も軽く溜息をつきながら梓の後に続いた。
**********************
きっちり四時間後。成和町の入り口に差し掛かった。私たちは車の後部座席ですっかり寝てしまっていた。
「梓さん、麻衣さん。もうそろそろ到着しますよ。」
隆司が寝ていた私たちに文句ひとつ言わずに報告してくれる。
「そう?思ったより早かったわね。」
それは私たちが寝てたからよ。そう考えたが、それを言うと梓の機嫌が悪くなる。彼女は本当のお嬢様だから、気に入らないとすぐに機嫌が悪くなる傾向がある。困ったことだ。
「そうですね。少しだけ飛ばしましたから。」
「ありがとう、隆司。」
「いいえ。お気になさらずに。」
この二人はどういう関係なんだろう?梓のお気に入りなのはわかる。でも、この子のこの従順さはなんなんだろう。とても不思議だ。
「あ、あの洋館・・・」
「どうしたの?」
「なんだか見覚えがある・・・」
「来たことあるんじゃないの?実家から近いんだし。」
確かに近いことは否定しないけど、それでも車で一時間はかかる。この成和町は過疎地。それも末期の。特に何かがあるわけでもない町に来たことなんてなかったはずなのだが。
「ないわ。でも、知ってる・・・」
「ふ~ん、不思議ね。」
「あ、そこの道を左に曲がると洋館の近くに行けるわ。」
「よくご存じですね。」
隆司が驚いたような声を上げる。ただ、私が言う前にすでにウインカーを出していたのに私は気が付いていた。
「隆司くんも知ってたの?」
「はい、一応下見を済ませておきました。」
「下見ですって?」
梓が「驚いた」と声を上げる。
「はい、迷ってしまうと困りますから。」
笑顔で淡々と返事をする隆司。本当に隆司とは何者なんだろう。
「ねぇ・・・隆司くん。どうしてここまでしてくれるの?」
疑問を口に出す。
「それはね、あたしの下僕だからよ。」
梓がふふんと胸を張りながら言う。
「違います。下僕ではありません。梓先輩が好きだからです。」
「ちょ・・・」
梓が顔を真っ赤にする。意外に初心なところがあるのも梓の可愛いところだ。
「それは一旦置いておきましょう。もうすぐ高梨家に到着しますよ。」
高梨家というのはこの村にある廃墟だ。廃墟と言ってもきちんと管理されている。今はだれも住んでいないというだけだ。
「そっかぁ~、これが高梨家かぁ。」
そう言って感慨深そうに身を乗り出して洋館を見る。
「ここではいろいろあったらしいのよ。殺人とか失踪事件とか。まぁ、どっちもかなり昔のことなんだけどね。で、最近の持ち主が老衰で亡くなったのを最後にこうなってるのよね。噂では、すごいお金持ちで遺言書にここを保存するように書いてあったとか。」
「あはは、梓先輩はそれを本当に信じているんですか?」
隆司が軽く笑いながら聞いてくる。
「そうよ、それが悪いの?」
「いえ、先輩が何を信じていてもよいのですが、僕が調べた話とは少し違うようです。」
「どういうことよ・・・」
梓がひどく不服そうに聞き返す。
「僕が調べた内容では、本来こちらの洋館の持ち主は高梨家ではなく高無家です。」
「はぁ?なに言ってるの?」
「そうですよね。音で聞くとわからないのですが、『なし』の文字が違うんです。元々の持ち主の方の『たかなし』は高いの『高』に無の『無』で高無。対して、最後の所有者であった『たかなし』は高いの『高』に果物の『梨』で高梨。そして、いろいろと事件があったのは無の方の高無家が所有していたころ。ただ・・・事故は果物の梨の方の高梨家にもあったようですが。」
「なら・・・別にいいじゃない。ここで何かあったことには変わらないんでしょう?」
梓がさらに不服そうに隆司に問い詰める。
「はい、その点に関しては、ですが。こちらの洋館は現在、遺言で保存されているわけではなく・・・」
「あーはいはい。もういいから。まずは中を探検しましょう?」
「いえ、こちらの所有権は国が持っていますので・・・勝手に侵入すると面倒なことになりますが。」
「うそぉ?ここまで来て中に入れないの?」
それには同感だ。せっかくだから私も見てみたかった。不思議なことにここを知っている気がするし。
「そう・・・でも、ちょっとだけなら。」
「玄関には監視カメラ。塀にはセンサーが設置されています。文化財登録候補となっているそうですから、管理も厳重です。」
隆司が首を横に振りながら「ダメです。」と答える。
「じゃ、私たちは何をしに来たわけ?」
梓が全く悪くない隆司に金切り声を浴びせる。
「すみません。お聞きになるとがっかりすると思いましたので、せめて外からだけでもと思いました。」
「外から見るだけじゃツマラナイ。」
「おっしゃる通りです。ですから僕もいろいろ調べました。そうすると、この近くに社があることが分かりました。そこは双子の神を祀っているとか・・・今は誰にも管理されておらず廃れているようですが。」
「それを早く言いなさいよ。そこに行くわよ。」
すっかり機嫌の直った梓が隆司に言う。
「はい、向かいましょう。ですが、車で行けるのは途中までです。細い山道で車が入れないのです。」
申し訳なさそうに梓に返答する。
「ウソ?歩くの?結構遠い?」
「歩いて五分程度でした。」
もしかして、その社にも隆司は一度行ったのだろうか。
「そう、近いわね。でも・・・」
「靴、ですよね?」
「そう。歩きやすい靴は履いてきたけど・・・」
「一応長靴の準備はしてあります。」
まったく・・・どこまでも至れり尽くせりという感じだ。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
七章その一です。
麻衣と梓、隆司が訪れたのはもちろん、例の洋館です。
ただし、六章までに書かれた時代とズレがあります。
一体どういうことなのでしょうか。
それが明かされるのは、もう少しあとになります。




