表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
寂夢  作者: 蛍石光
寂夢 六
10/35

六 その二

唯パートです。

前回からの続きです。


暗い話が続きます。

 最近、よく夢を見る。とても夢とは思えないリアリティのある夢。そして、その夢は不思議なことに現実になる。いわゆる予知夢と言われる夢のように思った。

 初めてこのことに気が付いたのは、妊娠がわかった日の夜。その時の夢は、自分がガンに冒されていて長くないという夢だった。そして、次の日に見た夢は、その後どのようにして生きていくのかという夢。全て当たっていた。いや、夢で見たのと同じように生きたというべきなのかもしれない。

 そして、何度か見た夢は、無事に息子が生まれる夢。そして、私に対する命の最後通告がなされる夢。全て夢で見たとおりだ。何も怖いことはない。夢で見たとおりに行動することである意味での最善の結果が得られるのだから。

 そして、その夢の中でも繰り返し見る夢がある。まさに悪夢ともいえる内容。それは母についての夢だった。夢の中の母は若年性の認知症を発症していた。そして、生に執着していた。強く、とても強く。それはまるで、今までの人生を悲観しているようでもあり、新たな人生を望む一人の人間のようにも見えた。私は母に会い、孫のことを話し、母の話を聞き、母の死を看取る。

 そして、次の日。私も逝く。そういう内容。あまりにもはっきりとした内容で何度も見るものだから、もうすっかり覚えてしまった。でも、その夢の中に一輝の姿が見えない。それだけが不安だったが、その意味も最近の夢で分かった。どうやら、私は産まれたばかりの一輝を施設に預けるらしい。そして、一人で生まれ故郷に戻ることになるらしい。

 数年前から母には奇行が目立つようになってきていた。恐らくは認知症を発症していたのだろう。一人で生活ができるレベルでの認知症。私の中ではそういう認識だった。でも私はすべてを知っていて自分の生活を優先してきた。仕事と恋。幸いにしてどちらも順調だった。貯金もしっかりしてきたから、今まで四か月間こうやって生きてくることもできたわけだ。

 母の夢は他にも見た。正確に言うと母なのだろうか。わからない。夢の中に見える母はひどく若く見えた。私の知っている母の姿ではない。それは年齢のことだけではなく。生活環境。どこかの大学の研究室にいる母。明らかに学生だ。姿顔かたちは私が知っている母そのもの。でも、母ではない。わからない。夢の中で理解できないのはこの夢だけだ。でも、私の見る夢はすべてが現実として実際に起こってきた。ということはこれは・・・母の未来だとでもいうのだろうか?さっぱりわからない。

 でも、私は、やらなければならない。これは既に運命なんだろう。変えられない未来の運命。私はその運命のレールの上をただ歩くしかできない。問題は、私がいつ、行動を起こすのかということだ。一輝を施設に預けて母に会いに行く。この一点が疑問だった。


 あぁ、そうか。これも夢か。そうわかるようになってからもう数か月がたっている。夢だとしてもあまりに不思議な感覚だ。この感覚はいつもと違う。

 場所は・・・ここは・・・成和町の家だ。懐かしい感覚が蘇る。田舎町に嫌気がさし、中学卒業を機に成和町を飛びだし、県外の高校に進学。その後就職してから一度も戻っていないが、今でもはっきり覚えている。母が亡くなったあの家だ。それにしても少しおかしい。記憶にある家よりも新しい気がする。そしてそれにしても暗い。夜みたいだけど電気がついていない。どうなっているんだろう。そう思った瞬間、私は夢と現実の区別がつかなくなった。いや、夢の中なのに現実の場所に立っているような感覚。こんな夢は初めてだ。


「こっちじゃなかったか?二階だったことは確かなんだけどな・・・っ。」


 夢なのに声?今まで聞こえたことなんてなかったのに。そう思いながら声の聞こえた方に向かって歩いていく。おかしな感覚。歩いているというよりも浮いているような感覚。どうなっているのだろう。さっぱりわからない。そんなことを思っているうちに声の主である男性の横を通り過ぎてしまう。


「嘘だろ?俺に霊感とか・・・そういうのはないけど・・・」


 男性には私のことは見えていないようだ。見えてはいないけど感じることはできているようだ。そして、どうやら男性はこの家の中を歩き回っているようだ。


「あなたは誰なの?」


 そう声をかけるが男性には聞こえないようだ。


「あ、そっちの部屋は・・・」


 幼いころに入ったことがある。確か私がこっそり隠れて遊んでいた部屋だ。良く万華鏡を覗いていたっけ・・・


「ちょっと行ってみようかな。」


 どうせ男性には声が聞こえていない。それにこの感覚、幽霊みたいなものなんじゃないだろうか。夢だけど夢じゃないような感覚。確かめてみる必要がありそうだ。そう思いドアに向かって滑り出す。その体はふわっと動き出しドアにぶつかる・・・かと思われた瞬間、すり抜けてしまう。それは想定以上の事柄で驚きでもあった。


「驚いた・・・ドアはすり抜けられるのね。ということは物には触れないのかしら?」


 この状況にあって彼女は驚くほど冷静な考え方をしているものだ。


「えっとまずは隣の部屋に移動して・・・」


 そう言って勝手知ったる実家を悠々と移動していきドアをすり抜けていく。


「なんだか面白い。でも、触れないっていうのはつまらないわね。」


 そう言いながら壁にあるあかりのスイッチに手を伸ばす。


 カチッ


 そう音を鳴らして部屋に明かりが灯る。


「え?」


 驚きながら壁から離れた。その時にぶつかったのだろうか。床に置かれていた万華鏡を蹴り飛ばしてしまう。


 ゴトッ


「あ・・・」


 そう声をあげてしまう。


「どうして、スイッチと万華鏡にはさわれたの?」


 そう言って再び万華鏡に触ろうとする。その時、


 カチャリ


 ドアを開けて男性が入ってきた。


「え・・・・」


「いったいどうして・・・」


「私の姿が見えるの?」


 そう男性に尋ねるが返事はない。それどころか辺りを見渡して何かを思案しているようだ。そして、先ほど蹴り飛ばしてしまった万華鏡に手を伸ばす。


「これは・・・なんだ?子供の・・・おもちゃ?」


 不思議そうな表情で万華鏡を見つめている男性。


「万華鏡のことを知らないのかしら・・・それにしても、やっぱり私のことは見えないのね。一体どういうことなのかしら。」


 姿も見えないし声も聞こえない。にもかかわらず、意図せぬところで物に触れられるということもある。恐ろしいほどに自分の置かれている状況がわからない。


「音を立てたのは・・・これか?」


 そう言って万華鏡を手に取り、部屋から出ていこうとする男性。そして机の方を向き立ちどまる。どうやら机の上の一冊のノートに気が付いたようだ。


「これは・・・ノート?」


「ノートだねぇ。私も見たことなかったよ。」


「参?三冊目ってことか?」


「そうみたいだね。ということは他にもこんな感じのノートがあるってことだね。」


 男性はノートを手に取り、そして書かれている内容を読み取ろうとする。やけに古びたノートで、文字はノートの前半部分にいろいろと書かれている。そして、最後のページをには何かが書かれている。


「あ、何か書かれているよ?」


「えっと・・・出逢いは・・・必然・・・であり・・・」


「う~ん、読めないね。出会いは必然であり・・・か。なんだか意味深な言葉みたいだけど。どういう意味があるのかな。って、それより、こんなノートがあったんだ。知らなかったなぁ。」


 知っていたからってどうにかなるわけじゃない。ただ、もっと昔に知っていたら自分も探していただろうと思った。それだけのことだ。男性は何を思ったのかノートをポケットにねじ込んだ。


「え?持って行っちゃうの?」


 自分の家の物が誰かに持って行かれるのはちょっと嫌な気がする。


「さて、とりあえず、この部屋には誰もいないと・・・」


「・・・いるのに・・・」


 そう呟いた彼女の声はやはり届かない。男性は部屋から出て行った。



「落ち着いて考えてみよう。これは多分夢よ。恐ろしくリアルな夢は何度も見たけど、今回のは別格。何といっても自分の視点で見えていること。」


 そうなのだ。今まで見ていた夢はどこか俯瞰的な感じで自分以外の何かが見ているものを見ている、そんな感じだったのだから。


「それに理由は分からないけど、物にも触れられる時がある。そうなってくると・・・」


 フワフワと部屋の中を漂いながら考え事をする唯。こんなにのんびりと何かを考える時間は近頃の唯にはなかった。何といっても死期の迫った体だ。痛みが常にあったわけだから、それも当然というところだろう。


「そうか。私、死んだか。」


 一つの結論にたどり着く。


「だって、体も痛くないし、お腹も大きくない。おっぱいくらいは大きいままで夢を見させてくれてもいいのに・・・」


 そう言って一人で悪態をつく。そして、自分の置かれた状況を再度考える。


「誰にも見えないんだし、せっかくだから家の中を移動してみようっかな。舞まーま・・・いると思うし・・・」


 突然現実を思い出す。恐らく舞まーまは一階で生活しているはず。


「昔からママは一階で生活してたもんね。行ってみよっかな・・・」



 一階に移動する。懐かしい実家。長い間帰っていなかったから懐かしいという気持ちが強く沸き起こる。


「どうして・・・私は一度もママに会いに帰らなかったんだろう。」


 そう呟き、涙が流れてくるのを感じた。


「ママ・・・舞まーま。ごめんなさい。」


 そう言って走って大好きな舞まーまがいるはずの部屋に向かう。


「あ、良く考えたら、今の私って幽霊だから、そのまま床とかも通り抜けられたんじゃ・・・」


 そう言いながら舞まーまの部屋のドアをくくりぬける。


「あれ?」


 久しぶりに見た舞まーまの部屋。懐かしいというよりも記憶の中にある部屋のままだ。


「このテーブル・・・壊れちゃったはずなのに・・・」


 そう言って触れたテーブルは、唯が小学生時代に潰してしまったテーブルと同じ型のものだ。母親と一緒に部屋の模様替えをしていた時に、物を載せ過ぎたのかミシミシと音を立てて潰れたのだ。


「舞まーまったら・・・似たテーブルを買ったのかしら。」


 そう言いながらテーブルの表面をみる。


「え・・・」


 そう言って思わず口を手でふさぐ。


「これって・・・私が書いた・・・落書き・・・」


 そう言った瞬間、ドアが開いて誰かが入ってきた。それは小さな女の子を連れた女性。ひどく怯えたような表情をしているが、その顔には見覚えがあった。


「舞まーま?ううん、愛まーま?」


 あまりの驚きにどうしていいのかわからない。ただ、ほとんど記憶にないはずの愛まーまの顔。それは私にしかわからないくらい舞まーまとそっくりな顔。でも、舞まーまじゃない。だって・・・舞まーまには・・・左耳に小さな傷はなかった。それは私だけが知っていた愛まーまと舞まーまを見分けるポイント。でも、それがなくてもちょっとした仕草の違いで幼い頃の私はすぐに見抜いていた。二人はいっつも笑っていて、仲良しで・・・私が本当に見分けられるのかを試したりしていた。


「思い・・・だした・・・」


 そう言ってから再び、目に涙があふれてくる。


「でも・・・そうなるとこれってどういうこと?ここは未来じゃなくて過去なの?」


 独り言をつぶやく。愛まーまと一緒にいるこの小さな子は私。


「いや・・・思い出したくない。」


 そうだ。これは愛まーまが死んだ日だ。忘れていたわけじゃない。幼い頃に見たあまりにも無残な光景。忘れようとしていただけだ。幼い私はランドリールームに隠れていたんだ。そして、幼い自分と母の後を追いフラフラとランドリールームに向かう。


「ここに隠れてるのよ?ママが呼ぶまで絶対に出てきちゃダメ。」


 少女は先ほどの約束通りに声を出さずに頷いた。やっぱりそうだ。これはあの日の光景なんだ。そして・・・この後、愛まーまは死んでしまう。


「また後でね。」


 愛まーまは幼い娘を守るためにあの男性と戦ったんだ。


「武器なんてないわよね・・・」


 そして・・・殺されてしまう。


「こんなもの持った方が危険かしら。」


「そうよ・・・そんなことより私と隠れて。」


「それにしても、こんな田舎町に強盗なんて・・・」


 やはり私の声は届かない。愛まーまがブレーカに手をかけてスイッチを切って聞き耳を立てながら、一階のドアの近くで侵入者の動向を探っているようだ。


「どういうつもりなのかしら・・・」


 足音は二階から聞こえてくる。涙が溢れてくる。どうしてこんな景色が見えるんだろう。誰が見せてるんだろう。わからない。だって、この景色は、私が幼い頃に見た景色じゃないっ。私は愛まーまが死ぬ瞬間を見ていない。犯人も見ていない。なのにどうして・・・


「一人なら何とかなるかもしれない。」


「ダメよ、まーま。行かないで・・・」


 そう言って今は亡き母に触れようとする。


「三階は・・・私たちの部屋・・・」


 やはり、触れられない。そう、これは過去に会った出来事。既に起こってしまったこと。過去は変えられないのだ・・・


 母は娘を守るために部屋から出て行った。


「助けられない。なら・・・せめて何があったのかだけでも・・・」


 そう言って三階に向かおうとする。その時、不意に腕を掴まれた。


「おねーちゃん。だれ?」


 驚いた。私の記憶の中にはない出来事。いや、どうだったんだろう。思い出せないだけ?


「あ・・・私が見えるの?」


「うん。」


 少女は怯えながらもこちらを見ている。


「そうなの・・・ダメよ。ちゃんと隠れてないと。」


「おねーちゃん、あいまーまにそっくり。」


 そう言って目を丸くしてこちらを見るもうひとりの幼い私。


「そっくり・・・なのかしら。」


「うん。」


 笑顔で答える。


「そう、ありがとう。でも、ちゃんと隠れていないとダメよ?」


「でも、ひとりはこわいよ。」


 そう言って見る見るうちに泣き顔になっていく。


「大丈夫よ。あなたは一人じゃない。ママがいつもそばに居るからね。」


 そう私自身を優しく抱きしめて言った。


「うん。」


「ちゃんと隠れてようね。」


 そう言って幼い私をラントリールームの隅に隠れさせて、三階へ向かった。




 一瞬で三階まで移動する。階段を使ったわけでもなく。そう例えるなら瞬間移動。そんな感じだった。


「外から見えていた明かりは正面側だったな。そうなると例の部屋は・・・もう少し先の部屋になるのか?」


 コイツが犯人なの?


「待てよ・・・それっておかしくないか?」


 何を言ってるんだろう。唯には全く理解できない。


「いや・・・見間違えたんだよ・・・」


「ここは三階よね・・・私と愛まーまが住んでいた部屋・・・」


 ここには入らせない。絶対。そう思い男性の横を風のように通り抜ける。その時一瞬だけ男性に触れる。男性は驚いたように振り向くが唯に気が付いたのではないようだ。


「ダメ、ここには入らないでっ。」 


「まいった・・・正直・・・怖いや。」


 やはり、声は届かない。わかってはいた・・・やっぱり止められないんだ、と。


「この部屋だな。」


「その部屋は・・・」


「え?」


 男性が驚いたような声を上げる。


「その部屋は・・・使ってない部屋よ・・・私と愛まーまの部屋は隣・・・」


 ホッとしながらそう呟いて男性の顔を見る。会ったことがあるはずもないその男性には見覚えがある。いや、あるはずがない。この男性は私が幼い頃に愛まーまを殺した男。会ったことがあるわけがない。


「明かりを・・・スイッチがどこかにないのか?」


 男性は壁際を手で触りながらスイッチを探している。そして部屋に明かりが灯る。


「ここは・・・さっきの『何もない部屋』?」


 初めて男性の顔をはっきりと見る。


「一哉?」


 思わず口に出す。その名前は唯の彼氏の名前。そして、一輝の父親の名前だ。


「待て待て。ここがあの部屋と同じなんてことがあるわけがない。作りが同じというだけだ。なら・・・この部屋とつながる部屋があるはずだ。」


 男性は何を動揺しているのかブツブツと呟いている。その仕草はまるで一哉を見ているかのようだった。


「おい・・・嘘だろう?」


 階段を昇ってくる足音が聞こえる。愛まーまが来たのだ。その時が刻一刻と迫ってくるのを感じた。男性は足音を出さないように階段に向かった。そして・・・力いっぱいにあいまーまを突き飛ばした。


「キャー・・・」


 悲鳴とともに聞こえる激しい音。階段を愛まーまが落ちていく音。


「まさか・・・今の人って・・・」


 男性が狼狽した声を出す。


「殺人者が・・・一哉に似た殺人犯が・・・何を・・・」


 そう言って愛する一哉に似た殺人者を睨みつける。しかし、男性はそんなことには気が付かずに階段を駆け下りていく。


「まさか?そんな・・・違うよな?」


 駆け下りながらそんな言葉を口にする男。罪悪感の現れだろうか。薄汚いものを見るように侮蔑の表情を浮かべ、唯は冷静に事態を見守り続ける。男は倒れている愛まーまに駆け寄り手を取る。


「まーまに触るなっ。」


 聞こえていないのは分かっていても思わず出る言葉。


「うわぁ・・・俺は・・・そんなつもりはなかったんだ・・・」


 男はそう言って玄関に向かって一目散に駆け出していく。


「愛まーま・・・」


 そう言ってしゃがみ込む。愛まーまに触れようとする。しかしというか、やはりというべきか。愛まーまには触れられない。


「こんな・・・最後だったんだね・・・」


 がっくりとうなだれる唯。流れ落ちる涙。その涙が愛の顔に落ちる。


「・・・ゔ・・・」


「愛まーまっ」


「お、お姉ちゃん?」


 唯の声と舞の声が重なる。舞まーまが戻ってきたのだ。


「お姉ちゃんっ、何があったの?ねぇ、大丈夫?今すぐ救急車を呼ぶからっ。」


 そして愛まーまが薄く目を開く。


「まい・・・なの・・・ね・・・」


「愛まーま・・・」


「あぁ、そうよっ、お姉ちゃん。私よ、舞よっ。待ってね、すぐ救急車を呼べば助かるからっ。」


 私は未来を知っている。愛まーまは助からない。こんな・・・腕も足も・・・


「まい・・・ごめ・・ん・・・わたし・・・さきに・・・」


 咳き込むように血を吐く愛まーま。見ていられない。過去のことだとわかっていても、今ここに見えているのは紛れもなくあの時の光景なのだろうから。


「いやよっ!お姉ちゃんっ。私たちやっと会えたのよ?これから一緒に生きていこうって約束したじゃないっ、ダメよ、絶対に・・・うぅ・・・助ける・・から・・・」


「・・・きいて・・まい・・」


「・・・」


「わたし・・は・・しぬ・・わ・・・ゆいを・・おねがい・・あの・・こは・・ま・・いになつ・・い

て・・・」


 愛まーまの口から血が流れてくる。きっと・・・もう長くないんだ。


「うん、わかったからっ、もう、無理しないでっ。」


「ど・・うしても・・・これだ・・・けは・・・」


 そう言って愛まーまは舞まーまの顔に手を伸ばす。その腕はとても生きているとは思えないくらいに真っ白になっている。愛まーまの腕に着いた血がひどく目立つ。


「お姉ちゃん、なに?聞くからっ、私なんでも聞くからっ。だから・・・死なないでっ。」


 愛まーまの手を取り顔を持って行く。


「舞まーま・・・本当に愛まーまのことを大好きだったんだね・・・」


「・・・だれも・・うらまない・・で・・・わたしは・・しあわせだっ・・・たわ・・」


「恨むな?そんなの無理よっ。私は絶対にあの男を許さないっ。」


 私が許せるわけがないじゃないっ。


「うん・・・」


 涙を流しながら愛まーまの最後の言葉に耳を傾ける舞まーま。


「舞まーま?どうしてうんって言えるの?許せるの?私は絶対に許せないっ。」


「・・あの・・こは・・・わるく・・ない・・・わ・・・」


「そんなっ・・・あの子が?和樹がやったの?姉さんにこんなことをっ。」


 その言葉に耳を疑う。『一輝?』まさか・・・でも、あの顔は一哉にそっくりだった・・・わからない。どういうこと?息子と同じ名前・・・


「ちがう・・・わ・・・あのこが・・きたのは・・・うんめ・・い・・いじょ・・・うの・・」


 そこまで話して再び大量に吐血する。


「愛まーまっ。」


 唯が愛に抱きついた。二十年前に亡くなった母親に。


「・・・いきて・・・まい・・あな・・たは・・・ひとりじゃ・・・」


「うん、わかってる。私は一人じゃない。お姉ちゃんがいるっ、唯もいるっ。」


「そうよ、愛まーまっ、私はここにいるわっ。愛まーまが守ってくれたから、ちゃんと生きてる。ちゃんと大人になった。だから・・・」


 愛は目を細めて微笑んだ。全てを慈しむ女神のような表情で。そして言った。


「愛してるわ。」


「愛まーま・・・」


 唯ははっきりと聞いた。さっきの言葉を。あの言葉を言う前に自分の顔を見たことを。愛まーまは最後に唯の姿を見たのだ。いや、唯がそう思いたかっただけなのかもしれない。


「まいまーま・・・」


 その時幼い唯の声が聞こえた。


「唯・・・そうよ・・ママよ・・・」


 そう言って舞まーまが幼い唯を抱きしめる。


「ままがいったの。ずっといっしょって。」


 そう、その幼い唯が言ったのは、さっき唯自身が子供の自分に向けて言った言葉だった。


「そうね。ずっと一緒よ・・・私があなたのママになるわ。私は・・・高無愛。あなたのママよ。」


 それで舞まーまは・・・高無愛として生きてくれていたんだ・・・


「私は・・・あの男の正体を突き止める。今の私にできる事はそれだけだから。」


 そう言って唯は信じられないスピードで空を飛び、男を追いかけ、そして見た。


 ドカッ


 その音と共に空中を舞う男の姿を。そして、そのまま海に落ちていった男の姿を。


********************


 唯は目覚めた。見えるのは病室の天井。なんてひどい夢なんだろう。今までの夢とは全く違う。未来ではなく過去の映像。いや、見たというよりも体験した。そう表現するのが最も適しているように思えた。


「今も夢・・・なのかしら・・・」


 そう言ってから全身に痛みを感じることで現実だと理解する。


「そう・・・今は現実なのね。」


 痛む体に鞭を打つかのように上半身を起こし、体験・・・と言っていい過去の事柄を頭の中で整理していく。誰かに話したいが、こんな話を分かってくれる人なんて・・・


「一哉・・・」


 様々なことが頭に浮かんでは消えていった。彼女は一人病室で泣いた。声も出さずに泣いた

ここまで読んでくださってありがとうございます。


唯パートはここで終了になります。

一章の別アングルパート第二部と言った感じでしょうか。


そして、なんとなく和樹が何者か、分かってきたところだと思います。


ご意見、ご感想、お待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ