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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

勇者達の付き人ですが、魔王に執着されたみたいです

作者: 九堂 悠



「おい、飯はまだか!」


 チカチカと小さな満天の光と半月を描く月の下、どこぞの熟年夫婦の夫のような台詞を言うのは、魔王を倒すことが出来るという唯一の武器である聖剣を扱うことができる、異世界から召還されたセイジ=イトウ様という少年だ。


「はい、ただいま!」


 私は土魔法で作った簡易の台所で、火魔法で火力調整して料理の仕上げに入る。

 もうすぐ魔族領に入るためこの辺りには村がなく、ここ数日野宿を行っている。設備が少なく凝った料理を作ることが出来ずに簡単な肉料理とスープと付け合わせを作っていたところだ。


「レティちゃん、ご飯食べたらお風呂に入りたいから用意お願いね」

「分かりました」

「1日2日、風呂なんて入らなくても死ぬことはないのに、聖女様は暢気なものだな」

「魔物達の血を浴びて平気だなんてありえない!不潔そのものよ!」


 ふわふわのピンクの髪とチェリーピンクの瞳をもつ可愛らしい少女は、勇者と同じく異世界召喚でこちらの世界に来た聖女様でカナン=ナルサワ様だ。

 同じ世界から来ているというのに、この二人は仲が悪かった。


「酒はないのか酒は!」

「カーズ、もうすぐ魔族領なんだから、酒は控えた方がいい」

「そんなこと言ったってよ。この料理には酒が合うだろう」

「うむ、確かに。葡萄酒が合いそうだ。優秀な私が作った結界内に魔物は進入できないだろうから、少しぐらいなら良いか。レティ、葡萄酒を頼む」

「お、話が分かるじゃねぇか」

「ただし、飲み過ぎはやめておけよ」


 このお二人はS級冒険者のカーズ様と最高魔術師であるエリウス様だ。口の悪い方がカーズ様で、口調に合う豪快な方である。エリウス様はカーズ様とはあまり気が合わないようなのですが、この件、お酒の話しだけは気が合うようなのだ。

 エリウス様は一応、魔族領が近いために控えようとしていたようだけど、飲みたくてうずうずしていたのは見ていて分かっていた。カーズ様を切欠に押さえがとれたよう。これはかなり飲みますね。


「すみません。葡萄酒はこの一本しかありません」


 魔法鞄・・・見た目よりも沢山収納できる鞄から、最後の葡萄酒の瓶とコップを二つお二人に差し出した。


「なんだよ。用意が悪いな。明日までには作っておけよ」

「カーズ、そんなことを言うものではない。優秀な我々と違って彼女は一般の女性なのだ。過度な要求は求めるもんじゃない」

「だがこいつは俺たちの付き人に選ばれたメイドだろう?それ位出来て当たり前だろうが!お前はいちいち―――」


 おっと、危ない!


「あ!あの・・・明日までには作っておきます。今宵はこれでご辛抱くださいませ」

「―――っ、ちっ、かせ」


 私の手から乱暴に瓶を奪っていく。

 なんとか、お二人が喧嘩になることはさけられそうである。この二人は酒のこと以外は本当に気が合わないのだ。お酒を飲ましていればその間は機嫌がいいので、お酒を切らさないようにしていたのだけど、あまり飲まない葡萄酒を求められるとは予想外だったのだ。エールなら沢山あるのに。


「おい、お前、そっちにばっかり構ってないで勇者である俺の給仕もしろよな」

「はい、ただいま。果汁水ですね。レモンとオレンジ、リンゴとありますが、どれにいたしますか?」

「あ、あたしはリンゴ!」

「俺はオレンジがいい。それとこの肉のおかわりだ!」

「あたしはもうすぐ食べ終わるからお風呂の用意と、寝床の用意をお願いね。あと、いつものように髪を乾かして欲しいのと肌の乾燥を防ぐ薬草水を用意していてね」


 勇者様達に果汁水をお渡しした後、たき火から離れたところに聖女様用の風呂を土と火と水魔法を多用して用意し、周りから見られないように衝立も作った。

 寝床は魔法鞄に人数分入っているのだけど、野宿はそれだけでは疲れがとれないとのことなので、土魔法で簡易の極小の家・・・と呼べないただの楕円形の洞のようなものを四つ作る。


 エリウス様が作る結界は強固なので、魔物は一切入ってくることができない。それを分かっているから火の番というのはなく、皆様洞に入ってお休みになられるのだ。


 皆様がお休みになられて、ようやく私の時間が出来る。

 おわかりになるでしょうが、私は勇者様一行の付き人メイドとして選ばれた、レティシア=シフォンと申します。

 身分は男爵の長女ですが、貧乏貴族なので、小さい頃からどんな職業にも就けるようにとありとあらゆる物に手を染めました。庭の選定、パン作り、商人の見習い、農業に服の縫製。思いつく限り、手伝いと称して小遣いを頂きながら身につけていったのです。

 変わり種としては、薬草の研究や鍛冶の手伝いとかもあり、お陰様で全属性の魔法を扱えるようになり、引く手あまたの能力を身につけました。ただ、広く浅くの知識になってしまったので、どの職人様にも能力的に劣ります。

 その中で一番、私の能力を発揮できるのはメイドだと思い、とある伯爵様のお宅でメイドとして働いていたのですが、伯爵様の推薦で勇者様一行の付き人として選ばれたというわけです。

 この勇者様一行は個々としての能力は桁外れに大きく、流石は国で厳選された一流と言えるのですが、個性的すぎて少々纏まりに欠けるところがあるのです。

 国からの依頼はこの方々を団結できるようにまとまる・・・までは行かなくても、不自由を与えないように少しでも快適に旅を続け、亀裂を生まないようにして欲しいとのことです。

 この勇者様一行のお世話は、付き人メイドとしてはとても遣り甲斐のある仕事です。


 ・・・つうか、我侭、気まま過ぎるだろう!いくら個々としての能力が凄かろうが、国の偉い様方が一致団結を諦めているぐらいの個性豊かな人達を私にどうしろと?無理だろうこれは。

 普段はメイドとして感情を抑えているのだけど、内心ではこの勇者一行には辟易していた。

 勇者であるセイジは傲慢、我侭、自己中だし、聖女であるカナンは言葉は優しげだけど、自分勝手、我侭で自分を可愛く磨くことしか考えていないし、カーズは脳筋特有の豪快さはよしとしても、我が道を行く自分勝手だし、エリウスは自分に酔いしれるナルシストだし・・・・・・終わってる。これが人族代表の勇者一行だなんて、本当に終わっているよ。

 こんなんで魔王を倒せるのか、心配になるほどに、個々としてどうしようもない人達ばかり。

 だけど、私は国で雇われたメイドだから、どうしようもない人達であっても付いていくしかない。1日銀貨30枚(3万円)の破格の仕事なんだもの。これで家に仕送りが出来るし、少しは弟たちの勉学や家の修繕費に充てることが出来るのだから、多少の我慢はするわよ。

 多少の・・・だったらね。


 私はいつものように、寝静まった皆から離れて、近くの森へと入っていく。

 自分の時間が出来たと言っても明日の準備と、さっき言われた葡萄酒の用意をしなきゃいけないのだ。

 真っ暗な森の中を光り魔法の明かりを頼りに、食べられる食材と、野生の葡萄を探しに回る。ああ、そうそう、カナン用の薬草水を作る薬草も探しておかないと、あれがなくなれば、カナンはいつもの可愛い仮面が剥がれて切れるんだもの。

 野生の葡萄も、薬草も何処にでも生えているものばかりで助かるんだけど、寝る時間が減っちゃうのは頂けない。

 村で寝泊まりできる時は良かったんだけどねぇ。手伝ってくれる村人がいたから。

 旅を続けてもう2ヶ月ぐらいたつかしら?結構きついから特別手当を要求してもいいかな?


 おや?水の音がする。明日は魚料理でもいいかも。

 と、水音がする方に歩いて行くと、川の近くの岩場に一人の男が座っていた。


「・・・いつも言っているけど、夜に一人で出歩くと魔物に襲われて危険だよ」


 こんな暗闇では溶けて同化しそうな全身黒い服を着て、髪の色まで黒いという男に声をかける。

 闇の化身とも呼べる人がどうして私が見つけることが出来たかというと、それは簡単、相手も光魔法で明かりを灯していたからである。

 如何にも不審人物という格好をしているのだけど、この男は、私の知り合い・・・?と呼べるのかな?


「そう言う其方も、いつも一人で森の中に入ってくるではないか。其方がよくてどうして我はよくないのだ」

「何度も言っているでしょう?私の服には魔物除けの護符が付いているから、そうそう魔物には襲われないの。でも貴方は魔族だから聖なる護符は付けられないでしょうに。いつ襲われても知らないわよ。というか、どうしてここにいるのよ」


 この全身黒づくめの男は人族の敵である魔族なのだ。いつだったか、森で寝ているのを見つけて、それからちょくちょく・・・・・・いえ、ほぼ毎日顔を合わせるようになった。


「我がどこにいようと我の勝手だ」

「はい、はいそうですか」

「『はい』は一回」

「はい、すみません。で、今日は何?」

「こういう果物を手に入れてな。これはどうやって食すのだ?」


 男の懐から出してきたのは薄緑の皮で、白っぽい戦が網状に付く果物。


「それは、高級果物のメロンじゃない!よく手に入れられたわね」

「これは皮も食べられるのか?」

「貸して、切ってあげるから。私も少し頂戴ね」

「うむ」


 男は魔族のくせに人族に興味があるようで、人族の食材、器具などを持ってきては食べ方、使い方を私に聞いてくるのだ。

今日はメロンのようだ。

 黒髪、緋色の瞳は魔族特有で、人族にはない色彩をしていて人里に入ればすぐさま魔族とばれる容姿をしているのに、いつもいつもどうやって手に入れているのやら。謎である。

 謎ではあるが、この魔族の男は人族に恨みを持ってなくて無害と言える存在だから、変装でもして人里に入って、普通に買っている可能性が高い。

 魔族に遭遇したら死が待っていると言われているのに、本当におかしな人。


「貴方みたいな人が魔族の王、魔王だったら良かったのに」


 魔法鞄からナイフを取り出し、大ぶりのメロンを半分に切りながら、争いごとばかりのこの世の中で、この穏やかな時間のことを思う。


「む?」

「だってそうでしょう?貴方だと命の落としあいで解決するしかない戦争よりも、話し合いで解決できそうなんだもの」

「む?・・・そうか?」

「あ、いえ、貴方が魔王だと魔族が可哀想だわ。ぼんくら、愚か、間抜けなんだもの。すぐ騙されてしまうわね」

「・・・・・・かなり酷い物言いだと思うが、其方は我のことそんな風に見ていたのか」


 見るからに私より年上の男なのに、私の言葉でしょんぼりとうなだれてしまった。

 魔族は快楽主義で、短気、烈々たる性格が多く、好戦的で破壊的であるといわれているけど、目の前の男はそのような感じは見受けられない。それどころか穏やかでどこか抜けているのだ。

 やっぱり人の噂というのは当てにならないものね。自分の目で確かめるのが一番だわ。まぁ、この人が例外って事もあるだろうけど。


「ふふふ、こうして思ったことを隠さずに言い合えるのは嬉しいものね」


 今まで出会った人達の中で家族以外は本音で思ったことを話したことはない。特にメイドになってからは相手は貴族や目上の人ばかり、考えていることを表に出してしまえば、不敬に当たるのだ。

 だけど、どうしてこの魔族の男に対してだけは、感情や思っていることを隠さずに言えるのか・・・謎であるが、別に解き明かすようなことではないから、出会ってからは、この一時を結構楽しみにしていたりする。


「我も嘘偽りの仮面を付けずに話しを出来る相手は貴重だが、一つ訂正させてもらおう。我はぼんくらでも愚かでも間抜けでもないぞ」

「訂正は一つじゃなくて三つあるじゃない。じゃあ、危険な夜の森の中で歩き疲れたから寝てしまおうなんていう行動は愚かじゃないの?魔族で肉体が人族より強固に作られているからって、無防備なところを魔物に群がって襲われたらただじゃすまないわよ。それを愚かって言うの。分かった?」


 もしくは馬鹿か阿呆ね。と言葉を続けようとしたけれど、更にうなだれてしまったのでその言葉は封印することにした。

 思ったことを全て言えるのは気持ちのいいことだけど、最低限の配慮は例え家族であっても必要だものね。これ以上言ってしまうと無神経の域に入ってしまうので言うのを止めた。

 ちなみに魔族と魔物は性質上別である。


「あれは・・・久々の外だったので嬉しくてつい・・・気が緩んでしまったのだ。あれはもう忘れろ」

「それは無理な相談だわ。あんな出合いなんてそうそうないのだから、忘れることは出来ないわよ。それより、はい、メロン切れたわよ。そのオレンジ色の果肉に切れ目を入れておいたからフォークで食べてね」


 この男はよく食べる。メロン丸々ひとつぐらいぺろりと平らげる。それどころかおやつとしても足りないぐらいだ。

勇者一行のメンバーも大食らいが多いが、あいつ等は腹に入ったらそれでいいという所もあるから、料理に対して無礼である。でもこの男は本当に美味しそうに食べてくれるので、見ていて楽しい。そして作りがいがあるのだ。まぁ、今回は私が作ったわけではないのだけど、それでもメロンの一切れ一切れを大事に美味しそうに口に運んでいるのを見ていると幸せに似た感情が流れる。

しかし、その穏やかな時間が突如、破られることになった。


『ぐおぉぉ!』


 森の奥から獣とは思えない声が響いてきた。これは多分魔物の声だろう。こっちに向かってきていることから、その内私達と遭遇するに違いない。


「やばい!速く逃げないと。声から察するに大型の魔物だわ!」

「大丈夫だ。我がいる」


 男の着ている服を引っ張り逃げようと合図するのだが、男はそれでもメロンを口に運んでいる。

 何を暢気なことをしているやら、無理矢理立たせようとしたところに魔物がとうとう私達のもとへたどり着いてしまった。出てきたのは、黒々とした肌を持つ巨人、一つ目のサイクロプスだった。それも二体!


「あ・・・・・・」


 魔族領が近いだけあって凶暴な魔物が生息しているようだ。それも大型。これは終わったかな・・・と諦めた所、男がフォークを皿に置き、すっと腕を上げたかと思うと、巨大な火柱がサイクロプスを包み込んだ。


『ぐがぁぁぁぁっっ!!!』


 高温の熱量の火柱で包まれたサイクロプスは、みるみる焼かれ崩れ落ちてしまった。


「・・・・・・」

「ほら、大丈夫だっただろう?我は其方が思っている以上に強いぞ。そして其方は我が守るから安心しろ」

「・・・・・・何、暢気なことを言っているのよ!こんな森の中で大きな火を使うなんて火事になったらどうするの!」


 確かにあっという間にサイクロプスはやっつけられたが、サイクロプスが炎で焼かれ、もがいたために火が回りに飛び散っている。一番酷いのはサイクロプスの周りである。


「早く消火をしないと森全体に広がってしまうわ!」


 男に消火を求めたけれど、「褒めてくれない・・・皆は我の一つの魔法で歓声をあげて賛美するというのに・・・褒めてくれないとは・・・・・・」と何やらブツブツ呟いてショックを受けているようで周りが目に入っていない。

仕方ないから私が消火にあたることにした。幸い近くに水もあることだし、大事に至らないだろう。


「まったく、何にしょげていることやら」


 すぐさま魔法を放ち火が付いている部分だけでなく、周りにも飛び火しないように水をかけていく。その様子にようやく男は立ち直ったようで「おお、この魔法の活用は面白い」と私の魔法に目を輝かせている。

 何が面白いのやら、ただいつも皿を洗うように、水を円形に回し火を消しているだけである。広範囲に広がるように空中では、回っている水円から遠心力で水を飛ばしたり、水では手に負えない大きな炎となっている部分では風魔法を使い、炎を中心にして外に向けて風を飛ばして消している。何故それで消えるのかは分からないけど、料理をしている際に発見したのだ。それを活用しているだけなんだけど、何処が面白のだろう?そんなことよりも手伝ってくれる方が嬉しいんだけどね。


「後で我にこの魔法の構築を教えて欲しい!」

「別にたいした魔法じゃないからいいけど、その前にこの火を消さないといけないわ」

「よし、任せておけ!」


 私より早く魔法を構築し、放った魔法は水魔法。蛇のように地面を這いながら的確に火を消していく。


「後は勝手に消していってくれる。さ、我にその奇妙な魔法を教えてくれ!」

「ちょっと、貴方の魔法はどんな魔法よ!私の魔法より凄いじゃない!そしてなんでこんな小さな魔法を知りたがるの!後、奇妙っていうな!」


 術者の意思から離れて勝手に動く魔法なんて知らないんだけど。どんな技術なのよ!

 常識外れなのは流石は魔族と言ったところか、私から見れば突っ込みどころ満載だ。だけど、男は全く気にしていないようで、


「我はどのような魔法であれ、全てを知りたい!小さな事でも突き詰めていけば有用な魔法の改良に繋がるというもの。ささ、教えてくれ!」


 この男は・・・人族のことに興味を示した以上に目を輝かせている。魔法を研究するのが好きなのだろうということはわかるが、これは魔法馬鹿と呼べるぐらいの勢いだった。


 私より年上の男なのに、どこか間抜けで頼りない感じなのに、何事にも動ずることなく、そして魔法の腕は一流。

 本当に変な魔族。

 でも、この時間は、勇者一行の世話をして神経をすり減らしている私の一時の癒しなんだよね。





 貴重な穏やかな時間は、この後の旅の合間に綴られ、私は・・・私達は魔王の元へと到着する。





 魔族の男、カイルがまさか・・・まさか魔族の王だったなんて・・・・・・私は暫く固まって動けなかった。

 カイルは私が勇者一行の付き人メイドだというのは知っていたようで、目が合ったとき申し訳なさそうな顔をした後、小さく微笑んだ。


 貴方が魔王だともっと早くに教えてくれたら、こんな戦争なんてしなくてすんだかもしれないのに。そりゃ、目が飛び出るぐらいに驚くわよ。でも、必要のない血が流れずにすんだのに。どうして・・・何も言ってくれなかったのか。私を信用できなかったのか、今はもう聞くことが出来ないじゃない。


 貴方はずっと戦争は嫌いだと言っていたのに・・・・・・


 黒く長い髪がゆっくりと地面に落ちていく―――それを止めたくても私は駆け寄ることも出来ないじゃない。


 馬鹿ね。本当に貴方は馬鹿だわ。私を守ると言って自分の命を省みず、敵である私ばかりを気にして、勇者の聖剣に刺されてしまうなんて。本当に馬鹿よ。いくら聖女の聖なる魔法で動きが鈍くなっていたとしても、本来の貴方なら避けることも防御することも出来たのに、私に襲いかかる兵士なんて気にしなくても良かったのよ。


 貴方を囲う勇者達の間をぬって駆け寄りたいのに・・・消えゆく命を目の当たりにするのが怖い。


 貴方にいっぱい聞きたいことがあるのよ。微笑んでいないで答えて頂戴。

私の願いが通じたのか、カイルは戦いの中では一切口を開くことがなかったのに、死を間近にして弱々しい音を伝えた。


「・・・我の命は・・・・・・つきる・・・・・・だが、さい・・・ごの・・・この魔法で・・・」


 消えゆく命と裏腹に、膨大な魔力がカイルの身を包みだした。


「な!この期に及んで何をするつもりだ!」


 膨らんでいく魔力に勇者が駆け寄る。


「まがまがしい魔力。あたしの聖なる力で吹き飛ばしてあげるわ!」


 魔族の魔力と反対の聖なる力を込める聖女。


「・・・・・・誰も・・・とめられは・・・しない。我は・・・いつか・・・・・・復活・・・る。そのときは・・・其方・・・を、さが・・・しだし・・・この・・・ぃを・・・ぇ・・・ょう。・・・刻み・・・つけ・・・・・・るがぁいい・・・んど・・にが・・・な、ぃ・・・・・・っ」


 切れ切れの言葉をなんとか絞り出した後、聖女の魔法が間に合わずに、カイルの魔力は爆発した。


 幾つもの光が螺旋を描きながら天へと昇る中、こぼれ落ちるように小さな光がふよふよと私の中へと入っていった。

 それはとてもとても暖かい。カイルの心を表すかのように暖かいものが私を包んで、奥底に浸透していった。

 それが何の魔法なのかは分からない。でも、なんだっていい。だって―――


「・・・止められなかったわ。何だったのかしら?」

「何にせよ。魔王の放った魔法だ。ろくな物じゃないだろう」

「そうだな。・・・我は復活する。その時は其方等を探し出し、この憎しみを晴らそう。刻みつけ、恐れるがいい。逃がさない。なんて言っていたのだからな」

「およそ復活に必要な魔法だったと予測されますね」

「まぁ俺たちが生きている間には復活できないだろうさ。もし復活してもまたやっつけりゃいい話だ」


 勇者達はカイルの言葉が物騒に聞こえたの?私には『その時は其方を探しだし、この思いを伝えよう。刻みつけ待っているがいい。今度は逃がさない』って聞こえたんだけど。


 どっちが真実なのかはもう貴方がいないのだから分からないわ。


『魔族領で暮らさないか?』


 って聞かれたとき、断ったのだけど、断らなければこんな結末にはならなかったのかしら?

 でも何度その場面をやり直すとしても、私には家族がいるから、その家族を捨てることは出来ないから、答えは一緒だわ。ごめんなさい。私を助けようとしたばかりに。でも、私も一緒だから寂しくないよね・・・・・?

 貴方は命が消えかかっていて目が見えてなかったのかも知れないけど、貴方が倒れた瞬間に油断しちゃった。貴方と同じようにお腹から剣が生えているのよ。


「うそ!レティちゃん死んじゃうの!?そんな困るわ!帰り道のお風呂どうするのよ!」

「あ~あ、飯を作るのが交代制になるのかよ」

「自分の身を守れない奴がここまで付いてくるのが悪いんだ」

「流石は私、魔王を倒したというのに魔力はまだまだ残っているとは、惚れ惚れする」


 この人達は――――命をなんだと思っているのか。そんな人達に殺されてしまったカイルは・・・・・・・・・やめよう、もうこんな汚い世界とはおさらばするのだから・・・

 カイル・・・・・・生まれ変わったら幸せになってね。

 実は結構好きだったのよ。家族を捨てても一緒にいてもいいかな?とちょっと思うぐらいには。


 意識が遠のく中、少しでもカイルの近くに行きたくて手を伸ばすが届くことはなく、私の命の火も消え失せた。





 と、思ったら私は生まれ変わったみたい。それも異世界に。

 どうやらこの世界には魔物、魔族、獣族もいないみたいで、魔法というものもなく、その代わり科学という物が発展していた。

 前世の記憶を持っている私は、前の世界と比べてこの世界が面白く、そして前の世界にあれば便利だと感じたものを全て仕組みから勉強していった。特に面白かったのは元素かな?空気中に酸素や窒素、二酸化炭素があるなんて知らなかったもの。

 あの時使った私の魔法、火を中心に全方向に風魔法を使えば火が消えたのは、中心が真空になって酸素がなくなったからだとも知った。

 これを知ればカイルは凄く喜んで、もっと魔法の研究をするだろうな。なんて思いながら、ありとあらゆることに興味を示しながら、私は高校生になっていた。


 そこで、あり得ない人達と遭遇したのだ。


「まさかこの世界が勇者と聖女が来た世界だなんて・・・なんて巡り合わせなんだろう」


 前世と今世を足せば、私は30半ばと言うことになるんだけど、彼女たちは16歳。時間軸が可笑しいことになるけど、世界をまたげば時間軸はあまり関係ないのかもと、その辺りは余り気にしないことにして、私は彼女たちに極力近寄らないことにした。

 だってね、あの人達にはいい感情をもてなかったし、あっちの世界同様、この世界でもこの二人は飛び抜けて好き勝手にしているんだもの。

 聖女は裕福な家庭に生まれているようで、容姿や服装にお金をかけ、男の人をとっかえひっかえ、彼氏がいているにもかかわらず、他の男の人に色目を使う。特にお金持ちの男の人には目がないようだ。

 勇者の方は反抗期からなのか、素行が悪く授業はサボる、かつあげをする、喧嘩っ早い。自分は特別で注目を浴びていなければ気が済まないようだ。

 近寄りたくなくても噂の方がやってくるし、同じ校内にいるから、否応なしにそういうことを目撃してしまうことも多いのだ。

 よくこんな人達が勇者と聖女に選ばれたものね。他にもっと素敵な人達がいっぱいいているというのに。


 勇者と聖女のこと以外は楽しく過ごしてしたんだけど、ある日、この二人が話をしている場面に遭遇してしまった。

 学校の帰り、違う道を通って帰ろうとしたところに、二人がこそこそと人影がない小さな通りで会っていたのだ。角を曲がったところで気づいたんだけど、引き返すのは可笑しいから進んでいたら、私の存在に気づいていない二人はヒートアップしていった。


「成司とはもう関係は切れたんだから、あたしのことをいちいち言ってくるのは止めてくれる?」

「お前が俺の舎弟にまで手を出そうとするからだろうが!」

「何、焼き餅?」

「そんなわけあるか!あいつにお前の本性を言ったって信じないんだ。手を引けよ!あいつがどうなろうと知った事じゃないが、お前の影が近くにあるのは鬱陶しくて仕方がない!」


 うわぁ、絶体に関わってはダメな内容だ。不自然でもいいから引き返そうと思った矢先、あり得ないスピードで車が角を曲がってきた。その車に私はぶつかってしまって、吹っ飛ばされる。

 魔法も使わずに人間ってこんなに吹っ飛ぶのね。


『大丈夫?大丈夫?』

『直ぐに癒やしてあげるから、もう少し辛抱して』


 飛ばされた先は勇者達の近く、勇者達は何が起こったのか理解していないようで、呆然と立っていた。私を引いた車はいったん停車したものの、暫くしてからバックで逃げていったようだ。


「な、なななっ」

「えっと、こういうときどうしたらいいんだっけ」

『皆手伝って!』


 血をだらだら流しているというのに、この二人は未だに固まっているだけ。咄嗟に行動が出来なかった私がいうのもなんだけど、咄嗟の行動が命取りになることがあるのよ。今がそう!いつまで呆けているのよ。

 こっちはありえない痛みと熱で身体は動かないし、喉から出るのはうめき声だけで言葉を発することが出来ないというのに、代わりに動いて救急車を呼んで欲しいんだけど。

 役に立たない二人とは違い、先ほどから声をかけてくれるのは、この世界では少ない精霊達だった。

 魔法がない世界であっても、精霊達は存在しているようで、前世の世界よりは比べようもないぐらいに少なく、影も薄いし力も弱い。それでも周りにいる仲間を呼び私を助けようとしてくれている。

 精霊が見えるのは記憶と共に引き継いだ私の能力だったりする。

この世界にはあんまり必要のない力で、ただ時折お話をするぐらい。

実態のない忘れられた存在で、可哀想なこの子達の方が健気で可愛いじゃないか。

周りから呼ばれた精霊達が私に群がり、必死で傷を治そうとしてくれているのだけど、この世界は彼たちには優しくなく、力が弱く治せないようだ。


『ごめんね、痛い?ごめんね』


 段々と痛みが麻痺してきて、身体が冷たくなっていく。その中で気にしなくていいよ。私の不注意からだから。と小さく微笑んでおいた。

 その時だ、倒れている私の身体の下から、光が広がっていったのは。その光が幾何学模様を描き、円を作っていく。


 これは、もしかして・・・


 目の前の勇者達は、前世で出会ったときよりもほんの少し若かった。ということは、この後に異世界召喚されるのだろうということは予測が付いていたんだけど、まさかこの光が?


「何?何が起きているの!?」

「これ!!もしかしてラノベの!?」


 嫌よ、こんな人達と行くなんて嫌!

 カイルに会いたいけれど、私だけど私じゃない人と仲良くしている姿を見るもの、ましてあの光景をもう一度見ることになるなんて、嫌よ!


 我侭なのかも知れないけれど、何が何でもこの人達と行くのは嫌なの!お願い、精霊達、私の傷なんていいから力を貸して!!私をこの魔法陣の外へと運んで頂戴。出来ることなら魔法陣の作用を抑えて欲しい。


 精霊達の力のお陰か、私から何かが抜け出したのが作用したのか、私の命がつきようとしているのが原因か分からないけど、あの二人を中心に光り輝く魔法陣が移動した。

 魔法陣が大きく私まで入っているけれど、精霊達のお陰で作用が小さくなっているようだ。これなら巻き込まれることはないだろうと安心したとこで、ブラックアウトした。



 次に気づいたときは真っ白な世界に私はいた。


「まったく人間というものは面白い」


 誰もいない真っ白な世界だと思っていたのに、突如、声が響いてきて、振り返ればそこには・・・・・・金髪のツインテールの幼女がいた。


「え・・・・・・?」


 一体誰なんだろう?ここは死後の世界だと思っていたけど、私と同時刻に亡くなった子供かな?それにしても口調が似つかわしくなかったけど・・・


「この姿は地球の神の定番だと思っていたが、違うのか?」


 そうなのかな?ツインテールは一部では爆発的に人気があるみたいだけど、神様がそのような格好をしているのは知らない――って神様!?


「そうじゃ、一般的に神と呼ばれる存在だ。それは今はどうでもいい。そちを呼んだのは、何故、あの場面で死を選んだのかを知りたくてな。思考を読むのはこの場所でしか出来ないので呼んだのだ。あのまま召喚されれば、召喚され得た先で怪我を癒やし死ぬこともなかったのにな」


 で、何故、召喚に応じずに死を選んだ?


 って聞かれても、死ぬかもとは思っていたけど、本当に死ぬなんて思っていなかったし、何よりあの人達と一緒に元の世界に帰るつもりはなかったし、私が二人いることになるからややこしくなりそうだし、理由は色々だけど、私の所為で死んでしまうカイルと遭遇したくなかったというのが大きいかな?


「複雑じゃな。理由は一つではないのか。そうか・・・じゃが、こうは考えられなかったのか、同じ世界に同じ魂が同時に存在するのは可笑しい。だったら平行世界が出来て、レティシアの存在がなくなり、自分がカイルと知り合うことを、想像しなかったのか?」


 あの一瞬でそこまで考えられる時間はなかったよ。

 でも、もし運命を変えるために召喚に応じたとしても、レティシアとしての私の前世はどうなるの?カイルとの思い出もどうなるの?カイルが最後に放った光はの存在は微かだけど私の魂に刻まれているのを感じるんだけど、それはどうなるの?

 運命を変える勇気がなかったといえばそうなのかも知れないけど、カイルは復活して私を探してくれるって言ってくれた。それを信じたい気持ちの方が大きい。未来に託す希望を選ぶのは間違いだったのかな?


「ふむ、過去を変えよりよい未来を希望する輩は多いが、過去を胸に抱き、流れに身を任せながらも未来を望むのか。人間というのは本当に複雑じゃの。しかしながら、幾千幾万の星の中からたった一つを探すようなもので、生まれ変わったとしても時代が違っていたりすると更に確率が減り、カイルと出会うことがなくても良いのか?あやつはかなりお主に執着していたようだから、他の人と普通の恋愛をして結婚することは出来ぬように、魂まで呪いに近いものが刻まれておるが・・・」


 なっ!!?あの光はそんなものだったの?呪いですって!?何しているのよ、カイル!!

 やっていいことと悪いことがあるのよ!今度あったら平手じゃすまないからね!


「うむむむ・・・まぁ、何だ・・・・・兎に角、お主はあの召喚に一部巻き込まれ、元の世界で生まれ変わることになる。場所も時代も変わっているだろう。そしてお主の力の一部、聖なる力は聖女と勇者に分け与えられた。だからあの二人が召喚されたことになったのだが、平行世界を生むことなく流れが正常のままだ。管理者としては面倒な・・・おっと、一つだけでも平行世界が減ったことに礼を言わねばならぬな。助かったぞ。礼として一つ願いを叶えてやる。なんなりと申せ」


 何故か聞き捨てならない言葉が入っていたような気がするけど。私を召喚するつもりだったみたいなニュアンスだったんだけど?まぁ済んだことだから、いっか。


 それよりも願いかぁ、これと言ってないんだけど、だって、生まれかわったら、この場所で願った内容も忘れるのが普通でしょ?前世の記憶をもって生まれ変わったけれど、普通はあり得ないもの。

いちから始めるんなら何でもいいけど、出来れば勇者達の世界の知識は持っていきたい気もする。でもその知識がなくても生きて生活して行ければ十分だし。

 生まれ変わっても私が私ならなんとかするでしょう!

 あ、呪いを解いてもらうっていうのは―――


「それは無理じゃ。そこまで強い想いそのものの術は消すことが出来ぬ」


 だったら別に何でもいいわ。神様に任せます。


「なんとも欲のないものじゃ。だから聖なる力を宿ることが出来たのじゃな」


 欲はあるけれど、自分で来出ることは自分でやった方が達成感もあり楽しいじゃない。ただそれだけなんだけど。


「そうかそうか、では新しい人生を楽しむが良い。さらばじゃ」


 私のからだが光に包まれ、浮遊感と共に意識を失っていった。


 今度はどんな人生を歩むのか。前の時は二回とも十代で亡くなっているから、出来れば天寿を全うしたいと思う。

 時代も場所も特定できないのだから、次の一生の間にカイルと出会うことは奇跡と呼べる確率だろうから、希望は持っていてもそれほど期待はしていない。それに生まれ変われば今までのことは忘れて真っ新な私なんだから、もしすれ違っても残念なことに分からないだろう。

 来世を約束してもカイルも同じ条件だ。

 それだけ思ってくれていただけで十分だわ。と、浮遊感の身を任せた。





 時は過ぎ、約束は守られる。


「レティシア=シフォン!」


 とある町中で人通りが多い雑踏の中、一人の男が大声で誰かの名を叫びながら、真っ直ぐにそこへと突き進む姿があった。


「約束通り、其方を見つけ出したぞ!」


 目的であるその名の持ち主であろう人の腕を掴むと、己の視線に入るように向きを変えさせる。

 呼び止められた本人は


「は?」


 と、まさか自分が呼ばれているなんて思ってもいないような返事だった。


「レティ!我が其方を間違うわけがない。其方はレティであろう!魂に刻まれた我の術も感じる。レティ、会いたかったぞ、今世は穏やかに暮らしていこう!」

「あの・・・僕はレティって名前じゃないんだけど。人違いじゃないですか?」


 感極まって抱きつこうとしている男に待ったをかけるその人。改めて上から下まで確認した後、男はうなだれてしまった。


「まさか、まさか・・・レティが男に生まれてくるなんてっ」


 人の目を気にせずに、その場で崩れ落ち涙を流し始めたのを、人間違いで捕まった人は、こっそりとその場を立ち去った。

 そして、見えなくなった後、路地に入って舌を出す。


「ふふふ、私の許可なしにあんな呪いをかけたんだから、少しぐらい意趣返ししてもいいよね」


 まさか三度目の人生で前世の二つの記憶を持ち、こんなに早くカイルと出会うことが出来たなんて、神様もお茶目なことをしてくれる。

 カイルのことは好きよ。当時、家族と離れても一緒にいてもいいと思うぐらい、そして来世の約束が嬉しいと思うぐらいには。でも、そこに貴方のような恋愛感情はなかったのよ。

 何度も妻になれって言われてその度に断っていたのに、私の言葉を聞かずにあんな呪いをかけるんだから、貴方が悪いのよ。

 さぁて、カイルとも出会えたし、この人生は何をしようかな?


 身を焦がし燃えるような恋もあるけれど、じっくりと浸透していく静かな恋があることを知らなかった彼女は、暫くカイルを振り回して遊んだ。





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