第22話 槇嶋⑷
どこに行ったのか、と少し不安に思いながらも待っていると、20秒立たないくらいで、湯瓶さんがスマホカメラに映り込んだ。つまり今いるのはさっきの、誰か来るまで監視カメラ代わりにラジコンを置きっぱなしにしているプリクラ機ということだ。
湯瓶さんは脇目も振らず、男の体を上着から何かを探るように触り始めた。腰辺りに視線を落とした時、湯瓶さんが固まった。眉をひそめた険しい表情をしている。男の体に顔を近づけ、再び静止する。で、湯瓶さんは着ていた黒い服をめくり、中を確認する。突然、カメラに近づく。何をするかと思えば、ひょいとラジコンを持ち上げ、倒れている男の方に近づけた。
『見てこれ』
見てって……あれ?
着ているのは、オレンジと赤の縦ボーダー。見覚えがある。これって……
湯瓶さんはカメラを顔の方に向けると、指で耳を軽く叩き、もう片方の手を口に運んで開いたり閉じたりしてきた。2つの仕草を同時に見たからか、何を言いたいのか分かった。
俺はケータイの側面を向け、マナーボタンを引き上げ、解除する。次に少し下にボタンを押して、音量を上げる。画面を見ると、眉を上げながらオーケーサインを見せてきた。俺もカメラレンズに付けていた絶縁テープを外し、同じくオーケーサインで返した。縦に一度頷くと、湯瓶さんは画面をタップ。直後、テレビ電話が終了。俺はリモコンから取り外して、またテープをレンズに貼り直してから、耳につける。
「もしもし」
『スタッフの服装だよね?』
「ええ」考えは一致しているようだ。
館内に入る時も中に歩いている時も、同じ格好のスタッフが大勢いた。
「けど、もしそうならあの喋り方はおかしくないですか」
『やっぱそう思うよね。ホンモノだったら、「ただのスタッフだから撃たないで」とか抵抗するはずなのに、彼はまったくしてなかった』
《《ホンモノ》》?
「もしかして、この人はスタッフではないと?」
『どっかから盗んだと踏んでる』
「なんでそんなこと」
『まだ中に残ってる人を見つけるためかも。ほら、スタッフですとか言えば、出てくる人もいるはずだし』
なるほど。だから、黒の覆面も付けていなかったのか。
『他に考えられるとすれば、仲間割れかな』
「仲間割れ?」
『映画とかでよくあるじゃん。利害関係がズレ始めて、みたいな。スタッフの格好をしているのも、警察が突入とかしてきた時になりすませるように、とかさ』
あっ!
「俺たちをその敵の誰かだと勘違いしてたんですかね。それで、後悔するぞ、って言ってきたのかも」
背中を向けていたうえ、ラジコンについていたスマホ画面には俺らの顔は絶縁テープをカメラレンズに貼っていたから、相手からは俺らの顔が見れない。俺らを片割のほうだと考えていたとしても、荒唐無稽な推測ではないはずだ。
『背中越しで分からなかったか、そもそも顔の知らないもの同士が手を組んでいたのか……
湯瓶さんはもう推理していたのだろう。言い方から、そういうこと、というニュアンスがひしひしと感じ取れた。
まだ静かですし、元のグループの方にはまだ気づかれてないですかね?——俺はそう言おうとした。だけどその前に、『けどさ』と湯瓶さんが口を開いた。少し重そうに聞こえる。
『そう考えると、1つ分かんないことがあるんだよね』
「何です?」
『恥ずかしながらすっかり忘れてたんだけど、今さっき銃がないか調べたんだ』
その一言で気づいた。忘れていた銃の有無を確認するために、そっちへ向かってたのか、と。そうかそうか……焦ったぁ……何故か分からないけど。
「どうでした」
『半分嘘かな』
半分?
『銃の形はしてるんだけど、先端が銃口とかじゃなくて、緑の蓋が付いてる』
蓋……
「それが銃かどうか分からないですけど、もし抜けようとか裏切ろうとか思ってたりしてるんなら、あの銃を持ってきませんかね」
犯人のグループは皆、銃を持っていたのはこれまで移動してきた中でもう確認できている。ならば、あの人だけ持っていないということは考えにくい。ならば、自己の身を守るためにも、相手に撃たせないための抑止力として持ってもおかしくない。というかむしろ持っていくはずだ。
『まあね……とりま、鉢合わせたらマズいので戻ります』
「はい、お気をつけて」
ぴこんと機械音が聞こえる。テレビ電話になった時に生じる音だ。俺は再びボリュームを最低値にして、マナーモードに。見ると、湯瓶さんがプリクラ機から出るところがちらりと見えた。
俺はリモコンにスマホを戻しながら、考えた。というか、勝手に頭の中に浮かんできた。もし仲間割れをしている、もしくはしようと練っているのなら、色々と面倒だ。じゃあ何が、とか具体例を言えと言われると、あれだこれだとすぐには出てこないけど、何か状況を想像した時に厄介だなと感じた。それに、危険性って意味だって増幅する。湯瓶さんではないけどそれこそ、映画的に言えば銃撃戦みたいな危険性極まりないことが起きてしまうかも。
この島は日本っぽくないとは言われるけれど、あくまで、ぽくない、だ。銃が規制されている日本であることには間違いない。そんな国で撃ち合いが起きるなんて……考えたくない。
「ただい、まっ」
箱に乗り込んでくる湯瓶さん。ここを出る時よりも意気揚々としているように見えるのは気のせいだろうか。
「どうでした?」
「ん?」
「他の仲間。いましたか?」
湯瓶さんは横に首をふる。
「てことは、抜けたのは1人だけ?」
多少なりでも時間が経過していれば、仲間の一人や二人が来てもおかしくないはず。
「そもそも推測が当たってるかどうかも分からないなんとも言えないけど」と微笑みながらも、「けど、そうかもしれない」と湯瓶さんは続けた。
そうか。まだ情報が少な過ぎるのか。もし統率が取れなくなりつつあるなら、敵の行動パターンだったり傾向も変わってくる可能性がある。それに、裏切り者がいると分かれば、探し出すために増員する可能性がある。運が悪ければ、例のインフォメーションセンター前になんて可能性だって……
「まだベタつく?」
「え?」
唐突の声かけに俺は間抜けな声を出した。
「手」
俺は視線を落とす。いつの間にか、5本の指を手の平全体を擦っていた。無意識だった。
「あ」嘘をつくのもおかしいか。「まあ……」
「ごめんね、よりによって水が出ない時に」
「はは」俺は笑って返すも、湯瓶さんの表情は沈んでいた。
「せっかく、インフォメーションセンター近くの2人をオイルで一度に滑らせようと思ったんだけど、まさか倒しちゃうとはね……」
そう、湯瓶さんがオイル缶を誤って蹴ってしまったのだ。倒れた拍子で丸い蓋が取れ、中からこぼれたのだ。慌てて起こしたものの、すでに相当な量が流れ出てしまっていた。持ってみても残りはわずかで、使うには少なかった。拭こうと思ったが、金属の缶だったから倒れた時に大きな音がなっていた。綺麗に拭いたつもりだけど、まだ取れなかったみたい。そういえば、トイレ近くのゴミ箱にそのまま捨てちゃったけど、大丈夫だったかな……
「ホント申し訳ない」
湯瓶さんは深々と頭を下げてきた。
「いや。倒れたぐらいでこぼれるっていうのは、蓋の接着が甘かったオイルが悪いんです。気にしないでください」
申し訳なさ一杯の顔をしている湯瓶さんを責めることはできない。それに、責めれるほど何か役には立っていない。
「くぅ〜」目をぎゅっと瞑る湯瓶さん。「槇嶋君は優しいねぇ。女の子からモテるでしょ?」
「いや、特には」
不意打ち且つ嘘でも褒めてくれたことに喜びを感じ、思わず顔が綻んだ。
「嘘つけよ〜」湯瓶さんは肘でつつく動作をしてくる。
何か小っ恥ずかしくなった。だから下に置いていた底の深い保冷バッグを叩き、「コレ、大丈夫ですかね?」と話題を変えた。
「あぁ、そうだね」
湯瓶さんは「よしっ」と音は小さくもダイナミックに膝を叩き、「第二ステージに行きましょっか」と言った。
俺も一つ息を吸い、腹をくくる。
「はい」
そして、立ち上がる。息を合わせてなかったのに、ぴったり一緒だった。




