第19話 村上⑶
「よし、お前だ」
どうやら決まったようだ。
俺と目が合っていませんように。俺のことを見てませんようにっ——目を強く閉じ、一つ息を吐いてから、心の中で心から祈り……
「リーダーァ!!」
唐突に、外から声が。片方を薄く開けて、その方向を見てみた。店内に同じく覆面をした男が駆けてきた。
「るっせえなぁ! なんだってんだっ、ダレン!」
ダレンと呼ばれた男はよっぽど急いでいたのか、膝に手をついて休む。息もゼーゼーと絶え絶えながら、数秒後「大変ですっ」と叫んだ。
「だからなんだって聞いてんだ。早く言えっ!」
リーダーは声を荒げる。
「こ、ここに、絵画があります」
ダレンは横にした両手を上下に動かしている。
「絵画?」疑心たっぷりな言い方をするリーダー。
「はい」元気で自信に満ちた返事をするダレン。「ナルバル・カットサムってご存知で?」
「知らん」即答。
「まだ日本じゃ有名じゃないんですが、海外ではそこそこ名が知れている画家でして」
名が知れてる、というワードにリーダーの眉が動く。
「いくらだ?」
「それは値段、ですか?」
「当たり前だろ」語気が強まる。
「も、物によって異なりますが、確か以前オークションで落札されたのは100万……」
「なんだよ、それっぽっちか。期待させやがって」
「円じゃありません。ドルです。100万ドルです」
ええっと、1ドル100円と仮定したら、100万ドルは……
「ざっと1億ってとこか」
い、1億!?
リーダーの一言に、俺の眉は自然と、だけど限界までつり上がる。
「しかも、作者が大のオークション嫌いなために、売りに出されているのは本人が気に入っていない小さい絵だけ。それでも、その値段です。もし絵画展で披露されるようなのであれば、もう一桁二桁も夢じゃありません」
リーダーは腕を組み、視線を落とす。口の片方に力を込めた。
「どうでしょう」ダレンは一歩前に出る。「ついでに盗んでいくのは?」
これほどまで物騒で野蛮なついでを聞いたのは初めてだ。
「俺は反対です」リーダーとダレンに近づいてきたのはターキ。「仲間との連絡が取れない中での急な作戦変更は得策ではありません。それに、警察だっていつ突入してくるか……」
「けど、こんな機会はそうあることじゃない」ターキからリーダーへ目を移す。「やるべきです、リーダー。だって、この作戦だったら警察の捜査は……」
「おいっ」リーダーは即座に会話を止めさせた。「ものは考えてから口にしろっていつも言ってんだろう」
ダレンは動揺し始める。
「肝に銘じとけ」リーダーは肉迫し、ダレンの胸に人差し指を立てた。「二度と、忘れ、ない、ように、な」
胸を強く突かれたダレンは「す、すいません……」と謝罪し、俯いた。
「どうします?」
リーダーは顎に手を当てて、視線を斜め下に落とした。10秒足らずで顔を上げ、「ソルっ」と店の奥に向けて発した。呼ばれたソルは駆け足で寄ってくる。
「電話かけたか?」
「いえ、まだですが……」
「一旦やめろ。連絡は計画を変更してからだ」
「リーダーっ!」
ターキが止めようと、声を上げるが、すぐさまリーダーは「んだよ、俺に楯突こうってのか?」と一言。静かながらもひしひしと感じる圧のある表情に負けたのか、ターキは「いえ」と引っ込んだ。
「ターキとソルは見張ってろ。なんかあったらすぐ言え」
「「はい」」
二言返ってきたのを確認し、リーダーはダレンとともに、奥へと姿を消していった。
ターキは悔しそうに眉をひそめ、軽く舌打ち。
「まあ、仕方ないって」ソルはターキの肩を軽く叩き、慰める。が、そんなのは要らない、と言わんばかりに払った。ずっと発生していた険悪ムードがより濃くなって、店内を包む。
「あのー……」
俺は眉を上げて、視線を向ける。隣の、メガネの赤いニットカーディガンを着た女の子が唐突に話し出したのだ。
「なんだっ?」少しキレ気味で、ターキは反応する。
「トイレに行きたいんですけど……」
「我慢してろ」
「ずっとしてました」
相当切羽詰まっているのか、彼女はじっと目を合わせている。食い下がる気配はない。すると、集団心理というべきか、「私も」「僕も」「俺も」と次々とたんを切っていく。
ソルはターキのそばへ。
「どうする?」
「はぁ……」ターキは深いため息をつく。「仕方ないだろ」
「俺が行こうか?」ソルが声をかけるが、「いや、大丈夫だ」と拒否する。続けて、「その間に、電話しろって言われるかもしれないからな。そんな時にいなかったら、また何言われるか」と理由を述べる。
「分かった」
てことは、1人で?
「じゃあ、行きたいやつは立て」
俺も慌てて立ち上がる。別にトイレに行きたいわけじゃなかった。もしかしたら隙を見て逃げられるのではないかと考えたのだ。
結果、7人。もっといるかと思っていたけど、よくよく考えてみればよっぽど切羽詰らない限りこんな状況下では行かないか……
「全員、男女ごとに一列に並べ。前が女、後ろが男だ」
そうして、赤いニットカーディガンの女の子、ゴスロリの女の子、白いTシャツと水色のパンツを身に付けている足の長い女性、グラサンの男性、頭の薄くなっている父親らしき男性、あの奇抜なスニーカーを身につけている男の人、そして俺の順に一列に並んだ。
「おい」
ターキが近づいてくる。そして、「そこの2人と、そこの2人。順番を逆にしろ」と命令が下る。
それに何の意味があるのか分からなかったが、抵抗も反論もできない。別に不利益があるわけじゃない。逆に逆らった方が不利益を被りかねない。従順に指示通りに頭の薄い男性とグラサンの男性が、俺とスニーカーの男の人が前後を入れ替えた。結果、頭の薄くなっている父親らしき男性、グラサンの男性、俺、あの奇抜なスニーカーを身につけている男の人という並びになった。
「よし」
満足そうに確認するとターキが一番前へ。「行くぞ」と歩き出した。
店内を出て最初に目に入ったのは、中央通路に差し込む太陽の光だった。前にいる皆、眩しさのあまり目を伏せた。人工灯が付かない今、店内はかなり暗い。だからこそ、もう落ちつつあるとはいえ、入ってくる太陽の光に体が過敏に反応する。だが気持ちは少し違った。この陽が落ちるまでに解決するのだろうかという不安と、明るさを目視できたことへの安心感が心の中で混ざり合っていた。
所狭しと並べられた店々を通る。洋服、雑貨、飲食、土産屋……様々あるが、共通してどこも暗かった。5分ちょっと歩くと、エレベーターが左右についている十字路にさしかかる。先ほどまでにただまっすぐ進んできた十字路とほぼ変わりない形をしている。変化している点といえばの中央に三角の形をした館内案内図があり、様々な店の場所について書かれていたぐらいだった。左の矢印は本屋を、上の矢印は3階に映画館やゲームセンターなどが、4階に常設の屋内レジャー施設と大小のホールが東西にあるのを示していた。
こうして見てみると、東西の両端以外は光が入るように設計されているというのが分かる。右の矢印には、英語で“トイレ”と書かれ、隣に青い男と赤い女の描かれたマークが見える。目的の場所だ。矢印でさされた通り右に曲がると、すぐに見える角のところに導くように、天井からぶら下がった長方形の板に同じトイレマークが書かれていた。そして右へ曲がると、トイレが見え、その光景に少し躊躇する。これまでで最も真っ暗なのだ。今までいた店など比じゃない。理由は分かっている。外からの光を受ける窓などがないからだ。
目の前まで来ると、ターキはおもむろに取り出したペンライトを付け、「待ってろ」と男用トイレに。バンバンと扉を叩き、壁にぶつかっている音が聞こえてくる。多分、一つ一つ調べているのだろう。
出てくると、今度は女用トイレ。同じ音が響き、しばらくすると戻ってきた。
「先に女3人、ここに横一列で」
言われた通り、横に一列に並ぶと、ターキはポケットからナイフを手にし、女性3人のバンドを切った。
「ケータイは持ってるか?」
「はい」赤いニットカーディガンの女の子は頷く。
「ライト代わりに使え。そっちの2人は?」
1人は、「置いてきました。バックに入っているので」と答えた。もう1人のゴスロリの女の子は、「わたくしは持ち歩いておりません」と不思議な言い方をした。ターキは面倒くさそうにため息を吐くと、「じゃあ交代で使え」と指示。
「終わったら、中で待っていろ。いいな?」
3人は恐々とした表情のまま、頷くと、トイレの中へと消えていった。ターキは俺らに顔を向けると、一番最初に並んでいた髪の薄い人の元に行き、結束バンドを切った。
「終えたら、洗面所の前で後ろに手を組んで待ってろ。次のお前も洗面所で待機してて、来たら手首にこれを結べ」
そういうと、グラサンの男性の手の平に結束バンドを握らせた。
「結んだら俺に見せろ。確認が取れたら、次のやつのを切る。あとは繰り返しだ。ケータイは?」
「持ってます」という返答が俺を含めて4人分。
「それぞれ同じように」
省かれたものの、ライト代わりに使え、ということは容易に分かった。
「じゃあ、先頭のやつから行け」と言うと、ターキは俺と後ろのスニーカーの男性にも結束バンドを持たせて、男女のトイレの入口の真ん中に立った。
どうやら逃げられそうにはないな……ハァァ……
失意によるため息が心の底から、体の深くから漏れ出てくる。
十数秒後、髪の薄い男性はトイレの中から出てきた。手は後ろに回っている。
「見せろ」
男性は後ろを向く。軽く持ち上げた手首には確かに結束バンドが。
「最後列にいろ。次のやつは中に入れ」
そうして、今度は俺は洗面所の前に待機することに。別にトイレしたいわけじゃないけど、嘘とは言えない。フリだけして戻ろう。
「あのぉ」
グラサンの男性が上半身だけ倒し、顔を見せてきた。
「どうした?」
外から応答が返ってくる。もちろん、ターキ。
「個室に妙なものが」
「どんな?」
「いや、なんというか……」
グラサンの男性は顔をしかめる。言葉では表現しにくいということなのだろうか。
「ったく」ターキは駆け寄り、個室の中を見回す。「どこにあるんだ?」
「ここですよ」グラサンの男性が足を持ち上げ、体の方へ引いた。
「ここっ」で、足裏で押した。予想外の力が加わったからか、ターキは物凄い音を立てて、激しく転倒した。
そのままグラサンの男性は中に入ると、何かを何度も振り上げ、振り下げ始めた。ガンガンと殴打する音が響く。鈍器なのか、とにかく分厚いもので何度も何度も。10回ほど繰り返すと、音が止む。そして、個室から1人出てくる。犯人のターキではなく、グラサンの男性。
手には、黒い覆面が握られている。もう片方の手は首の部分を回していた。ていうか、なんで手が前に来てるの?
「大丈夫ですか?」
ライトで照らされ、少し眩しさを感じながらも
「えぇ……」
トイレの中を覗き見ると、顔を真っ赤に腫れ上らせたターキが便器と蓋の間に。サンドイッチかのごとく、挟まれているのだ。足や手からは力が抜けており、垂れ下がっていた。覆面がない今メガネをかけていたことを知るが、片方のレンズにはヒビが、もう片方は割れて床に散乱しており、使い物にならないことが窺い知れた。
「キャーッ!」
唐突に女性の高い叫び声が。慌てて外へ出る。すぐのところで女性トイレの入り口辺りに、赤いニットカーディガンの女の子が出てきた。その後ろには、なぜかスニーカーの男性が。
「う、動くなっ!」
スニーカーの男は、女の子の首元に先の鋭いナイフを突きつけていたからだ。
グラサンの男性は「お前ぇっ」と、歯を食いしばり、ナイフに負けない鋭い目で睨みつけていた。
「う、動いたら刺すからなっ!」
なんか色々と分からないことだらけだけど、非常にマズイ状況だっていうのは分かった。
ていうか、唐突過ぎるだろ……




