第12話 槇嶋⑵
「湯瓶さんは何者か知ってますか?」
俺は階段を上がりながら、尋ねた。
「何者?」
少し俯き加減で返答する湯瓶さん。最初見た目が怖い人だと思ったけれど、話してみるとむしろ気さくな人だった。いや、こんな切迫した状況だからそう感じるのかもしれないけど……
「さっき倒した、銃持った人」
「いや全く。そもそもゲームしてたから気づいてもなかった」
は? 眉の上がった俺の顔を見て、湯瓶さんは「ほら、がんしゅーだよがんしゅー」と続けた。
「がんしゅー?」無意識に言葉が尻上がりになる。
「ほら、銃の形したコントローラーで画面に出てくる敵を撃ってくゲーム」
「ああ」何か分かった。「ガンシューティングのことですか?」
「そうそう。シアター筐体の、ほら中で座って撃ちまくるタイプ」
踊り場に着く。壁には2と3が書かれている。登った時にも感じてたけど、随分と長い階段だ。やはり広くなるとその分、段数も増えるのだろうか。
「3階にあるデカいゲーセンあるんだけどね、日本で唯一ここだけ再来月に出るゾンビゲームを事前プレイできるっていうんで応募したんだ」
「ついでではなく?」
「ではなく」
「他に目的があったわけでもなく?」
「でもなく」
そのために申し込んだのか……もしかして、倍率が上がった一因ってこのせいなのかもしれない。他にも同じ考えの人もいるんだろうし。それが悪いっていうんじゃない。そもそもなんでここだけでやるんだなんていう不満は多少あるけど、プレイする人は無関係だ。むしろ、同じことを思っている可能性が高い。
同時に、人それぞれ色んな思惑があって、ここにやってくるっていうのをひしひし感じた。
「ダッシュしたから幸いまだ誰もいなくてプレイしたけど、割と序盤でやられちゃってさ。プレテストだからコンティニューできなくて。とほほなんて思いながら、外に出たら、もぬけの殻。人っ子一人いやしない。人気無くなったのかなーなんて思ってたら、すぐ外でごつい銃を持ってる人を見かけて。違う、こりゃ只事じゃないこと起きてるって。そんで下に来てみたら、遭遇したんだ」
それで、助けてくれたってわけか。
2階に到着。2人揃って壁に体を沿わせる。俺は右手方向、湯瓶さんは左手方向。ゆっくり体を滑らせて、そっと外を確認してみる。銃を持った人はいない。大丈夫そうだ。
「直感信じて向かってよかったよ」
湯瓶さんは続ける。てことは、そっちにもいない、ってことだな。
「ええっと……どっちだっけ?」
「こっちです」
俺は右側に人差し指を向ける。湯瓶さんは慎重に辺りを見ながら、素早く移動する。
2階は左右に道が広がっており、それらを繋ぐ短い連絡橋が一定の間隔で付けられており、どこも落ちないようにガラス手すりで区切られている。1階のように、縦横無尽に往来ができない構造だ。
1階にはさっきみたいな人がいる可能性がある。2階3階と上の階も0じゃないけど、まだ低いだろうと考え、まずは2階から探すことにした。
俺は連絡橋の真ん中に身をかがめながら移り、隠れた。湯瓶さんの横だ。手すり部分以外の殆どに様々な広告が貼られているため、下からは見えない構造になっていた。目を合わせる。湯瓶さんは縦に一回頷いた。
俺はかがめた体を伸ばしながら、広告の貼ってあるガラスと手すりの細い隙間から、階下の様子を伺う。
いない……
体を戻す。「どう?」と、辺りを見張っていた湯瓶さんが小声で訊ねてきた。だから、俺も声量を落として「いません」と答えた。
「電波来てれば、確認できるんだけどね……」
苦々しい面持ちで片眉を上げた湯瓶さんは、手に持っていたスマホをしまった。俺が見ている間にも確認したのだろう。
「すいません、一緒についてきてもらったのに」リスクまで冒して、協力してくれた湯瓶さんに謝る。
「いいのいいの。相手は女の子。だったら、助けないと」
だったら……さっきもおんなじようなこと言ってたけど、結構アレなのかな? その……遊び人的人なのかな。
「彼女、じゃないんだよね?」
「仲の良い友人です」
「そっか。ま、どちらにせよ心配だよね」
「ええ……」
「待ってて」
湯瓶さんはしゃがんだ体勢のまま、大きな店内マップに行く。マップのすぐ横に階段状に立てられた館内マップを取った。表紙が青く、縦に長い。広げると、山折り谷折りを交互に繰り返された地図が姿を現した。
「戻るのか……」
えっ?
「何がです?」
「インフォメーションセンターで、ここにない裏側の構図を探る」
「探ってどうするんです?」
「館内の電気を制御してる部屋を見つけるんだ」
そういうことか。「電気を復活させて、シャッターを動かすってことですね」
「まあ、それもあるんだけど……」
湯瓶さんは顎に指先で触れる。
「もし火事とか非常事態があった時、電気で制御してたせいで逃げられなくなったら大変でしょ? 現に今だってそうだ。おそらく、全て電気で制御なんてことはない。要するに、シャッターを開けたり、外に出るための鍵がどこかにあるはずだ。もしかしたら、インフォメーションセンターにその鍵があるかもしれない」
成る程! 希望の光が見えてきた。
「まあ、あくまでかもだから確定じゃない。けど、ここでただじっと嵐が過ぎるのを待ってても埒あかないし。彼女……じゃなくて仲のいい友達が脱出できたか早く知りたいでしょ?」
「はい」と答えると、湯瓶さんは頬を緩ませた。
「そのインフォメーションセンターはどこに?」
「1階に2つ。2階と3階に1つずつ」
「となると、一番近いのは3階ですかね……どの辺りですか?」
湯瓶さんは「映画館の近く」と言うと、マップを渡してきた。受け取り、映画館をもとに調べてみる。あった。広いスペースを取っているからすぐに分かった。場所は……え? 映画館の真向かいに、“ゲームセンター”と大きな文字で書かれたスペースがあった。
だから、また戻る、だったのか……
「静かなゲーセンって、何か不気味だねぇ〜」前を歩く湯瓶さんが声を出す。
「確かに」俺は辺りを伺う。無意識のうちに肩が少し縮こまっている。
ただ物言わぬ大きな筐体がいくつも、そして点々と置かれている姿は、まるで廃れた遊園地のような雰囲気を醸し出していた。
映画館方面に向かう前にまず、ゲームセンターを通ることに。
館内マップによると、ゲームセンターの出入口は、ゲームセンターの名前がでかでかと書いてあるメインと裏手のトイレに繋がっているサブの2つがあるのだが、そのサブの方は先ほど使った階段を登れば見えるところにあった。下手に人目に触れるところに出るよりは、経由した方が安全だと考えた。そして、そのまま左に一度曲がり、広い出入口へ。突き当たりに見える映画館を右に曲がれば、あとは直進すれば辿り着く。他にも行く方法はあるがこれが、一番短い距離で行ける最善策だった。
出口から最も近い場所に所狭しと置かれている音楽ゲームや4つも横並びであったバスケットゲームを静かに通過する。そして、その次の座れるタイプのガンシューティングゲームの前で湯瓶さんが立ち止まった。ここを抜ければ左に曲がる角が見えるというところだった。
「どうし……」と言いかけたところで、湯瓶さんはすぐさま立てた人差し指を見せてきた。俺は口をつぐむ。すると、指が1本から5本に、垂直から水平に変わる。ゆっくり下がっていく手に合わせて、態勢も低くなっていく。だから、俺も低くなった。
「どうしました?」最大限に小さな声で訊ねた。
「話し声」
えっ?
あっ、ほんとだ。今、声が聞こえた。複数人いるみたいだ。
「見てくる」
湯瓶さんはまるでスパイのようにひっそりこっそりと、でも足早に歩みを進める。そして、そっと覗き込んで確認すると、戻ってくる。
「どうでした?」
「残念ながら、いらっしゃいます」
てことは、相手は……ハァァー
「どうしましょう」
口を真一文字に塞ぐと湯瓶さんは視線を落とし、「何か……打開策は……」と考え始めた。
下手に動けないことが分かった途端、たった数十メートルの距離が途轍もなく長く感じた。
「ごつい銃に太刀打ちできるのは……銃? あっ!」
突如湯瓶さんが顔を上げる。効果音をつけるなら、ガバッ。おもむろに、後ろポケットに入れていたマップを取り出し、目を方々にちらつかせる。小声で「百聞は一見に如かずだよな……」と呟く。独り言が大きいなと思った途端、「槇嶋君」と俺を見てきた。考えていたことの内容が内容なだけに、体がびくりと過敏な反応を見せる。
「な、なんでしょう?」
凄い圧だ……
「ちょっと手伝ってもらえる?」
「はい……」何をなのかも聞かずに二つ返事をした。
「それじゃあ、早速用意しよう」
用意?
一体何の用意なのかを聞く間もなく、湯瓶さんは元来た道を躊躇なく引き返していく。あとを追う。
ただの気のせいだとは思うんだけど……湯瓶さんの両目、なんかキラキラ輝いてなかった? いたずらっ子の目をしてなかった??




