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グラニスラ〜アブノーマルな“人工島”〜  作者: 片宮 椋楽
EP3〜籠城ショーケース〜
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第10話 翁坂-おうさか-⑴

 これで何度目だろう……


 そう思いながら、金属製のハンガーラックにかかった服と服の間から、俺はこっそり覗く。誰もいない。よかった……


 ただガラス張りの天井から陽の光が床の磨かれたタイルに反射して燦々と差し込んでいるだけ。静かなものだ。だからこそかもしれない。こんな状況下では、妙に焦らせ、日常では感じない奇妙さを演出してくる。しなくてもいいことを……


 もう日向と日陰の境目が少し曖昧になりつつある。もしこのまま日が暮れていったら……1月という月に、寒さ以外で恨んだことは未だかつてない。おそらくこれから先もないだろう。


 どうするか……


 またしても、頭に浮かんだ5文字。俺は今自由に動くことができない。別に何かに縛られているわけではないけど。再度ケータイを開く。まだアンテナは0本。取材に来たのは、1時間前。ついさっきだ。ケータイがぶっ壊れたのか、電波が入らないのか。どちらにしろ、いつの間に使えなくなっちまったんだ?


 けど、あのことが関わっているのは間違いないだろう。


 アイトドスの中に入って、取材担当のスタッフさんを待っている時、こちらへ走ってくる人たちを発見。たち(・・)、だ。1人じゃなくて複数人。男女若い人からお年寄りまで歳はバラバラでまさに老若男女。その情景は異様そのもの。異常そのもの。

 だからこそ、記者の血が騒いでしまった。俺はその理由が気になってしまった。気になって気になって、しょうがなくなってしまった。だから思わず、逃げてくる人々のいる方へと向かってしまった。今となっては、後悔しかないけど……


 で、見つけた。いや、見かけた。白い扉を開けて警備室の中に入る連中を。手を頭の後ろで組ませた警備員の背中に銃を突きつけている連中を。チラリとだし遠目にだったけど、断定できる。


 間違いない。拳銃(・・)だ。


 しかも格好だって、映画とかでよく見るような黒くポケットの多い服を身にまとい、黒い目出し帽を被っていて、いかにもって感じだった。


 こうなるといち記者の俺がどうこうできる問題じゃない——急いでアイトドスから逃げようとした直後、重々しい金属音が耳に轟いた。そして、目の端に僅かに動くものが見えた。顔を向けると、シャッターが閉まっていた。


 まさかっ!


 俺は急いで駆け寄り、膝を曲げて潜ろうとするも間に合わず。閉まりきったシャッターをどうにかして開けようとそばにあるパネルをいじってみたが、ダメ。だったら、と、シャッターそのものを力技で持ち上げようとしてみたけど、うんともすんとも。従業員出口とか駐車場へ続く連絡通路とか、他の場所にある付近も何箇所か探してみたけれど、どこもカードキーか手動の鍵が必要となっている作りとなっていた。シャッターで閉められていない一般的な扉でさえも、だ。


 外に出られそうなところはない。こうなったら、と俺が出した答えは1つだけ。解決するまで身をひそめるだけだった。見つからないようにどこかに隠れていれば、いつか解決してくれるはずだ……警察が。


 おそらくここまで店内が静かだと、無事外に逃げられた人が1人は絶対いる。よほど無慈悲でない限り、警察に通報してくれてるはず。そこそこ時間の経過した今、もうここの外に到着し、犯人確保や人質救出のために策を練っているはず。であれば、素人の俺が変に動くべきじゃない。俺は「そうだ。それがいい、正解だ」と納得させ、犯人たちと距離を取った上で、隠れそうだと判断した2階の婦人服店に飛び込んで、今の状況。こそこそと外を盗み見ているのが現状。


 てかそもそも、何でうちに宣伝記事の依頼が来たの? いくら金戸島で動いている雑誌だからって、オカルト誌は間違ってるでしょ。編集長も「掲載費たんまり貰えるからさぁ、頼むよ」って、揺らぎ過ぎでしょうよ——って最初は思った。けど今ではだいぶ落ち着いてきて、——まあね、仕事だから文句言っても仕方ない。それにそもそも、負けた人は担当ねジャンケンで俺が負けなければ、こんな目には合わなかったわけだし——に。頭の中は緊張と若干の混乱があるけれど、冷静に物事を見れるようになってきた。


 キュ


 短い音が鳴る。タイルが擦れる音だ。無意識に首が落ち、肩が上げて身が縮こまる。聞こえたのは場所は外、店の外からだ。タイルが人のいる気配を知らせてくれた。俺は服の間から覗く仕草を、これまでにないくらい慎重に音を立てぬよう静かにした。そこには、辺りに顔と目を配っている男性がいた。だが、連中ではない。1人しかいないからと言うひねくれたものではなく、真剣にそうではないと言える。根拠はまず、格好が黒ではないから。そして、アイトドスのスタッフと同じオレンジを赤の縦縞の服を着ているからだ。


「あ、あの……」


 俺が声をかけると肩が異常な反応をした。相手は身構えながら、2段階に分けて振り返ってきた。


「いや、違います違います」俺は両手を顔の前で振る。「あの……スタッフの方ですか?」


 少し静止していたが、俺が何もしてこないことが分かると、男性は「はい」と屈めていた体を起こした。相手も怯えているが、俺だって心臓は異常な速さで動いていたり、恐怖は多少なり感じている。


「あのー、お名前は?」


「え?」と一瞬眉を上げて戸惑うが、すぐに言葉の意味が理解したのか胸元についている名札を見せてくれた。「スドウです」


 確かにそこには、“スタッフ スドウ”と書かれている。


 ふぅ……俺は息を整え、拍動を抑えようと努める。大丈夫だ。自己紹介までしてくるんだから、籠城した人じゃない。やましいことがなければ、そんなことなんてしないはずだ。


「翁坂です」挨拶も早々に、俺は気になったことを訊ねる。「アイトドスのスタッフの方ですか?」


 スドウさんは辺りを確認しながら、店内に入り、俺のそばで膝を曲げ、一言。


「はい」


 待ち望んだ返答に俺は体勢を整え、藁にもすがる想いで訊ねる。「シャッターって開けられますか?」


 みるみる暗い表情になるスドウさん。


「ここは全て電気で動くように整備されています。なので、電気が止まると、シャッターは勿論、様々な物が機能しなくなるんです。本来は自家発電で停電が起きても暫く持つように設計しているのですが、搬入が遅れていまして……」


「そんな中で営業をしてたんですか?」俺はつい嫌な言い方をしてしまった。この人が悪いわけじゃないんだけど……


「まさかこんなことが起きるとは思っておらず」


 そういえば——「なら、外と連絡が取れないっていうのも停電のせい?」


「いや……」スドウさんは首を傾げた。「それは……ちょっと」


 分からないってことか……まあ、犯人たちの方を探す前に知ることができたことだけでも良しとしよう。なら、ここを出るためには、電気を復旧させてシャッターを開けないといけないってことになるけど……そんなこと、素人にできるのか?


「ですが……」


 含みのある言い方をするスドウさんに視線を向ける。何故か重い顔をしていた。


「手動で開く扉があって」胸ポケットから取り出す。「今、持ってます」


 標準的などこにでもある銀色をしていた。


「これなら、電気が落ちてても従業員出口と非常口を開けられるので、外に出られます」


 な、な、な、な、なんですって!?


「じゃ、じゃあ、案内お願いできますか?」


 ただの鍵にここまで感謝したことはない。これ以上ない神々しさをひしひしと感じていた。


「はい」縦に頷き、笑みを見せるスドウさん。


 俺はなんとツイているのだろう!!


「こちらです」スドウさんが手を向けながら、立ち上がった。俺も遅れて。


 んで、固まる。何故か? 体を起こした途端、横から視線を感じたからだ。それはスドウさんもだったようだ。俺と同じく固まっていた。


 ゆっくり視線を向けていく。見ると、そこには男性が2人立っていた。1人は黒縁メガネを身につけ、青い作業着とつば付き帽子を着ている。もう1人は目出し帽を被っており、その作業着の男性の後頭部に拳銃を突きつけていた。脇から肩がけ紐が垂れ下がっているのが見える。


 その時、俺の脳内は何も思わなかった。怖いとかヤバいとか、一切。ただ、あっ見つかった、だけ。まるで小学生が友達とかくれんぼをしていて、鬼に見つかったぐらいの呑気なもの。


 嬉しさのあまり、確認を忘れてた。というか、全く気にしてなかったぁ……


「チッ、まだいたのかよ」


 銃口が俺らの方に向いてきた。

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