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グラニスラ〜アブノーマルな“人工島”〜  作者: 片宮 椋楽
EP3〜籠城ショーケース〜
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第9話 村上⑵

「大丈夫ですか」


「はい」


 中年男性のかけた言葉に応えたのは、若い女性だった。男性は小さく頷くと結束バンドから手を離した。そして、元いた場所に戻った。今度はその男性が手を後ろに回し、別の男性が中年男性に近づく。手には結束バンドが握られている。


 嫌なリレーは自分へ近づいてくる。刻々とバトンが回ってきている。


 最初、立て籠もりをしてる奴ら3人は、拳銃をチラつかせてきた。そうして脅しながら、店内にいる客や従業員を店中央入口寄りのところにあった広めのスペースに一列に並ぶよう指示してきた。続けて、1人1つずつに結束バンドを渡し、「これで右にいる奴の手を結べ。前じゃなく、後ろでな」と言ってきた。


「警察か?」


 メンバーの1人がそう尋ねた。特にこれといって身体的特徴のない、まさに標準と言うべき外見をしている。妙に甲高いものの、声からして男だろう。


「無事に届いたようで何よりだ」


 店の外で背中に拳銃を突きつけられた時、老若男女が物凄い形相で出口へ向かい走っている中、「警察が来たら渡せ」とその内の1人、女性にスマホを渡していた光景が脳裏をよぎる。銃を見て、慄いていた表情も同じく。だから、向こうの人の話し声は聞こえないけれど、話している相手が警察だろうと察しがついた。


「けど、お早い到着だな。流石は、日本警察。優秀優秀」


 台本でもあるかのような、作った口調で交渉役の男は続ける。


「なんとなく分かんだろ。ここに立て籠もった人間さ」


『た、立て籠もり?』


 微かだが、スマホから叫び声が聞こえる。驚きのあまりに出た悲鳴のようなものだろう。


「もうそっちは把握してんだろうから、手短に話す。俺たちは今、アイトドスを占拠した」


 占拠……


「待て」


 別の男の、しかも脅すような低い声が聞こえ、俺はほぼ真反対である左に顔を向けた。

 犯人の1人が女性の前に立っていた。俺から人質2人挟んだところにいる女性がいた。左目には眼帯をしており、服装は白黒の不思議な模様で構成されたドレスのようなものを身にまとっている。確か、ゴスロリとかいうやつだ。


「わたくしですか?」


 その子は、少し遅れて顔を上げる。可愛らしくふんわりとしている声的には、“女の子”の方が正確なのかもしれない。外見が若く見える、とかでないのなら、十代後半から二十代初めぐらいだと思う。俺よりも下だ。


「取れ」


「どれです?」


「両手にした手袋だ」


 男は黒いレースを指さす。


「ああ、これですか」手元を一瞥すると、女の子は顔を上げ、軽く笑みを浮かべた。


「何故でしょう?」


「あぁ?」


 予想外の返答だったのだろう、素直に従ってくれると思ったのだろう、素っ頓狂な声を出した。


「これはただの手袋です。何も隠してなどいませんよ?」


 貴方は思っていたのでしょう?、と心の中を見透かすように、女の子は話した。


「いいから渡せってんだ」


 奪い取ろうとするも、女の子がその犯人の手の上に置き、止めている。華奢たが、かなりの腕力があるようだ。


「どうしても、ですか?」首を傾ける女の子。


「どうしてもだ」


 先ほどまでの圧が強くなる。


「では、仕方ありませんね」


 そう言うと、女の子は手の力を解いた。そして、左右の手袋を脱ぎ、自ら差し出した。さっきの抵抗が嘘のよう。


 男は最初からそうすりゃいいんだとばかりに鼻を鳴らして奪おうとする。けれど、できない。寸前で引っ込められたからだ。


「お名前は?」


「は?」


 女の子の唐突な質問に男は少し上ずった声で訊き返す。


「貴殿のお名前です」


 男は鼻で笑い、「言うわけねえだろ」と一蹴。


「なら、半月です」ゴスロリの女の子が柔らかな笑みを浮かべた。「半月後、またお目にかかりましょう」


 犯人も奪うのを一瞬躊躇った姿から、俺と同じ恐怖を感じてたのだろう。

 たった一言の中に、身震いするような恐怖を感じた。言葉にまとわりついていた。女の子という姿と一致していないからか、より増長させている。


 男は、少しの間黙ったまま動きを止めていた。だが、ぼそりと「気持ち悪りぃな」と呟くと、振り払うように剥ぎ取った。男は「おい、早く結べ」と言いながら、女の子との距離を置く。


「大丈夫ですか?」


 そんな彼女に声をかけたのは、あの怖かったグラサンの男性。隣に座っている。


「お気遣いありがとうございます」


 女の子は可憐に顔を傾けると、手を後ろに回した。グラサンの男性が結ぶ。ものの数秒で終わらせ、グラサンの男性は元の場所に戻り、後ろに手を回した。次はメガネをかけた赤のニットカーディガンを着た女の子が結んでいく。これが終われば、俺の番だ。


 働くっていうのは、仕事っていうのは、厳しいものだとは聞いていたし、分かっていたし、覚悟はしていたけど、人質になって手首にプラスチックの拘束具を縛ったり縛られたりだなんてのは違う。多分じゃなくて、間違いなく。ベクトルが全く違う。

 おかしいとは思うも、俺には何もすることができない。こんな時に格闘技でもしていれば、と後悔先に立たずなことを思い、憂う。ふとプラスチックが肉に食い込んでいることに気づき、すぐさま手から力を抜く。


 赤のニットカーディガンを着た女の子が座る。はぁー……


「よし、次」


 立て籠もり犯の1人に促される。他の人の時には無かったのに、何故か俺だけ。気が立ってるからかもしれないが、少し不快だった。


 その赤のニットカーディガンを着た女の子を俺が結ぶ。慣れないことに手先がごたつく。


「痛くないですか?」


 尋ねると、赤いニットカーディガンの女の子は、「はい」と顔を少し後ろに向けて、軽く頷いた。


「早くしろ」


 またしても。俺だけ催促って、何なんだよ。俺に恨みでもあるのかよと言いたくなる。ゴスロリの女の子に圧倒されたことへの当てつけかよ、とも。

 俺は締めた。肩がぴくりと反応したのを見た時、申し訳なさを感じた。


 ええっと……多分これで……できた。


 手を離し、俺は元の場所に帰る。後はお決まり、皆と同じ動作をする。俺の元に近づいて結んでいるのは、あの孫とはぐれたおじいさん。表情は暗く思いつめている。

 心配だよな……さっき多くの人が走っていた時に、立て籠もりした奴らが逃した時に、無事外に逃げることができていたらいいけれど……


「きっと大丈夫です」


 気休めにしかならないだろうけど、俺は囁いた。おじいさんは、小さく短くも力強く頷き返してくれた。


 腕に圧がかかる。おじいさんは元の場所へ。もう結ばれたってことだ。両手が不自由だし、肩が後ろに引っ張られて、時おり少し痛む。


「じゃあな」


 耳に届く。そうだ。俺は交渉役の方へ顔を戻す。


「連絡、楽しみに待ってる、よっ」


 男は弾くように画面をタップすると、首を左右に曲げた。あぁ、という疲労感のある声とともに。交渉は終わったようだ。


「おい、早く電話しろ」これまで声を発してなかった3人目の男が交渉していた男に話しかけた。


「さっきもう終わった」


「違う。リーダーにだよ」


 その一言で背筋が伸びる。


「ヤベッ」という声を発してすぐに、電話をかけ始めた。今度は耳につけての普通の通話だ。


 まだ……いるの?


「今、終わりました」


 途端に、ガタガタと金属が激しく動く音が耳に届く。振動も感じる。人質の全員が辺りを見回す。続けて、ガガガガという凄い音が連続して聞こえてくる。


 もしかして……気づいた。これは、シャッターが閉まる時に生じる音と振動だ。つい昨日の夜にも同じのを経験したから覚えていた。


 シャッターが床とぶつかる音を鳴らすと、直後照明が落ちた。小さく悲鳴が上がる。店の中は暗くなった。けれど、真っ暗ではない。

 この施設、つまりアイトドス全体の天井はガラス張りになっており、日が差し込んでくるためだ。


「これで完了だな」


 交渉役の男がそう言うと、「ふゅー」と息を吐きながら、1人が目出し帽を脱いだ。先ほどゴスロリの女の子と喧嘩した奴だ。眉がない。不気味だった。


 残りの2人が慌てて駆け寄る。


「勝手に取るなよ、ボリス」


 交渉役ではない方の男が声を上げる。そいつは身長が高く、痩せ型だった。


「いいじゃねえか、これ蒸れるんだよ」


 ボリスと呼ばれた眉無し男は不敵に笑った。


「それに電気も切ったんだから、カメラは動かねえよ」店内にある監視カメラを指差した。


「だとしても……見られてるだろ」軽く視線をこちらの、人質の方に。


「心配し過ぎだよ」眉のない男は頭を雑にかく。


「リーダーだってもう帰ってくるぞ」交渉役の男が釘をさすも、「その前には被るって」とだけ。

 結局、2人は呆れたようにため息をついただけで、それ以上は何も言わなかった。


 こいつらの目的が何なのかは分からないが、2つ分かったことがある。

 まず1つ目は、このボリスという男は厄介者だということ。そして、3人以外にもメンバーがいるということ。

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