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グラニスラ〜アブノーマルな“人工島”〜  作者: 片宮 椋楽
EP3〜籠城ショーケース〜
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第5話 早乙女愛⑵

 あっ、これいいかも。


 縦にも横にも広いモールの中へ足を踏み入れた私たちは、まずどこに行こうかと話をした。特に行きたいお店があったわけじゃなかったから、気分で流れで行けばいいと思っていた。けれど、実際に見てみてどこに行けばいいのか分からなくなることに気づく。あまりにも多過ぎて、所狭しと並んでいて、迷ってしまう。


 そうしてキョロキョロしているうちに、というかそれほど時間は立たずに、翔が「トイレ、行ってきていい?」と一言。「う、うん」と返事をしてすぐ走り去る。あんなに急ぐなんて……寒かったからかな?——そんな考える必要のないことを頭に浮かべながら、いやいやこんな考えなくていいんだよとかき消しながら、私は待っていた。だけど、なかなか帰って来ない。そんな時、分かれた場所からすぐそばの洋服店の入口辺りのマネキンが目に入った。

 正確には、マネキンが着ている淡い茶色のオールインワン。トップス部分の紐が細く、下の服が良く見えるスタイル。何を着るかにによって、だいぶ印象が変わりそう。


 他にはどんなのがあるんだろう。私は奥に足を踏み入れていく。壁や金属のハンガーポールには、シックな色合いのものから派手めなものまで、多種多様に揃っていた。昔の洋楽ミュージシャンがプリントされたようなのもあったりする中で、そのどれもにターゲットにしている年齢層が低めだということが共通しているように感じられた。


 何着か手に取り見てみる。


 あっこれもいい……


 私は振り返る。素ぶりを見せず、一気に顔を後ろに向けた。そして、視線を右から左に移す。


 まただ。外から並んでいる時から数えて、これで3度目だ。ずっと視線を感じている。自意識過剰だとか翔に思われたくなかったから言わなかったけど、誰かから見られているような気がしてならない。なんなんだろう一体……


「他は回られました?」


 背中の方から女性の声が聞こえる。私は店員さんに話しかけられたと思い、「いや、まだここが最初です」と伝えながら視線を戻した。


 だけど、そこには誰もいなかった。


「ええ、ナコムに。でも混んでたんでやめました」


 男性の声。私は少し顔の位置を変える。隣にいるニット帽の男性のそばに女性の店員さんがいた。

 そこでようやく私に話しかけていたんじゃないことに気づく。恥ずかしさのあまり顔が赤く熱くなり、目を伏せる。


「ナコム?」女性店員さんの声が耳に届く。声色だけでも分かる、きょとんとした顔をしているってことに。ニット帽の男性は反応で分かったのだろう、「あの、すぐそばにあるゲームセンターです」と補足していた。


「あっ、ゲームセンター! すいません、ええっとあの大きな?」


 その反応が気になり、顔を軽く傾ける。店員さんはかなり慌てており、「そ、そうでしたか……あの、何かありましたら、いつでも」と声をかけると、後ろ歩きで一歩ずつ距離をとっていった。

 時間的にナコムがここに来て初めて訪れたお店。先行で入れて真っ先に入ったのがまさかのゲームセンター。想定外だったのだろう。だから、あんな反応に。もしかしたら買わない人だなと見切りをつけたのかもしれない。


 気を取り直して。私は丸めていた背を伸ばし、足早にその場を立ち去る。

 さらに店の奥へと進むと、一着のワンピースが目に止まった。白地に小さい黒の花柄がデザインされている。シンプルなデザインだから他の場所でも売ってるかもしれない。でも、なんか気になる。まだ翔から連絡きてないし、ちょっと試着してみたいかも。


 店員さんは、っと。見ると、すぐ近くに男性の店員さんがいた。かなり話しやすそうだ。まあ、髪が他の店員さんのような金や紫ではなく、黒だからという完全に見た目判断なんだけど。


 私は服を手にして、近づく。


「すいません」


 だが、私が話しかける前に、別の人が声をかけてしまった。60歳は超えてるおじいさんだ。店員さんは勢いよく振り返ると、「どうかしました?」と大きな声で尋ねた。


「実は先ほど、孫とはぐれてしまいまして……」


 対照的に、小さく弱々しい声のおじいさん。これでもかというほど眉が中央に寄っている。困り果てている。一方の大声の店員さんは、そのまま固まった。まるで電池の切れたロボットのように静止している。


「あの……」おじいさんは声をかける。


「あぁ……はい……」スカイダイビングで落ちたかのように、声の調子が急降下し、「では、インフォメーションセンターに。既にお孫さんがいるかもしれませんし、いなくても放送で呼びかけることが可能です」と説明した。


「そうですか」おじいさんの緊張した表情が少々和らぐ。「それはどの辺りにありますかね?」


 店員さんは「少々お待ち下さい」と言うと、店の外に出て行った。


 結構時間がかかりそう。入店してからそこそこ時間が経っているし、一旦帰ろっかな。軽く回っただけだけど、メンズもあるから翔が入れないわけじゃないし。それに、翔に……その……試着したのを見てもらうみたいな……で、「どう? 似合うかな?」的なやり取りを……って、バカッ! 慌てて、振り払う。危なかったぁー……これはカップルがやる領域。まだ付き合ってない私たちが……ってこれから付き合うみたいな言い方しないでよ、私。いや勿論、付き合いたいけれど。何にせよ、まだ時期尚早。やっていい領域じゃない。まだだ……まだ早い。だから、落ち着け私。収まれ鼓動。私は息苦しいを感じた体に酸素を送り込むべく、目を閉じ、息を整えた。


 カバンが音を鳴らしながら震える。この音楽ってことは、電話だ。でも、少なくとも日岡さんや矢柄組の人たちではない。みんな設定を変えてるから。


 誰だろ? 底の方に潜り込んでしまったスマホを引っ張り出す。


 あっ! 翔だ……


 なんというタイミング……てことは、もう帰ってきちゃったかな? ヤバいヤバい。私は急ぎ足で店内入口に向かいながら、緑色の電話ボタンに手を伸ばす。


「キャアァ!!」


 手が止まる。足も止まる。顔を上げると、入口近くにいた女性が凍っていた。両手で口元を覆い、目が見開いている。だけど、その人だけじゃなかった。近くにいる全員が固まっていた。棒立ち状態だ。


 そんな中、動きがあった。先ほどいなくなった店員さんが、お店の中に入ってきたのだ。ゆっくりと一歩ずつ。手には、おじいさんのために取ってきたのであろうパンフレットが握られている。けれど、もうくしゃくしゃになっている。

 体が全て中に入ると、背に黒い棒状のものがぴったりとくっついていた。イタズラで糊付けでもされたように。瞬間、前に転んだ。膝をつく。その後ろから、黒い覆面を被った人が3人一斉に駆け込んできた。それぞれの手には、黒いダッフルバッグを持っている。


「動くんじゃねえ!」


 真ん中の1人が強圧的に叫ぶと、黒い棒状の先を直角に上げた。直後、強烈な炸裂音が店内に響き渡った。それによって、気づく。いや、気づいていたけど、そうは思いたくなかったからかもしれない。


 その黒い棒が、()だってことに。

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