表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グラニスラ〜アブノーマルな“人工島”〜  作者: 片宮 椋楽
EP2〜屑籠ジャンピング〜
55/155

第18話 便利屋⑷

 自殺か事故か、又はそれ以外なのかの判断も有力な手がかりも得られないまま学校を離れた。生徒に声をかけようとしたが、皆部活動やら何やらで

その上、飛び降りのせいでかは分からないが、教師が見回りによく来ていた。教頭や校長が俺のことを知ってるから大丈夫だが、その2人に怪しまれるってのはマズい。

 そして翌日、俺はトミーに来た。安西ではなく、普段の便利屋としての俺で。もちろん学校で話を聞きたかったが、今日は木曜。頼まれていた日じゃねぇのに、下手に行ったりしてそんなことすれば怪しまれるのは自明の理というやつだ。


 だから俺は学校以外で探れる情報がないか調べることに——しようとしたのだが、依頼者である父親が「会いたい」と昨晩連絡が来た。てなわけで急遽、俺はトミーの“予約席”にて10時に待ち合わせることにした。

 だが、30分経っても姿を見せない。遅い……


「お待たせ」


 マスターが盆に乗せて、コーヒーを持ってきた。いつもの通り、アメリカンだ。本当は来たら一緒に頼もうと待っていたのだが、一向に来ないから、先に注文した。

 目の前に置かれる。黒く湯気が立たせながら揺れている。早速、一口。カップから口を離すと自然にふぅと息が漏れた。仕事で張っていた肩が柔らかさを取り戻す。


 美味い。美味いんだが、何か少し違うような——


「あっ、分かった?」


 見ると、嬉しそうな表情を浮かべているマスター。


「なんか変えたのか」


 「ああ」と縦に頷くと、「何をだと思う?」と問うてきた。


 何を?


「豆じゃないのか?」


「いや、挽き方を少し」


 挽き方でこんなにも変わるのか。


「試しにやってみたんだけどさ、どっちのほうがいい?」


 改めてコーヒーを一口。今度は変わったことをしっかり覚えておきながらちゃんと味わう。


「これもこれで美味いんだが……」


 なんと言ったらいいか分からず少し吃ると、「今までの方がいいんだね?」と見透かされた。否定は嘘になるし、肯定は申し訳ない。返事に悩む。だが、マスターは「了解。元に戻しとくよ」と微笑んだ。


「いや、そういうわけじゃない。これもこれで美味いんだ。それは間違いない」


 俺は慌ててフォローする。マスターは「言わんとしてることぐらい分かるって」と持ってきた盆を小脇に抱えながら言った。


「お客さんが『美味しい』と思うものを出すのが私の仕事だ。だから、前のに戻しとく」


 「すいませーん」カウンターの方から呼ぶ声が聞こえる。誰に向けてなのかはなんとなく伝わる。


 「只今伺います」マスターは振り返りそう言うと、「ごゆっくり」と微笑み、戻っていった。


 なんか悪いことしちまったな……


 カランコロン、と音が聞こえ、視線を向ける。来た。


 依頼主である父親は丁度注文を取り終えたマスターに、「アイスコーヒーで」と注文し、真っ直ぐこちらへ向かってくる。顔は完全な俺の方を見ていた。「すいません、待ちました?」席に着き、バッグを隣に置く父親。


 「然程」待ったが、これも社交辞令というやつだ。それに、相手だって分かってるはずだし、敢えて強調する必要などない。


「奥様は?」


 確か、2人で来ると言ってたはずだが……


「病室で息子の看病を。ちょっとまた悪化しまして」


 俺は両腕をテーブルに置きながら「まだ予断を許さない状態なんですか?」と尋ねると、うつむき気味に「ええ」と答える父親。声に覇気はない。


「医者からもいつどうなるか分からないと……って前も話しましたよね。すいません」


「いえ」


 父親の目にあるくまは、前回会った時よりも大きくなっていた。会ってから2日経った今でもろくに寝れてないというのが分かりやすく見て取れた。


「でも、息子の力を信じてます。必ず治って、目を覚ましてくれると」


 親ってのはこういうもんなのかな、なんて思った。


「すいません、本題に行きますね」と、さっきとは打って変わって力のこもった表情に変わった父親が改まって話を始める。それに、俺は少し背を起こす。


「学校裏サイトというものはご存知ですか?」


 「ええ」流石にそれくらいはな。


 するとバッグからおもむろに赤いノートパソコンを取り出し、俺も見えるよう中央に置いた。


「これを見てみて下さい」


 父親は開く。画面が明るくなる。そこには黒い背景に赤と黄色で記された言葉の数々が出てきた。ページ上には青で大きく英単語が書かれていた。


「“ウィスペリング”。意味は“ひそひそ話』”です」


 英語が嫌いな俺にとって画面に書かれた“WHiSPERiNG”という単語の意味も読み方も分からなかったから、先に言ってくれて助かった。

 まあとにかく、意味から察するに、ここでこそこそ話そう、みたいなことだろう。


「で、これがどうしたんですか?」


 「ここを」と父親が指さしたところを見る。罵詈雑言の数々の中に確かに、金戸高校、という単語が書かれていた。書き記しているのはハゲ親父の教師がいる趣旨のもの。そして、その話がしばらく盛り上がってある。

 つまり、金戸高校の生徒が、しかも複数人がここに書き込んでいるということだ。


「ヒロキは……」


 そこで依頼主の息子の名がヒロキであることを思い出しながら、俺は画面から父親に目をやる。


「飛び降りる日の朝、これを見ていたようなんです」


「このサイトをですか?」


「はい。ヒロキも思春期なのでいつもは無断で部屋に入るようなことはしないのですが、今回は事態が事態なので」


 「ノートパソコンはこう、閉じてそのままにしてありました」とパソコンを実際に閉じて、発見した時の状況を説明する父親。


「つまり、スリープ状態にしてあったということですね?」


「ああ、そうです。スリープ状態です」


 スリープ状態という単語を忘れてたのだろう。


「少し見てみても?」


 「どうぞ」パソコンを回転させ、俺の方に向けてもらえた。だから、遠慮なくキーボードの下にあるタッチ式のマウスみたいなやつを使って画面を動かしていく。

 そこには、『気にくわないからやっちまおう』『マジでアイツ嫌い』『消えて欲しい』『死ね』など、いろんな言葉の数々が書かれていた。他にもイジメを誘発するような危険な言葉まで。

 ひでぇ言葉の嵐だ。人間の汚い部分が凝縮されてる。見てるだけで胸クソ悪くなっていく。


「これを見て、どう思われます?」


「このサイトがイジメの大元、ひいては飛び降りの原因じゃないか——ですかね?」


 まっすぐ俺の目を見ながらしっかりと縦に頷く父親。何も言葉は発してないが、この意味もその先のことも十分に伝わった。


「分かりました。その辺りもこちらで調べてみます」


 「ぜひよろしくお願いします」父親は腿に両腕を立てて、深く頭を下げる。


 ブーブー


 狙ったかのように電話が鳴る。正確には、震えている。俺のじゃない。


 父親は「すいません」と謝りながら体を壁側にずらし、「もしもし?」と電話に出た。


「どうした? えっ……わ、分かったっ。すぐに行く」


 電話を切る。


「どうしました?」


「ヒロキの容体が悪化したみたいで。今から病院に行かないと」


「では、引き続き調べておきます」


「お願いします」


 父親は急いで店を出て行く。


 さてと——俺も店を出ようと、胃にアメリカンを流し込む。冷めてるから楽々と飲めた。同時に目が冴えた。


 「あれ?」すぐそばで辺りを見回してるマスター。盆にはアイスコーヒーが乗っている。「帰ったよ」それが父親が頼んだのだと分かって俺はそう伝えた。


 「そうなの?」眉を上げてる。どうやら気づかなかったみたいだ。


「息子の容体が芳しくないんだと」


「そっか。なら仕方ないね」


 「じゃごちそうさん」金をテーブルに置き、席を立つ。「いってらっしゃい」マスターの声掛けに手を上げて反応し、俺はトミーを出た。

 吹く風に身を少し縮め、上着のポケットに手を突っ込む。あの息子の飛び降り理由は自殺だという線が濃くなってきた。俺の考え過ぎだったのか……いや、結論付けるのはまだ早い。そんな気がする。理由は当然、勘。長く便利屋としてやってきた勘だ。


 俺はサイトについて詳しく調べてもらうため、協力(・・)関係にあるマニアの家へ急いだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ