第11話 田荘-たどころ-⑴
「薬局から風邪薬が大量に無くなってたりは?」
「風邪薬、ですか?」マッドさんの予想だにしなかった発言に思わず聞き返した。
「エフェドリンって知ってる?」
「いえ……」首を横に振ると、マッドさんは「まあそうだよね」と小声で呟いた。
「それを還元反応させると、メタンフェタミンを精製することができるんだよね、実は」
「へぇー」普段一般の人が普通に使ってるようなものの中にそんなものが入ってたのかという、感嘆の声が出た俺は、忘れる前にとすぐさま手帳に書き込む。で、追加質問。
「それには、作れる人が限られてくるみたいなことはありますか? かなりの専門的知識を有してないと無理だみたいな」
「ないね」ズバリ言われて、少し拍子抜け。
「そりゃあ化学の知識が皆無なら当然に無理だけど、ある程度あって多少使いこなせるなら、作るのは不可能じゃない。昔、お金目当てに自分ン家で風邪薬から精製してアイスを売っていた、みたいな事件があったくらいだから」
「それは日本で?」
「いや、確かアメリカだった気がするけど、うろ覚え」
まあ、どちらにしろ、だ。
「その前例があるとなると、民家で行なわれている可能性もありますよね?」
俺はわずかながら「そんなことないよ」の言葉を期待した。だけど帰ってきた言葉は、「否定はできないね」
ため息を多分に含んだ「成る程……」を口から吐く。
探す場所が急激に増えてしまった。減らそうと先輩の元に来たのに、結果増やして帰っていくとなると——どやされ決定だ、こりゃ。
「とりあえず、エフェドリンを含んだ薬が大量になくなってる薬局はないか調べてみて」
「はい」
「で、少し話戻すけど、さっきの言ってたことから察するに、流通ルートを探ってもらうことが今回、ハジメ君に頼もうとしてたことだったの?」
「いえ、ただジャンピングについて何か知らないかだけ」
「ならさ」マッドさんは首を傾げた。
「電話か、もしくはメールでよかったんじゃない? ハジメ君なら言えば教えてくれると思うよ。ああ見えて優しいからさ」
「勿論、電話もメールもしました。したんですが……」
「えっ……まさかまさかの教えてくれなかったとか? あっ、もしかして怒らせちゃったとか??」
「全然そう言うことではなく、実は昨日から先輩と連絡が取れないんですよ」
「えっ!?」と驚かれると思ってた。だけど、返ってきたのは「ふーん」。だから思わず俺が「……えっ?」と眉を上げて言ってしまった。
すると、その反応に驚いたのか、「えっ?」とマッドさんは同じく眉を上げた。
「驚かないんですか?」俺は尋ねずにはいられなかった。
「だって、1日だからね」
淡々と返すマッドさん。
「そうですけど、先輩って留守電に入れたら、その日のうちに折り返してくれるじゃないですか」
「あぁ……言われてみればそうかも」
「だから心配になって……」と俺が少し弱々しく言うと、反対に「心配? いやいやいや! それは流石に杞憂杞憂、超杞憂ーだって!」強く声を張るマッドさん。
「ハジメ君が誰かに襲われたりとか思ってんの? 本人がそれ聞いたら怒るよ、『なめてんのかぁー!』って」
確かに、前みたいに「信用してないのか」って言われるかも。
「試しにぼくもかけてみよっか?」
「あっ、お願いしてもいいですか?」
「がってん承知」マッドさんは先輩に電話をかけ始める。
「……確かにでないね」
「何かあったんですかね?」俺は少し眉をひそめる。
「もしかしたらどこかの組織に潜入してるのかもね」
「そんなことってありますかね?」
「無きにしもあらず。ハジメ君は報酬次第で危険な依頼も引き受けるから」
「確かにそうですけど」
すると、電話が鳴る。マッドさんは「ちょっと失礼」と電話に出る。もしかして……と思ったけど、「ハジメ君だよっ!」みたいなことを言わないってことは違うか。
「もしもし?——あぁ! お久しぶりです~——いえいえ、こちらこそ——はい……はい?」
眉をひそめるマッドさん。どうかしたんだろうか?
「ほぉー……はいはい。成る程。——分かりました……えぇ——えっ、これからですか?」
これから?
「では、1時間後」
マッドさんは電話を切ると、「ゴメンね~ちょっと用が入っちゃった。あと頼めるかな?」とおもむろに立ち上がった。「あ、あと?」つられて俺も立ち上がる。
「うん」そう言いながらマッドさんの足は玄関に向かっていた。
「それはどういう……」
「ぼくが帰るから戸締りをお願いってこと」
「じゃバイバイ~」と手を振りながらドアを出て行く。
……えぇっ!
「えっ、ちょっちょっとっ!?」俺は玄関から体を半分出しながら呼び止めようとするが、マッドさんはスタスタと歩いて行ってしまった。
帰っちゃったよ……
俺は体を引っ込める。玄関の戸がガッチャンと音を立てて、閉まる。俺は首から上だけ振り返り、部屋を見る。
まあさっきは慌てたけどよくよく考えれば、閉めるのはドアだけだから別に——って、あぁ!
「ピッキングだったぁー……」
悲痛な叫びをしながら、俺は崩れるように倒れた。




