表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グラニスラ〜アブノーマルな“人工島”〜  作者: 片宮 椋楽
EP2〜屑籠ジャンピング〜
47/155

第10話 便利屋⑶

 「どうぞ」と案内を受けソファに座った俺は、コンピューターチェアにあぐらで座ってるマニアに、依頼内容を詳しく話した。基本秘密厳守だが、話さなきゃ納得もしてくれないし、頼みを聞いちゃくれないだろう。背に腹はかえられぬというやつだ。


「結論として、ドラさんは色々と調べられるよう僕を利用して教師として潜入しよう、ということですね?」


「そうだ」


 「はいはいはいはい」背を起こしながら指をさして騒ぎ始めるマニア。


 「人を指差すな」と眉間にしわを寄せると、マニアは少しビクつきながら引っ込めて、「今言いましたね? 『僕を利用して』を肯定しちゃいましたね??」と鬼の首を取ったみたいに


「……協力だ」


 「もう遅いですぅ!」と腕を組み、背もたれに倒れかかる。ムスッと目を閉じている。

 「で……教員免許は?」マニアはそのままで尋ね、続けて「先言っておきますけど、興味で聞いてるだけですからね。まだやるとか一切全くこれっぽっちも言ってませんから」と補足する。


「ない」


 俺の返答にため息をつき、ようやく目を開けた。同時に腕を解く。


「そんなんでできるんですか? 人に教えるっていうのは、結構難しいことですよ?」


「なんとかなる」


「えぇ……」


 マニアは口をぽかりと開ける。これ以外に妙案が浮かばなかった。だから、これで押し通すしかなかった。


 すると、マニアは「あっ!」とハリのある声を上げた。


「教師じゃなくて、用務員になって潜入するっていうのはどうです?」


 今回も乗ってきた。


「用務員?」


「落ち葉集めたり、花壇に水やったり、自転車の並びを整えたりする人のことです。知りませんか?」


「それくらいは知ってる。生徒と話したりするかどうかを聞いてんだ」


 「うーん……」完全に乗ったマニアは「『おはよう』『さよなら』ぐらいですかね」と続けた。


「それじゃ探りにくい。接触しても怪しまれない立場がいいんだ」


「やっぱり教師がいい!——ですか?」


「あぁ」


「譲れない!——ですか?」


 「あぁ」さっきよりも強く言うと、諦めたように深いため息をつくマニア。


「……今回だけですからね?」


「すまんな」


 今回だけ——俺はそのセリフを今回も耳にしてる。

 色々と愚痴りながらも、困ってる人がいると聞くと、見て見ぬ振りができず、なんやかんやで協力してくれる。それがマニアだ。


 「ちょっと待っててください。今調べてみますから」と、マニアはパソコンの方に向き直し、キーボードを慣れた手つきで弾き始めた。顔は画面を見続けてるのに、指は勝手に動いている。


 これで第1段階はクリア。だが問題は、第2段階だ。


「そういえば……金戸高校って、タイガーさんが通ってたとこでしたっけ?」


 突然マニアが確認半分で訊ねてきた。

 パソコンの画面は奇妙だった。背景は黒でそこを染めるように緑の英単語が下から上へと次々に流れてきている。


「そうだ」


 俺と出会う前、当時から強いと有名だったあの単細胞は学校で片っ端から喧嘩を挑まれていた。売られたら買い、売られなくても買って勝利していた。全てにおいて圧倒的な差で。まあ、もちろん俺に出会うまでの話だがな。

 その挑んできた中だったり、端から見ていた・聞いていた連中が、単細胞に憧れを抱き、そのメンバーが集い結成したのが、あの“フェニックス”だそう。

 だが、憧れ……未だにその感覚が俺には分からん。憧れが分からないんじゃない。あの単細胞への、憧れが微塵も感じられないんだ。ま、一生分かるわけねえだろうけど。


「それで当時は四六時中、喧嘩三昧だったんですよね?」


 「四六時中なわけねぇだろ」俺は誇大表現をしてくるマニアに訂正を加える。少し強い口調になったのは、単細胞絡みの話だからか。


「じゃあ、どれくらいです?」


「どれくらいって?」


「月にとか」


「そうだな……30とかか?」


「……月に30分だけ戦ったっていうことですか?」


 「回数に決まってんだろ」被せ気味に返答すると、マニアの腕が一瞬止まる。


「なんで急に黙るんだ、マニア?」


「その……高校生が飛び降りたとか言ってましたけど、金戸高校って確か4階建てでしたよね?」


 唐突に話題を変えてきた。だからと言って変えた話題は依頼に関わることだから言及することなく、「あぁ」と返事をした。


「よく助かりましたね……」


「助かったって言っても、意識不明の重体だがな」


「不謹慎ですけど、そんな高いとこからだったら普通即死でしょ? マンションとかとは訳が違いますし」


 「飛び降りたところに木があってそこに引っかかったんだとよ」依頼主から聞いたことを俺はそのまま伝えた。


「あー……それがクッションの役目を果して衝撃を和らげた的な?」


「そうだ」


「こう言っちゃ不謹慎かもですけど、その彼にとっては運が良かったんだか悪かったんだかですね」


「そこなんだよ」


 意図したかのように疑問点を指摘してくるマニアに、今度は俺が背を起こし膝に腕を置きながら話した。


「えっ?」


 マニアは手を止め、俺の方に体を向け、背もたれに腕を置く。


「仮にお前が同じ状況だとする」


「同じ状況?」


「その生徒と同じ、だから柵を越えて少し高めのヘリに立ってる。一歩踏み出せば落ちる、そんな状況だ」


「学校の屋上から飛び降り自殺しようとしてるってわけですね?」としっかり情景を想像しようと、虚空を見て世界に入るマニアだったが、すぐに「ていうか、なんで自殺を?」と尋ねてきた。俺は「まだ分からん」と応えておく。


「でた。前方には、正確には斜め下には今立ってる場所の下には木が生えていた。小さい木じゃないぞ。目前まで迫る勢いの割とデカめの木だ。そんな時、お前だったらどうする?」


 「えぇっと……」動きが止まり言葉を発しなくなったマニアに短気な俺は痺れを切らし、「本当に死にたいんだったら」と奪うように話し始めた。


「普通少しでも死ねる可能性が高い場所から飛ぼうと考えるはず。わざわざ下に木のある場所から飛び降りようとはしないはずだろ」


「いやでも、辺りは木ばっかだったとかそういう可能性は?」


 お前……


「そんな可能性調べりゃすぐ違うって分かる。そもそも、校舎を囲むように木が植えられている学校なんてあると思うか?」


 自分の発言を冷静に考え、少し恥ずかしくなったのか、視線を落として「無いですね。教室が薄暗いです。日光プリーズ状態です」と続けた。


 カーテン締め切ってるお前が言うか……


「つまりは、だ。わざわざ木の生えてるところを選んで飛び降りたってことの可能性の方が遥かに高い」


 「成る程」顎に手を置き、数回小さく頷くマニア。すると、不意に突然何か閃いたのか、「ん?」とマニアは眉をひそめた。俺はすぐに「どうした?」と尋ねる。せっかくだ。俺以外の見方も得ておきたい。


「これってもしかして、殺人未遂事件とかじゃないですかね!?」


 おいおい……


「ドラマの見過ぎだ。それにまだ事故の可能性だって残ってんだろ?」


「例えば?」


 アレには触れぬよう別のことを探そうなした。だが見つからず、結局「何かとても訴えたいことがあった」と抽象的な例えになってしまった。


「訴えたいこと?」


「そうだ。今置かれてる状況とか何かへの不平不満、とにかくどうしても伝えたいことを訴えようとしたんだ。つまり、飛び降りる気なんてさらさらなかった」


 「ふんふん」頷きながら聞いているマニア。


「で、そのために皆が注目してくれるであろう場所として」と言うと、「あっ、屋上の柵を越えて立った?」と続けるマニア。


「その方が、ただ訴えるよりも遥かに真剣に取り合ってくれるからな。だが、その前に誤って屋上から滑って落ちてしまった」


「確かにそれだと立ち入り禁止の屋上からってのも分からなくはないですね。ていうか、それもドラマっぽくないですか?」


「……とにかく、自分の意思であろうがなかろうが、実際に事は起きてる。てことは何かしらの原因がそこには必ずある。まあつまり、頼んだぞマニア」


 すると、なんの前触れもなく真剣な眼差しになり、「やれることはやります」とだけ話し、マニアは体をパソコンの方へと向け、再びカタカタとキーボードを弾き始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ