第9話 マッド⑵
「で、今日はどういったご用件?」ぼくは1人掛けのソファに座って訊ねた。こっち、一度でいいから座ってみたかったんだよね〜いつもハジメ君が座ってて座れないから。
あっちはこれでもかってくらいにスプリング死んでたのに、こっちは生まれたばっかみたいに生き生きしてるよ。あっ、もしかしてこっち新品?
「いや、それは……」
一方、田荘君は向かいにある2人掛けに座っている。
……いや、両方ともかな? 色合いとか同じだし。まとめて買い換えたんだな、多分。
「ぼくもそれなりの情報持ってるし、何か手伝えるかもしれない。まあ、試しに話してみんしゃいって。もちろん、ここで話したのは誰にも言わないから」
「あっハジメ君以外には、ね」と付け加えると、俯いて再び考え始める。少しだけすると、数回頷く田荘君。
「“ジャンピング”という覚せい剤をご存知ですか?」
「いやぁー……」ぼくは首をかしげてそう答えた。
「どういうものなの、それは?」
「純度が高いのにかなり安価で手に入るため、出回り始めて1カ月ですが既に有名になりつつあるアイスなんですけど……」
アイス——ってことは覚せい剤の代表格、メタンフェタミン。
「いくつ?」ぼくは足を組んで訊ねた。
「90超えだそうです」
「90!?」
覚せい剤は不純物が取り除かれていればいるほど——つまり純度が高ければ高いほど、値段が上がっていく。90なんて相当だ。でも裏を返せば、日本全国探してもそこまで質が良いものはそう出回ってないから、相手は限られてくる。
だから、「目星は付いてないの?」と尋ねてみた。「いやー……」田荘君は苦々しい顔を浮かべる。てことはまあ、「まだなんだね?」とぼくはさらに尋ねた。
「……はい」と田荘君は重々しい表情で頷く。だけどすぐに「でも、分かってることも多少はあります」と続けてきた。
「例えばどんなの?」
「“ジャンピング”はまだこの島でしか流通してないんです」
「えっ? グラニスラだけ??」
「はい」今度はしっかりと頷く。
「まだ推測の域は出ないのですがその理由としては、ヤクザなど裏の人間が多数いるこの島で売ることができるのなら、マーケットを全国に拡大したとしても利益は見込める——バイヤー、もしくはバイヤーたちはそう考えてるのではないかと」
「ふーん」
お試しなんかしなくても、90もあるんだったら間違いなく需要は高いだろうから、他で売っても大丈夫なんじゃない?——って田荘君に言っても仕方ないよね。売買してる人に言わなきゃ。
「何か良い情報ないですかね?」
うーん……
「ちなみに、バイヤーと製造主は同じじゃないかとみてるんですけど……」補足する田荘君。
「ちょっと分かんないな……」
「そうですか……」と目の死んだ田荘君に「分かるとか言っておきながら、ゴメンね」と謝る。「いえ……」とついに声さえ死にかけな田荘君にぼくはなんか申し訳なくなってきた。
だから、「代わりにって言っちゃなんだけど、ぼくが分かる範囲でよければ色々と手伝わせてもらうけど……どう?」と提案。
「ぜひ」
少しだけ生き返る田荘君。「じゃあまずー病院から盗まれたりはしてない?」ぼくは足を組み変えてから訊ねた。
「はい。まだこの島の中でだけですが、そのような兆候は見られませんでした」
「そっか……」
メタンフェタミンは精神病患者の虚脱状態や昏睡状態を改善するのにも使われたりするからもしかしたら……って思ったんだけど、まあ警察だもんね。その辺は捜査済みか。
「それじゃあ〜」




