第6話 水橋⑵
どこにいるかな……
借りてた鍵を返すついでに聞いてみたけど、職員室にはいなかった。そのまま、1階も探したけどいない。
で、2階も探すが見当たらない。さっき会った何人かの友達やクラスメイトにも聞いてみたけど、見かけてないって言われちゃった。
早くしないと、部活に遅れちゃうよ……見た目が特徴的だったから、見つかればすぐ分かるはずなんだけど——あっいた!
「恩田先生ーっ」
聞こえていないのか、歩くスピードを緩めず、そのままいってしまう。
「恩田先生っ!」
私はボリュームを上げて言ってみると、先生はさらに数歩歩いてから立ち止まり振り返る。後ろで1つ結びにされたロングな金髪が揺れる。
「……呼んだ?」眉を上げながら恐る恐るな感じで聞いてきたのを見て、私は慌てて駆け寄る。
「私、1年3組の水橋七海って言います。今、お時間大丈夫ですか?」
「えぇ……構わないけど、どうかしたの?」
「ここではちょっと……」
先生の眉が上がった。何かを察してくれたみたいだ。
「じゃあ……科学準備室でもいいかしら? この時間は誰もいないと思うから」
言おうと思ってた「人のいない場所で」という条件が達成された私は、すぐに「はい」と頷いた。
先生は、向かいに座る。4~6人共同で使用する科学室独特の大きめな木製机だから、間に少し距離がある。
「失礼します」私は椅子に座る。なんでこんな風になったのかよく分からないあの変な形の直方体の椅子。
「そんな強張らなくて大丈夫よ」
先生は笑みを浮かべる。その笑みから優しさとこの人なら頼れるという安心感を感じた。
「で……どうしたのかな?」
私は、中が見えないタイプのレジ袋を机に置く。勢いと中身のせいからか、ドンと音が鳴る。
「これは?」
首をかしげる先生に私は、ビデオカメラを取り出し、意を決して口を開いた。
「盗撮されてたみたいなんです」
一連の流れを話すと、先生は「中の映像を見たい」と言ってきたので、カメラを渡す。見ている間、当たり前といえば当たり前だけど、表情が重かった。映像を見れば見るほど、眉間にしわを寄せていく。それはなぜこんなことをしたんだという犯人に対しての怒りからなのか、撮られた女子生徒への同情からなのか、もしかしたら両方かも。
先生の姿勢が戻る。見終わったようだ。
「更衣室って何時に閉まるの?」先生はまるで警察の人のように訊いてきた。
「日によってバラバラです。部活ごとに上がる時間が違うことがあるので」
「つまり、どの部が最後に使うかも分からないってことね?」顎に手をつき、悩むポーズを取る先生。
「はい」
「じゃあ、人がいない深夜に仕掛けたのかな……いつ空くか分からないんだもんね」
「いや、先生とか用務員さんとか生徒以外の人なら分かるはずです。鍵は職員室にあって、借りた時間と返した時間を手帳に記入するので」
先生は両腕を机に置く。
「ということは、教師の誰かが犯人かもしれないわけね?」
「……すいません」私は頭を下げる。
「何で謝るの? 私も水橋さんと同じ立場なら、同じこと思うわ。でもそうだとすると、なんで私に?」
「先生は一昨日来たばかりなので」と言うと、数回小さく頷き「成る程ね」と声を出した。
「それに、同じ女性として力になってくれるかなって思ったんで……」
先生は笑みを浮かべた。
「頼ってくれてありがとう。もちろん力になるわ」
「ありがとうございますっ!」
「その前にちょっと——」
メモリーカードを抜いた先生は数秒その表裏を見てから、戻して、また再生する。
「確認なんだけど、見つけたのはさっきなのよね?」
「そうです。着替えをしようと思ってた矢先に見つけて」
もう少しで大会があるから自主トレをするために、っていうのは言わなかった。特に理由はない。ただいらないかなって思っただけ。
「なるほどね」
それから少しして、「やっぱり」と先生の口からこぼれた。何かへの確認が取れたかのような、そんな感じだ。
「どうしたんです?」
「これちょっと見てみて」先生はカメラを真ん中まで持ってきて、私に映像を見せる。そして、早送りボタンを押す。表示された時間がどんどん進んで行く。先ほどまで夜だったのに、日が昇り昼になる。
「分かった?」
「いえ……」私には分からなかった。犯人が映ってるとか、そういうのは特に見当たらなかった気がするけど——
「撮る必要のない夜中まで回し続けてる。つまり、遠隔操作とかはせずにそのまま回しっぱなしにしてるってこと。で、この容量と画質的にメモリーが一杯になるのは明日の朝頃だと思うの」
だからさっき、メモリーを取り出したんだ。
「じゃあ、これを回収しに来るのは、今日の夜ってことですか?」
「その可能性は高いけど……正直まだ分からないわね。なにぶん情報が少ないから。撮り始めたところでさえも犯人は映らないようにしてるし」
ですよねーはぁー……
「とにかく、もうちょっとこっちで調べてみるわね」
「お願いします」
「あと」先生はポケットを探る。取り出した少ししわくちゃな紙に近くにあったペンで何かを書き始める。
「これ渡しとくね」
受け取る。見ると、そこには10桁の番号が。
「また何か手に入れたり、分かったりしたら連絡ちょうだい」
てことは、これはケータイの番号ってことか。私は「分かりました」とポケットに入れる。無くさぬよう大事に奥の方へ。
その動作を見終えて、先生は再び映像を見始めた。何か手がかりを得ようとしているみたいだ。
「その……で、今日はどうするんですか?」
「見張り、かな」
「それって私が行ったりなんかするっていうのは」
先生はニコッと笑い、「ダメだよ?」と一言。今までとは異なり、有無を言わせぬ笑みだ。
ですよね〜はぁー……




