第27話 便利屋⑹
いかにもなセリフを吐いた直後、5人全員が後ろポケットに手を持っていっていた。瞬間的に良からぬことを企んでいることを察した。俺も追随し腰に手を入れる。そして、あのハジキを掴み、目の前に突き出す。
ハジキを構えたのはほぼ一緒だった。加えて、ハジキをくるんでいた白いレジ袋が運良く取れる。今は黒い図体が完全に露出していた。袋は音もなく、ひらりと地面に落ちた。
「ほぉー……」
マジマはほくそ笑んでいる。
「まさかお前が盗んだのがこんな時に役立つとはな」
探偵は首筋を掻く。
「盗んでねえ、奪ったんだ」
「だから意味合い同じだろって」
「成る程な」マジマが口を開く。
「鋭い目つき、震えのない言葉、そして隠し切れてねぇ殺気——出会った時から刑事にしては異様な雰囲気があったが、そうじゃないんなら納得できたよ。ああいうのには出せねえオーラが出てる」
「そもそも刑事だって思われてたことがびっくりだ」ボソッと呟く探偵。
確かに。一方が顎髭を蓄えたボサボサ頭のロングコート男で、もう一方がダウンジャケットにジーンズ姿——どっからそう連想できたのかが甚だ疑問だ。
てか、松中ん時も最初のスキンヘッドに刑事だどうたらって言われたっけか? どうやら悪党は、見た奴全員刑事だと疑ってかかる傾向にあるみたいだ。
「すぐにでも殺っちまおうと思ったが、ちょっとだけ伸ばしてやるよ。だから、答えろ——オマエら一体何モンだ?」
「期待してるようなモンじゃないって。俺はただのしがない探偵。あと、もし殺気を感じたんならこいつからだ。普段から部活後の野球部員みたいにプンプン臭ってくるからな」
親指を俺に向けてくる探偵。
「違うね。俺こそただのしがない便利屋だ。殺気はお前からだよ、探偵」
負けじと俺も探偵の方へハジキを振りながら反論。
「いやいやいやいやぁ! 何をおっしゃりますか便利屋殿〜冗談は程々に……」
「2人で話してんじゃねぇ!」
俺らは互いに敵側からズレていった視線を元に戻す。
「じゃあ、そのただの探偵サンと便利屋サンに選ばせてやるよ。素直に銃をよこして捕まるか、逆らって蜂の巣になるか——どっちがいい?」
「なぁー」気だるそうな探偵。
「……俺に言ったのか?」
俺がそう訊ねると、「他に誰がいんだよ?」と返された。
ハァー……再び探偵のほうに軽く視線をやる。探偵はもう俺の方を見ていた。
「なんだ?」
「お前でも痛いのか? 蜂の巣になったら」
「痛い——だろうけどその前に死ぬだろうからな」
「ハァ〜……こういう時いいねぇー、痛覚の鈍い人は」
「俺だって好きで痛覚が鈍くなってるわけじゃねえ。それに、こういう時っていうけどな——」
「だから2人で話してんじゃねぇっ!!」
「あー……そういうこと」俺を見ながら探偵が一言。
で、ポケットに手を入れながら正面を向く。視線は……視線は——
「マジマ」
そう、マジマだ。また忘れてた。
「会話に入れて欲しいんならそういう粗暴な言葉を使うべきじゃないぞ? 相手が変な誤解しちまって、より入りづらくなるからな。もっと素直になるんだ。そして、『話に混ぜてください』って言う——分かったか?」
このタイミングでか……
探偵の茶化しが炸裂し、マジマは「てめぇーナメてんのかぁ……」と歯を噛み締め出す。顔もそうだが、チャカを持つ手も震え始める。当然な反応だ。
「いくら銃があるっつったって、1対5。オメーら2人に勝ち目なんてねえんだ……何もできねぇのに、ノコノコやってきたバカ2人がペチャクチャ喋ってるんじゃねえよっ!!」
カラカラカラ
ん?——足元で何かが転がる音が。見ると、丸い缶のようなものがマジマの方に——
「マジかよ!?」
突然探偵がコートを利用し、顔全体を覆った。その動きで俺も察し、右腕で目と右耳を覆った。同時に、左耳も左腕を立てて塞ぐ。次の瞬間、辺りを消し去るような光と耳をつんざく音が辺りを包んだ。覆っても塞いでも隙間から入ってくるわずかなそれらも意味のないくらいに強烈だった。
10秒経ってようやく収まった。俺はゆっくりと腕を外す。だが、視界は少しボヤけ、少し耳鳴りが。
前を見ると、既に強盗団の周りには、黒で統一した人間たちが囲んでいる。頭にバイク乗りが被るようなヘルメット、手に黒々としたマシンガン、と完全武装。
一方の強盗団のメンバーたちは皆悶え苦しみ、地面にのたうちまわっていた。目を強く閉じ、耳を両手で覆っている。中には痛みの代わりの叫びをあげているものもいる。おそらく、一時的な失明と難聴の苦しみを味わっているんだ。まあ、まともに閃光弾喰らったらこうなるよな。
「犯人グループ、確保しました」
声は後ろから聞こえる。振り向くと、既にヘルメットを外し、頭と耳に装着している無線機でどこかと連絡を取っている男がいた。眉間にしわを寄せている。
「……はい。その2人も」
言う時に視線があったから、その2人、ってのは俺らのことだろう。
「ちゃんと歩けっ!」
もう手錠はかけられた後か。5人とも後ろに手を回されている。
「どういうことだよこれ……」
いまいち状況が飲み込めてないようだ。なら教えてやる。
「マジマ、って言ったっけ?」俺は近づく。で、目の前に顔を持ってきた。
「バカはテメーらだよ」
そう俺が言い放つと、苦虫を噛み潰したような悔しい表情を浮かべる。そうして、5人とも外に連行されていった。
「おい」
振り返ると、探偵が不機嫌そうな顔をしている。
「さっきのセリフ、俺だったらもっと良いのが言えたぞ?」
「言うは易し行うは難しってやつだ」
「おー、よく知ってんなー」
「バカにしてんのか?」
「そんな〜めっそーもございませんっ」
「そういう言い方と顔の前で手を仰ぐような動作が、バカにしてるっていうんだよ」
「てか、今回の場合行うことも『言う』だけどな」探偵はにやけている。
「うるせえ」
「ま、とにかくよぉ〜今度は譲れよ? 便利屋」
フッ——「嫌だね」
「こういうのはな早いもん勝ちだよ、探偵」




