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グラニスラ〜アブノーマルな“人工島”〜  作者: 片宮 椋楽
EP4〜逃走ハンティング〜
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エピローグ

『朝早くに申し訳ありません』


 聞き慣れた声が聞こえてくる。まあ、画面に表示された、偽の、名前で誰なのかは知っていた。


「いえ。どうかされました?」


『例のアプリの件です。お時間かかってしまって申し訳ありませんでした』


 その言葉には、やっと、だったり、お待たせしました、というようなニュアンスが多分に含まれていたのだが……


「もうですか」思わず声が漏れた。


 調べてくれるよう頼んでから、まだ二日程度しか経過していない。何一つ不明であった俺にとっては、かなり早い返答であった。


 とはいえ今となっては正直なところ、知ったところで特別状況が何か変わるわけじゃない。かと言って、気にならなかったわけではない。

 喉元が詰まるような、小骨でも刺さっているかのような残る違和感。そういうのは後々活動に影響してくる時も十分にあり得る。早めに対処することに越したことはない。


『色々ツテを使いまして、片っぱしから情報をかき集めました』


「じゃあ早速。ヒハガチシバフントソウウノコ、というのは?」


 俺は画像を見ながら尋ねる。


『左上の数字ありましたよね? その数分(かずぶん)ずつに文字を読むそうです。今回の場合だと、二文字ずつ。一番目、三番目、五番目と順番に。最後まで行ったら、また頭に戻って残りを順に読むんです』


「てことは……」俺は指し示しながら、読み上げていく。「ヒ、ガ、シ、フ、ト、ウ、ノ、ハ、チ、バ、ン、ソ、ウ、コ。東埠頭の八番倉庫、ということですね」


「この、括弧の数字と英語は何を?」


『こちらは日付。月日時間の順に並んでいるんです』


「となると……」


 02200230っていうのは……「2月20日の2時半?」


『ええ』


「英語のGN(ジーエヌ)っていうのは?」


「支払い方法の略とのことです。金であればMoney(マネー)で、略称はMO(エムオー)。薬物であればDrug(ドラッグ)で、略称はDR(ディーアール)。今回の略称は、GN。つまり、Gold(ゴールド) Nugget(ナゲット)。意味は、金塊、です』


「金塊?」てことは、もしかしてあれは……


『心当たりでも?』


「えっ?」


『いえ、ただ言い方がそんな気がして』


「あっ、いや。何も」はぐらかして、続ける。「あとは?」


『一応、あの謎はこれで以上となるはずですが……』


「そうでしたね。ではついでと言ってはなんですが、一点確認したいことがあるんですが」


『なんでしょう?』


「あなたの指示、だったんですよね?」


『……何がです?』一瞬言葉を詰まらせた後、白々しく返事をした。


「別にとぼけなくていいですよ、染川さん」


 俺は本当の名前で呼びかけた。中に笑みの声色を混ぜ込んで。


「どこから仕入れたか知らないですが、あの場所にいるとよく分かりましたよね」


『偶然連れ去られるところを街で見かけた奴がいましてね。人伝いに自分の耳に届いたんです。この街は広いようで狭いですから』


「はは」


『笑い事じゃないですよ。もっとしっかりしてもらわないと。相手は危険なグループなんですから』


「ええ、承知してます」


『ちなみにですけど……正体は?』


「自分の?」


『はい。お言葉ですが、バレていたから連れ去られたのではないかとも思いまして』


「バレていたような気配は微塵もありませんでした。まさか夢にも思っていなかったでしょう」


『けど、まさか先に倒されるとは思いませんでした』


「おかげで、逃げ出せましたが」


『繰り返しにはなりますけど、関係はないんですよね?』


「ええ」声色で気づかれぬよう、神経を注ぐ。


『となると、ただ倒しただけとなる。個人的に恨みを持つものの可能性が高いですが……彼らは一体、何者だったんですかね』


「さあ……」


 知り合いだった、とは口が裂けても言えない。


「ちなみに、何か情報は?」念のため探りを入れておく。


『遠巻きでしたので、現状、男二人だということしか。それも、おそらく、というオマケ付きです』


「そうですか」


『ウチらも下手に動けませんでしたし、バレないように救出しようとするので必死でしたので。いや、言い訳になりますね、申し訳ありません』


「いえ、謝ることではないですよ。というか、必死という割には、ゴム張って転ばせたじゃないですか」


『よくご存知で』


 あっと、やってしまった。「聞こえたんですよ。外から声が」


『まあ、あれは苦肉の策ですよ。それに、やられてるだけじゃ、悔しいんで』


「そうだったんですね」


『必要であれば、追加で調べてますが、いかがしますか』


 まずい。


「あまり詮索し過ぎると、こちらが足を掬われかねません。今のところはやめておきましょう。下手に動かないほうがいい」


『承知しました』


 ほっ……


『それでその……釈迦に説法ではありますが、今回の一件で、ヤクザから暴走族まで結構な人数が捕まり、がらんと縄張りは空きました』


「何が言いたいんです?」


『言わずもがなでしょう』


 声色を落ち着かせたからだろうか、気持ちは見透かされているようだ。


『そろそろ、縄張り広げるということも考えては……』


「染川さん」


 呼びかけたことで、言葉をつぐんだ。


「俺らは透明人間(インビジブル)です。争わず紛れ込み、ひっそりと暮らす。下手に領土を広げるようなことしたら、全て崩れかねない。だから、そういうことはやらない。最初にそう決めたはずですよね?」


『けど、ここらで規則も変えてかねえと、幅利かせられなくなるのも事実です』


 熱がこもってきたらしい。口調が崩れてきた。


『言うこと聞かせるにはそれなりの見返りを用意しないと。この前みたいに少しガタつくようなことだって、これから起こりうることですよ』


 この前、というのは籠城事件があった頃のやつだろう。


「かもしれない、で話しても仕方ありません」


『ですがっ』


 もうそろそろ着くところだ。


「それについてはまた今度。じっくり話し合う場を設けますから」


 戦わずに話し合うこと、それこそがインビジブルの何よりも大事にしている掟。外でもそうなのだから、内側では尚更だ。


『……分かりました』


 とは口にしているけど、まあ腑には落ちてないだろうな、というのはひしひしと伝わってくる。


「そういえば、例の抜けた彼らについて情報は掴めましたか?」


『正確な理由はまだ調べはついてません。ですが一人、妙なことを話している奴がおりまして』


「というと?」


『抜けた連中は、抜ける少し前から変な宗教にハマっていたというんですよ』


「宗教、ですか?」


『ええ。そいつも誘われたらしいんですが、話している何もかも全てが怪しかったため、やめておいたと』


「連中、というと、皆その宗教を信仰していたということですか?」


『まだ全員調べ切ってはいませんが、今のところはそうなります』


「その宗教の名前は?」


太陽興(たいようきょう)。ご存知ですか?』


「確か……半年ほど前から島で布教活動を行なっているところでしたよね」


 老若男女が校門前や駅前、街中でも大きく名前を記したタスキをかけて、チラシを配っている姿を何度か見かけたことがある。

 西区に広い敷地や建物を拠点として構えていることでも有名だ。イギリスのバッキンガム宮殿みたいだ、なんてことを言う人もいる。


『やめる時のあの虚な感じも考えると、この一連の出来事、かなりきな臭くなってきました。こりゃあ、慎重に進めていかないと、相手が相手なだけに面倒なことになりそうですね』


「ええ……」


 ここらで腹を括るしかないか。


「分かりました。また何か判明したら、報告お願いします。自分も何かしらの対策を考えておきます」


『承知しました。ではまた』


 切ったのは向こう。プープーと虚しい音が鼓膜に響いてくる。俺は耳を受話器から遠ざけ、赤いボタンを押した。


「朝っぱらから電話かよ」


 横を見ると、海陸がいた。


「聞いてたのか」


「中身盗み聞くほど、嫌な人間にはなってないよ」


「ならいい」


「んで、誰からだよ?」肩に腕を置いてきた。


「誰からなのかは聞くのかよ」


「せめて外身はと思ってな」


 俺はため息交じりに、スマホをポケットへしまった。「ただの知り合いだ」


「ふーん」不敵な笑みで顔を近づけてきた。「女?」


「残念。男」


「なーんだ」


「ご期待に添えず申し訳なかったね」ふと隣に目線を移す。「てか、そっちこそ二人仲良く登校ですか」


「あっ、全然そういうのじゃないから」


 早乙女愛は即座に目を細め、手を横に小刻みに振る。


「おぉーい、否定が早くないかい?」


「おはよう、()


「おはよう」俺はいつも通り、にこやかに答える。


 海陸の「そっからの無視ですかっ!」という言葉には、俺も反応しなかった。


 そして、珍しく三人で、開かれた校門を通り抜けた。

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