第33話 探偵⑺
「事件の発端は二ヶ月前に起きたハッキング騒動でした」
田荘はソファに腰掛けるや否や、「早速本題から」とたんを切って話し始めた。ケツがあるのか分からんが、どこか妙に急いでいるように見えた。
「先輩はご存知ですか?」
「ざっくりとは」
煙草の灰を灰皿へと落とす。四分の三に短くなっている。
「会社は顧客情報等へのアクセス被害は見当たらず、大きな影響は無いと発表しました。ですが、会社は裏の人間たちの情報だとは気づいていなかったんです。いや、足跡を残さずに侵入されたがために、気づけなかった」
「その一つが朝本組の取引だった」
「ええ」
「そういや、朝本組はどうなる?」
「組長や幹部連中は暫く出られませんから、まあ解散ですかね。例の一斉検挙の後、取調べしたらまあ出るわ出るわで。対暴課が持ってた材料は大量にあったっていうのもありますけど、案外すぐにゲロりました。皆、自分の罪を軽くするために喋る喋る。互いに互いの罪をなすりつけるような状態らしいですよ」
「そうか」タバコを吹かし、話題を戻す。
「話を戻すが、その盗んだ男ってのはハッカーとしてはプロだったが、ヤクザ襲うのはビギナーだったんだな」
「あっいや実はですね、そこも複雑なんですが」田荘は眉をひそめた。「BJさんのところで捕まった彼は、ハッカーではなかったんです」
口元で手を止め「なら、共犯がいるのか」と言ってから、煙草を口にする。
「共犯は共犯なのですが、誰かは分からないと言うんです」
答えが見えない。「つまり、どういうことだ?」
「朝本組の取引についての情報は、知らぬ相手から受け取ったものだったんです」
は? なんだよそれ。
どちらにせよ犯罪だが、少しでも罪を軽くしようとしている魂胆が見え見えだ。
「おいおい」
俺は呆れ顔で目を細める。人差し指と中指に煙草を挟んだまま、親指で耳の後ろを掻く。
「まさか警察はそんなんを信じるわけないよな」
田荘は神妙な面持ちで膝に腕をついて、体重を乗せた。
「実は、彼が出所したのは、つい一ヶ月半前のことなんです」
一ヶ月半……
「そうか」俺は深いため息交じりに背もたれに体重を乗せる。田荘が言わんとしていることが伝わったからだ。「時期的に不可能ってわけか」
「塀の中でハッキングなんて、やれるわけないですからね」
そもそもネットに繋ぐ媒体がないからな。
となると、本当のことを言ってるってことになる。俺は煙草をふかす。
「彼はヤクザなら盗んでも、警察に被害届を出すことはないと書いてあったこともあり、強奪を決断したそうです」
「そそのかされたってわけか」
「ええ」
なんと荒唐無稽な……「誰か送ったか分からないメールを信じる間抜けがいるとはね」
「家のポストに十万が入っていたっていうこともあって、信じたようですよ。仕事も上手くいないようでしたから」
ん? 俺は背を起こし、膝に腕をつけた。
「郵送か」
「いえ、直接」
てことは、家を知っていた……
「メールを送った相手は調べ上げていたってわけか」
「ええ。無闇矢鱈に送ってはなさそうです。もしかすると、彼の性格や現状を考慮した上で、選んだのかもしれません」
煙を天井へ吐く。自然と眉間に皺が寄る。
「情報を得て、計画を立てて実行したってな感じか」
「あっいえ、手順や必要な物の購入資金、成功報酬の支払いなどの詳細は、計画に乗ると返信をした後、同じくメールで指示されたそうです」
なら、ほんとに実行しただけってことか。
「メアドで追えねえのかよ」
「サイバーセキュリティ課に調査してもらいましたが、どうやら上手いこと追跡できない仕組みになっているらしくて」
そうか。
「さっき成功報酬と言ってたが、金の受け渡し方については? 上手く誘導できんじゃねえか?」
「完了後にブツの確認が出来次第、再度指示するとだけあり、それ以上は何も」
要するに、手がかり無し、ってことか。
「彼は指示された通りに事前に準備を行い、計画通りにことを進め、実行。上手くはいきましたが、ブツが現金ではなく重い金塊であったこと。逃げるために用意していた車がヤクザに見つかっており、乗れなかったことが災いした。そのため、近くに停めてあった車に乗り込んだ」
「それが、依頼人の息子、木田圭祐のだった」
田荘はコクリと頷いた。
「持っていた銃で脅迫し、運転させたものの、追っ手を見るために一瞬目を離した隙に抵抗され、盗んだ金塊が車の動きを妨げたこともあり、店に激突してしまった。怪我は負ったものの、木田さんを残し、どうにか車から逃げ出しました。その時、改造車に見せかけるため、ナンバープレートを盗んだというわけです」
あの辺りに走り屋が多いということを知っていたのだろう。
「プレートの取り方知ってるってことは、元整備士か何かか?」
「刑務所の職業訓練で資格習得していました」
「ああ、成る程」
俺は煙草の先を灰皿で潰した。
「社会更生のためのものなのにな」
「まったくです」
一瞬虚な目になり視線を逸らすが、「あっ」とすぐに顔を上げた。
「そういえば、入院していることはもう話したんですか?」
主語は無かったが、依頼人だということは伝わった。
「ああ」
「確か、島の外のでしたよね」
「まあここじゃ不安だろう」
「確かに。ならこれで、依頼は解決ですね」
「まあな」
煙草の箱へと手を伸ばす。
「であれば、これで」
「なんだ」途中で止まる。「もう帰んのか?」
「いや、別件がいくつかありまして。ここ最近立て続けに起こったことが一気に解決したために、色々立て込んじゃいまして」
入ってきた時から妙に慌てていたのはこのせいか。
「悪党はのさばってるってわけか。物騒な世の中だこと」
「まったくです」田荘はソファから腰を上げた。「先輩も気を付けてくださいね」
田荘の顔は、異様なまでにニヤついていた。
「余計なお世話だってぇの」
「とりあえず、メールを送ったハッカーについてはこちらでも調べを続けます」
「ああ。まあ、ハッカーがメールを送ったかどうかも分からんがな」
「他に仲間がいると?」
「そんなに食いつくな。ただの戯言だよ」
「あぁ……それじゃあこれで」
田荘は立ち上がり、軽く会釈をした。
「おう。色々悪かったな」
そのまま、事務所扉へ歩みを進める。戸の前まで向かい、ドアノブに手をかけようと伸ばす。だが、その前に不意にドアが開いた。内側に開く造りのため、田荘は驚いたように肩をびくつかせた。
「あっ、田荘さん」
田荘に隠れて見えないものの、声からして奥にいるのは女性だ。多分……
「に、西さんっ」
やっぱりそうだ。テレビ局の彼女だ。