第32話 甲斐田藁⑹
「な、何でバレて……」
男性は慌てて口を閉じる。
その動作で分かったことが二つ。こいつが木田さんが話していた、目出し帽であることだということ。そして、頻繁に出していた声。顔は見てなくても、木田さんは声色で分かったんだ。
木田さんは男性もとい目出し帽から視線を逸らさず、後退りでこちらへとやって来る。
「ど、どうして」
「僕、だね」BJさんはそう発する。「コンビニ行く時に下で見かけて、傷だらけだったからさ、助けたんだ。まさか盗っ人だとはね」
「うるせぇっ」目出し帽は語気を強める。「真っ当に働こうとしたさ。けど、周りが、社会が認めてくれない。前科モンだからって、白い目で見やがって、アイツら」
つらつらと俯き加減で喋る目出し帽。日頃から溜まりに溜まっていた不満を独り言のように。
「ヨッシー」
そう声をかけたのは、マサっちだ。目線だけこちらに向けている。
「ん?」
「隙見て行くぞ」
「行くぞって……」俺っちは小声で囁く。
「向こうは何も持ってへん。今しかないやろ」
目出し帽は後ろに手を回す。何かをズボンから抜き、見せてくる。こちらに向けてきたのは、おっと、拳銃だい。
「……前言撤回や」
マサっちは上げていた手をさらに高くした。
「おかしなマネするなよ」目出し帽は両手に持ち替える。「聞こえてんだからな」
「えっ、聞こえてたん?」マサっちは両眉を上げる。
「うん、ヒソヒソ話にしては割とデカかったからね」
俺っちが口を真一文字に閉じると、隣でナギっちが手を上げたまま何度も頷いた。
「マジかぁ……」
いや、そんな想定外だったぁ、意外だったぁ、みたいな顔されても……百人いたら百人が同じこと思うよ、それ。
「妙なことしたら、撃つからな」
おお、ドラマみたい。しっかりとした脅しをかけてくる。
「一つ聞いてええか」
「なんだっ」銃口をマサっちに負ける。
「いやいや、ちょっと聞きたいことあるだけやから。何もせえへんから、そんな殺気立つなって」
「今、話す必要はないだろ」
「そんな冷たいこと言うなやぁ。この人から、あんたが車に乗りこんできてからというもの、ハンドルが重くなったり、挙げ句の果てに言うことをきかんくなったって。見た目……そんな重そうに見えへん。むしろ痩せてる方やと思うんや。スタイル抜群とは言えへんけど。もうちょいバランス良く食べぇや」
「マサっち。カッコつけて推理披露してるところ申し訳ないんだけども」
「カッコつけてへんわ!」
炸裂するツッコミ。反応してあげないと可哀想だけど、今は無視。
「こういう状況下なんだから、本題に行こうよ」
俺っちは視線を変える。「目出し帽さん」
「……えっ、あっ。お、俺のことか?」
ああ、そうかそうか。「ええ、名前分からなかったんで、まあ暫定的に。どうせ本名は言いたくないでしょうし、ご容赦を」
「……なんだよ」
うん、受け入れてくれたみたい。
「あなたが車に乗り込んだのは東区の倉庫近く。その時、あなたはリュックサックを持っていた。かなり重そうだったと伺いましたよ」
「お前ぇ……」
木田さんを睨みつける。言ったのか許さないぞという表情に怯え、視線を逸らし、肩をすくめた。
「で、この方、実は病院から逃げ出してきたんです。どうしてでしたっけ?」
「えっ!」突然の指名に驚きながらも、俯きつつ答えを捻り出してくれた。「ええっと……自分を探しに暴力団の人間がやってきたからです」
目出し帽は「なっ」と喉から驚きの声を出すと、瞼を大きく開いた。
「その反応、やっぱりヤクザに何かしたな」
BJさんは腕を組む。眉間は不機嫌そうに寄っていた。
「盗んだのは、お金? それとも薬物?」
「うるさいっ!」声を荒げる目出し帽。
「ここまで来たんだ、俺はあいつらから逃げ切ってやる。島の外に逃げてやるんだ」
「どの組を襲ったのか知らないけど、君のこと追い続けると思うよ。島の中外関係なく、ね」
「うるさいうるさいっ。黙らねえと刺すぞ、コノヤロウッ!」
「刺されちゃうってさ」俺っちは隣に顔を向ける。
「怖いなぁ」目線だけ上にあげるマサっち。
「馬鹿にしてんのか」
「してるわけではないんだけどね」
「どいつもこいつもふざけやがって」
拳銃を握る手に力がこもる。目出し帽は木田さんに睨みをきかせる。
「畜生。大人しく運転してりゃ、今頃俺は大金持ちだったのに……」
俯きながら、目出し帽は呟く。
「てことは、お金か」
BJさんの発言に、目出し帽は口を閉じたまま奥歯を強く噛み締めると、改めて銃口を木田さんへと向けた。
「お前のせいだっ」
木田さんは身体を縮め、呼吸を荒くする。
「お前だけはっ」
引き金に力が入る。
危ないっ!
その瞬間、部屋の扉が縦に倒れた。開いたではなく、倒れた。横ではなく、縦に。
三箇所ある蝶つがいが勢いよく飛び出し、扉は真っ直ぐ目出し帽の後頭部へ。覆い被さるようにぶつかると、そのまま顔から床へと倒れ込んだ。そのまま動かなくなる。
「大丈夫か」
そういって部屋に入ってきたのは、茶色のダウンジャケットに濃紺のジーンズを履いた男性。片手に濃い緑色の紙袋を持ち、もう片手はポケットに入れていた。
「リュ、リュウちゃん!」
BJさんが駆け寄る。どうやら知り合いのようだ。
「部屋の前まで来たら怒号が聞こえたんで、また難癖でもつけられたのかと思って、蹴破った」
「相変わらずだねぇ」
「悪ぃな。緊急事態ってことで、ぶっ壊しちまった。後で弁償するよ」
「いや、いいよいいよ。助けてくれたから帳消し、帳消し」
これで解決……
「なんなんだよ」
倒れているドアが動き出す。皆の視線が集まる。ゆっくりと起き上がる目出し帽。額を真一文字に切って、血が流れ始めていた。頬骨辺りも赤く腫れている。
「さっきから……さっきからお前ら、一体全体何なんだよっ」
手に持っていた拳銃を、リュウちゃんと呼ばれた男性は一瞥した。
「おいおい、テメェもかよ。ったく……」
動揺する素振りは一切ない。まるで日常茶飯事だとでもいうかのように、当たり前な様子でいる。
「あのよぉ、この島にはカタギがハジキ持っていい法律でもあんのか?」
「るせぇっ。ぶっ殺してやるっ」
拳銃を構えようとする目出し帽。だが、その前にリュウちゃんさんは動く。重心を低くし、拳銃の銃口に右拳をぶつける。勢いに負け、伸ばした腕が内側に折れていく。銃口の反対がそのまま目出し帽のみぞおちに深く入る。
痛みで口が開く。唾が出てくると同時に、拳銃を掴む力が緩む。その瞬間、上から銃身を殴り、床に落とす。
そのまま、右の拳を目出し帽の顎に抉る。顔が歪み、下の白い歯が三本ほど飛ぶ。遅れて、目出し帽の体も天井に飛ぶ。例えではなく、物理的に。天井に吹き飛び、激しくぶつかったのだ。
その後は早い。重力に負けて、うつ伏せ体勢のまま床に倒れ込んだ。これで二回目。
もう、ほんとに動かない。いや、痙攣はしているけど、意識は失っていそう。
「口ほどにもねえな」
「「「あっけな」」」
俺っちとマサっちと木田さんの三人、口を揃えた。
「あ?」訝しげにこちらを見る男性。
「けど、そもそもなんでここに?」
「ああ」男性は手に持っていた紙袋の取っ手を片方離す。「前に見たいって言ってから、借りて持ってきたんだ」
取り出したのは、DVD。ケースのロゴやデザインは、B級感満載だ。
「これだったよな」
「うん、そうこれ」
タイトルには、“ヴァンパイアVS落ち武者”と書いてあった。