第31話 便利屋⑺
飛辻は聞き直すような素振りを見せる。ただ、沈黙を貫いている。
仕方ない。俺から話すか。
「実はな、トクダには裏でもう一つ、調べてもらってたんだ。お前が最初話していた例の、企業買収の件だ。いつでもいいとは伝えてたんだが、昨日お前と別れた後に連絡あってな。そんな形跡は一切無かったんだと」
飛辻は微笑む。
「そりゃそうだよ。プレスリリース前に外部に漏れたら大変だ。株価に大きく影響してくるから、徹底的に……」
「あいつを舐めんな。あいつが無えと言うんなら、発表してようがしてまいが、隠していようが隠してまいが、そんな事実は無いんだよ」
黙り込む飛辻。
「だとすれば、おかしな話だ。関係ねえ奴に嫌がらせをふっかけてるようなもんだからな。前提から覆っちまう。けど、お前はそんなことするような奴じゃねえ。幸い情報通な奴がいるんでな、ちょいと調べた。そんで突き止めた」
飛辻の眉がピクリと動く。ようやく反応を示し始めたな。
「マニアが教えてくれたんだが、アプリの、その、スクリプトだったっけか? ほら、動かすために数式や英語を並べているやつ。そういうのってのは、企業秘密で、マニア曰く、外部に漏れることはそうないし、手に入れるのも難しいんだってな。けど、お前はそれを知っていた。人気アプリのものとなれば余計に厳重なはずなのに、さも全てを見たかのように」
飛辻は「もっと推理を聞いていたいんだけど、残念」と額を掻く。「そもそもに大きなミスがあるよ」
「聞こうじゃないか」俺は腕を組む。
「手に入らない。そう言っていたって話してたけど、そうとは限らないんじゃないかな。例えば、そうだね……それこそ、僕がハッキングして手に入れたのかも。現にほら、マニア君も言っていただろ? 送りつけた例の。鯨のやつ。あれって会社さえ気づかないように侵入していたってマニア君、話していたじゃないか。もしかして、それが僕なのかも……」
「いや、それはない」
「どうして言い切れちゃうのさ?」
「ハッキングしたとしたら、お前がまず攻撃を仕掛けたことになるからだ。お前は、やられたらやり返す人間。しっかりとな。だが、何もしない相手に一方的に挑戦状を叩きつけるような真似は絶対にしない。だから、ハッキングじゃない」
飛辻は「一応褒め言葉として受け取っておくね」と弱く微笑む。
「ハッキングをしなくても、全ての構造を知っている奴ってのは一体どんな奴か。こっからは俺の想像だ」
俺は目で飛辻を真っ直ぐ見た。
「トレハン、お前作ったろ?」
何も答えない飛辻。沈黙が少し流れる。だから、俺は「マニアがお前と会った時、あいつの反応がどうも気になってな。聞いてみたんだ」と続けた。
「正直よく分かんなかったが、あいつの言いたいことは、お前が大学時代に開発した技術が革新的だって大層話題になった、ってこと。そんで、特許料で大層儲けた」
「ああ、アレね」
飛辻は心当たりがあったように反応する。
「その後も色んなのを開発し続けた」
確か、マニアはソフトウェアからハードウェアまで網羅している凄い人だ、と絶えず褒め言葉が出てくるほど、勢い衰えずに熱弁していた。芸能人でもないのに、ファンがいるってのはなかなか稀有だ。よっぽどなのだろう。
「開発していた何かを盗まれちまった。それが今回、お前がこの島に来たワケ。要するにお前は、やられたからやり返した、んじゃねえのか」
飛辻は動かない。瞬きも静かなものだ。
「そんで、お前ははなっから、分かっていたんじゃねえか? このアプリがよからぬことに使われていることも、裏で妙な連中が絡んでいることも全部。この島に来たのもさしずめ、自分の推論が正しいことを証明するため。あとは証拠を集めるため、犯罪に使われてるっていう確固たる証拠をな」
違うか? 俺がそう声をかけると、飛辻はフッと笑みをこぼす。軽く肩も上下に揺れた。
「ちょーっとだけ違う」
親指と人差し指で作った僅かな隙間を見せてきた。虚空を見ながら、「半年前……ぐらいだったかな」と、呟く。
「このアプリのシステムの初期版を作った。思いついた時は、大勢を巻き込んで楽しませることができるなって嬉しかった。実働できる寸前まで作り上げて、よしリリース日を決めようとまさにしていた矢先、アバターズがあるアプリの配信を発表したんだ」
「それが」
「トレハン」
飛辻は頷き交じりに視線を落とした。
「まあ、同じような考えを持つ人は大勢いるし、この業界は凄まじい勢いで進んでるからね。先を越されたのは結構ショックだったけど、仕方ないかなって。自分の力不足だったんだなって」
「それが自分のモンだと気付いたのは?」
「リリースされてすぐ。ずっと触ってたものだからさ、すぐ気づいたよ。速攻で内情を調べたら、うちを辞めたプログラマーが実は引き抜かれていて、仕組みを流出させていたことが分かったんだ」
「裁判とかで争うことは考えなかったのか?」
「うーん……そうだねぇ……」飛辻は遠い目をする。
「正直、この野郎とは思ったよ? けどね、合点がいった。そうかって、納得できたんだ。それに、社員に迷惑かかるのも巻き込んで争うのも嫌だったから、別に良いかなって。無駄に争う時間があったら、もっといいのを作って使えなくしてやればいい、そう思って諦めた」
「けど、諦められなかった」
「いや、違う」飛辻にしては珍しく強い口調だった。「許せないことが見つかったんだ」
「許せないこと?」
「リリースから少し経った時、僕が作ったのとアバターズが出したのを改めて見比べる機会があってね、いくつか違いを見つけた。そのどれもが犯罪に悪用できるものだった。そして現実、様々な犯罪に使われていたという痕跡を見つけた」
「アプリを犯罪のために利用してたのか」
俺の言葉に呼応し、飛辻は俯く。そして、手を強く握った。
「みんなで心血注いで作ったものをそんな事のために使われるなんて、それだけはどうしても……許せなかったんだ」
飛辻は握っていた手を解き、顔を上げた。表情は穏やかになり、口角は緩やかに上がっていた。
「はぁ〜あ、やっぱりキドくんは鋭いねえ」
やっぱり……か。
「そういえば、単細胞とよくやり合ってたって話したよな」
「うん。出くわすたびにメンチ切りあって、虫の居所が悪ければ大喧嘩」
「それだ。よしやるかって時、何度か収まることがあったろ。しかも、上手いこと。よくよく考えりゃ、その全てにおいて、お前が関わってた。飛辻、もしかしてお前、裏で手を回したろ?」
「ふふ」笑うだけの飛辻。
「お前は人を操るのが得意だ」
飛辻はムスッと顔をしかめる。「嫌な言い方しないでよ。物事の先回りするのが得意なのさ」
「じゃあ、俺と街で出会ったのは偶然だったのか?」
「さあ、どうだろうね」にやりと片方の口角を上げる飛辻。「学生時代から変わらない茶色ダウンジャケットと濃紺ジーンズの組み合わせを見て声かけたのかもしれないし、あの周辺に現れると下調べしていたのかもしれない。それこそ、先回り、でね。ま、想像に任せるよ」
フッ。「まあ、どっちでもいいさ」
俺は手をポケットに入れて、少しつま先を伸ばした。
「そんで、これからどうすん?」
「警察に知らせるようと思う。僕の手には少し負えなくなってきたから」
この口ぶり……「調べるのは」
「キドくんには申し訳ないけど、もういいかなって。トクダさんやマニアさんのおかげで、色々なことが分かったからね。こっちが握ってる情報と合わせれば、警察も重い腰を上げてくれるでしょう」
「そうか」飛辻がいいならそれでいい。
「色々と世話になりました。ありがとう」
飛辻は後ろ向きに離れていく。
おっと。その前に。
「マニアから聞いて欲しいって頼まれたんだけどよ」
「うん」歩を止める。
「特許の儲けは全額寄付してるってのは、本当か?」
「ああそれ。まことしやかに噂になっちゃってるやつね。ネットも面倒臭いとこあるよね、まったく」
「そんでよ、結論どうなんだ?」
短気な俺は片眉を上げた。
「うん、寄付してる。お金なんてのはさ、経費とか必要な分だけあればいいと思ってる。あの技術の必要経費はもう十分過ぎるぐらい頂いてるから、残りは要らない」
なんというか、性格が悪いとかではないが、相変わらず掴みどころが無い奴だ。
「今度なんかお礼する。ホントありがとね」
飛辻は後ろ歩きで、俺との距離を離していく。
「今度うちに遊びにおいでよ。会社でもいいよ、案内する」
「また今度な」
「うん、じゃあね〜」
手を振りながら俺に背を向け、歩いていく。
調べんのはこれで終わり、ってことか。はぁぁ、調べ疲れたなぁ。
マニアにも伝えねぇと……ん?
ポケットから振動を感じる。ケータイが鳴っていた。俺は取り出し、相手を見る。
おっ。これはもしかして……