第30話 御室⑹
とぼとぼと、俺ら三人は歩いていた。結局、乱舞の連中は皆倒したので、翔を助け出してから、近くの公衆電話で通報をした。
「暴走族が東区にある二番倉庫で喧嘩してます」
名乗らずそのまま、慌てたふりをした。あとは警察が対処してくれるはずだ。鳴り響くパトカーのサイレン音を耳にしながら、俺らは現場から遠ざかる。
何故通報しなかったとか聞かれたり、学校で話題になるのは避けたい。それに、下手に名前が知られれば、乱舞から狙われる可能性だってある。余計なことはしないのが一番だ。
事件は無事解決した……けど。
「悪い、俺のせいで」
「いや、翔のせいじゃねえよ」
それは違うと断言できた。
「……もうどうしようもないのか」
中央区の道を歩く人々を横目に、翔が問いかけてくる。
「壊れちまったらなぁ」
トレハンには、同じ問題を解いていれば、他の人の画面で問題の共有ができ、回答はできる。充電の消耗が激しいために、万が一のことを考慮しての対策が施されている。
けれど、この問題に関しては仕様が違う。問題の出ている画面を撮るぐらいだ、問題の共有ができない。つまり、湯瓶さんのスマホが無い限り回答はできない。そして何より、肝腎要のそのスマホは壊れて動かない。
もう先には進めない。危険因子を取り除けられて、ようやくこれからって時なのに……その絶望にも似た哀しみから、とぼとぼ、と足取りに力がなくなった。
「ごめんねぇ、もっと注意していればこんなことには……」
ポケットに手を入れている湯瓶さん。俯いているその顔には、これまでの元気も覇気もなかった。
「いや、まあ、仕方ないですよ。それに、俺らは運の良い湯瓶さんに乗っかっていただけですから」
励ますも、湯瓶さんの眉は八の字に緩んだままだった。
なんとも言えない空気が漂ってるけども、とりあえずはこれで、宝探しゲームは終わ……
ガシャンッ
肩が吊られたように、真上に上がった。何かが崩れたような、倒れたような音が右斜め前で。ビルとビルの間に挟まれた路地裏からだ。周りを歩く人々も顔を向けていた。
な、なんだ?
「まさか、ね」
湯瓶さんがそう口にした。みなまで言わなくても、言いたいことは分かる。俺らは確認すべく、恐る恐るゆっくりと路地裏に近づく。奥が見える直前で立ち止まり、顔を見合わせる。
せーのっ。
心の中で呟いて、三人同時に路地裏を見た。
誰もいない。代わりにいたのは、茶と白や黒斑の、猫。路地裏の奥へと駆けていた。暗くてそこまではっきりは見えないが、四匹ほど。兄弟だろうか。
手前には大袋に入ったゴミを一時的に入れておくダストボックスが倒れていた。まるで、顔から地面にぶつかったような形になっている。地面を少し抉って、土は盛り上がっていた。
ダストボックスに付いた車輪が空回りしている。乗っかったか何かの拍子に倒れ、驚き、慌てて逃げたのだろう。
なんだ……驚かせるなよ、猫ちゃん。
勢いでボックスの蓋が開いてしまっていて、中からゴミが飛び出していた。ほとんどは大きくて丸くて白い、いつものゴミ袋であったが、黒いリュックサックも場違いに捨てられていた。
見た感じまだ新しい。使えそうなのに、勿体ないな。
湯瓶さんは散らばったゴミに近づくと、片付け始めた。
俺と翔はそれぞれボックスの両端に向かい、「せーの」と今度は声を出しながら、立て直した。
「ありがとう」
湯瓶さんは微笑みながら言うと、ゴミを中に片付け始めた。俺らも手伝う。
「おおっ」
翔が大声を出す。見ると、リュックサックを地面に立てていた。上で蓋のように開くタイプになっており、翔は開いて中を見ている。
「どうした?」
「こ、これ」翔は指をさしている。少し震えているようだ。
な、何が入ってるんだ?
俺と湯瓶さんは近づき、中を覗く。
暗い夜でも分かる。金色に光っているのだ。台形型でかつ棒状のもの何本も、だが無造作に入れられている。
お初にお目にかかるが、これがなんなのかは分かる。
「……いつのまに錬金術なんて習得したんだ?」
俺は翔にそう問いかけるも、「してない。てか、出来るわけないでしょ」とすぐさま否定される。
「妙に重いと思って開けたら、入ってたんだよ、金塊」
なんだが、それも信じられなかった。棚からぼたもち過ぎる。
「猫ちゃんたちには価値が分からなかったってかな」
湯瓶さんはリュックの中を覗く。
「猫に小判、ならぬ、猫に金塊、だったってことですね」
翔は上手いこと言ったと思ってるのか、口角を片方上げた。
「ん?」
湯瓶さんはリュックに手を入れる。背中につく方から何かを二枚引っ張り出す。
「それ……ナンバープレートですか?」
「みたいだね」
何かで無理矢理に取り外したのだろうか。穴の開いている上の二箇所周辺に傷がついて、少しだけ錆び始めていた。
「けど、なんでそんなの入っているの?」
「さあ」湯瓶さんは真横に首を傾げた。「まあ、なんでと言えば金塊の方なんだけどね」
あっ、そうだ。驚き過ぎて忘れてた。人間、驚くと忘れるんだな……
「何故ここに?」
「置き忘れた……なんてこと考え難いですよね」翔は眉をひそめる。
「そもそも、この中に入れてあったっていうのは、忘れたというより盗んだのを隠したってほうが近いような気がするなぁ」
ほら、と湯瓶さんはまたもリュックサックに手を入れた。
「それって、財布ですか?」
取り出したものを見て、翔はそう口にした。革製の折りたためるタイプのもので、色は焦茶。
湯瓶さんは開いて確認する。「免許証やカード類は入ってるね。現金は……お札だけ無い」
金塊は置いて、金だけ盗む。なるほど、だから隠したと考えたのか。
湯瓶さんは免許証を引っ張り出す。表面がくっついていたのか、少し手こずっていた。
「持ち主は……ねえ。これ、どっちかな?」
目を向ける。そこには、木田圭祐とあった。下はケイスケだろう。上は……キダなのかモクダなのか、読み仮名が無いから判断がつけづらい。
「ま、暫定的に木田でいっか」
確かにそうだ。
「この人から盗んだのかもね」
翔はリュックから手を離す。「しかし、これだけの金塊を持っているっていうのは、普通に考えて変ですよね」
「ま、表には出せないシロモノってことだろうね。ハハハハ」
湯瓶さんは笑っているも、俺も翔も頬がひきつる。少なくともヤバいものってことは違いない。
「ナンバープレートだって普通は外さない。てか、外すのは違法だからね」
「てことは、ヤバいものが二つあるってことですか」
「そゆこと」
「どうしましょう」慌てる翔。
「翔君、電話貸してもらってもいい?」
「は、はい」翔はポケットからスマホを取り出す。
「あっ、開かなくていいよ。110番だから」
てことは……
「こういう時は、というかこういう時こそ、公権力に頼りましょ」
やっぱり、警察だ。