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グラニスラ〜アブノーマルな“人工島”〜  作者: 片宮 椋楽
EP4〜逃走ハンティング〜
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第26話 甲斐田藁⑷

 着いたのは南区にあるマンション。外観はどこにでもあるというとイメージ悪いが、至って普通。高級感はあるが街に溶け込んでいて、まあ素通りするようなところ。だからこそ、この中に診療所があるなんて知らなきゃ考え及ばないだろう。


 煌びやかなエントランスを抜け、吹き抜けの一階からエレベーターで、八階まで上がっていく。


 BJさんは角部屋の801に向かうと、鍵を差し込み、開いた。

 引いて開けると、足元にあるストッパーを靴底で押して下ろした。


「どうぞ〜」


 身体をドア側に逸らし、隙間を作る。


「「「失礼しまーす」」」


 首をすくめるように会釈をしたナギっち以外が口を揃えた。

 全員が中に入って扉を閉めると、灯りの付いていないせいで、途端に暗くなる。

 かろうじて真っ暗にならなかったのは、廊下の先にある突き当たりの部屋の、縦に細いすりガラスから部屋の明かりが漏れていたからだ。常日頃からあの部屋は電気を付けっぱなしなのだろうか。


 すぐさま靴を脱ぎ、「ちょいっと失礼」と間を縫って、BJさんは壁に触る。カチと音が鳴る。眩しいくらいに明るくなった。

 視界が開ける。今いる玄関からすぐ左手方向直角に曲がる作りになっており、そこから長い廊下が続く。左右に部屋がいくつか点在している。例の電気がついているところだ。


「患者さんいるから、診察室まではお静かに」


 俺っちたちはこくりと頷く。


「じゃ、こっち」と、案内されるがまま、そして足音を立てないよう、ついていく。


 例の明るい部屋の前まで来た。やっぱりここが診察室だったみたい。


「さあ、入って入って」


 中に入ると、思わず「おぉ」と声が漏れた。


 部屋はリビングとダイニングが一緒になっている構造だった。部屋に入って右半分は生活感に溢れていた。手前側にキッチン、奥に四人掛けの食卓テーブルと本棚がある。本棚には本も勿論、造花や写真も飾られている。全体ではおおよそ三十畳はあるかなり広い造りだ。


 一方で、左半分はがらりと雰囲気が変わる。まさに街中にある、小さな診療所のようだった。保健室とかでよく見た中の見えるガラスの棚やレントゲンとか貼って眺める機械、患者の座る所が黒くて丸い椅子や寝転がる簡易ベッド。


 それに、名前は分からないが一度は見たことあるような機材とかもずらりと並んでいる。診察の机の上に乱雑に置かれているのは聴診器だ。その近くにある銀のトレイは水が張っており、メスや先の曲がったハサミのようなものが浸けられて……


「あっ!」


 もう一つ気付いて、思わず声を上げる。俺っちは診察台の後ろの壁に付いている木の棚に駆け寄る。


「こ、これ!」


「おっ、それに気づくと言うことは君もファンかい?」


「はい! 一番好きなアニメです!! ノベライズもコミカライズも円盤も全冊、グッズもフィギュアもあらかた全て持ってます」


 今日いちの元気な声が出し、俺っちは振り返っていた身体をフィギュア に戻す。透明なケースに張り付く。


「これ、『千界戦士ミュートリア』の葛木(かつらぎ)ミヨンちゃんの制服バージョン。満面の笑みで振り返っているってことは、限定品のやつですよね!? まさか、こんなところで見れるとは……」


「そこまで分かるとは……甲斐田藁君と言ったっけ?」BJさんは腕を組む。「なかなかやりよるね」


 触れたいが、駄目だ。貴重な物だから、同じ好き同士分かる。触れられるのは嫌だ。指紋をつけたくない。


「実はねぇ」にやりと笑みを浮かべるBJさん。「ラスト・トランスフォームバージョンもあるんだ」


「えええええっ!」驚きで目が点になる。「あ、あの、生産数十体という限定かつ伝説のラスト・トランスフォームバージョンを、ですか!?」


「うん、知り合いがくれたんだ」


「どんだけ優しい知り合いですか」


「ハハハ。しかめっ面の見た目だけど、確かに優しいかな。あっ、もしよければラスト・トランスフォームバージョン、見せてあげよっか?」


「ほ、本当ですか!?」


「別の場所に保管してあるから、また今度にはなっちゃうけど。そっちにはずらりと他のも並べてある」


「ほ、本当ですか……」


 目が自然と上を向く。想像するだけで、この上なく幸せな空間だ。


「眺めながら、じっくり語ろうじゃないか」


「是非!」


 ふと、BJさんの後ろに視線が向く。ポカン顔の他三人。あっ、熱くなって置いてけぼりにしてしまった。


「すいません、本題に戻りましょう」


「あっ、そうだね」


 BJさんは二、三歩進んで、振り返る。


「みんな適当に座っちゃって。あっ、そこの簡易ベッドの上も腰掛けていいから。けど、ええっと……木田さんだっけ?」


「あっ、はい」


「君はこっちの椅子に」と叩いたのは、座るところが黒くて丸い椅子。


 少しビビりながらも、木田さんはゆっくり腰かけた。俺っちたち三人は、言われた通り、簡易ベッドに並んで座った。良いものを使っているのか、白い掛け布団はふんわりとゆっくり沈む。なんとも柔らかい生地だこと。


 BJさんは「ふぅー」っと息を漏らしながら、そのあい向かいにある椅子に腰かけた。こちらは背もたれがあって、頭にはプロゲーマーが使うようなクッション付き。


「骨折はしてる?」


「いいえ」


「んじゃ、ちょいっと触るよ」


「は、はい」


「その前にひとついいですか」マサっちは尻上がりな口調で、BJさんに声をかけた。


「なんざんしょう?」手を止める。


「ここってあれですか、その……ですね、ええっと」


 マサっちの目が泳いでいた。うん、言いたいこと分かるよ。だからこそ頼むよ、言葉は慎重に……


「合法?」


 おいっ! 思わずマサっちに身体を近づける。


「言葉選んでよ、失礼でしょうがっ!」


「しゃーないやろ。他に思いつかんかったんやから」


 あぁん、もうっ!


「僕が闇医者かどうかってって事を聞きたいのかな? であれば、答えはイエス。医師免許は持っていない」


 場が静まる。


「けど、腕には自信ある。自慢じゃないけど結構な人救ってきたから」


 腕を曲げ、微かに膨らんだ力こぶを叩く。


「いや、まあそこも何ですけど、俺ら、あんま金が無くてですね」


「ああそっちね。心配しなくていい。君たちからは受診料は取らないよ」


 え?


「学生から取るほど、落ちぶれちゃいない。それに、君らは彼を助けようとしていたんだろ? なら尚更、取れないよ。君らがボランティアでやったんなら、僕だってボランティアでやるさ。大丈夫、十分取れそうで尚且つ態度悪い奴からふんだくるから」


「は、はあ……」


「それじゃあ!」BJさんは両手を胸の前で叩き、背筋を伸ばした。「ちょいっと見せてもらえるかな?」


 聴診器で鼓動を聞いたり、包帯が巻かれているところを触ったり関節を曲げたりしながら、「痛むかい?」と声をかけるBJさん。木田さんも、はいとかいいえで応えていく。


 ものの三分もせず、診察は終わる。


「うん。特段心配はいらないね」


 木田さんは安堵の顔になる。


「で、木田さん。君は例の事故の運転手かな?」


「えっ」木田さんは詰まらせる。


「どうやら、図星のようだね」


 BJさんは背もたれに寄りかかった。


「擦り傷やら捻挫やら打ち身やら、身体中にある。ここまでとなると、何かしらの事故に巻き込まれたか引き起こしたかぐらいしかない。そんなこと考えてたらふと、この前の事故のことを思い出してね。確か、運転手が見つかってないと聞いたからね。もしかしてと思ったんだ」


 この前の事故……あぁ、そういえば。数日前に中央区で夜中、服屋に突っ込んだ車の事故があったっけか。


 木田さんは何も答えず、ただ口を噤み、俯いてしまう。何かに怯えているのか、膝の上で作っている握り拳が微かに震えている。


「仕事柄、話したくない秘密を抱えた人と触れ合う機会が多い。それこそ、銃弾を数発喰らって血だらけで来るような奴から、ナイフをお腹に刺したまま『どうにしてくれ』とか言ってくるような奴までいる。理由なんて話したがらないような連中を相手にしてきた。だから、無理はしなくていい。話したくなければ黙ってていい」


 木田さんはゆっくりと顔を上げ、BJさんを見つめる。


「ただ、君の反応が気になった。僕は色んな人間を見てきた。その経験則から言えば、君は酷く怯えている。まるで何かから逃げているように見える。もしだ。君が今、何か事件に巻き込まれているのなら、力になる」


 表情や怪我から何かを汲み取ったのか、BJさんの声色は落ち着いていた。


 木田さんはごくりと喉を鳴らし、またも俯く。


「……ますか?」


「ん?」BJさんは耳を傾ける。俺っちらも。


 木田さんは顔を上げる。「助けてくれますか?」


 その目はまっすぐに訴えていた。この上なく切迫している表情からして、どうやら深いわけがありそうだ。

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