第23話 甲斐田藁⑶
……って、あれ?
鉄パイプを高く振りかぶったまま、敵方は動かない。てか、なんか、目の焦点があってないように見え……あっ、そのまま倒れ込む。
ナギっちはぴょんと水溜りを避けるように、軽く大きく横に跳ねた。顔面から地面にぶつかる。
「こないところで時間潰してたんか」
影で見えなかったが、後ろにスリングショットを構えたマサっちがいた。
「マサっち!」
そう声をかけると、マサっちはスリングショットを下ろし、こちらへ歩いて来た。
「どうしてここが?」
目の前まで来た時、俺っちはそう尋ねた。
「言ってしまえば、偶然やな」
マサっちはスリングショットをズボンの後ろポケットへしまう。
「店の前に待っとったんやけど、いつまで経っても来うへんから、探しに少し戻ってたら」
「俺っちたちがいたのを見つけたってことか」
「そういうこっちゃ」
「こっちだって連絡してたんだよ」
「すまんすまん」マサっちは銀色の髪のてっぺんを掻きながら片目を軽く瞑った。「スマホの充電切れてもうてな、連絡できひんかったんや」
そうだったのか、
「んで」マサっちは鼻から一つ大きな息を吐いた。「真っ昼間から物騒なモン振り回してたこいつらは何モンや?」
ナギっちは少々苦い顔で、「あのね、グリーンアイアン」と答えた。
「えっ!?」マサっちは驚きで後ずさる。「マ、マジでかっ!?」
「うん。マジ。大マジ」
「えっ、あっ、だから顔隠して。どないしよ、俺剥き出して来てもうた」
「ま、当てた人は後ろからだし、他はみんな気を失ってるだろうから、大丈夫だとは思うよ」
「あぁ、せやな」
“けど、念のため暫くは気をつけたほうがいいかもね”
ナギっちはそう文面を打ったケータイ画面を見せた。
「怖いこと言うな、マサっ」
「確かにそうだね」
「追い討ちかけんな、ヨッシー」
その後ろに人影が。例の作務衣を着た男性だ。
「あ、あの……」
少し怯えてはいるものの、さっきよりかは収まっている様子。
「この人は?」
男性に目を向けていたマサっちが俺っちに尋ねてくる。
「グリーンアイアンに追いかけられていた人」
「何?」再び男性に視線を向ける。眉をひそめながら。「グリーンアイアンにって、自分、何をしでかしたんや」
「いや、ちょっと足元がフラついた時に、肩がぶつかってしまって。謝ったんですが、なんか慰謝料寄越せとか言われたんです」
俺っち達は距離を縮める。
「てことはなんや、難癖つけられたってことかいな」
「そうです」
あらら。この人、余程運が悪かったらしい。
「それで、無我夢中で逃げてたら、この変な路地裏に迷い込んで」
「ラビリンスやからな。迷路やもん、こんなん。おおかた、気づいたらここに出てきたっちゅう感じか」
「は、はい……」
視線を逸らし、頷き交じりに返してきた。
ん?
その時、何かがうっすらと首元から見えた。
これって……包帯?
覆うように巻いてある。よく見ると、服の切れ間の手首や足首にも。もう怪我をしていたみたいだ。そう考えたら、ふと気づいたことがある。着ている洋服、これって作務衣じゃない。ほら、入院する時に着てるパジャマみたいな。正しい名前は分からないけど、病院着? とかいうやつ。
「この怪我って、グリーンアイ……いや、こいつらにやられたんですか?」
「え?」男性は視線を上げる。
「いや、包帯が見えまして」
男性ははっと手首を掌で隠す。
「いいえ。これはまたちょっと違うんですが……」
手首を掌で抑えるように、少し回す。
言いたくないようだけれど、グリーンアイアンにやられたわけではないらしい。
肩を叩かれる。見ると、ナギっちがケータイの画面を向けていた。
“念のために、病院に行った方がいいかも”
「そうだね」俺っちは男性に顔を向ける。「ひとまず病院に行き……」
「嫌だっ!」
突然の短くも強い叫びに、皆固まる。
「ダメなんです……その、怖くて……」
「怖いって……病院で何かされたんですか」
「いえ。そうではないのですが……」
なんとも歯切れが悪い。
「何や、言いたいことあるなら、はっきり言え」
「逃げて来たんです、病院から」
「は? 病院から?」
おいおい、なんか訳ありな匂いがプンプンしてきたぞ。
「なら家は? 送るよ」
首を横に振る。「今行くと……ダメです」
“ダメですって、どうして?”
画面を一瞥し、「それは……」とまたも濁す男性。
袖を引っ張られる。誰かは分かっている。
顔を向けると、ナギが画面を見せてきた。
“もしかすると、家族から何か受けてたのかも”
「何かって?」
“虐待……とか”
おっと。
俺っちは腰を折り、耳元に口を寄せる。
「なら、なんで病院は嫌がる?」
小声で囁く。
ナギっちは素早く文字を打ち込む。
“家族が見舞いに来るから、とか?”
ああ、成る程。俺っちは姿勢を戻した。逃げてきたのも病院が知らせるであろう家族に連絡される前に、と抜け出してきた。まあそうなれば、一応の説明はつく。
いずれにしろ、このままじゃどこも行けない。埒があかない。どうしようか……
「すいません」
ここにいる四人とは別の声が聞こえる。顔を向けると、そこには細身の男性がいた。何故か白衣を着ているため、腕に通した虹色の派手なエコバッグが映える。
「何かありました?」
「え?」
「いや、この方が着てるのって、入院着だなと思いまして。普通この格好で出歩くなんてしないですから、気になりまして」
「あぁ、いやちょっと……」
「あぁ、ごめんなさい。名乗らずに突然」白衣の男性はポケットから名刺を取り出す。「私、この島で医者をしております、BJと申します」
「成る程成る程」一通りの話を聞いて、腕を組みながら頷いていた。「であれば、僕が診ましょうか?」
「「「え?」」」
俺っちとマサっち、そして入院着の男性が一斉に反応する。
「僕ね、医者は医者でも闇医者なんだよね。けど、腕には自信あり」
力こぶを作って、叩く。闇医者って本当にいるんだ……
「まあ、詳しくは聞かないけどさ、訳ありって感じするし。ま、包帯巻き直したり少し診るぐらいなら、特別にいいよ」
てか、闇医者って名乗るものなのか?
「嫌なら勿論いいんだけど、どう?」
俺っちとマサっちも男性に目を向ける。
「あっ、じゃ、じゃあ、はい……お願いします」
とりあえず、一安心……なのか?
「じゃあ、案内するよ……ええっと、すいません。お名前を伺っても?」
「あぁ」男性は少し姿勢を正した。「キダです」
「キダさん?」
「はい。木曜の木に、田んぼの田で、木田と申します」