第22話 探偵⑸
「そうか」
こちらが本性を現したからか、組長もヤクザという本性を現す。口調を低く、荒くなった。目つきも悪い。
「あんたがウチの連中をやってくれたってわけか」
「人聞きの悪いこと言わないでくれよ。そっちが絡んできたから、俺らは逃げただけ。しつこく追い回したから、抵抗しただけ。いわば正当防衛ってやつよ」
「正当防衛? はっ」組長はソファの背もたれに腕を回し、膝を開く。「過剰防衛の間違いじゃないのか」
「殺ったんならまだしも、少し眠ってもらっただけだろ。むしろ、追いかけ回す方が過剰じゃねえか」
組長は目を逸らし、この減らず口が、とでも言いたげなため息を荒く吐き、そんで軽く舌打ちしてきた。
「そん時、胸元に代紋見かけてな、ちょっくらお邪魔させてもらったってわけだ」
俺は赤スーツに目を向ける。目元以外の頭から鼻下まで包帯が巻かれているせいで判別はつきづらかったが、着ている赤色のスーツは目立つし、何より忘れない。俺が変装を解いた時の挙動からも、あの時に先頭にいたあいつだと言える。
「カタギが平気に乗り込んでくるとは、随分と舐められたもんだな」
「別に舐めにきたわけじゃねえよ」
「なら、決着つけにきたんか。だったら、受けてたつぜ」
後ろの奴らが一斉に一歩前に体を出す。凶暴な犬のように歯を見せてくる。
「違ぇ違ぇ」俺は半笑いで、顔の前で手を振る。「そんな血気盛んに牙剥くなって」
どーどーとは言わないが、宥める。
「頼むよ、組長さん。ほんの一つだけ、ちょっくら話聞きてぇだけなんだ。それだけ教えてもらえやしねえか」
組長は暫く俺の目を見つめた後、頭をがくりと落とした。そのまま深く長いため息をつき、そしてゆっくり顔を上げた。
「……何が聞きたい?」
よし来たっ。
「なんであんたたちは木田を追っている?」
「数日前、俺らはある海外組織と取引をしていた。その最中、邪魔が入った。黑づくめの男が単身乗り込み、盗んでいったんだ」
「何を?」
「金塊だ」
「き、金塊?」西さんが声を漏らす。
確かに予想もしない方向からの発言だった。
「現金で為替レートを気にしたくなかったのか、それとも現物主義者だったのか、初めての相手だったんでよく分からないが、こっちが向こうに支払うために用意した40Kg。概算で2400万をとられたんだ」
「追いかけなかったのか」
「んなもん、決まってるだろうがっ。追いかけたよ、すぐにな」組長の語気が強く荒くなる。「だが、逃げられた。少し離れた場所に、もう一人の仲間がいたせいで」
仲間?
「車で待機しててな、乗り込んだ途端に走り去っていきやがった。舐めたもんで、紫の目立つスポーツカーで、だ」
紫のスポーツカー……心当たりは大いにあった。俺は西さんと顔を合わせる。当然、西さんも思い当たる節があり、驚きの顔を浮かべていた。
「それじゃあ、木田を探していたってのは、盗んだ奴らのうち一人が木田だと分かったってことか?」
「ああ。その後車で追ったら、近くで事故を起こしていやがったな」
いやがった? てことは、こいつらが追いかけたことで事故を起こしたわけじゃないってことか……
「既にもう警察もいて、下手に手出しができない状況だった。だが警察は金塊のことを知らないようだった。普通、多少なり騒ぐもんだろ? なのに、だ。となれば、逃走したと考えた。だが、調べても情報が出てこない。そんな時、木田圭祐という男がほぼ同じ時刻に事故で金戸中央病院に運ばれたことを知った。すぐ向かったが、病院からいなくなってた」
成る程な。
「盗まれたってことは、取引の情報がどこかで漏れたってことだよな。どこからなのか、心当たりは?」
「ひとつ、ある」組長は人差し指を立てた。「俺は取引相手と、あるアプリ上でやりとりを交わしていた」
「アプリ?」
「正確には、ゲームか」組長は前屈みになる。「トレハン、知ってるか?」
それって……
「現実世界で宝探しするゲームですよね。確か、トレジャーシティ・ハンディング、だったかと」西さんが口を開いた。「それに、二ヶ月前ぐらいにハッキング被害を受けたってニュースになっていましたね」
「よく知ってるな」
「うちの洲崎が昔調べていたことがありまして……へへ」西さんは照れ臭そうに頭の後ろを撫でる。
「あのゲームにはな、公にはされていない、隠し機能があるんだ」
「隠し機能?」
「俺たちのような人間で、尚且つ特定の契約を交わした奴らにだけ使える機能、といえば分かりやすいか。同業者や取引相手がこのアプリ上で秘密裏に連絡を取り合える機能が備わっているんだ。特定の合言葉を取り決めて、読み解ける暗号を送ることで、連絡を交わす」
なんじゃそりゃ。
「元々このアプリは海外サーバーを幾つも経由していて、安全性や秘匿性は高い。そこに信頼して、うちはよく利用していたんだが、あのハッキングの一件があってな。開発会社のアバターズは、流出等の痕跡はない、問題は一切ない、と言い切っていたが、今回ので俺は本当は漏れていたのを隠していた、そう考えた」
まあ、妥当な発想だわな。
「で、漏れていたのか分かったのか?」
「いいや。最初、俺らは関連会社のモーストリーに向かった」
モーストリー……
「そこは何かあった時に利用する、いわば裏社会の人間専用カスタマーセンターのような場所でな。南区の、この近くにあった」
「あった?」
言葉に引っかかりを感じ、俺は反復した。
「問い質そうと事務所に直接向かわせたが、既にものけの空だった。埃も相当あってな、ここ最近蒸発したってわけでもないせいか、手がかりが一向に掴めなかった。人を雇って張り込みはしていたが、情報は無し。こっちも使用料として相当な金を払ってるんでな、どういうことかアバターズに乗り込もうとしたが、向こうもなかなか上手でな、そう簡単に手は出せてねえって状況だ」
アバターズにモーストリー。あぁ、ややこしい名前がわんさか出てきやがった。だが、大きな前進はできた。
「俺らが知ってるのはこれぐらいだ。木田やその仲間について、手がかりは見つかっていない」
俺らと同じく、手詰まりってことか。
「こっちから聞いといて何だが、そんなに話して大丈夫なのか」
「先に漏らしたのはあっちだからな。それに、アバターズはどうせ長生きなんかしねぇ」
「手出しできないはずだろ。なのに、長生きしないと言い切れるその根拠は?」
「手出し出来ねえのは今だけだ」
組長は右腕を膝につく。左手は指先を自身に向けた状態で膝に立てて、前屈みになる。
「都合悪くなりゃすぐトンズラするような卑怯モンの息の根は、必ず止めてやる」
西さんは膝の上に置いていた拳を強く握った。そろそろ限界かもしれん。
「そうか……まあ、健闘を祈ります。それじゃあ、俺らはここらでお暇を」
立ち上がろうとすると、一斉に後ろの奴らが動き出す。
「帰れると思ってんのか」
視線を上げた組長と目が合う。
まっ、想定内と言っちゃ想定内だ。
俺らはゆっくり静かに、再びソファに腰を下ろした。