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グラニスラ〜アブノーマルな“人工島”〜  作者: 片宮 椋楽
EP4〜逃走ハンティング〜
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第21話 西⑶

「ヤ、ヤクザっ!?」


 思わず大声になってしまう。


「しっ」先輩は口元に人差し指を立てる。「ちょっと、声落として」


「す、すいません。追いかけられたなんて聞いたから、びっくりしちゃって」


 辺りをちらりと見ると、一瞥してくる老若男女が。恥ずかしさと申し訳なさで身を縮める。


「しかも……その、こうしたと」


 私は作った拳を前に何度も出す。擬音を付けるなら、シュッシュ。


「ああ」動作で分かったのか、探偵さんはニヤつく。「いつまでもしつこく追いかけ回してくるのでね、イラついてしまったんですよ」


 冗談なのか本心なのか、うーん、いまいち読み取れない。


「結局、あの人たちはどこに属してたんです?」


 先輩は探偵さんに顔を向ける。


「胸元に代紋があしらわれたバッチをつけていましたから、朝本組かと」


「そんなにすぐ分かるものなのですね」


「代紋はその組を表す象徴ですから、組ごとに特徴があるんです。今回に関して言えば、朝と真ん中にでかでか書いてありました」


 探偵さんは飄々とした表情で話す。


「へぇ……」


 湧くように出てくる裏社会知識に感嘆の声を上げる。職業柄、やはり精通しているということなのだろう。


「どの組か分かっても、そこから先、なんですよねぇ……」


「そこから先?」探偵さんの意味深な発言に私は問いかけた。


「相手は木田のことについて尋ねてきました。どこにいるか、何を知っているのかとね」


「な、なら朝本組も私たちと同じ人物を探しているということですか」


「ええ、そのようです」


 まさか、同じ線で結びつくとは……


「ただの青年がなんで……」


 私はぼそりと呟く。


「ただの青年、なら、確かに分かりませんね」


 探偵さんはコートのポケットに手を入れた。何か思うことがあるようだ。


「私も思ってました」先輩が続く。「今の時代、ヤクザが一般人に手を出せば、暴対法で組ごと潰されてしまいます。余程のことがない限り、そんなリスクのあることをするとは思えません」


「ええ」


 先輩は探偵さんに近づく。「私。考えたんですけど、もしかして、木田圭祐は、ヤクザの組員なのでは?」


「ほう」


「組の金をちょろまかしたか、誰かをやって逃げたのか、それかまた別の何かかをやらかして、逃げているのでは? 事故もそれから逃げる最中に……」


「事故を起こしたのは、家族と喧嘩したからですよ」


「家族が本当のことを言っているとは限りませんよ」


 あぁ、なんかややこしい。頭がこんがらがってきた。


「家族がヤクザだと?」


「可能性もあるということです。朝本組の敵対組織とか」


「いずれにせよ、彼を見つけるのに探偵は雇いませんよ。身内のことは身内で片をつけますでしょうし」


 そっか……


「うーん」先輩は眉間にしわを寄せ、腕を組む。


「どちらかと言うと、この件はもっとシンプルなものかと思います」


「シンプル?」


 探偵さんは私に目線を向ける。「ええ。木田圭祐はカタギ、つまり一般人で、朝本組へ何かをした」


「何か、というのは?」


「関係者かどうかも分からない人間を追いかけ回すぐらいですからね、怒りを買うようなことでしょうね。それも、相当な」


 一般人がヤクザを怒らせるようなことをした……まったく見事なまでに何も思いつかない。けど、それぐらい大それたことをしでかしたということだろう。一体、何をしたんだろう?


「ま、朝本組に直接聞ければ、手っ取り早いんですけどね」


「無理ですよ」先輩が反応する。「私たち顔見られてしまっていますし」


 なんだろう、どこか演技くさい……


「そうなんですよねぇ。せめて顔を見られていない人間がいればなぁ」


 探偵さんは私に視線を向けた。


 え?


 視線を感じ、反対を見ると、先輩も笑っている。ニタニタ。ろくなことではないことは確かだ。


「ということで、力貸してもらえる?」


「はい?」


 何を言っているか分かっていないのに、探偵さんは「ありがとう」と言って笑って、携帯を取り出した。


 二人の、何か魂胆のある、嫌な笑みに嫌な予感が脳裏をよぎった。




 金屏風の襖が開く。周りにいる人たちが一斉に頭を傾ける。紫色のスーツを着た人やアロハシャツのようなものを着た人など様々だが、共通して絆創膏を貼っていたり包帯を巻いていたりするのがなんとなく違和感を感じる。


 私たちは腰かけていたソファからすぐ立ち上がった。おそらく高級ソファ。


「お待たせして、申し訳ありませんでした」


 やって来たのは、黒いスーツに黒のネクタイ、黒いビジネスシューズに四角いサングラス。ワイシャツ以外黒の服装で身体を覆った男性だった。どれも綺麗に手入れされている。位が高い人間だというのは見てすぐに分かった。


 相向かいのソファへ急ぎ足に向かうと、内ポケットから名刺入れを取り出した。


「私、朝本組若頭の西邑(にしむら)と申します」


 両手で出されたのは、名刺。若頭ってことは組長に次ぐナンバー2、か。ていうか、ヤクザにも名刺とかあるんだ……


「頂戴します」


 ビジネスマナーとして、両手で受け取る。


「私はええっと……」


「結構ですよ。先程、佐藤(さとう)から受け取りましたから」


 後ろで頭に包帯を巻いているアロハシャツの男性が会釈する。


「あっ、承知しました」


 よかった……一枚しかなかったから、くれと言われたらどうしようかと不安でならなかった。


「それで、うちの組長の取材をしたいと伺ったのですが」


「ええ。是非、神部(かんべ)組長さんの特集をさせていただけないかと思いまして本日は……あっ、こちらが企画書になります」


 私はバッグから取り出した企画書を見せた。


「拝見します」


 西邑さんは受け取ると、左上のホチキス留めしたところを支点に、次々とめくっていく。


「タイトルは“ブラック・ストリート”」私は内容の説明をしていく。「街のディープな部分に密着するという趣旨の企画でして。今回は朝本組さんに密着したいと考えております」


 説明をしながらも、皿にした目を右から左へ移していく。急でこしらえたものだから、内容やフォントに少し粗や雑なところがある。だからっていうのもあるだろう、バレるのではないかと。空間が異様な緊張感に包まれている。


「ヤクザに密着とは、今のテレビは随分思い切ったことをしますね」


「ははは」もちろん、愛想笑い。


「で、何故うちなんでしょう?」


 来た。私は前のめりになる。用意してきたことだ。


「かつてはVシネマの撮影の際に出演いただいたり、事務所の撮影協力をいただいたとお聞きしました」


「それは先代の頃ですよ。かなり昔の話だ」


「ええ、まあ……」


 私も先輩がかろうじて知っている情報を頼りに話しているから、詳しく突っ込まれると弱い。


「それで、そのスタッフから朝本組さんならば、という風に伺いまして」


「スタッフですか……ちなみにお名前は?」


「すいません。もう辞めていることもあり、個人情報の観点から、お伝えするのが出来なくて」


 取り繕いの笑顔だから、ぎこちなくなる。自分でも分かる。だから、繕いが繕いとバレる前に言葉を絶えず続ける。


「それでその、本来は電話でというのが常套なのでしょうが、是非直接お話しさせていただくのが筋かなと思いまして、こうして二人でご訪問した次第です」


「筋ね……」心なしか西邑さんの表情が緩んだ気がした。あっ、もしかしてヤクザに筋って言ったからかな?


「放送は、どの時間帯のどの枠ですか」


「衛生チャンネルのタカテレビネクストで、30分の放送を予定しております」


「そうですか」


 西邑さんは少し振り向き、「おい」と声をかける。佐藤さんって言ったっけ。


「はい」と腰を低くして答えると、ポケットからスマホを取り出して、操作をし始めた。


「どうだ?」


「いえ」西邑さんに渡す。「検索に引っかかりません」


 しまった。相当に注意深い。名刺だけじゃダメか。てか、緩んでなかった。むしろ締められちゃってる。


「こ、これから始まるんです」


 苦し紛れの言い訳だ。そんな番組、あるわけないのだから。


「いつ?」


 ええっと……


「秋クールからですので十月を予定しております。まだ公式に発表もしてもなくて。ですので、このことはくれぐれも口外しないで頂きたく……」


「ほう。頼んでいる側なのに随分な言い方ですね」


 緊張が走る。朝と書かれた代紋バッジが室内灯に反射して眩しく光る。それが怖さを増している。思わず生唾を飲む。


「とりあえず組長に話を通してみます。少々お待ちいただけますか」


「はい」


 襖が開く。


「組長っ」


 そう言って、たちまち頭を下げた佐藤さんの反応に私は眉を上げた。西邑さんもすぐさま全身で振り返り、すぐ立ち上がった。頭を下げるのも、角度まで一緒。


「話は聞かせてもらいましたよ」


 まるで悪代官を捕まえる黄門様のような台詞を吐くと、西邑さんが座っていたところまでやってくる。一方で、西邑さん自身はソファの脇に立ち、まっすぐ背を伸ばしていた。


 この人が、神部組長……


 私の勝手な想像で老けているとばかり思っていたけれど、違った。白髪と黒髪は混ざり合って、五分五分ほど。目尻や口元のシワからして、五十代前半ぐらいだろうか。


「お引き受けしますよ」


 神部組長は優しそう、と言えば聞こえはいいが、どこか裏がある笑みだ。


「ですが組長、今は」


 西邑さんは声をかけるが、縦に伸ばした手を出して止める。


「先代に負けず劣らず、私もテレビ好きなものでして。一度くらい出てみたいとずっと思っていたんですよ。こちらから申し出るなんて無理ですからね、折角の機会ですし、宜しくお願いしますよ」


 襟を正す神部組長。


「ではまず、少しお話をお聞きしたいのですがよろしいでしょうか」


 一瞬流れる沈黙。


「今からですか?」


 神部組長は顔を向ける。私ではない方に。


「すいません、どうしてもひとつだけ気になってまして」


 西邑さんを一瞥し、苦笑いを浮かべる神部組長。


「また随分と好奇心旺盛な方ですな。それで、何を聞きたいのでしょうか?」


「では早速。何故、我々を襲った(・・・・・・)のでしょう?」


「は?」


 メガネを外し、口と顎のつけ髭を剥がした。


「どーも」


 そして、にやりと笑う。本当の顔が出てきた。


「おっお前っ!?」


 後ろの赤いスーツの人が過剰なまでの反応を示す。まるで、見覚えがあるぞ、とでも言いたげな顔をしていた。


「忘れてなくて良かったよ。話が早く済む」


 神部組長は何に気づいたらしい。ハッとした表情を浮かべた後、こちらを睨みつけてきた。


「もしかしてあの……」


「先程はどうも」


 隣の探偵さん(・・・・)は不敵に微笑んだ。

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