第19話 甲斐田藁⑵
「んだコラ、やろうってかコラっ」
相変わらずコラコラと連呼してる。
俺っちはすぐに寝ている男性の服の肩を掴み、荒く起こす。そのまま、「どいてて下さい」と、背中の方へと回す。男性はよろける。意識はほとんど向いていないから、雑になったのだ。だけど、仕方ないこと。少し気を抜いて、隙をつかれれば、一瞬にして責められるのだから。先手を取られてしまえば、逆転するのはなかなか難しい。
俺っちは手を組み、クルクル回す。一緒に、地面に立てたつま先を中心に、足首を回す。寒い日は身体が固まっちゃってるから、ちょっと念入りにしておこうっと。ナギっちも少し跳ねながら、ぶるぶると手首足首を振って、整える。
よしっ。止めたタイミングは一緒。
「んじゃ、準備いい?」
名前を呼ばずとも、ナギっちはコクリと縦に頷いた。
で、一斉に駆け出す。相手も少し遅れて、走ってくる。
俺っちは壁に向かう。駆け上り、壁を使ってはねる。地面に回転しながら、着地。後方に回る。連中は驚いた顔でこちらを見てくる。
決まりましたっ!
とまあ、余韻に浸る時間はなく、慌てて数名がやってくる。
まずは金色の金属バットを持ってる奴。俺っちは振りかぶったのを素早く横に避ける。地面にぶつかる音が鳴る。瞬間、柄の近くを強く踏み込む。手元からバットが離れる。隙に横腹を強く蹴り込み、壁にぶつける。頭が当たったのか、弾かれるように地面にぶっ倒れた。
「クソがっ」
先が曲がっている鉄パイプを振ってくる。右左右左に避ける。「にゃろっ」と今度は横向きに低い振り。すぐに身体を後ろへのけぞらせる。勢い余ってバク転してしまう。
距離を縮めようと駆けてきて、斜めに振り下ろしてきた。腰を据えている。隙が出来た。すぐに身体ごとずらし、右腕に蹴り。足裏が肘に当たり、鉄パイプを離す。地面ではねる音。相手はよろけ、壁へぶつかると、パイプを掴もうとした。俺っちはすぐに足裏で鉄パイプの先を蹴り、地面を滑らせた。見事なまでに股を抜いていく。
相手はその動きに一瞬目を奪われた。だから隙は見せちゃダメだよ。空いた左足の甲を踏みつける。続けて、膝裏を弾くように蹴りを入れる。体勢が崩れた瞬間に跳ね、空中で身体を回し、靴の横を顔面にぶつける。トラッシュケースにくの字にぶつかると、地面に倒れ込んだ。
「おらっ」
横目に見えるゴルフクラブ。短めに持ち、横に振りかぶってきていた。下をくぐり、通り過ぎたところでゴルフクラブを押すように蹴る。壁に先がぶつかり、欠ける。よろける。
その隙にトラッシュケースに駆け、相手の背中側へ。そのままケツ辺りに強くタックル。ゴルフクラブを落としながら、前へぶざまによろける。が、案外すぐに立て直した。
「ちょこまかちょこまかとっ」
振り向きざま、向かってくる。身体の向きを変えながら前転し、ゴルフクラブを掴み、しゃがんだ体勢でみぞおちへと入れ込んだ。
「ぐはっ」と、唾の塊を吐きながら、相手は五歩、六歩と後ずさる。
その間に、俺っちは起き上がった。前後に二人ずつ。ゴルフクラブのリーチ分、前後にいる相手と距離を保つ。近づいてきたら差し込む動作をする。交互に見ながら、続ける。
一進一退で、縮まらない距離感。
一瞬、トラッシュケースと壁に目線だけ向ける。ぱっと見の距離感だけど、これならギリっ。
俺っちはゴルフクラブを手から離す。同時に姿勢を落とし、そばに落ちていた鉄パイプを掴む。横で持って、そのままトラッシュケースと壁の間にはめた。
ビンゴっ、上手い具合にピッタリだ。
鉄パイプを使い、前後に境界線を作ることができた。
今度は銀色の、金属バットが向かってきた。殴りかかろうと歯を食いしばった必死の形相。鉄棒の要領で、鉄パイプの下側を滑ってくぐり、避ける。
起き上がりながら、ぶつかる。当たったのが股間だったからか、痛みに悶えている。金属バットを落としながら、後退していく。だが、その後ろの奴が払い除け、向かってくる。俺っちはすぐさま金属バットを掴み、縦にふり投げる。顔面にぶつかり、後ろへ弾かれたようにはねて、地面に後頭部から。ラッキー。悶え苦しんでる奴とぶつかり、一気に二人。
よっしゃ。
振り返る。後は、ナギっち側の奴らだけだ。
「コノヤロっ」
懲りもなく進化なく構えて向かってくる二人。
俺っちは鉄パイプに踏み込む。振りかぶったタイミングで、避けながら壁にはねる。足裏で踏み込み、反動をつけ、膝蹴りを入れる。頬に当たった。抉るような感覚とその奥にある歯が数本折れた確かな衝撃が膝に伝わってきた。そのまま、反対側の壁にぶつかり、口元から歯と血を流しながら倒れた。
回転しながら着地し、残りの一人の元へ。
怖くなったのか。近づくと、持っていたバットを投げてきた。
よっ、と。素早く避ける。
「アッブナ」少し早足で近づいていく。
「クソ野郎がっ」
相手はそう叫びながら、がむしゃらに殴りかかってくる。
飛んでくる拳。避けつつ袖を掴み、手前に引く。で、空いた背中に回転蹴りを入れた。相手は大きくよろけ、横になった鉄パイプにつまずく。激しくこけると顔面から地面に転がり、動かなくなった。気絶したみたいだ。
ふぅー……これで終わりっと。
すると、足元にかかとの辺りに男が滑り込んでくる。
「おおっ!」
驚きでその場で足踏みをした。もう気絶しているが、なんとも驚いた。
見ると、ナギっちが手を払っていた。汚れが砂埃のように出てきている。
流石はシラットの使い手。敵にはしたくないね。
ナギっちがこちらへやってくるのを見ていたら、ふと横目にオーバーオールの紐が落ちたのが見えた。
ヤバっ、戦った衝撃で緩んじゃってたりしないよね。恐る恐る直す。うん、大丈夫そうだ。
「危ないっ」
どこからか叫び声が。男性の声。顔を上げると、ナギっちがすぐそばに。そして、その後ろに男が立っていた。手には鉄パイプが。
しまったっ。俺っちもナギっちも気付くのが遅れた。
「このクソどもがぁっ」
男は鉄パイプを振りかぶった。
危ないっ!