第17話 田荘⑶
「そうですか。分かりました」
俺は電話を切った。
「どうだった?」
錦戸さんは地面の小石を足で遊びながら、煙草をふかしていた。銘柄はセブンスターのロング。
「残念ながら」俺は首を横に振る。
手分けして探したが、どの監視カメラ映像にもそれらしき人は映っていない。さっきの電話もその報告で、最後の報告だ。
「収穫無し、か」
眉間に皺を寄せ、深くため息をつく錦戸さん。ため息と共に吐き出された、煙草の煙が空気を白く染めながら、のぼって、消えていく。
「監視カメラの場所を把握していたのでしょうか」
「それか誰も乗っていなかったのか……」
「捜索範囲、広げてみますか」
「そうしたい。が、もし仮にカメラの場所を把握していたとしたら、映っている可能性は低いかもしれんな」
そうか……
「それに、出鱈目に広げても意味はない。ある程度窓を絞らんとキリないからな。何かとっかかりのようなもんでもあればいいんだけどなぁ」
「今のところ、何も無いですもんね……」
「そうなんだよなあ」
あぁ、もうっ。髪を掻きむしる。
「ここまできて手詰まりとはな」
「かといって、上げてきた報告書のまま出すのは、なんか嫌ですよ」
「俺もだよ」
臭い物に蓋をするような、見て見ぬ振りをするような、そんなことは気分が良くないし、晴れない。
「何かねぇかなぁ〜」錦戸さんは頭の後ろに両手を添えた。
うーん……
不意に錦戸さんに肩を叩かれる。思ったよりも勢いよく振り返ってしまう。
「室長、あれ」
指をさしていたのは、車の往来が激しい四車線。我々がいる歩道とあい向かいの車道に、タクシーが停まっている。丁度、歩道側に扉が開いて中からサラリーマンが出てきているところだった。
「タクシーがどうかしたんです?」
「乗って逃げたって可能性はないか?」
ああ、そうか。
「俺もそれは考えました。ですが、誰も乗せてないと」
「裏取りは?」
「付近のタクシー、全て確認済みです」
「流石仕事ができるね、室長」
「どうも」
ふと閃く。
「そうかっ」
俺はすぐさまスマホを取り出す。
「どうした?」
「まだ調べてない監視カメラ、見つけました」
タクシーに書かれた電話番号を押した。
俺は停めた車から降りる。助手席からは錦戸さんが。ここで四箇所目。時間がかかったせいで、辺りはもう真っ暗だ。
往来するタクシーの様子を伺いながら、会社の入口へ小走りで駆ける。横看板で、有限会社三笠タクシー、とある。
ガラス越しに、おそらく従業員の殆どがここにいると思われる広いオフィスが見えた。
縦長の取手を掴んで引くと、扉はガチャリと大きな音を立てた。そのせいで、中の人が反応する。そのうちの一人の若い女性が立ち上がり、玄関すぐそばの受付へとやってくる。
「先程お電話いただいた警察の方でしょうか?」
どうやらさっき話した女性であったようだ。
俺らも受付へと向かいながら、「はい」と答えた。続けて、身元の確認をしてもらうべく、胸ポケットから警察手帳を取り出した。
「金戸中央署の田荘です」
「同じく錦戸です」
奥から恰幅のいい男性がやってきた。白髪が殆どを占めている。
「どうも、社長の三笠です。ええっと、確か、ドライブレコーダーの映像を見たい、とのことでしたよね?」
「はい」しまいながら、答える。「いきなりの申し出で申し訳ないです」
「いえいえ」社長は移動し、そばにある腰辺りまでの小さな仕切り扉を開けた。「では、こちらへ」
俺らは軽く一礼しながら、案内される方への歩く。
「他社さんも同じと思いますけど、正確な事故状況の把握と、まあ考えたくはないのですが、事故発生時の不正防止や事故経緯の証言や状況確認のために、どの車両にもドライブレコーダーを取り付けております」
社長は振り向き交じりにどんどんと進んでいく。
「帰社した時、運転手にはSDカードの映像データを専用のパソコンに保存するよう、義務付けております」
さて、次は大事なところだ。
「データはどのぐらいの間、保存しているのでしょうか」
「昔、うちのが停車中に当て逃げされたことがあったんですよ。それ以降、停車している間も回しています。一日中回し続け、それが全車両分となると、相当な量になってしまうのでね」
てことは、まさか……
「削除は大体一週間ほどです。連休や忘年会シーズンなど繁忙期はもう少しスパンは短いですね」
ほっと胸を撫で下ろす。よかった。なら、まだ残っているはずだ。
「こちらです」
入口からは壁で見えなかったところに、デスクトップパソコンと大きな黒のハードディスクが一台ずつ置いてあった。
さあ、ここで最後、頼むぞぉ。
社長は慣れた手つきで操作し、フォルダーを開いた。数字と英語がずらりと並んでいる。
「先頭の四桁が日付で、次の四桁がナンバープレートの番号になってます。並びは日付順になってます」
「ご協力ありがとうございます」
俺は会釈し、続ける。
「必要な際、映像をいただきたいのですが、よろしいでしょうか」
「ええ。問題ありませんよ」
「すいません、何から何まで」
錦戸さんも会釈する。
「いえ。では、終わりましたら、近くの者にでもお声かけください。それじゃあ、私はこれで」
去っていく社長の背中を見て、錦戸さんは両手の平を激しく擦った。
「さぁてと、見つけますかぁ」
「錦戸さん」俺は画面に指をさす。「これ見てください」
「ん?」錦戸さんは眉間にしわを寄せて画面を見る。「あっ」
服装は夜に溶け込みやすい黒づくめ。上から下、被っているつば付き帽子や背負っているリュックサックまでもが黒一色という、なんとも見るからに怪しげな風貌。
「時刻も……事故が起きてすぐだな」
映像は事故現場からすぐ近く、歩いて数分のところ。合致している。黒づくめは肩を庇い、片足を引きずっている。歩き方が特殊だけれど、おそらく男だろう。
「事故の怪我、ですかね」
「だろうな」
運転手は車内で気を失っていた。ならば、ここに映っているのは、確か先輩は木田という名前だと言っていたっけ、彼ではないことは確かだ。
要するに、錦戸さんはここに映っている黒づくめの男が同乗者だと睨んでいる、ということだ。
「痩せ型だな」
「けど、背負ってる荷物、相当重そうですよ」
映像の中でいなくなるまで、黒づくめの男は背負ったリュックサックをしょっちゅう背負い直している。その動作や歩き方からみるに、中身はかなり重いものが入っているように見えた。
「人が乗ってて、なおかつ重いバッグが入ってて、90キロってことっぽいな」
「ええ」
どちらか一方ではなく、合計値だったってことか。てことは、マッドさんのは間違ってなかったってことだ。後で連絡しておこう。
「これ、もらおう」
「はい」
俺はポケットからUSBメモリーを取り出した。
「ご協力ありがとうございました」
俺らは頭を下げて、会社を出た。丁寧にも社長はまた近くにまで来て、挨拶してくれた。
車に向かいながら、俺は写真を見た。同乗者の顔がカメラに一番よく写っているのが一枚。手には、先程の映像が入ったUSBメモリーも持っている。
写っているとはいえ、綺麗ではない。かなりぼやけている。鑑識の映像処理で綺麗になったのを手に入れるまで、とりあえず暫定的にということで、会社のプリンターを借りて印刷した。
この男が追い求めてる真実を知っているのかもしれない……いや、知っている。そうに違いないぞ。
とりあえず、署に戻って、映像処理をしてもらわないと。
俺らは車に乗り込む。
「次の目的が決まったな」錦戸さんはシートベルトをかける。「こいつが何者で、この荷物の中身は何なのか。さっさと見つけっぞ」
「ええ」
俺は車のエンジンをかけた。