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グラニスラ〜アブノーマルな“人工島”〜  作者: 片宮 椋楽
EP4〜逃走ハンティング〜
132/155

第15話 甲斐田藁⑴

 風が吹く。


「うぅ、寒いねぇ〜」


 比較的高いビルが幾つも隙間なく立ち並んでいる中央区だからか。さっきまでいた西区とは違って、突発的で強い風であった。

 思わず首をすぼめ、着ている服に頭を寄せる。

 もう三月だっていうのに、空気は異様なまでに冷たい。春一番が吹いてもおかしくない時期だけど、少なくとも今日のは違う。

 だって今日、気温低いもの。まったくもってあたたかくないもの。あたたかいの、あ、の字すら無いもの。

 それこそ、どこ吹く風というやつ……あれ、使い方合っているかな?


 俺っちは落ちかけのネックウォーマーを引き上げて、熱をとどめようと試みる。首元はあたたかいのだけれど、やはり少し出始める鼻の辺りであったり、頬の上側であったりは寒さを感じる。あたたかさを感じているぶん余計。

 よく頭寒足熱とは言うけど、今は頭温足熱にしたい。したいというか、頭には毎度この時期被る深緑のニット帽、足には熱を逃しにくい素材で作られた靴下を履いてるから、その状態ではいるんだけども。


 ふと視線を横に向ける。共に歩いているナギっちもマフラーを口元まで覆っていた。白黒毛糸で編まれたモコモコの生地は、俺っちのよりもずっとあたたかそうに見えるのは、錯覚だろうか。


「どう」ナギっちに声をかける。「連絡は?」


 横に首を振る。ピンクのショートヘアーが小さく揺れる。


「きていないか……」


 まったく、マサっちは……


「待ち合わせ時間にも来ないし、連絡もつかないし。まったく、どこで時間潰しているのかな?」


 両手を外側に直角に曲げて、肩の上まであげる仕草のナギっち。どうやら、そんなこと言われても知らないよ、と言いた気だ。


「そっか、まだ来てないのか」


 ナギっちは手に持ったままのガラケーを開いた。で、びっくりしたように眉を上げる。


「どした?」


 ナギっちは画面を見せてきた。


「あっ」


 送り主はマサっち、じゃなくて、クザヤっちだった。


 “実家の手伝いが忙しくて今日は無理、ごめん”


 盛況しているのなら何よりだ。


「誘ったのいきなりだったからね。ま、クザヤっちはまたの機会でってことで」


 ナギっちは縦に頷いた。


「じゃあ、後はマサっちを待つだけ……って、イテッ」


 思わず声が出る。何かが横腹にぶつかってきたからだ。身体もよろけるがどうにか倒れずに踏み止まる。


 な、なんだっ!?


「イテテ」


 足元から声が。見ると、男性が尻もちをついていた。何故か上着も何も着ておらず、作務衣のみだった。三月とはいえ、こんな寒いのに。どうやらラビリンスから飛び出してきたみたいだ。


「す、すいません」


 俺っちはすぐさましゃがみこんだ。ぶつかってきたのは向こうからだけど、こちらがよそ見していたのは間違いないから。


「お怪我は無いですか?」


 相手は肩を大きく揺らしていた。口を大きく開いてるし、額から汗が噴き出ているから、長いこと走っていたのだろう。肩の揺れや口の開き具合は、酸素を取り入れるため、ってとこかな。


「は、はい」一瞬目が合ったけれど、すぐに視線を逸らされてしまった。「大丈夫です」


「なら良かった。さあ」


 手を差し伸べる。男性は掴み、立ち上がる。けれど、その奥の、ラビリンスから聞こえる駆けてくる足音のせいで、遮られてしまった。


 なんだ?


 視線を向けると、ラビリンスから数人の男たちがやってきていた。眼光鋭くこちらを睨みつけている。こちらも異常だ。それに、バットやら鉄パイプやら、危なっかしいものを持ち合わせている。より異常。


 トントン


 隣から肩を叩かれる。ナギっちだ。立ち上がると、ケータイ画面を向けてきた。文面はもう入れられている。


“あいつら、グリーンアイアンだ”


 えっ?


「ホント?」


 頷くナギっち。俺っちはすぐさま男たちに目を向けた。


 グリーンアイアンってことは、皆同じ緑色の刺青を手の甲に彫って……あっ、ほんとだ。


 おいおい、マジか。ここで、超危険なカラギャンのご登場か。できれば会いたくないのに、バッチリこっち睨んでるよ……


「アァ……」


 男性は絞るように声を出す。連中を恐ろしげに見ている雰囲気的に、心当たりはあるようだ。


 俺っちは中腰になる。


「よく分かんないっすけど、なんでグリーンアイアンなんかに追われてんです?」


「グ、グリーン……アイアン?」


 この反応……


「もしかして……知らない?」


 コクリと頷く男性。触るな危険で有名な、グリーンアイアンを知らないってことは、島の外から来た人間だろう。


 ま、その辺はいいや。気になるのはこっち。「なんで追われてるんです?」


 勿論、少しぶつかったぐらいで、数十倍にしてタコ殴りにされるようなことだって無いとは言えない。現実、昔起きたことだってあるし。けど、余程この人が運が悪い場合を除いて、考えにくい。人数だってほら、パッと見でも十人はいるし。


 俯いた目になる。「それは……」


「おい」


 強い口調だ。俺っちは腰を戻し、視線を向ける。ナギっちも男性も。


「テメェら、そいつの仲間か?」


「仲間……じゃないですけど」


「じゃあ、そいつを渡せや」


 立ち止まる。連中は建物の影にいる。陽の光が当たらず、顔はよく見えない。


「渡すって、こっちが奪ったみたいな言い方しないでくださいよ」


「うるせぇぞコラ。いいから黙って言うこと聞けや」


 相変わらず、口が汚い。言い方や素振りで威勢を張ってる。


「いや、渡すのはいいんですけど」


 そこまで言うと、男性はえっ?とでも驚きの言葉を言いたげにこちらを見てきた。大丈夫、まだ続きあるから。


「渡したら、この人なんか危ない目に遭いそうだなーって思いましてね。ほら、みなさん金属バットやら鉄パイプやらをお持ちですけど、普通そんなの持ち歩かないじゃないですか。だから、この人が危険な目に遭わないというのなら……」


「ごちゃごちゃうるせぇんだよコラ」怒声が俺っちの言葉を遮る。「痛い目に会いたくなきゃ、黙って言うこと聞いてろコラ」


 さっきからコラコラうるさいな……叫びにも似た耳をつんざく声は聞いてるだけで不快になってくる。


「まあまあとにかく、まずは話し合いましょうよ。互いに穏便に、ね?」


「話し合いもクソもあるか。いいからそいつをこっちに渡せや、コラっ」


 そばにあったゴミ袋を蹴り上げた。袋が裂けて、中から生ゴミが。辺りに散乱する。


「わっ」


 男性は短い叫び声をあげて、腕で顔を覆う。ゆっくり顔を見せる。小刻みに震える身体。怯え方は尋常じゃない。

 まったく、そっちから尋ねてきたってのに、話し合おうって言ったら怒り出すってどういうこと? 論外だと言わんばかりに片付けもしないゴミ袋なんか蹴っちゃってさ。やっぱ、グリーンアイアンはヤベェ奴らだね。


 にしても、この交渉には乗らない方が良さそうだ。俺っちたちに被害はないとしても、この男性には恐ろしいばかりの危害が加えられる可能性が高い。いや、ほぼ間違いなくそう。グリーンアイアンになんか、こんなに怒ってなくてもしないんだ、引き渡せすことなんかあるわけがない。


 横目にふと隣に動きが見えた。ナギっちはマフラーを鼻の辺りまでさらに引き上げたのだ。


 そうか……はぁ。


 なんでこんなことをするかはよく分かる。顔をよく覚えられないように、するため。だが、そもそも何故そんな必要があるのか。それも状況的に分かる。


 ま、仕方ない。売られた喧嘩を……じゃないか。何かあれば、危険な武器を正当じゃない暴力で使おうてしているから、あくまで正当防衛だね。うん、そうだ。そうしよう。そうってことにしておこう。勿論、嘘じゃない。現にその可能性の方が高いわけだし。とはいえ、気は進まない。正当防衛だってこっちが主張しても、向こうはそれこそ喧嘩を売られたなんて思っちゃうかもしれない。


 かといって、この人を渡すというのは違う。相手がグリーンアイアンだからというのは確かにある。けどそうじゃなかったとしても、個人と集団であれば個人が危ないのは明らか。肉食と草食の関係っていうのは一目瞭然だ。渡せば危ないというのは目に見えている。こういうのを一言で表せる表現ってあった気がするな。なんだっけ……ジメイが……ジメイの……あぁ、ジメイって言葉は思い出せるけど、その後が分からない。


 まあいいや、そういうやつってことで。とにかく、判っているこの状況で、この男性を引き渡すなんてのはあまりにも非情だ、ってこと。出会った出くわしたのも何かの縁だ。


 弱き者に力を貸す。それが俺っちたちイエローコーディネートに属している者としての使命だ。まるで強盗みたいだけど、ご勘弁。俺っちも顔を覚えられぬよう、ネックウォーマーを鼻の辺りまで持ち上げた。


 とりあえず、ナギっちの大食い鑑賞会は、少しだけ遅れそうだ。

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