第14話 御室⑶
「さっきのって、乱舞ですかね」
「え?」
俺の反応に、翔はちらりと視線を向けた。
「よく知ってるね、翔君」湯瓶さんは眉を上げていた。
「いや……去り際にバイクの横に書いてあるのが目についたので」
ああ、そうなんだ。
「はぁーあ、ちょいと厄介な奴らに絡んじまったなぁこりゃ」
「厄介?」
「乱舞は、この島にいる暴走族の中では過激派として少し有名でね。乱れ舞うという名前の通り、目先の目的を果たすためなら手段は選ばないことで、界隈では有名なんだ」
界隈、ということは湯瓶さんもそこら辺りの人で、精通しているということなのだろうか。
「そんな奴らが、少し過激派、なんですね……」
「まあ、警察にさえビビらない、血気盛んなグループもいるからねぇ……」
翔は言葉尻が窄んでいく。にしても、よく知ってるな、そんなこと。
「なら、通報した人に感謝しないと」
俺がそう言うと、湯瓶さんは「あっ」とスマホを取り出し、軽く振った。「通報、俺なんだよね」
「「えっ?!」」
翔と同時に声を上げる。眉を上げたのも一緒だった。
「こうやって中で110番して、今の音声聞いてもらってたの」
スマホをまたポケットへ戻す。
「もう少しかかるかなーと思ってたから話伸ばそうと必死だったけど、予想より早かった。日本の警察が優秀だね、おかげで命拾いしたよ」
だから、異様に挑発していたのか。過激な言葉をわざと出させることで、警察を動かすために。
「けど、妙だよね」湯瓶さんは腕を組み、首を少し傾げた。
「襲ってきたことがですか?」俺は疑問を投げかける。
「それもなんだけど、一番は違うね」
手を顎の下に当て、口をしかめる。親指と人差し指が立っている。
「俺らが赤い画面の謎を解いていたことを何故知っていたのか」
「あっ、そうか」
「何がそうかなんだ?」
疎い翔。これに関しては、仕方ないことだ。
「ほら、確か例の赤い画面のやつは、噂だ。まことしやかに囁かれてる都市伝説。賞金が絡んでるってのは知られてるけど、それが今どこでやっているかどういう謎なのかまでは載せていない。なのに……ええっと、乱舞でしたっけ?」
「うん」湯瓶さんは縦に頷いた。
「乱舞はこの場所にいる俺らが隠し謎を解いてるって思っていた。確かに人通りは少ないけど、いないわけじゃない。なのに、俺らが謎を解いていると決めつけてやって来たみたいに思えた」
「てことは」翔も気づいたよう、少し視線を落とした。「乱舞もこの謎をやってるってことか」
「正解」湯瓶さんは人差し指を翔に向ける。
「もしかすると」俺は湯瓶さんに顔を向ける。「乱舞はここまで来たけど、謎を解くのに行き詰まってしまった。それで、他の人を襲って、ヒントを得ようとしてる……とか?」
「それか、妨害をしようとしていたか」
湯瓶さんが続けると、「でも、賞金を得るためにそこまでするかな」と、翔は視線だけ空に向けた。
「人は少しの金でも目が眩むと、見境がなくなるものだよ」
成る程。確かに翔も大金が手に入ると聞いたら、途端にやる気を見せたもんな……
それに、湯瓶さんの言い方に妙な説得力があった。普段から金に目が眩むような人間と近い距離の仕事をしているような、そんな感じがした。
「とりあえず、もうやめておくかい?」
「「え?」」予想外の発言だった。
「いや、賞金を独り占めしたいとかじゃなくて。単なるゲームではあるけど、参加してるのは危険な人物だ。ここまで危険を冒してやることでもない気がするんだよ。少なくとも君たちは」
「要するに、参加するのなら少し覚悟してないといけないってことですか」
翔が反応する。
「もちろん君らの意見は尊重する」湯瓶さんは口角に笑みを浮かべた。「参加するのなら大歓迎だ」
俺は翔に目を向けた。翔も俺を見ていた。数秒間、気持ちが悪いけど、そのままだった。言葉は何も発しなかったけど、意見は同じな気がした。乗りかかった船なのだから、頭にそう付くだろう。
「やります」
俺の言葉に翔は縦に頷いた。二人の顔を見て、湯瓶さんは「じゃあ、一番乗りしないとね」と続けた。
「ならまず、この謎を解くことから始めないとね」
そうだ。まずはそこからだ。
「けど、何も分からないんだよな……」
そうだ、行き詰まっているところに乱舞が来たのだ。
「ヒントすらないと厳しいですね」俺は首を傾げる。「それに、通常のクイズの出題形式とは違いますよね?」
「明らかにね。普通のとは違い過ぎてる」
自然に腕を組んでいた俺と湯瓶さん。それに、「あの」と翔が割って入ってきた。どうしたのだろう?
「実はちょっと思ってたんですけど、これって本当にクイズなんですかね」
「「……はっ?」」
「いや、これ自体で解くのって難しいどころか無理な気がするんですよ。だから例えば、別にある謎や要素と相互的に解くことができたりだとか」
「単独では解けないってこと?」
「そうです。それか、読み方の法則や基準があって、それに従わないと読めない……みたいな」
「その可能性はあるかもしれないね」
電話が鳴る。着信音に心覚えがある。
翔はすぐさまスマホを取り出し、「ちょっとすいません」と電話に出た。「はい」という応答の言葉のみが聞こえ、翔が離れていったせいでそこから先は耳に届かなかった。
「さっきの翔の話ですけど」俺は残った湯瓶さんに声をかけた。「もしそうだとすると、片割れの何かを探さないといけないですよね」
「そうだね。そうなっちゃうねぇ……」
「なんかどんどんドツボにハマっている気がするんですが……」
「大金を得るためにはそれ相応の苦労が必要ってことかな。ははは」
どう言えばいいのだろうか。呑気というわけじゃない。一筋縄じゃいかないというか、飄々としているというか。色んな修羅場をくぐり抜けてきている、そんな感じがする。
「すいません」
駆け戻る翔。あっ、意図せず駄洒落になっちゃった。てへ。
「ちょっと用ができちゃって。俺一旦抜けます」
「あらそう」
「要件済んだら戻ってきます」
「移動してるかもしれないから、とりま俺に連絡くれ」
俺の言葉に「分かった」と頷きまじりに反応すると、すぐさま立ち去った。
まさかの二人きりになった……
「じゃあ、続きしよっか」
「ですね」
同じ志を持つ仲間のように、阿吽の呼吸で謎解きを再開……あっ。
「その前に警察に事情を説明しないと、かな」
湯瓶さんも気づいたらしい。向こうからパトカーがやって来た。
そうだ、呼んだのに何も無かったでは怒られる。まあ、嘘をついているわけではないなら、事情を説明すればいいだけのことなのだけど。
とにかく、しっかり説明しないと。迷惑行為でこっちが捕まっちゃ敵わない。自然と傘を持つ手に力が入った。