第13話 便利屋⑷
「できれば使いたくないのですが、そのためにはご協力を願いたい」
向こうの五人の薄ら笑いしてるのが異常に腹立つ。苛立ちで頬がピクつき、手に熱がこもる。だが、飛辻もいる。喧嘩とかはてんでダメな奴だ。今、下手に動くのは危険だ。一旦は従っておこう。
「分かったよ」
俺は両手を挙げる。所作を見て、すぐさま飛辻も続く。違うのは、万歳ってぐらいに、俺よりも遥かに高く上げてることぐらいだ。
「協力してやる。代わりに、三つ質問させてくれ」
「三つ……なんでしょう?」
「マニアを誘拐したのはお前らか?」
「マニア?」
「ここの住人だよ。なよなよしたパソコンオタクだ」
「別に誰だって構いません。というか、変な罪をなすりつけないでもらえますかね」
「そうか」
てことは他の人間が誘拐したか、はたまた、誘拐なんてハナっからされてないのか……
「じゃあ二つ目、部屋を荒らしたのは?」
「元からこんな感じなんじゃないですか? ほら、モダンインテリアみたいですよ」
また笑う。笑うのが好きなみたいだが、とりあえず部屋も荒らしてねぇってことだな。
「これで最後。俺のことは知ってんのか?」
「はい?」目を丸くしている。
「俺だよ俺」
「俺俺って詐欺っすか?」リーダー格の奴は肩を揺らしながら笑っている。「随分、オーソドックスな手法ですね」
「そうか、もういい」
俺は首を左右に曲げる。鈍くも大きく良い音が鳴る。
分かってればいい度胸だと買ってやろうと思ったが、拍子抜けだ。まあ、分かってなくても人に銃突きつけるような奴に容赦はしねえけどな。それに、喋り方がキザっぽくてウゼぇ。
「あれ、まだ反抗するんすか?」
リーダー格の奴は目を開くと、少し視線を後ろに向けた。
「もしかして、偽物の銃とか思っちゃってるんかな」
「かもしんないっすね」
皆へらへらと腑抜けた笑って呼応する。その隙に、俺は顔を少し後ろに傾けた。
「飛辻、俺が走ったら隠れろ」
コクリと頷いたのを横目に確認してから、俺は顔を真正面に戻した。そして、目を閉じ、深く息を吸う。一気に瞼を開く。
「もう面倒なんで、少し無理矢理でもついてきてもらっ……」
リーダー格の言葉半ば、俺は腰を落として一気に駆け出す。食器の洗い物置き場にあったフライパンを掴む。投げるためだ。
距離を一気に縮める。リーダー格は躊躇いを見せる。引き金をひく指が固まっていた。両手持ちに変え、目を最大限に見開く。
「わぁっ」
叫びと共に、発砲音が部屋に響く。
すぐさまフライパンで弾丸を撃ち返す。はじかれ、向こうの後ろにいる五分刈りの足の甲に当たる。
「ぎゃあ」とつんざく悲鳴が聞こえると、膝から崩れ落ちた。痛みに顔を歪め、フローリングの床を転がり回っている。
リーダー格と距離を詰める。瞳孔の開ききった顔面。指がまた引き金に。
俺は体を落とす。引かれる前に。顎めがけてフライパンを振り上げる。脳天まで貫く甲高い音が響く。足が少し床から離れる。無抵抗のまま背中のほうへと倒れた。
「てめぇっ」
マッシュルームヘアーが向かってくる。遅い。動線を見極め、一歩足を引いて素早く避ける。俺はがらんと空いた右頬へ拳を一撃。軽い脳震とうでも起きたのか、横へよろめきながら倒れる。
「んだコラっ」
スキンヘッドの奴が拳を作った腕を引いていた。腰を落とし、フライパンを腹へ。刺すように入れると嗚咽を漏らし、後ろへよろめいていく。一歩ずつ距離を縮めながら、フライパンを軽く上へ投げ、逆手持ちに変える。
俺を睨むと、またも向かってくる。
懲りねぇな。
側頭部へフライパンをぶつける。勢いのまま壁に当たると、床に倒れ込んだ。
あとは……
腰に衝撃が。二、三歩後退する。見ると、マッシュルームヘアーは腰を覆うように両手で突進してきていた。
なんだ。まだ起きてたのか。俺はフライパンの柄の先を背中に立てて、打ち込む。
「ぐはっ」
掴んでいる力が弱くなり、身体が曲がる。俺はすぐさま背中の服を掴んで位置を固定し、腹に膝蹴りを入れる。足が浮く。両手の力が無くなったので、そこらへんに放り投げた。冷蔵庫に当たり、ずるずると滑って倒れ込む。
あとは一人……
長髪と目が合う。慄いた表情。俺は容赦なく詰めていく。
「ひっ」
短い悲鳴を上げると、慌てふためきながら、玄関を飛び出した。あとを追う。
長髪は右手に飛び出し、外廊下を走っている。ちょくちょくこちらを見ていた。向こうにある階段を目指しているのだろう。
「逃げんなよ」
ぼそりと呟き、俺は持っていたフライパンを思いっきり投げた。散々使ったためにでこぼこした変な形で、飛んでいく。縦方向に回転しながら、後頭部にクリーンヒット。長髪をなびかせながら、そのまま顔面から卒倒。
これで、全員か。
「痛えぇ」絞り出すような声が部屋から聞こえる。
おっと、そうか。
俺は部屋に戻る。玄関の扉を開けると、膝を撃たれた五分刈りは膝を抱えている。靴下には血が滲んでいた。
こいつから聞き出すか……
俺は近くに向かう。で、そばでしゃがんだ。
「な、なんなんだよお前っ」
顔の筋肉を強ばらせ、ぴくつかせていた。何されるのかと、恐怖と不安しかない表情をしている。
「そりゃあ、こっちのセリフだよ」俺は片眉を上げる。「てめぇら、なんなんだ? なんでこの部屋に来た?」
五分刈りはだんまりを決め込む。話す気はないってこと……ん?
俺はポケットに目が向く。赤い何かが出ているのが見えたからだ。抜き取る。
「あっ」突然慌てる五分刈り。
バンダナだ。
これは……
俺は他の奴らにも視線を向ける。よく見ると、上着やズボンと場所は異なるが、気絶した奴らも隠し持っている。
「レッドスクランブル」
赤い名前とは反対に、顔が青ざめていく。
「てめぇらは、そのメンバーってとこか」
俺が目を合わせると、すぐに目を逸らした。
「カラーギャング様々が、銃なんか持って俺らを襲おうとしたんだ?」
それでも話そうとしない。
「そっちがその気なら別にいい」
俺は被弾した部分に親指を押す。痛みで悲鳴をあげる。どんどんねじ込んでいく。悲鳴の音量は増していく。
「頼まれたんだ」
白状したところで、俺は指を離した。荒い口呼吸を繰り返し、脂汗を顔全体から滲ませている。
「誰に?」
「分からないんだ」
俺は親指を構える。
「本当です、本当なんですっ。本当なんですよぉ」
「分からないのに、なんで引き受けた?」
「金です。この前、南区の通りを歩いてたら、男の人に声かけられたんです。簡単な仕事引き受けないかって。南区のあの事務所に入る奴がいたら見張って誘拐しろ、って。断ろうとしたら、めっちゃ十万見せてきて。引き受けた時点で前金として渡してやるって。遊ぶ金欲しくて、引き受けたんです」
見られている気配がしたのはそのせいか。
「正直、金さえ貰えればって思ってたんで、ぶっちゃけバックれようとしたんっす。けど、バレて……そしたら、殺されかけたんです。途中で抜けることなんて許さねぇ、抜けるんだったら地の果てまで追ってやる、覚悟しろって」
必死の抗弁は鬼気迫るものがあった。
「銃持ってるのも、誘拐して引き渡した後に口封じされたりとか考えたりもしたから買ったもので、身を守るためなんです」
目は子犬のように怯えている。よっぽど怖かった、ということか。
「なんで見張れって言ったのか、理由は聞いたか?」
俺の問いかけに、五分刈りは首を左右に振りながら「詳しくは」と返答した。
「けど、ボコボコにされて時に一度、俺らを騙した連中と一緒に葬ってやるぞ、と脅されたので、騙されたんじゃないかと思います」
そうか。
「その、最初に会った男の特徴は?」
「スーツ着てました。赤色のスーツにネクタイ。黒い革靴履いてました。あっ、あと、その人も他のボコってきた人たちも、みんな襟元にピンバッジみたいなもの付けてました。同じ物です、はい」
ピンバッジ? もしかして……
「どんなのだった?」
「ええっと……えぇ……」
瞼を強く閉じて必死に思い出そうとしている。いい心がけだ。
「あっ、確か真ん中に金色で朝と書かれてて……ええっと、黒いバッジ。黒いバッジだったと思います、はい」
金色で朝と書かれた黒いバッジ……物の雰囲気としては心当たりはある。
「そいつとの連絡手段は?」
「ありません。毎日あの場所に十七時に来るので、その時に報告するって話になってて」
十七時……時計を見る。今から戻るのは難しそうだ。チッ、怪しまれるな。だが、連絡手段もないとなると、手はない。ヒントはあるし、ここは一旦諦めたほうがいいかもしれん。
「そうか、ありがとな」
俺は立ち上がる。
「お願いします、殺さないでください。もう何もしないので。尾行やめますし、誰にも言わないので。だから、ホント……どうかお願いします」
今にも泣きそうだ。
「あのな。普通の真っ当な人間ってのは、そう簡単に人を殺さねえよ。ヤクザもんでも、それ相応の理由がない限り、殺しにまで発展しねぇもんだ」
「なら……」
「ああ、殺しやしねえ。ま、その代わりと言っちゃなんだが、頼みを聞いてもらえるか?」
俺は顎を掻いた。
「後でいい。まずは床を綺麗にして、新しいフライパンを机の上に置いておけ。いいか、詫びとして高めの良いやつを買っといてやれよ」
「は、はい」
「次は……こいつがリーダーだよな?」
俺は銃を持っていた奴を首で指し示す。
「そ、そうです」
「伝えておいてくれ。身の丈に合わんものを持ってると身を滅ぼすぞ、ってな」
「はい。しっかり伝えておきます」
こくこくと何度も頷く五分刈り。
「サンキュ。しっかりやれよ? 見てないとか思ってやってないことが分かったら、見つけ出す。誘拐してでも無理矢理やらせるからな。分かったか?」
「はい、必ず絶対、やっておきます、はい」
「良い返事だ」あっそうか。「あと、ついでにもう一つ頼めるか」
「なんでしょう?」
「ちょっと起きてくれ」
俺はもう一度しゃがむ。
「えっ?」
「上半身だけでいい」
眉を不安そうに曲げ、痛みに顔を歪めながら、上半身だけ起こした。
そして、肩を持つ。「少し寝ててくれ」
「え?」
俺は思い切り頭を引き、額にめがけ頭突きをみまう。相手は黒目を失うと、泡を吹き、床に寝転んだ。
これで終わりと。
「ありゃあぁ……」
振り返ると、飛辻が周囲を見渡しながら、奥の部屋から出てきた。まだ隠れていたらしい。
「フライパンで立ち向かったの?」
「ああ、そうだ」
「銃持った相手にフライパンでって、怖くなかった?」
飛辻は覗くように少し下から尋ねてきた。
「なんでそんなこと聞く」
「だって、フライパンじゃ銃弾はじけないよ?」
「いや、はじけたぞ。足の甲に当たったのをこの目で見た」
「粗悪品を掴まされたか、斜めに受ければ弾が滑ったからはね返ったか、それか両方か。何にしろ、基本的には無理だよ。ゲームじゃあるまいし」
「やってないから知らん。フライパン持ったのは、目についたからだ」
飛辻は呆れたような目を丸くしていたが、「ま、キドくんはこういう時やられないもんね」と納得して、勝手に自己完結した。
「まあな」
「にしても、随分暴れたねぇ……人ん家だってのに」
「暴れさせたのは、こいつらのせいだ」
「暴れた自覚はあるのね……」
「別にそこは良いだろうが。手がかり掴めたんだからよ」
「え?」
「こいつらに見張りと誘拐を頼んだのは、おそらくヤクザもんだろう」
「ヤクザ? どうしてそう思うの?」
「接触してきた赤いスーツを着てた男の襟元に、朝と書かれたピンバッジ付けてたらしい」
「もしかして、代紋バッジ?」
「ああ」
「成る程ね……てことは、アバターズの一件にはヤクザが絡んでるってこと?」
「多分な」
「わぉ……なんか厄介なことになってきたね」
「ああ。行方不明が二つもあると面倒だ。ひとまず、トクダに情報流して、同時進行で調べてもらう」
俺はすぐに携帯でバッジの写真を撮り、こことアバターズとの関係についても追加で調べてもらうよう、メール画面で内容を作る。
端的にまとめて送った時、タイミングを見計らったように、電話が鳴った。相手の名前に俺は思わず目を見張る。そこには、マニア、と表示されていたからだ。
「マニア……」
「え?」飛辻が近づいて画面を見た。「無事だったの?」
「それか、マニアのケータイから誰かがかけてきてるか」
「それって……」
飛辻は何かを察したようだ。
俺は電話に出る。
『……もしもし?』
「お前」紛れもなくマニアの声だった。「どこにいる?」
『ちょっも色々ありまして。隠れてます』
「隠れてる? てことは、誘拐されてなかったのか」
『されそうにはなりましたけど』
静かに語るマニア。一体、何があったんだ?
『……ドラさん。僕を助けてはもらえませんか?』
声色から本気であることが伝わった。
「分かった」
安心させるため、俺はすぐに言葉を返した。