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グラニスラ〜アブノーマルな“人工島”〜  作者: 片宮 椋楽
EP4〜逃走ハンティング〜
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第12話 田荘⑵

 先輩のため息が聞こえる。『分かった。また何か分かったら頼む』


「はい、すぐに。失礼します」


 電話を切る。ふぅーと俺も息を吐く。ため息ではない。安堵の方、怒られずに済んだって方。警察が見張っていたはずなのに何してるんだ、てね。


「まさか逃げるとはな」


「ええ」


 歩けなくはないとはいえ、まだ完治など程遠いというのに……


「やましいことでもあったのか。ま、幸か不幸か、さほど遠くにはいってないだろうから、時間の問題だろ」


 正直なところ、今回のことは分からないことだらけだ。一つ一つ潰していくしかなさそうだ。


「さて、どうするかね、室長」


 うーん……「科捜研(かそうけん)に調べてもらうのが一番ですけどねぇ」


「何日かかるかだよなぁ」


 錦戸さんは遠い目をする。


 そう、そこが問題だ。事故だと推定している案件への対応は後回しになるのが常。ただでさえ時間がかかるというのに、それよりも遥かに遅くなるのは当然と言えること。


 となると、報告はいつまで経ってもできないことになってしま……ん?


「あれ?」


 振り返ると、そこには懐かしい人がこちらをみていた。


「あっ、マッド(・・・)さん」


 マッドさんはにこやかな顔で近寄ってきた。肩に背負った黄色いリュックサックが上下に小さく揺れる。手に持っている濃い緑色の紙袋は前後に揺れる。


「久しぶりだね。元気にしてた?」


「はい。その節はお世話になりました」


 会うのは、高校生が製造していた麻薬(ジャンピング)事件以来だ。紺色の作業服を着て、布製のカチューシャを付けている姿は以前会った時のそれとなんら変わらない。


「いやいや、ぼくはただ情報提供しただけさ。けど、役に立ったようで、良かったよ」


 マッドさんは上半身を傾け、現場を覗く。


「あ、この前の事故について調べてるんだ」


「ご存知でした?」


「そりゃあね。結構騒ぎになったから」


 そっか……そうかっ!


「マッドさん」俺はふいに訪れた好機を逃すまいと、距離を一歩詰める。


「ど、どうした?」


「またお力をお借りしてもよろしいでしょうか」




「成る程ねぇ」


 事の経緯を聞いたマッドさんは顎に手を置いた。

 本当は捜査情報を漏らすなど言語道断だけれど、信頼できる人物。先輩の知り合いでもあるし、漏らすことはないだろう。だから錦戸さんには、俺が全責任をとるということで収めてもらった。とはいえ、そんなこと言わなくても理解のある人なので、あくまで建前のようなものだけど。


「その、事故現場について検証したりすることが可能な装置とかって使ってはいないでしょうか。勿論、無理を承知のお願いですので、断るのは遠慮なく……」


「いいよ」マッドさんはそう口にした。「せっかくだから手伝うよ」


 マッドさんはリュックサックを下ろす。


「実はね、この前自己演算ソフトの作成を依頼されて、丁度試作品を作ったところなんだ」


 マッドさんはノートパソコンを引っ張り出した。


「だから、ちゃんと動くかどうか調べるついでに、データを入れて計算してみるっていう条件付きだけど。いいかな、それで」


「是非。宜しくお願いします」


 マッドさんの手腕は、先輩のお墨付き。試作品とはいえ、精度はかなり高いと期待できた。


「合点承知」


 マッドさんはコンパクトサイズの外付けハードディスクドライブも取り出す。パソコンはリュックサックの上に重ね、USBでハードディスクドライブを接続し、キーボードを叩く。


「これで準備よしっと。それじゃあ、田荘君。少し手伝ってもらえるかい?」


 手伝い?「自分、機械には疎いのですが」


「大丈夫、機械関係じゃないから」


「そうですか。であれば、勿論はい」




 つ、疲れたぁ……


 車の車幅、高さ、重さ。店までのここまでのおおよその距離、乗車している人間の身長体重など、この事故に関わっているあらゆる数字をデータとして打ち込んでいく。時には現場で調べたりしたため、彼方此方に走り回って計測した。


「これでよし」マッドさんはエンターキーを弾く。「あとは十数秒待つだけ」


「えっ、それだけ?」


「理論値としてはね。場合によってはもう少しかかるかも」


 チーン、とまるで電子レンジの音のような音がパソコンから聞こえる。


「おっ、終わったみたい。なんだ、想像していたよりもずっと早く……って、あれれ?」


 マッドさんは大きく首を傾げる。


「ど、どうしました?」


「これ、合わないんだって」


 えっ?「合わない、と言いますと?」


「運転手の体重も含めた車の総重量では、そんな痕は付かない。軽過ぎるんだって」


 え? 軽過ぎる??


「ではあと何キロ重ければ、この状況が成立する重さになるのでしょう」


 錦戸さんが中腰で、パソコン画面を覗き込みながら尋ねる。


「ええっとですね」カタカタとテンキーを絶え間なく打つ。「おう」


「どうしました?」俺は驚いた反応を示すマッドさんに尋ねる。


「いや、かなり重くてね」マッドさんは目を凝らす。「なんと97キロ(・・・・)


「きゅっ」思わず息を呑む。「そ、そんなに重くないと成り立たない?」


「ってこやつは言ってるよ」


「となると、車に何か積んでいたのでしょうか?」


 錦戸さんの問いかけに「そうですねぇ」と、マッドさんは顎に手を置いた。


「ここまで重いとなると、その可能性は高いかと。ですが、それらしきものは特段見つかってないんでしょう?」


「ええ」


「となると、不具合が出たのかも。まだ試作品段階ですから」


 不具合か……


「いや」錦戸さんは遮る。「俺の抱いていた違和感ともおおかた合致しますから、おそらくその計算は正しいと思います」


 錦戸さんは膝の位置を直しながらそう話した。


「違和感?」


「ナンバープレートが無かったりとか」と俺が例示する。


「ナンバープレート……改造車か何かだったってこと?」


「それか盗まれたか……」


「盗む? なに、転売でもしようと思ったの」


「さあそこまでは」錦戸さんが続く。「それに、積んでいた、ではないのかも」


「はい?」


 俺の反応に錦戸さんは顔を向けた。「乗っていた、のかも」


「乗っていた、って……つまり、他に同乗者がいた(・・・・・・)ということですか」


「ええ」マッドさんの質問に錦戸さんは頷き交じりに答えた。


 他の同乗者、か……「となると、体重からして目立つ見た目をしているかも」


「ああ。であれば、どこかの監視カメラに映ってるだろう」


 となれば、かなり大きな前進ができる。


「もう一度、近くの映像を洗い直しましょう」


「だな」錦戸さんは作った拳を開いたもう片方の手のひらにぶつけた。


 方針が決まった。


「よーいしょっと」


 視線を向ける。マッドさんは「もうぼくは要らなそうだね」と立ち上がった。


「すみませんでした、突然お呼び止めしたりして」


 俺がそう話すと、「おかげで大変助かりました」と錦戸さんが続けた。


「いえいえ。ぼくも良いデータが取れたので」


 マッドさんはUSBのコードを巻きつけたハードディスクドライブをリュックサックへしまう。続けて、閉じたパソコンも。


「さっきも話したけど、コレ試作品だからさ、あくまで参考値として見てもらえれば」


 だとしても、停留していた流れが変わったことは違いない。


 マッドさんは不意に閃いたように「あっ」と呟くと、ポケットからボールペンと少しシワになった紙の切れ端を取り出し、何かを書き始めた。


「はい」


 俺はそれを渡された。見るとそこには、電話番号が。携帯の番号だろう。


「それぼくの番号。もし何か新しく分かったりしたら、連絡頂戴。ソフトに入れて計算し直すからさ」


「そんなわざわざ……」


「ま、ここで会ったのも何かの縁だから。ぼくに出来ることなら手伝うよ」


「じゃあ、お言葉に甘えて。ありがとうございます」


 リュックサックを背負うと、「それじゃあね〜」と手を振って去っていった。


「さーてと」錦戸さんは腰に両手を当てた。「どこから手をつける?」


 俺は辺りを見回した。幸か不幸か、この島には監視カメラというものは沢山ある。嫌になる程、大量に……


「他の奴らにも手伝ってもらうか」


 ここでいう他というのは、俺ら以外のチイタイの人間だろう。


「ですね」


 俺はスマホを取り出した。

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