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グラニスラ〜アブノーマルな“人工島”〜  作者: 片宮 椋楽
EP4〜逃走ハンティング〜
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第11話 探偵⑶

「もしもし」


『先輩……』尻切れ蜻蛉のように言葉が消えていく。


「どうした?」


 俺はまず問いかけてみた。電話を切ってすぐにかかってきたからだ。何か進展があったら連絡を欲しいと言ったが、こんなにも早いとは思っていなかった。大体何事もあまりにも早い時には、あまり良くないことが起こりがちだ。不安な気持ちも交じりながら、俺は田荘の反応を待った。


『実は……』


 重苦しい声色も相まって、俺の不安は増大していく。


『いなくなったんです』


 少し察しはついていた。「誰が?」


『例の事故を起こした運転手です』


 突然のことに俺の思考回路は一瞬ストップした。


「……ちょっと待て。もう一回話してもらえるか」


 突然のことに俺は思わず聞き返した。田荘が話したことに俺の理解と齟齬がないかどうか、というかまず第一に単なる聞き間違いでなかったかどうかを確認するために。


『先輩との電話を切った直後に、金戸中央病院から連絡がありまして。入院中だった事故の運転手が病室から突如としていなくなってしまったと』


「要するに、木田が病院から逃げたってことか?」


 少し大声で話し過ぎたのか、通りがかりの奴が一瞥してきた。


『はい……』


 田荘は息と言葉を詰まらせている。


「連れ去られた形跡は?」


『いえ。看護師が点滴の交換で訪れた時に発見したらしいんですが、その直後の監視カメラには一人で逃げている映像だったと』


「間違いないのか?」


『はい。その病室から出る姿を捉えてます』


 なら、ほぼ確実か……


「病室の外に、見張りの警官とかいなかったのかよ」


『重大事件ではないとの上の判断で、つけていなかったらしくて』


 なんだそりゃ。


『現在捜査官を動員して、聞き込み等を行い、捜索中です。命に関わる程ではないとはいえ怪我を負ってますので、まだそこまで遠くには行ってないかと』


 てことは、依頼人に伝えるのは一旦辞めておかないとだな。


 ため息が漏れる。「分かった。また何か分かったら頼む」


『はい、すぐに』田荘の反応は早かった。『失礼します』


 電話を切る。振り返り、戻っている途中で、一瞬足が止まる。


 西さんがいなくなっているのだ。


 俺は洲崎さんに尋ねる。「西さんは?」


「局の者に呼ばれてしまいまして、少しの間撮影から抜けることになりました」


「そうですか。分かりました」


「それで、警察の方はなんと?」


「それが、依頼人である木田さんの息子らしき男性が病室からいなくなってしまったと」


「いなくなった?」


 洲崎さんはカメラを少しずらした。反応はごくごく真っ当な驚きであった。


「どうやら逃げたみたいです」


「逃げたって、なんで?」


「その辺はなんとも。今は、捜索中の警察に任せるしかなさそうです」


「折角手がかりが掴めそうだったのに、残念ですね」


「ええ。けど、こんなにすぐ解決してしまったら、テレビ的には面白くないんじゃないですか」


 冗談交じりに話すと、洲崎さんも「ご心配、ありがとうございます。けど、ある程度の素材があれば編集でどうにでもなりますから」と冗談で返してきた。


「とりあえず、事故についてもう少し調べてみましょう。何か手がかりが掴めるかもしれない」


「分かりました。その事故の現場に向かわれますか?」


「そうですね。ここからすぐですので、歩いて向かいましょうか」


 歩を進める。急ぎ足になり、洲崎さんは俺の隣に来る。


「今回の依頼とは関係ないのですが、少しお聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」


 洲崎さんはそう発した。俺をまだ撮っていないことが少し引っかかる。いや、別にナルシシズムじゃない。


「なんでしょう?」


「この取材をする前に探偵さんや金戸島について調べていたんですが、その中で古くから伝わる噂って色々あるじゃないですか」


「テレビ局の人がそんなの気になるんですね」


 なんとも意外だった。


「個人的に興味がありまして。都市伝説とかそういうの好きなんですよ、私。それで、少し気になるものを見つけたんです」


「気になるもの、ですか」


「ええ。四天王をご存知でしょうか?」


 この島に住んでいる物ならば、大体の人間は知っていることだ。


「金戸島には警察署が無かったため、四人の人物が警察の代わりに治安維持を行っており、その人間たちを、四天王、と呼んでいたというやつですよね。確か」


「その通りです」


「にしても洲崎さん、島に広まっている噂の中でも、かなり信憑性のないものを持ってきましたね」


「私ね、これ噂じゃないのではないかと思っているんですよ」


「というと?」


「四天王は実在する。そう考えているんです」


「ふーん。そうですか……」


「探偵さん。あなた、四天王(・・・)ですよね?」


 俺は一笑する。「私が、ですか?」


「正確には、四天王の一人、ですよね?」


 俺は思わず洲崎さんを見つめ、「そんなわけじゃないでしょう」と笑って、否定する。


 録画の証である、赤いランプは付いていない。


「いやいや、誤魔化さなくていいんですよ」


 俺は歩く速度を緩めず、洲崎さんを見る。


「それを聞きたいがために、今回の密着をしたってわけですか」


「そんなことないですよ。ただ、偶然知ったことの確認をついでにしたいなぁーと思ったんです」


「そうですか」


 俺は視線を戻し、「洲崎さん、ちなみにレッドシー籠城事件はご存知で?」と質問した。


「はい」


 随分、色々と調べてきたようだ。


「もし仮に私が四天王の一人であれば、私は年齢が一桁の時に凶悪な籠城犯を警察が来る前に倒したということになります」


「確かにおかしな話ですよね」


「でしたら」


「勿論」洲崎さんは遮って続ける。「私もその頃から探偵さんが四天王をしていたとは思っていません」


「と言いますと?」


「探偵さんは四天王を引き継いでいるんじゃないかって」


 ほう……


「この島が出来た頃から、何か大きな事件があるたびに、四天王が密かに解決をしてきていると言われてます。けど、ある数年間だけ、凶悪事件が頻発した時がありました。その頃の記憶のせいで、この島が危ないと思っている人が未だ多くいる原因だとも言われています」


 洲崎さんは淡々と述べているが、その下調べの巧さと深度は目を見張るものがあった。


「ですが、ある時からまたも事件が解決し始めた。正確には、大事に至る前に逮捕されたりしています。つまり、その空白の数年間は確かに四天王はいなかったけれど、また復活した。もしくは代替わりしたのではないか」


 ほう……「洲崎さんとしては、後者だとお考えですか」


「ええ」


「随分突拍子もない推理ですね」


「慣れていないものでして」


「何故四天王がいない数年間があったとお考えですか?」


「まだ調査中とでも言いましょうか、正直に言いますと、そこまでは分かっていません。なので、探偵さんに是非ご意見を伺いたいなぁーと」


「確かに昔はいたかもしれません。仰る通り、警察署が無かった時代もありましたからね。けど、今は立派な警察署が各区にあります。それなりの捜査官もいますから、今はもういないのではないでしょうかね」


 俺は間髪入れずに「ちなみに」と続ける。


「私がその、四天王の一人だとお思いになった根拠は何でしょうか」


 洲崎さんは「うーん」と、目線を逸らした。


「勘……とでも言いましょうか。探偵さんがこれまでに警察絡みで解決してきた事件を色々と調べていて、ふとよぎったんですよ。田荘さんという、警察のお知り合いもおりますしね」


 ん?


「何か勘違いされてるようなので補足しますが、田荘は学生時代の後輩なんです。付き合いがあった奴が警察に入ったというだけという、まあ腐れ縁というやつでして。ほら、探偵と警察って小説にしろドラマにしろ、協力関係にあるでしょう? だから、互いにできることを持ちつ持たれつでしてきた、なんの気ない繋がりです。ご想像のような、ドラマチックなものじゃないです」


「学生時代の先輩後輩というだけでも十分ドラマチックですよ」


 洲崎さんは口角に不適な笑みを浮かべると、「それで、どうなんでしょう?」と続く。


「仮にそうだとして、お話しすると思いますか?」


「いいえ。けど、私だけとの秘密ということなら、少しぐらい考えてくれるかなーって。だからほら、カメラを切って、尚且つ西がいないこのタイミングに尋ねてます」


「西さんを遠ざけたのって……」


「いえいえ。それはあくまで偶発的なものです。けど、何かしら理由をつけて、少しの間遠ざけようとは考えてました」


 なんとも沈着というか、虎視眈々と狙っている人というか。やはりマスコミの人間なのだなとつくづく思う。


「改めてお尋ねします。探偵さん、あなたは四天王ですか?」


 俺は笑いかけた。


「ご想像にお任せします……とでも言った方がテレビ的には面白いですよね?」


 洲崎さんは高笑いをする。


「いやすいません。お恥ずかしい話、探偵さんが四天王であるという証拠はないんです。何一つ。だから、これは私の戯言です。ま、暇潰しの一つとでも思っていただければ結構です」


 洲崎さんはそう言うと、「お時間をお取りして申し訳ありませんでした」とカメラを再び構えた。


 本当にそう思っているのか心の底は見えないが、とりあえずは大丈夫みたいだな。


「撮影、再開しますね」


 直後、カメラの赤いランプがぽつりと点灯する。


「事故の現場はもう少しです」


 俺はカメラに向かって、そう呟いた。

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