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グラニスラ〜アブノーマルな“人工島”〜  作者: 片宮 椋楽
EP4〜逃走ハンティング〜
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第9話 御室⑵

「うーん……」顎に手を当て、眉間に皺を寄せ、悩んでいる翔。「全然分からないですね」


 賞金って聞いたら、突然目の色変えて乗る気になっちゃってさ。まったくよぉ、調子良いんだから……


「けど、いいんですか? 俺たちも手伝って」


 湯瓶さんホストでルームを作ってもらった。入っているのは俺と翔、協力プレイというやつだ。だが、隠し要素だからか、通常の協力プレイとは少しばかり異なっていた。


 例えば、クイズ。出題される問題は共有されず出来ずで、湯瓶さんしか閲覧ができない。また、解答の入力なども湯瓶さんのみ。つまり、そこから先に進めるのも湯瓶さんだけということ。とはいえ、入力スペースさえクイズなのか、画面上では見当たらない。それさえも、隠されているらしい……ハァ。そのせいで俺と翔は、画面に写っているクイズを自身のスマホで写真に撮り、見ているような状態で謎を解く羽目になってる。


「もちろんさ。自分の思い付かなかったことでも他の人が閃くかもしれない。こういうのは数がいた方が有利だ。謎解き要素もあるし、それこそまさに三人寄れば文殊の知恵、だよ」


「けど、賞金減っちゃうじゃないですか」


 三等分で分ける、と話していた。


「そんなのは大したことじゃないよ。大事なのは楽しむっていう過程さ」


 目の輝かせ方はまるで無邪気な少年のよう。この言葉に嘘はないのだと感じさせる説得力があった。


「にしても、難しい。全く分からないな」


 あっ、そうだ。「ヒント出せませんか? ほら、三つまで出せるじゃないですか」


 ゲーム内のコインと引き換えに最大三つまでヒントをもらうことができる。課金か毎日のログインボーナスで手に入れることができる。


「隠しクイズにその機能は無いみたいだよ」


 賞金額が賞金額なだけに駄目なのか。システムでどうにかできるという甘い期待は無惨に散った。


「課金とかは?」


 湯瓶さんは両腕で大きくバッテンを作ってくる。どうやら駄目らしい。


「指定されたところで、クイズを解く。隠してある割にはごくごくシンプルだよ」


 そうなのか……


 バイクが近づいてくる。遠くからなのに、無駄にブンブンとやかましくふかしている騒音が耳に届く。暴走族か何かだろうか。こんな昼間から熱心だこと。

 音の重なり具合からして、数台はいると思われる。少しずつだが大きくなってきているのを鑑みるに、この辺の近くを通るのかも。まあ目を合わせず、ただ無視してやり過ごせばいい話。触らぬ神に祟りなし、というやつだ。


「ヒハガチシバフントソウウノコ……はぁ〜もうこれ、暗号に見えてきたよ」


 目を沈ませた湯瓶さんは、ため息をついた。


「確かに」映画とかでスパイが使ってそうだ。


「あー、ダメだ何も分かんねえ」


 静かに黙っていた翔は突然髪を荒くかき回した。一人で考え続けていたのだろうか。


「もしかすると」俺は虚空を見る。「下にある数字と英語がヒントになっていたりするのかも」


「数字と英語……」翔が画面を凝視する。「括弧内の、02200230GN(ジーエヌ)、のことか」


「ああ」


 翔の問いかけに頷き交じりに答えた。これだけでは解けないのかもしれない、そう思ったが故に単に思いついたことだ。


「どうだろう」翔は顎を掻いた。「仮にヒントなのだとしても、全くピントの機能を果たしていない気がする」


「確かに」あまりにも優しくない。ベリーハード過ぎる。


 閃きが遠ざかるたびに、バイクの音が近づいてくるのを感じる。あと少しで騒音が通り過ぎるのだろう。上手くやり過ごそう。少し身構える。


「すいません、お力になれず」


「いやいや」湯瓶さんは目を細めて笑みを浮かべる。「気にしてないし、気にしなくていい」


「二問目でこのレベルだと、これから先の問題が恐ろしいですよ……」


「え?」湯瓶さんは眉を上げ、視線を翔に向けた。妙な反応である。


「どう、かしました?」


「あっいや、これまだ一問目なんだよね」


「「えっ?」」


 俺と翔は同時に声を出す。まさに異口同音だ。


「けど、ビリーさん。左上の方にほら」翔は指で指し示す。


 湯瓶さんは目を凝らす。「あっ、本当だ。薄い緑の文字であるね、2って」

 またも眉を上げた。声の出し方からして、どうやら冗談ではなさそう。


 バイクの音が近づいてくる。騒音のせいで思考が妨げられる。早くいなくなってくれないかな……


「ですよね」


「もしかして、この2がヒントになってるとか?」


「かもしれないけど、だとしてもヒントになっていないヒントだよね」


「ですよね」


 ヒントとしての機能を果たしていないヒントは果たしてヒントだと言えるのだろうか……翔じゃないけど、俺までゲシュタルト崩壊しそうだ。


 真横をバイクが過ぎ去った。思っていたよりも台数は少ない。そのせいで、俺らの行き詰まりの沈黙は顕著に……なっていない。まだ背中のほうから聞こえてくる。


 何だっていうんだ、もう。


 苛つきも混じり、振り返ってちらりと視線を向ける。


 ヤバっ、目があってしまった。俺はすぐさま逸らす。一瞬だけ見えたバイクの雰囲気は間違いなく暴走族。めっちゃ改造してる。ガン飛ばしてるんじゃねえよ、とか因縁つけられたら嫌……ん?


 真横を通り過ぎたバイク。遠ざかって小さくなっていくはずなのに、何故か二人乗りバイクの厳ついシルエットが大きくなる。


 ……ナゼ?


「明らかに俺らを見てるよな」翔はそう呟いた。


 そんな全くもって不要な見つめ合いをした暴走族は、俺らの目の前でブレーキをかけた。


 ……ナゼ?


 周囲の視線が集まる。


「何か用ですか?」


 湯瓶さんはスマホをポケットへしまう。用かどうか聞いたのは、俺ら二人にではないことは状況と雰囲気から伝わった。投げかけたのはそう、背中側の暴走族。


「まあな」


 今の時代珍しいリーゼント姿の男が髪を櫛で整える。耳たぶはもちろん、鼻にも舌にも唇にも無数のピアスが付いている。指にも邪魔だろうと言わんばかりに一つの指に指輪をいくつもはめていた。


「だが、お前らに用はない」リーゼントは手を出す。「ほら。黙って、スマホをよこせ」


 ……カツアゲされちゃってるじゃないか。これじゃ、触ってなくても祟りあり、じゃないか。


「スマホって、よくスマートフォンを略したやつ?」


「そうだよ」


「ほうほう……誰の?」


 湯瓶さんはポケットに手を入れたまま、首を傾げる。


「てめえンだよ」


 リーゼントは苛立っているようだ。眉間にシワが寄ってきた。


「全員じゃなくて?」


「るせぇな。てめえのだけでいいんだよ」


「そっか。成る程。それじゃあ、君たちは東区の一丁目商店街外れの通りで、十数人で周りを囲み、俺のスマホを奪おうとしているってわけだね?」


「改まって言うことじゃねえだろうが」


「いいからいいから、そうなんだね?」


 何故かしつこく問いただす湯瓶さん。

 軽く舌打ちし、リーゼントは「そうだよ」と答えた。


「そうかいそうかい」湯瓶さんは小さく頷いた。「じゃあ、早速答えから。残念ながら、丁重にお断りさせていただきます」


 湯瓶さんは軽く、本当に軽く小さく一瞬だけ頭を下げた。


「あぁ?」手を引っ込めるリーゼント。


「知ってるでしょ? スマホって高いんだよ。あっ、別に金払えば譲るわけじゃないよ。この中には金じゃ買えないデータってものも沢山入ってるから、渡すことも売ることもできない」


 湯瓶さんは飄々と話す。


「例えばさ、最近始めたアプリゲームなんだけど、五人ひとチームで戦うカードバトルゲームなんだけどさ、これがなかなか面白くてね。最初のガチャも良いのばっか当たって。この歳になってもまさかこういうのにハマるとは思わなかったよ、まったく。それでね、このデータをクラウドに保存してないんだ。なんか使用量が一杯になってるとかで、できてないの。だから、引き継ぎも出来な……」


「んなこと、知るかってんだ」耐えきれなくなったのか、リーゼントは声を張り上げた。「いいから黙って、こっちに渡せっつってんだよっ」


「分かった分かった。まずは落ち着け」こういう対処に慣れているのだろうか、湯瓶さんは冷静に宥める。


「だったら、こうしよう。君たちに俺のスマホを渡すと仮定して、だ。だったらまずは君たちがなんで俺のスマホを所望しているのか、理由を教えて欲しい」


「なんで教えなきゃいけない?」


「世の常、ギブアンドテイクってやつよ。相手から与えられたいのならば、まずは自分から与えなきゃ。ほら、キリストだって言ってるだろ」


 湯瓶さんは胸の前で手を組む。


「与えなさい。そうすれば、自分も与えられます--ってな。確か、ルカの福音書だったっけな。聖書にもあるぐらいの言葉なんだ。やっておいても損はない」


 それはキリストではなく、ザビエルな気がするが、今はいいか。

 相手はため息をゆっくり吐く。


「トレハンだ。ここにいんのは、例のが出てるからだろ?」


「例の……青い画面の謎のことか?」


「青? 違えよ、赤いやつだよ」


「ああ、そっか。ごめんごめん。赤だね。勘違いしてた」湯瓶さん照れるような素振りを見せた。「それじゃあ、それが目的なのね。成る程成る程」


「ほら、お望み通り話してやったぞ。今度はお前さんが与える番だ」


 手を再度伸ばす。


「あれ?」湯瓶さんは首を傾げる。「俺言ったはずだけど。渡すのは仮定だって」


「てめぇ、いい加減にしろよ」


 リーゼントの後方で一人バイクに乗っている奴が喋り出す。青い短髪、リーゼントより若い。


「さっきから舐めてんのか。ごちゃごちゃごちゃごちゃ変なことまくしたてやがって。てめえが知りたいっていうから、総長はしなくてもいいことを誠実に対応したんだ。そちらさんだって筋通すのが道理だろうが」


「ヤクザかてめぇら」湯瓶さんの声色が低く、重くなる。先ほどまでとはまるで別人だ。


「あぁ?」


「筋やら道理やらくっちゃべってんじゃねえ。うるせぇんだよ」


 表情も恐れることなく、険しくなっているだけ。こういう状況に慣れてるのか……いや、慣れてるってどういうことだよ? 普通慣れないだろ??


「てか、十数人で一般市民三人囲んでる時点で、てめーらの方が筋も道理も果たしてねぇだろうが。この卑怯モンが」


「んだと、コラァっ」青い短髪が怒鳴り散らす。周囲から人が離れていく。


「こっちが下手(したて)に出てりゃ良い気に乗りやがって」


 や、ヤバい……ん?


下手(したて)下手(へた)か知らねえけど、早く逃げた方がいいぜ」


「あ?」


 湯瓶さんは「後ろ」と顎で指し示した。暴走族は振り返る。同時に、小さくサイレンの音が聞こえてきた。これは、パトカーの音?


「どうやら誰かが通報したみたいだねぇ」


 遠くを見回す湯瓶さん。


「音の響き方からして、そんなに遠くはないはず。俺のスマホを渡すのはいいけど、その直後か、いやその前かもしれない。警察がここに着くだろう。少なくとも、今この状況は見られる可能性は高い」


 視線をリーゼントである総長に戻す湯瓶さん。


「立場的にどっちが不利か、総長ならそれぐらい分かんだろ?」


 リーゼントはよく響く舌打ちを披露すると、「行くぞオメエら」とバイクをサイレンの聞こえるほうとは逆方向に再び走らせた。


 た、助かったぁ……俺は立てた傘に体重を乗せる。


「一時はどうなることかと思いました」


「俺もだよ。ふぅ」湯瓶さんは深く息を吐く。「とりあえず、これでひとつは分かった」


「えっ?」


「この謎、どうやらただ楽しめるだけじゃなさそうだね」

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