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グラニスラ〜アブノーマルな“人工島”〜  作者: 片宮 椋楽
EP4〜逃走ハンティング〜
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第8話 便利屋⑶

無敵(むてき)くんとは会ってるの?」


 階段を上りながら、後ろから飛辻は質問してきた。


「会ってると思うか、あの単細胞と」


「もしかして、っていうのもあるじゃん。年月が経って丸くなる、みたいな」


「仮に丸くなっても、俺はゼッテェ許さねぇ」


「前から思ってたんだけどさ、なんで許さないの? 理由って何?」


「それは……」頭の中で探す。「その、なんだ。えぇ……」


「同族嫌悪ってやつ?」


「あぁ?」


 少し張り上げた声と不機嫌な表情で振り向く。飛辻は「冗談ですよ〜」と笑みで誤魔化してくる。けれど、慌てている様子はなかった。


「すぐは浮かばねえだけだ。思いついたら、話すよ」


 特にない、というのは言わない。どうせまたイジってくるだけだ。


「はいはい」


 ったく……俺を小馬鹿にするの、単細胞とコイツぐらいだぞ。


「懐かしいね。こうしてまたキドくんと一緒にいるの」


「高校の時以来だよな」


「そうだね。卒業してからはバラバラだから。思い出すよ、無敵くんとよく喧嘩してたの」


「別に思い出さんでいい」


「喧嘩界のトップ二人があれだけド派手に喧嘩してれば、否が応にも蘇っちゃうよ。二人が喧嘩した場所は、電柱やらブロック塀やら壊れまくって、地面のコンクリでさえボロボロになっちゃうし。そんで、しょっちゅう武装した警察が出動してるのに、被害が拡大しないようにと周りを囲んでエリアを作るだけ。高校生のタイマン勝負に、武装した警察が怖くて手を出せないってどういうことよ?」


「知るか」


 そりゃ向こうの判断だろ。こっちが知ったこっちゃない。


「知ってる? 世紀末や場末って呼ばれてたの」


「それも知るか」


「あれれ、当事者には案外伝わってないこともあるのかな」


「かもな」


「そういえばさ、二人が疲れている時にここぞとばかりに大量のヤンキーが勝負

挑んできたの、覚えてる?」


「あぁ……」よく覚えてねえ。


「あれってさ、そもそもヤンキーが無い事ばかりを並べて、二人に火をつけたらしいよ」


「へぇ……」覚えてないから別にどうでもいい。


「ヤンキー三百人が一致団結して、二人を倒そうとするって面白い構図だよね。仲良いじゃんお前らって感じ」


 目的の階に辿り着く。角を曲がると、長いコンクリートの外廊下が見えた。ここに来るのも久しぶりだ。例のヤク作ってた高校生の時以来か。


「正直なところ、キドくんは完全にそっち系の人になると思ってたよ」


 飛辻はそう言って笑った。


「そっち系ってなんだ?」


「察してよ」


「まあ、もう一方は暴走族になったけど。まだ総長やってるの?」


「知らん。だが、もう辞めて海外に一人旅してたと聞いた」


「なんだ、知ってんじゃん」


「うるせえ」


「なんやかんや仲良いくせにぃ〜」


「おちょくるな」


「嫌よ嫌よも好きのうちって」


「おい」低い声で遮る。


「はーい、長生きしたいのでもう辞めておきまーす」


 俺はため息を深い吐き、一つの扉の前で立ち止まる。


「ほれ、着いたぞ」


 俺は扉の隣にあるベルを鳴らす。ピンポーンと、甲高い音が響く。

 中から返事はない。まあここまではいつも通りだ。大きく息を吸う。


「シロネコヤマトですぅ」


 聞こえるように大声で、なおかつ声色を変えてドア越しに言う。これで中から物音がすれば、マニアがいることの証明……あれ?

 いつもするはずの音が聞こえなかった。繰り返し使っている技。もしかして、免疫ついたか?


「キドくん」


 飛辻に呼ばれて目を向けると、もうドアノブに手をかけていた。


「なんか鍵開けっ放しみたいだよ」


 何?


「不用心だね」


「いや」


 俺は即座に否定し、小声にして続ける。


「少し間抜けなところはあるが、あいつは慎重な奴だ。窓さえ開けたことないほど常に警戒してる。部屋の鍵なんかは絶対に閉めてるはずだ」


 それに、さっきの……さっきの……


「飛辻」


「ん?」


「さっき行った会社の名前なんだっけか?」


「モーストリー?」


「ああそれだ。偶然か否かそこと同じ状況なのがなんか胸騒ぐ」


 俺は眉をひそめ、「俺の後ろに」と伝える。飛辻は数回小さく頷くと、目元を開いたままこわばらせた。そのまま、ゆっくりドアノブを元に戻し、忍び足でドアから距離を置いていく。


 場所を入れ替わり、今度は俺がドアノブに手をかけて、静かに手前に開いた。

 奥から陽の光が差し込んでいる。部屋の様子は変わっていない。だが、一目で異変に気づいた俺は両手を強く握った。


「気をつけろ」


 そして開く。よし。問題なく力が入る。いつでもいける。

 俺は靴の揃えられた玄関を、土足のまま上がっていく。


 一つ一つの部屋を順番にゆっくり探していく。居間は勿論、バストイレ。例のパソコンルームや押し入れ……人がいそうな場所、隠れられそうな場所は全て回ったが、誰もいなかった。人の気配も感じないし、ここに来てから俺ら以外の物音は聞き取れなかった。となると、やはり……


「いないみたいだね」


 全ての部屋を確認し終えてから、飛辻はそう呟いた。


「キドくん」


「あ?」


「こんなこと言っちゃなんだけどさ、ただの買い物に行ったとかじゃないの? で、たまたま閉め忘れちゃった、みたいなさ」


「いや、絶対に違う」


「どうしてそこまで言い切れるの?」


 俺は顎で指し示す。「カーテンだ」


「カーテン?」


「開いているだろ? だからだ」


「開いているって……そりゃ、開けるでしょ。朝になったら陽の光を浴びようと」


「あいつ、ドラキュラ体質なんだよ」


「は?」キョトンと目を点にする飛辻。


「つまり、トマトジュースが好きで日光とニンニクが嫌いなんだ」


「はぁ……」反応が薄い。「病気?」


「じゃないが、とことん好きで嫌いなんだと」


「ほぉ……」


「陽の光が嫌いで朝から部屋の電気を煌々とつけるようなやつが、カーテンを開けっぱなしにして外に出るなんて妙だ。窓も開いてるならまだしも、カーテンだけってのはあいつと付き合ってきた俺だから分かる。考えられないんだ」


「じゃあ……」


「あいつと俺ら以外に、ここに入った人間がいるってこった」


「うわぉ……」飛辻は額を人差し指で掻いた。「大ごとになってきたね」


「かもな」


 ケータイが揺れる。電話が鳴っているのだ。


 マニアか?


 すぐさま相手を見る。違った。だが、待っていた人物からだ。


「もしもし、俺だ」


『すいません、龍神さん』トクダ(・・・)は謝罪から入った。『別件で立て込んでまして。遅くなりました』


「いいさ。で、調べて欲しいのが」


 飛辻に視線を向けると、「モーストリー」と囁かれ、そのまま「モーストリー、とかいう会社についてなんだが」と伝えた。


『モーストリー……アプリ開発会社のアバターズの、確か関連会社でしたっけ?』


「流石。知ってるのか」


『ほんの少しです。けど、あまり良い噂じゃないのは確かですね』


 やっぱそうか。


「そこの詳しい裏情報を頼む」


『少し時間はかかるかもしれませんが、調べられるだけ調べてみます』


「いつも通り、なる早でな」


『報酬、弾んで下さいよ』


「はいよ」と伝えて、電話を切る。


「すまんな、飛辻。めんどくさいことに巻き込んじまって」


「いや、それはいいんだけどさ。さっき言ってたことってどういうこと?」


「何のことだ?」


「一刻を争うってやつ」


 ああ……ん? そうか、まだついてきていやがったか。


「まだ分からん。そうかもしれんし、そうじゃないかもしれんってだけだ。だが、もし最悪な方で考えたら、早く行動しないといけねえんでな、そう言い方になっただけだ」


「最悪な方って?」


 俺は飛辻に視線を送った。「誘拐だ」


「ゆ、誘拐?!」短く叫ぶように声を上げると、飛辻は言葉を詰まらせた。「一体誰がそんなこと……」


「聞いてみっか?」


「え?」飛辻も目を見開く。


「せっかくだからな」そして、俺は振り返った。「もう隠れなくていいぜ。バレてるからよ」


 玄関の扉の向こうに話しかける。少しして、開く音が聞こえた。ぞろぞろと男たちが入ってくる。もちろん土足のまま。


「何者だ、てめぇら」


 十代後半から二十代初めぐらいの男たち五人。黒基調に赤い英語が入ったパーカーを着た一人を先頭に、後ろに二人ずつ並んでいる。スキンヘッドに肩まで伸びた長髪。マッシュルームヘアーに五分刈りと、皆髪型が綺麗に分かれている。


「よく気づきましたね」


 先頭の奴が話し始めた。両手はパーカーのポケットに手を入れている。


「察しがいいんでな」


「なら、俺が何言うかも分かります?」


「どうだろうな……ついてこい、とかそんなもんだろ」


「正解。話が早くて助かります。一緒に来てください」


「そんな、はい分かりました、でのこのこ行くわけねえだろうが」


「優しく話している間に言うこと聞いた方がいいですよ」


「話が分かんねえ野郎だな」俺は眉間にシワがこれでもかと寄る。


「嫌だって言ってんだろうが」


「だったら、無理にでも来てもらうしかないっすね」


 パーカーは手を出した。黒いものを握りしめながら。


「あ、ああ、あ、あれってっ」


 後ろで慌て始める飛辻。姿を見なくても声だけで伝わってきた。


「見りゃ分かるよ」


 野郎が手にしているのは、そう、拳銃(・・)だ。

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