第4話 御室⑴
「なあなあ、槇嶋翔さんよぉー。これは一体、どういうことなのだい?」
俺は傘を杖代わりにしながら、眉を細める。
「どういうことなのだい、とは?」
隣にいる翔が首を傾げる。
「どういうことなのだい、とは、どういうことなのだい、だよ。てか、そんな質問するのは、どういうことなのだい?」
「もうやめてくれ。ゲシュタルト崩壊しそうだ」
隣に並んだ翔は冷静につっこんだ。
「だってよぉ」
俺はつまんでいた赤いスーパーボールを繰り返し見せた。学校の帰り道に買い食いして、貰った商店街のくじ引きで当たったのが、コレ。
「これでまだ四等だぜ? この下位に三つもあるんだぜ?? 最下位じゃねえのがまず信じられねぇ。縁日かよ」
「まあ……」苦い笑いを浮かべる翔。「確かにまだポケットティッシュの方が使いどころあるわな」
「だろぉ?」
喉から意図せぬ高い声が出て、思わず咳き込んだ。
「はぁーあ、マジいらねぇー」
手の上で小さく投げる。掴んでは投げる、を繰り返す。
「今日だって夕方から雨降りますっていうから、傘持ってきたのに晴れているじゃないか。夕陽が眩しいじゃないか」
「それは俺も他の人も同じ。お前だけのことじゃない」
あれ、翔は折りたたみじゃなかったか?
「てか、そんな愚痴んなら、どっかで捨てりゃいいじゃん」
「まあ確かにな」翔の指摘はごもっともだ。
「けどさ、スーパーボールって捨て方よく分かんなくね? 燃えるゴミなのか燃えないゴミなのかさえよく分からんし」
「あー、考えたことなかったわ」
まあそれが普通だろう。実生活において、スーパーボールはどんな捨て方が適しているか、なんて考えることなどない。
「それにさ……捨てんのなんかヤじゃね?」
「嫌って、何が?」
「何がって言われても答えらんねえけど……まあ……なんとなく?」
首を軽く傾げると、翔は呆れた表情を向けた。短く小さなため息も吐いた声も一緒に聞こえた。
「どーせ、家に適当に置いて、いつの間にかどっかいって、ふとした拍子に出てくるだけなんだから」
「出てきてるならいいじゃんか」
「後々結局ゴミになるんだったら、今捨てりゃいいじゃんってことだよ」
「へいへい」
冷たくあしらう翔を傍目に、俺は手の平に乗ったスーパーボールをポケットにしまった。
「どうするかなぁー。どうしようっかなぁー」
「お好きにどーぞ」
薄い反応。まあいいや、どっかで捨てることにしますか。
翔のスマホが手のひらで小さく一度震える。おもむろに画面を見る。覗いたわけじゃないが、見えてしまった。
「おっ、全快か」
スタミナが回復しました、とあった。
「みたいだ」
「それじゃあ、続きやりましょか」
「ああ」
興味が無いのか、翔の食いつきはよくなかった。
「なんだよ、反応薄いなぁ。もっと興味を持てよ。そんな気持ちじゃ、お宝は見つけられないぞ」
数多のアプリゲームが日々出現している。個人で作ったものから大企業が社運をかけて開発したものまで、まさに千差万別。どれを遊べばいいのか混乱してしまうほど、アプリゲームは溢れている。世は大アプリゲーム時代、そう表現しても違わない。
そんな中でも最近ひときわ人気のアプリがある。タイトルは、“トレジャーシティー・ハンティング”。たびたびSNSのトレンド上位にも“トレハン”、または“TH”や“TCH”の名で載ることがある。だが、その理由は他とは少し異なってくる。
近くに新たな宝が埋まっています--アプリ内で前触れなく、突然その一言が表示されることが全ての契機だ。
このアプリは、現実世界の一部をゲームの架空現実に反映させた、いわゆる代替現実ゲームの一種だ。ARGと略されることもあるかな。まあ要するに、スマホのGPSやAR技術を駆使し、リアルな世界を歩き回ることでゲームにその成果が反映されて、楽しむことができるということ。
ジャンルとしては、宝探し。一定条件下のもとで出現する謎やミッションをクリアしていくことで、街に眠っている財宝を手に入れることができる。
その上、色々と楽しませてくれる機能満載で、例えばGPSを使って近くのプレイヤーとルームを作り、協力して謎を解くこともできる。他にも、グループ間でのチャット機能も備わってるから、友達や恋人を作るツールとしても活用されているとかネットでよく言われている。嘘が本当か分からないけど、犬とハサミは使いよう、ってことなのかな。
とはいえ、このゲームが人気なのは、そこじゃない。少なくともそこだけじゃない。一番の理由はやはりこれだろう。手に入れた財宝はなんと、ギフトカードや景品と交換することができるのだ。他のゲームにはない最大の魅力として、評判となっている。
それを基本無料で遊ぶことができてしまうのだから、無茶苦茶な気もする。一応、アプリを開いている間にスマホの上下に表示される広告収入で賞金費用とかを賄っているらしいが、それにしても採算が取れるのかと不思議に思うぐらい毎回毎回大盤振舞い。まあ、だから瞬く間に人気になったんだろうけどね。
ちなみに、アプリを開発・販売をしている、アバターズというベンチャー企業の社長はこの島出身だとか。意外とこの島から有名人って出てるんだよなぁ……俺もなれちゃったりするかな?
「とは言ってもさぁ……」
翔の反応は、芳しくない。
「確か、少し前にハッキングされてたよな?」
「ああ」
少し前にニュースで報じられて、話題になった。何者かがアバターズのサーバーに侵入し、ウイルスに感染させたとのことだ。そのせいで多少なりプレイヤーが減ったと聞く。けど、むしろ賞金をゲットできる可能性が増えたのだから、俺らみたいなまだ未獲得の者にとっては万々歳。
「ああ。けど、個人情報が盗まれたとかじゃなかったって言われてたじゃん」
聞くところによると、個人情報の部分ではなく、アプリの仕組の部分に侵入されたらしい。ライバル企業や某国がアプリの構造を知るためにやったものではないか、あとはとてつもない大金を得られるという隠し要素を出すためにやったのではないか、なんていうもはや都市伝説に近い噂が広がったりもした。
「まだ詳しいことは分かってないのに、言い切れるのか?」
そう、まだ誰がハッキングしたのか、どうやって侵入したのか、二ヶ月経過した今も不明のままだという。
「おいおい、なんでそんなに気にして……あっ」
「なんだよ海陸。その嫌なこと気づいてそうな反応は?」
俺は思わずニヤついてしまう。名前を呼ばれたからではなく、ある可能性の想像が脳裏をよぎったからだ。
「いや、ほんの少しだよ」
「何が?」
「普段見てるヤラシイものが流出したんじゃないかって不安がってるのかなぁーって思っただけ」
ため息をつく翔の顔は呆れ顔で満ちていた。
「ほんの少しだけだとしても、俺が思ってることとは遥かに違ってる」
「じゃあ、なんだよ」
「教えねえ」
「なら、俺は俺の導いた答えを信じるよ」
背と鼻を伸ばす。
「カッコいい台詞だけど、今この状況ならば、超絶ダサい」
「おい、至近距離で投げたるぞ」
「うわぁー、暴力反対っ」
やる気無さげに両手を弱く上げて、ずるような駆け足で逃げていく。その姿を見て、追いかける気にもなれなかった。
「翔君?」
背中の方から、翔の名を呼ぶ声が聞こえる。立ち止まって振り返るとそこには、随分とインパクトのある男の人が立っていた。俺は混乱する。
短い紫の髪、茶色のサングラス、両耳に3つずつピアスを付けている。裏地がボアになった茶色い裏ボアコーデュロイジャケットにダメージジーンズを履いている、ザ・派手な格好。片手にはスマホを持っており、もう片方はポケットに入れている。
正直言って、翔がつるみそうのない人。避けそうな人。だから、何故翔の苗字を知っている、皆目見当がつかなかったのだ。絡まれてるのかもしれない、頭の中でその一言が横切る。
「お、おい翔」
聞こえていなかったのだろう。俺が改めて名前を呼ぶと、「ん?」と振り返る。俺に視線があった直後、その後ろに目線が移る。途端瞼が開き、まさかの笑顔になった。
「ビリーさんっ」
翔は離していた俺との距離を元通りに縮めてくる。
「お久しぶりです」
「おお」相手は眉を上げ、にこやかになる。「相手も元気にしてた?」
「ええ。ビリーさんは?」
「おれも同じく」
二人して息揃えて笑い出す。ついていけない俺だけがポカン顔。
「こいつは俺の友人の御室です」
紹介された俺は慌てて「はじめまして、御室です」と会釈する。
「はじめまして。お湯に瓶で、湯瓶と申します。翔君にはビリーと呼ばれてます」
「どうも」誰だろうか……
「違いますよ。ビリーさんが呼んでいいよって言われたからですよ」
「あれ、そうだっけ?」
「そうですよ。ショッピングモールの駐車場で」
「あーあー、そうだったねぇ」
ショッピングモール……あぁ! 「あぁ、あの時の!?」
思い出した。翔が不思議な人と出会ったって話してたけど、この人だったのか。
「良い紹介されてたら嬉しいな」
浮かべる笑顔は、見た目とは裏腹に優しそうな雰囲気が漂っていた。翔の口から聞いていた通り、助けてくれた人がいたっていうのは、本当みたいだ。正直、半信半疑だったけど……
湯瓶さんの視線が俺らの手元に落ちる。
「あれ、もしかして君達もトレハンやってるの?」
「あっ、はい」
「奇遇だねぇ〜実はね、おれも今やってるの」
「そうだったんですね」
勝手に同志を見つけたような気持ちになり、俺はテンションの赴くままに尋ねた。
「結構やり出すとハマりますよね」
「正直言うとそうでもなかったんだけど、つい最近からハマらざるを得なくなっちゃったことがあってね」
「ハマらざるを得ないこと?」
「これだよ」
湯瓶さんは手にしていたスマホの画面を見せてくれた。真っ黒な背景に赤字が表示されている。見たことはないけれど、コレについては十分に知っていた……
「なんか俺らのとは違いますね」素っ頓狂な翔の声は右から左へと抜けていく。
「あれ、翔君は知らないのかい?」
「そ、それって……」
俺は驚きのあまり閉じてしまった喉を無理矢理こじ開け、声を絞り出した。
「その様子だと、御室君は存じ上げてるようだ」
俺は湯瓶さんの顔を見る。「き、きたんですか?」
「ただの噂の類いだとばかり思っていたから、おれもこれが画面に出た時はびっくりしたよ」
「そりゃあびっくりしますよ。これは……いや凄い。ホント凄い」
垂涎のあまり、語彙力が無くなっていた。
「すいません」
視線を向けると、翔が小さく手を挙げていた。
「お二人はさっきから何をお話しいるのでしょうか?」
「お前、本当に知らないのか。冗談じゃなく」
「……悪いかよ」
怪訝な顔になる翔。
「まあまあ、喧嘩しない喧嘩しない」湯瓶さんが仲裁に入る。「これはね、トレハンプレイヤー界隈で噂になっていたシークレットミッション、つまり隠し要素だね。というか、隠しクイズってほうが合ってるかな?」
「隠しクイズ……確かそれってハッキングした理由の一つだとか噂されてるやつですよね?」
一部の選ばれたプレイヤーにのみ配信されてるものらしく、このミッションで出てくる宝を見つけることができたら、大金を得ることができるのだと噂されている。
「このクイズを解きたくてっていうやつでしょ? 変な話だよねぇ。ネットニュース発信だからそこまでは信用してないけど。同じネットニュース繋がりで結構な額の賞金が手に入るとかも言われているらしいよね」
「ええ」
「へぇー。ちなみに結構な額、どれぐらいです?」
「ん? 一万円札が百枚」
「へ?」眉を上げる翔。
「だから、百万円」
「わお」
見たことのない翔の反応だった。