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グラニスラ〜アブノーマルな“人工島”〜  作者: 片宮 椋楽
EP4〜逃走ハンティング〜
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第3話 探偵⑴

「よっすぅ〜」


 事務所の扉が開く音と一緒に聞こえてきたのは、能天気な言い方と女の声。なんの躊躇もなく入って来れるような人間で且つさっきの二つの要素を組み合わせると、脳裏に浮かぶのは一人しかいない。


「朝から何の用だ、マッド(・・・)


 顔を覆う本はそのままで、俺は問いかけた。


「顔見てなかったのによくぼくだって分かったね。」扉を閉める音が聞こえる。「もしかして、超能力にでも目覚めちゃった?」


 俺は本の背を掴みながら、上半身を起こした。「目覚めたのは超能力じゃなくて、目ん玉だよ」


 浮かばせていた足を床につき、背を伸ばす。時刻は九時五十分。早朝だ。


「んで、何の用だ?」


 俺は何かを探す素振りで事務所に入ってくるマッドに声をかけた。


「そんな大したことじゃないよ」マッドは笑いながら手を横に振った。「前に貸してたDVD返してもらいたいなって」


「ああ……」借りていたことは覚えていた。けれど、名前が出てこない。「あれな」


「その反応、もしかして無くした?」


「いや……」自信がない。


「不安がってるじゃん」


 すぐに見抜かれた。


「あるよある、その……あの辺に、多分」


 俺は立ち上がって視線の先、テレビ近くの山積み物置き場へと向かう。


「多分って言っちゃってるじゃん。もーやめてよねー」


 俺は掘削するように、上から順に山を崩していく。本やら雑誌やらチラシやら、無造作に置きっ放しにしていた過去の自分をほんの少し恨んだ。


「タイトル、なんだっけか」


「あー成る程ね」マッドは何かを悟ったように頷きながら、腕を組んだ。「お主、そもそも観てないな?」


「観れてないんだよ」


 正確には、仰る通り、観ていない。タイトルさえ思い浮かばない。脳から綺麗さっぱり消えている。


「面白いのに、『ヴァンパイアVS落ち武者』」


 そうだ、そんなようなどっちが悪役なのか分からない名前だった。


「それがどうした」


「いやさあ、他の人にも貸す約束しててさ。これね、版権の問題で揉めて、今はもう発売もレンタルもされてない、レア物なんだよ実は」


 意外だな。そう言葉が脳裏によぎるが、口にはしない。


「んで、その話をしたら観たいと言ってる人がいたらしくて」


「らしくて?」違和感を言葉にする。


「うーんと、知り合いの知り合いから頼まれたって感じかな」


「成る程」イメージはついた。


 あっ。「あったぞ」


 俺は宝探しに成功したハンターの如く、高くかざした。


「その笑顔は、良かったぁー見たかったぁー、っていう安堵からくるもの?」


「痛いとこ突くなよ」


 中を開き、念のため入っているか見る。ディスクに書かれたタイトルと一致しているのを確認し、俺は辺りを見回す。

 野ざらしで渡すというのは一応借りていた身として、気が引けた。近くにぽんと置いてあった濃い緑色の小さめの紙袋を掴む。

 俺は立ち上がり、中にしまい入れながらソファに戻る。


「あったんだから。終わりよければすべてよしだ、ほれ」


 紙袋を差し出す。


「本人が言うかね」少し腰を浮かせて受け取るマッド。


「ふっ、まあ確かに」俺はソファにどすんと座った。


「あのさ、ひとつお願いしてもいい?」


「お願い?」


 マッドは紙袋を軽く持ち上げた。「今、観ていい?」


「それを?」


「うん」コクリと頷いた。


「なんでわざわざうちで見んだよ?」


「実はさ、家のデッキ壊れちゃって。新しいのが来週来るんだけど。まあ要するに、貸す前にもう一回観ておきたいなって」


「壊れてって……」予想外な理由に言葉が一瞬詰まった。「直すのなんか両目瞑ってもできるだろうが」


 それどころか、遥かにグレードアップしたデッキを作りかねない。家電メーカー垂涎なものを。


「確かに直せるけれども、最近立て込んでてさぁ。プライベートで働きたくなかったで御座るよ」


 立て込んでる……「ああ、例のコンピュータウイルスの件か?」


「いえす」


 前に雑談交じりに、さわりだけ聞いた。どこかの人気アプリを開発している企業が狙われて、顧客情報やらなんやらが流出したとかいうやつだ。

 二ヶ月ぐらい前のことだったと思うが、どこから侵入したのかとか犯人の目星だとか、全体の被害像すら未だ解明できないことが多数あるらしい。

 ニュースでもそこそこ話題になってた騒動、いや立派な事件だったのだが、コンピュータの修復をなんとマッドに依頼したというわけである。

 ソフトウェアの開発も勿論お手の物だからこそ、頼みの綱として修復の依頼がきたらしいが、本人曰くメカを作る事よりかは苦手だとのこと。言い換えれば、専門家程度には出来るってこった。メカを作るのは専門家以上なのだから。


「おかげでへとへとよ」疲労が滲む肩の落とし方だった。


「商売繁盛なのはいいことじゃねえか」


 別に慰めようと思っていったわけではない。ただ……その……良い言葉が思いつかないから、慰めでいい。


「一人で切り盛りしてるから盛ん過ぎるのも困るのよ。何事もほどほどに、ってやつ」


 どこかに向けた遠い目の焦点を俺に戻すと、「それで、どう?」と尋ねてきた。


「悪い」俺はDVDをマッドへ滑らせた。「今日は無理だ」


「なに、お仕事?」受け取りながら、マッドは尋ねてきた。


「いや、まあそれもだが。それ以外にも、って言った方がいいか」


「は?」


 俺はコートの内ポケットにしまってあった名刺を見せた。マッドは顔を近づけ、目を凝らす。


「タカテレビ……って、あの有名な? 何、テレビ来んの?」


「ああ。もうそろそろ来るはずだ」


 時間は朝十時と聞いている。


 マッドは「取材? 取材されるの、ハジメ君っ」と少々興奮気味だった。


「まあ、そんな感じだ」俺は名刺をしまいこむ。


「田荘に借りがあってな。そのお返しにって」


「あー、田荘君。ん? 田荘君?」


 マッドは理解したように眉を上げた直後、眉間に皺を寄せた。


「なんで、田荘君のお願いがテレビ局の取材を受けることなの?」


「知らん」


 前に協力してもらったことへの礼ということで、田荘への一回分タダ働きがあったが、それがチャラになるのならと、二つに近い返事をしたから、詳しいことは聞いてなかった。


「んで、何、インタビューとか受けちゃうの? 過去にこんな事件を解決してきました〜みたいな」


「そういうのもあるが、基本は密着系らしい。警察24時の探偵版を作りたいんだと」


 そもそも、過去に解決してきた事件を話すのは、守秘義務関係が関わってくるらか、難しいと思う。なんてことは、無粋だから言わず、胃に収める。


「なら、探偵24時ってことだね」


「そういうこった」


「へぇー」マッドは背もたれによりかかった。「ハジメ君もついに有名人になっちゃうってわけか」


 しみじみとした言い方で言葉を出すと、「あっ」と途端に背を起こした。「じゃあ、こういうのやります的な台本はもう貰ってたりするの?」


「いや、そういうのは特に。ま、ドキュメンタリーテイストだからな、無いんだろう」


「いやいやいやいや、テレビってのには台本があって当然なの。当たり前なの。面白い虚構がテレビなの」


「はいはい」


 軽くあしらうと、「むぅ」とマッドは頬を膨らませた。


「子供か、お前は」


 そう鼻で笑った時、事務所の扉がノックされる。三回、間隔を空けて。


「はい」


「タカテレビの洲崎と西ですが」


 噂をすればなんとやら、というやつか。


「どうぞ」


 促すと、扉が開く。女性が二人立っている。最初は俺の方に視線が向いていたが、手前のマッドを見ると、少し目を開いた。慌てている様相が伺えた。


「すいません、依頼人の方いらっしゃったんでずね」


 そう発言したのは、前側に立っている細いモデル体型の方の女性。確か名前は……洲崎さん。ディレクターだったと思う。

 すらっと伸びた背とふちの黒い眼鏡によって、出来るキャリアウーマンのような雰囲気を醸し出していた。服装は、少し光沢の入ったカーキ色のジャケットに、その下から黒い文字で“Goods”と書かれた白Tシャツが覗かせている。裾口の広い淡いベージュのチノパンと白とピンクのスニーカーという、動きやすさを重視した格好だ。


 もう一人奥にいるのは、洲崎さんとは対照的で、童顔でほんの少しふくよかな人。名前は……そう、西さん。最初にアプローチで電話してきたのはこの人で、アシスタントディレクターだったはず。どちらかというと可愛い系女子といかいうやつだろう、正式名称などというのは知らん。格好は黒の長袖フード付きパーカーに濃紺のストレッチジーンズ。なんとなく、おしゃれでいたい、という想いを感じとれた。


 そんな二人を見て、まず最初に抱いたのは違和感だった。いや、既視感か。五日前に会った時と同じ格好をしているのだ。


 ……いや、同じコーデで着てるだけだよな。テレビマンって昼夜帰る暇もないだとかなんとか聞いたことあるけど……同じようなのが沢山あるだけだよな……少なくとも洗ってあるよな、うん……

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