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グラニスラ〜アブノーマルな“人工島”〜  作者: 片宮 椋楽
EP3〜籠城ショーケース〜
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第32話 槇嶋⑺

「どうぞ」


 警官から渡されたピンクと肌色を混ぜた色の毛布を受け取りながら、ショッピングモールから距離を離れて、また散っていく人々。俺も例外じゃない。右手から左手に後ろで渡し、肩にかけ、前で端を合わせる。多少和らいできたとはいえ、寒さはまだ染みる体をそっと包んだ。大体みんな同じような動きをしている。


 俺は辺りに目をやった。確か、少し前にいたと思うんだけど……あっ。


 両目で早乙女愛を捉えた。少し離れたところにいた。籠城犯と正体不明の男女グループとの危険な対峙場面に人質としているのを遭遇した時は、本当にびっくりした。てっきり、脱出できたとばかり思っていたから。


 声をかけようとしたけれど、早乙女愛は目の前にいる男性と会話していた。相手は……誰だろう。見たことない。もしかして、中で一緒にいた人かな? 時折、にこやかに頷いてもいるし、まあ、今すぐに話しておかないといけないこともないわけだし、話し終えてからでいいか。


「申し訳ございませんでした」


 右後ろの方から謝罪の言葉が耳に入り、俺はふと視線を向けた。男性が歩いてきている。スーツよりも硬派な黒の燕尾服を身につけ、両手に白い手袋をしている。一言で言うならば、そう、執事。まるでドラマとか漫画とか架空の世界から間違って飛び出してきてしまったかのような、10人いれば10人が思い浮かべそれ以外に何も思いつかないような、ザ・執事。

 左手には白黒の傘を持っている。雨は降っていないのだが、開いている。傘の傾き具合からして、自分のためではなく、隣にいる女の子のためにさしているのだろう。とはいっても、果たして子という表現が適切なのか分からない。白と黒で構成されたいわゆるゴスロリとかいうもので全身をコーディネートしているから、年齢不詳だ。確か、早乙女愛らがいた人質の中にいた……ような気がする。


「あっちはどうだった?」女の子が口を開いた。可愛らしい高めの声だ。


「現在は問題ないとのことです。先ほど連絡がきました」


「そう、ならよかったわ」視線は前方に向けたまま、女の子は会話している。


「しかし、そのせいでお嬢様の身を危険に晒してしまいました。執事としてあるまじきこと。大変申し訳ございませんでした」


 執事は立ち止まり、深々と頭を下げた。綺麗な形をした謝罪だ。あとやっぱり、執事とお嬢様なのか……


「下手したら大きな事件に発展していたかもしれない。一刻を争う事態だから早く対処しろと言ったのはわたくし。あなたが謝る必要はないわ」


 女の子も立ち止まり黒いレースの手袋をはめると、少しだけ顎を引いて視線を後ろに運んだ。「それに、自分の身くらいは自分で守れます」


「し、失礼いたしました」


 少し低めの声に動揺でもしたのか、執事は慌てて頭を下げ、そばに駆け足で寄った。


「そういえば、吉澤さんの名前は出したのよね?」


 誰かの名前が飛び出すと、執事の目が急に少し沈んだ。


「中に入る際に一度……いや、中に入ってまた一度出しましたので、計二度ほど。勝手な言動、大変申し訳ございません」


 執事は三たび頭を下げた。回数を重ねても、統一された角度。変わらず綺麗な形だ。


「全くあなたはいつも謝ってばかりね」女の子は軽く微笑んだ。「困ったらいつでも出していい。そう言って下さったのは吉澤さんからよ。必要な時に少々拝借しただけだもの、気にしなくていいわ」


 2人は立ち止まる。俺との距離、数メートル。


「ただお礼も兼ねて、車の中で連絡したいわね」


「直ちにご用意致します」


「よろしく」


 執事の人が手を高くあげる。ただそれだけだったのだが、すぐさま目の前に黒の縦長なリムジンカーが向こうからやってきた。走り出しの勢いとは異なり、2人の目の前に来ると静かに止まった。黒々としており、光沢が眩しい。常に綺麗にされているのだろう、と分かる。後部座席の扉を片手ドアノブ、片手ドアの上に添えて、そっと開ける執事。女の子の足が車内まで入ると、ドアがゆっくりと閉められた。執事は小走りで駆けて助手席に乗り込むと、車はすぐに発車した。


「彼女さん、いた?」


 呆気にとられていると、右の方から慣れた声が聞こえてきた。見ると、いつの間にか湯瓶さんが真隣に。左の指で持ち、肩にかけていた。


「あっ、これは付き合っている相手って意味の彼女じゃないからね」


 そう両手を広げて振っている湯瓶さんに「分かってます」と続ける。

 

「そこにいたんですけど、警察の方と話しているようなので」


「そう」湯瓶さんが微笑む。「遅くなったけど、陽動作戦、お見事でした。指示して動かす、リーダーの素質あるんじゃない?」


「そんな……」俺は言葉を探す。「湯瓶さんが教えてくれたおかげですよ」


 元々、使おうと工具を取ってきた帰りにアイスクリーム店と雑貨屋さんと駄菓子屋に寄ろうと言ったのは、それぞれドライアイスの入った専用の保冷バッグと小さめのタッパーと清涼飲料水を手に入れるように言ったのは、何よりドライアイスと清涼飲料水を入れて蓋をしたタッパーを使って敵をおびき寄せ、隙ができたところを例のニセモノ銃を向けることで捕まるという作戦を立てたのは湯瓶さんであり、あくまで俺はそれに従ったまでだ。


「いやいや」湯瓶さんは左手を顔の前で振る。俺らは何故か互いに譲り合っていた。「それを覚えて、あの場で活かそうと考えたのは君の手柄だ。素直に受け取りな」


 立て続けの褒め言葉に妙に小っ恥ずかしくなり、俺は下に顔を逸らし、「はい」と頭をかいた。その時、右手が目に入った。包帯を巻いている。痛々しかった。俺は視線を戻し、「手、大丈夫でした?」と尋ねる。俺は心配していたのだが、湯瓶さんはハハハと声を出して笑い、吹き飛ばす。


「大げさだって。ただのかすり傷だから」右手を持ち上げる湯瓶さん。「それに、しっかり手当てしてもらったし」


 てっきり骨折かと思ってたけど、そうじゃなかったのか。まあ、それなら一安心だ。


「にしても、いつの間にメリケンサックなんて手に入れてたんです?」


「ああ」湯瓶さんは左手でズボンの右ポケットに手を入れ、つまむように取り出す。「これはね〜いつも持ってんだわ」


「いつも?」


「うん、自前」


 予想外の答えに思わず言葉を失う。てっきり、どこかで手に入れたとかかな〜って思ってたから。


「よく持ち合わせてましたね……」


「いやいや」メリケンサックを左ポケットに入れた。「常に持ち歩いてるよ」


「い、いつも持ってるんですか?」


「仕事柄、必要なんでね」


 一体何の仕事だったら、それを必要とするのだろう……


「けど、しばらくこっちの仕事はないから問題ナッシング」手首をカクカクと曲げる湯瓶さん。


 こっち? 聞けば聞くほど、湯瓶さんへの謎が深まっていく……なんか覗いちゃいけない闇でも見ているかのような変な感覚になる。


「槇嶋君は?」


「俺は全然。無傷です」


「そう……」湯瓶さんは視線を正面に。「にしても、こんなに人がいたんだね〜」


 俺も視線を向け、「確かに」と応答した。


 黄色い規制線の向こうには何列にも渡って、人の群れができている。ここから、列の終わりが見えないぐらい。相当いるのだろう。


「あんなに色んなことが起きてたのに、2時間弱しか経ってなくてビックリしました」


「次から次に色んなことが起きたし、俺らもしていたからね。一分一秒が濃かったんだよ」

 ハサミでゲームセンターの筐体を壊したり、爆発するドライアイス入りのタッパーを人に向かって投げたり、普段であれば決してすることができないし、してはいけないことをした。もちろん、望んでいたというわけじゃない。偶然にも不幸にも巻き込まれたから、止むなく。

 そんな1分後に自分の身がどうなるか、全く予想のつかない状況下でどう考えどう行動するべきなのかを、身をもって学ぶことができた。決して見ることのない領域を体感することができた。


「それか、嫌な時間は遅く感じる的なあれかもね」


 湯瓶さんは意味ありげな表情で笑った。


 にしても、シザードールといい、立て籠もり事件といい、最近はおかしなことがしょっちゅう起きる。お祓いにでも行くべきなのか……いや、そこまでしなくてもいいか。だけど、雑誌や朝のテレビ番組の占いで言われたことぐらいは、実行してみようかな。


「そういえば、タイガさんどこにいるか分かる?」


 あの青い作業着の男性か。


「出てからは見ていないです」


「そっか……」顎を掻き、口を動かす湯瓶さん。


「何かあったんですか?」


「え?」


 湯瓶さんは目を開いた顔を見せてきた。


「さっき『折角だったのに』って言ってたので、何かあったのかなーって」


 ボソボソっと呟いただけだったけど、聞こえた。


「いやいや、そこまで大したことじゃない」湯瓶さんは顔をほころばせて、顔の前で手を振った。「ちょっと話したいことがあってね」


 確かに俺も話してみたい。何であんなに強いんですか、って。人間離れしてた。


「まあじゃあ、この辺探してみよっかな」


 探して……それほどまで??


「それじゃ」踵を返す湯瓶さん。


「最後に」


 会うのはこれが最後かもしれない。そう思った俺は少し声を大きくし、湯瓶さんを引き止めた。止まって足を一歩引き、体をこちらに向けてくれた。


「結局できなかったので」俺は左手を前に出す。


 湯瓶さんは「あぁ」と顔の筋肉を緩めた。


「ありがとうございました、湯瓶さん」


ビリー(・・・)でいい」


「え?」


 湯瓶さんは手を重ねてきた。「次からはビリーって呼んでくれ」そして、口角を上げる。


 俺も笑みを浮かべた。「じゃあ、俺のことは翔で。ビリーさん」


 繋がった手を解すと、そのまま後ろ向きで歩いて行く。


「元気でね、翔君」

 手を振ると、軽々と体を半回転し、規制線のある方へとビリー(・・・)さんは去っていった。


 向こうまで出た時、俺は視線を改めて早乙女愛に。もう先ほどの男性はいない。代わりにスマホを耳につけていた。電話でもしていたのだろうか。けれど、それもちょうど終わったようで、バッグの中に戻していた。


 今かな——俺は止まっていた足を動かした。

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